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奉太郎「古典部の日常」 5

657: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:13:16.76 ID:KSr2VJAB0

鬱陶しい暑さも最近は無くなり、少しばかり涼しい日が多い。

しかし、夏の名残と言えばいいのか、置き土産と言えばいいのか。 俺の体はちくちくと蚊によって攻撃されている。

山が近いせいで、生き残りが多いのかもしれない。

そんなある日、珍しく一人だけの古典部で俺は小説を読むことで時を過ごしていた。

一ページ、また一ページ捲っていき、やがて章の終わりが見える。

そこで一度本から視線を外し、外の景色を眺めた。

グラウンドでは運動系の部活が精を出し、校舎には音楽系の部活らしき音が響いている。

奉太郎(里志は今日も委員会か)

奉太郎(最近忙しそうだな)

原因はまあ、文化祭だろう。

伊原は漫研をやめたので時間は増えた筈だが……この時間まで来ないとなれば、今日は来ないかもしれない。

千反田は恐らく来ると思うが、来たとしても文集の話をされると思う。

俺としては内容には拘りなんて無いし、任せっきりにしたいのだが……一応は古典部に所属しているのである程度はやらなければならない。

確かもう大体の内容は決まっているとか、前に集まったとき言っていた気がする。

それも千反田が来たら聞けばいい事だ。 とりあえずはもう一度小説にでも目を落とすか。


658: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:13:42.90 ID:KSr2VJAB0

そうして外の景色を眺めるのを止め、小説に再び目を戻す。

しかし、タイミングを狙ったかの様に部室の扉が開いた。

える「お、折木さん!!」

いつもと少し様子が違う、何か厄介な事でも起きたのだろうか。

奉太郎「なんだ、何かあったのか?」

える「あ、あのですね……大変なんです!」

奉太郎「それだけ言われても、何がどう大変なのか分からない」

える「ご、ごめんなさい。 最初から説明しますね」

える「今日の事なんですが……放課後、今から少し前です……」


659: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:14:22.58 ID:KSr2VJAB0

今日、私は授業が終わると一度、購買へと行ったんです。

な、何をしに行ったかですか? ……あの、お恥ずかしながら少し、お腹が空いてしまって……

あ、あの! それよりですね。

そこで食べ物を買って、部室に行こうとしたんです。

……この私が持っているパンですか? これ、とてもおいしいんですよ。

……お話、続けてもいいですか?

それでですね、部室へ向かっている途中で見てしまったんです。

その……喧嘩している福部さんと、摩耶花さんを。

遠くだったので会話はしっかりとは聞こえなかったんですが、最初は普通にお話をしている物だと思いました。

それが突然……摩耶花さんが、福部さんの顔を……パチン、と。

私は急いで部室へ来ました、見てはいけない物を見てしまった気がして……

福部さんですか? とても、びっくりした様な顔をしていました。

……あ、そういえばですね。 最後の一言だけ、聞こえたんです。

摩耶花さんが「ごめん」と言っていました。

……折木さん、どう思います?


660: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:14:51.43 ID:KSr2VJAB0

奉太郎「……ふむ」

奉太郎「そのパンを今度買ってみようと思った」

える「……」

奉太郎「……」

える「おれきさん、真面目にやってください」

奉太郎「う……分かったよ」

と言ったはいいが……ただの喧嘩をどう思う、と言われてもな……

奉太郎「ただの喧嘩じゃあないのか?」

える「私も、そう思いました」

える「でも摩耶花さんは、簡単に人を叩く人では無いと思うんです」

える「感情的にも、人を叩く人では無い筈です」

……確かに、一理あるな。

伊原は刺々しい所があるが、直接的に人を傷つけたりはしない。

そんな伊原が里志を叩いた……よっぽどの事情があったのだろうか?


661: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:15:19.00 ID:KSr2VJAB0

奉太郎「里志が何か伊原の勘に触る事をしたって言うのはどうだ」

える「それも……少し、考えづらいんです」

える「福部さんは摩耶花さんの事をよく知っていると思います」

える「そんな福部さんが、それをするでしょうか?」

……しそうだが、千反田はそれでは納得しないだろう。

何かこう、もっともらしい理由を付けなければならない。

奉太郎「……これだったらどうだ」

奉太郎「伊原が少し腕を振りたい気分になっていて、腕を振った」

奉太郎「そうしたら偶然にも里志が居て、里志の顔に当たった」

奉太郎「叩く気は無かったのに、叩いてしまって謝った」

奉太郎「……どうだ」

える「摩耶花さんが腕を振りたい気分になったのは何故ですか?」

奉太郎「伊原が腕を振りたくなった理由か……」

奉太郎「……そういう気分だったから」


662: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:15:46.82 ID:KSr2VJAB0

える「……本当にそう思います?」

ううむ、なんだか予想より面倒くさくなってきてしまったな。

える「第一に、ですね」

える「私が見たとき、福部さんと摩耶花さんは既にお話をしていたんです」

える「と言う事は……偶然当たったっていうのは少し、難しいと思います」

……そういえばそうだったか。

奉太郎「視点を変えるか」

奉太郎「伊原は何故、里志を叩かなくてはならなかったのか」

える「同じ視点じゃないですか? それだと」

奉太郎「いや、違う」

奉太郎「里志を叩かなければいけない理由があったと考えるんだ」

奉太郎「そして、伊原には叩いたことへの罪悪感があったんだ」


663: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:16:12.72 ID:KSr2VJAB0

える「……罪悪感、ですか」

奉太郎「伊原は謝っていたんだろ? 叩いた後に」

える「ええ、そうです」

奉太郎「それなら罪悪感があったと思うのが普通だ」

える「でも、ついカッとなってしまってという可能性もあると思います」

える「それで、その後に謝った……って事ではないんですか?」

奉太郎「さっき自分が言った言葉を忘れたのか」

奉太郎「感情的に叩く事なんて無い、と」

える「あ、そういえば……そうでしたね」

える「では何故、叩いたのでしょうか?」

奉太郎「恐らく……さっきも言ったが、叩かなくてはいけない理由があった」

える「叩かなくてはいけない理由ですか……気になりますね」


664: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:16:39.77 ID:KSr2VJAB0

叩かなければならなかった理由。

伊原は何故謝ったのか。

そしてそれが起こる前まで、普通に話していた。

奉太郎「一つ、推測ができた」

える「え? なんでしょうか」

奉太郎「それだ」

俺はそう言い、千反田を指差す。

える「え、私ですか」

える「私……何かしたのでしょうか」

奉太郎「……違う、お前の腕に居るそいつだ」

える「腕……あ!」

える「……蚊、ですね」

千反田はそう言い、腕に止まっていた蚊を手で払う。


665: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:17:43.06 ID:KSr2VJAB0

奉太郎「つまりはこういう事だ」

奉太郎「伊原と里志は放課後、二人で話していた」

奉太郎「そう、なんとも無い普通の会話だ」

奉太郎「そこで伊原はある物に気付く」

奉太郎「それは……里志の頬に止まっている、蚊」

奉太郎「ついつい伊原はその蚊を叩く」

奉太郎「里志の頬に止まっている蚊をな」

奉太郎「そして丁度、その場面をお前が見ていたんだ」

奉太郎「それを見たお前は俺にこう言った」

奉太郎「里志と伊原が喧嘩をしていた、と」

奉太郎「……どうだ?」

える「……なるほど、です」

える「確かにそれなら、納得がいきます」

える「摩耶花さんが謝っていた理由にも、繋がりますしね」


666: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:18:16.08 ID:KSr2VJAB0

奉太郎「ま、あくまで推測だがな」

える「私、ちょっと確認してきますね!」

そう言い、千反田は部室を出ようとする。

奉太郎「お、おい! ちょっと待て」

える「はい? どうかしましたか?」

奉太郎「あくまで推測だと言っただろ、外れていたらどうするんだ」

える「大丈夫ですよ、折木さんの推理は外れません」

どこからそんな自信が出てくるのだろうか……

丁度、その時だった。

摩耶花「あれ、ちーちゃん帰る所だった?」

伊原が、部室へとやってきた。

える「摩耶花さん! 丁度いい所でした!」

千反田はそのまま伊原を席まで引っ張っていくと、隣同士で腰を掛ける。


667: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:18:45.89 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「え? え?」

奉太郎「……おい、違っても俺は知らんぞ」

える「摩耶花さんに、聞きたい事があったんです!」

俺の声は既に千反田には届いていない様子だった。

える「あの、実はですね……」

俺は千反田の説明を聞きながら、外に視線を移す。

少し、日が傾いてきただろうか?

まだ17時にもなっていないが……日が短くなっているのだろう。

所々、帰る生徒達が見える。

この一件が終わったら、俺も帰る事にしよう。

摩耶花「……なるほど、ね」

……どうやら、千反田の説明が終わったらしい。

える「それで、どうですか?」


668: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:19:13.53 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「……全くその通り、よ」

摩耶花「折木あんた、どっかから見てたんじゃないの?」

奉太郎「……俺にそんなストーカー的な趣味は無い」

える「……本当ですか?」

千反田が小さく、伊原には聞こえないように俺に言ってきた。

チャットルームでの事を、まだ根に持たれているのかもしれない。

それに俺が反論をする前に、千反田は再び口を開く。

える「ふふ、やはり当たりましたね」

千反田がそう言い、俺の方を向く。

なんだかそんな視線が恥ずかしく、俺は視線を逸らした。

奉太郎「……そろそろ帰るか」

摩耶花「ええ、来たばっかりなのに」

える「あ、じゃあ少しお話しましょう。 摩耶花さん」

どうやら伊原と千反田は残って話でもするらしい。 俺はお先に失礼させてもらおう。

奉太郎「そうか、じゃあまた明日」

える「はい、また明日です」

摩耶花「うん、じゃあね」


669: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:19:44.66 ID:KSr2VJAB0

~帰り道~

しかし、あの推測が外れていたら千反田はどうしたのだろうか。

本当に喧嘩だった可能性も、あっただろうに。

だがその可能性より、俺の推測を信じてくれた事は少し嬉しかった。

別に、だからどうとか言う訳でもないが。

ただちょっと、嬉しかっただけの話。

辺りは少しだけ、薄暗くなっている。

もうすぐで文化祭が始まる、とりあえずはそちらに力を入れなければ。

後……二週間くらいだったか。

ああ、そういえば文集がどうなっているのか聞くのをすっかり忘れていたな。

ま、家に帰ったら里志にでも電話して聞いてみるか。

本を刷るのは伊原に任せる事になるだろう、去年は大変な思いをしてしまったが……

だが伊原も同じ失敗を二度繰り返すような奴では無い、今年は安心できると思う。

まあ、結局は俺が店番をする事になるのだろうが。

暇を潰すためにも、何か新しい小説でも今度買おう。 あれがあれば店番はとても楽だ。

そんな今後の予定を頭の中で組み立てていると、やがて家が見えてきた。


670: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:20:14.69 ID:KSr2VJAB0

~折木家~

奉太郎「ただいま」

供恵「おかえりー」

奉太郎「最近家に居ることが多いな」

供恵「なによ、いちゃ悪いの?」

奉太郎「……別に、そういう訳じゃない」

奉太郎「風呂に入ってくる」

供恵「あー、まだダメかな」

奉太郎「ん? どういう意味だ」

供恵「お客さん、来てるの」

この家に客とは珍しい。

また姉貴の知り合いだろうか?

奉太郎「姉貴の客か?」

供恵「あんたの客よ」

奉太郎「……俺に?」

一体誰が、里志か?

いや、でも里志ならば姉貴は里志が来ていると言うだろう。

他に思い当たる奴なんて……居ないな。


671: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 18:20:42.41 ID:KSr2VJAB0

奉太郎「どこに居るんだ」

供恵「え? あんたの部屋よ」

……客を勝手に俺の部屋に通すな、バカ姉貴が。

奉太郎「……はぁ」

小さく溜息をつき、自室へと向かう。

全く、誰だこんな時間に。

そして、自室の扉を開いた。

そこには俺の予想外の人物が居て、俺の顔は多分、だいぶおかしなことになっていただろう。

奉太郎「何か、俺に用ですか」

奉太郎「入須先輩」

入須「ふふ、そう露骨に嫌そうな顔をするな」

入須「今日はちょっと話があって来たんだ、折木君」

第21話
おわり


677: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:12:41.64 ID:KSr2VJAB0

その日は、摩耶花さんと福部さんが喧嘩していなかった事が分かり、とても安心できました。

折木さんはいつも、自分の推理に自信を持っていない様に見えますが……もっと自信を持ってもいいと私は思います。

でも、そんな折木さんも……その、少し格好いいと思う自分もいます。

える「あ、もうこんな時間ですね」

摩耶花「ほんとだ! そろそろ帰らなきゃ」

える「そうですね、また明日お話しましょう」

える「では、帰りましょうか」

摩耶花さんとのお話を止め、帰り支度をしていきます。

そこでふと、ある物に気付きました。

える「あれ? これは……」

摩耶花「あー、あいつ忘れていったのかな」

折木さんの小説でしょうか? 机の上に一つだけ、置いてありました。


678: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:13:26.53 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「ま、そのまま置いておけばいいんじゃないかな? 明日取りに来るだろうし」

える「そうですか……」

える「いえ……やはり私、家に届けてきます」

私がそう言うと、摩耶花さんはにっこりと笑い

摩耶花「そか、うん。 分かった」

と言いました。

その後は学校を出て、摩耶花さんとは別々に帰ります。

折木さんの家は学校からそれほど離れていません、歩いていっても意外とすぐに着きます。

先ほどまではまだ、そこまで暗くないと思ったのですが……気付けば辺りは大分、暗くなっていました。

本当は、明日にでも渡せば良かったのです。 摩耶花さんが言った様に。

でも、折木さんの顔が見たかったんです。

さっきまで二人でお話をしていたのに、変ですよね。

少しでも多くの時間を一緒に過ごしたかったのかもしれません。 ちょっと恥ずかしいですが。

ですがまた、もう一度折木さんに会えると思ったら……足取りが軽くなりました。

折木さんの家には何度も行った事があったので、道はしっかりと覚えています。

もう学校から大分歩いた様で、そろそろ折木さんの家が見えてくる筈です。

この角を曲がれば……


679: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:14:01.35 ID:KSr2VJAB0

あ、見えてきました。

そのまま向かっている途中で、違和感を感じます。

える(ドアが開いている? 誰か居るのでしょうか)

そしてそーっと、覗き込みます。

折木さんの家のドアには、入須さん?

……どういう事でしょう?

あくまでも私が感じた事ですが……折木さんと入須さんは、そこまで仲が良かった様に思えません。

盗み見るのは良い事とは言えませんが……少し、気になります。

奉太郎「ありがとうございます、入須先輩」

入須「構わないさ、それより明日、いいか?」

奉太郎「ええ、分かってます」

そしてそのまま、入須さんは私が居る方に向かってきます。

咄嗟に、隠れてしまいました。

外壁の角に隠れていた私の前を入須さんが通っていきます。

今こちら側を向かれたら見つかってしまいますが……偶然と言う事にすれば大丈夫でしょう。

でも、私は見てしまったんです。

入須さんが、とても幸せそうな顔をしていたのを。


680: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:14:27.12 ID:KSr2VJAB0

~古典部~

昨日は結局、そのまま帰ってしまいました。

何故か、会う気分にはならなくなってしまって……結局本は渡せませんでした。

奉太郎「千反田だけか」

折木さんがそう言い、部室へと入ってきます。

える「こんにちは、折木さん」

える「あの、これ……」

私はそう言い、鞄から折木さんの小説を取り出します。

える「昨日、忘れていましたよ」

奉太郎「おお、ありがとう」

奉太郎「……でも、なんで千反田がこれを持っていたんだ?」

あ、これはうっかりしていました……


681: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:15:07.05 ID:KSr2VJAB0

える「あ、そ、それはですね」

える「……今日、折木さんが来なかったら届けようかと思っていたので」

つい、口から嘘が出てしまいます。

折木さんはいつも、私を真面目な人だと言ってくれますが、そんな事は無いです。

……私は結構、卑怯なのかもしれません。

奉太郎「そうだったのか、わざわざそこまでしてくれなくてもいいのに」

える「……ふふ、そうですか」

昨日何があったのかと聞きたかったです、ですが……

それは折木さんのプライベートな事になるかもしれないです、ですので私は聞けませんでした。

奉太郎「ああ、そうだ」

折木さんが思い出したかの様に、口を開きます。

える「はい、なんでしょう」

奉太郎「明日からその、バイトをする事になった」


682: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:15:32.88 ID:KSr2VJAB0

折木さんがバイト?

……昨日の事と、何か関係がありそうです。

でも、入須さんに頼まれたからといって……折木さんがバイトをするとは思えません。

何でしょうか……こんな時、折木さんに相談すればすぐに解決するのですが……

その気になる事が折木さん自身の事ですので、さすがに相談できません。

奉太郎「……おい、聞いてるか?」

える「え、は、はい」

つい、私は考え込んでしまってました。

える「……頑張ってください」

としか、私には言えませんでした。

奉太郎「まあ、そんな訳でちょっと部活に出れる時間が少なくなる」

える「……そうですよね、分かりました」


683: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:16:09.91 ID:KSr2VJAB0

それっきり、会話はありませんでした。

5分ほど経ったころ、折木さんが口を開きます。

奉太郎「今日もちょっと用事があるから……悪いな」

える「いえ、構いませんよ」

える「頑張ってくださいね、折木さん」

昨日聞こえた会話からすると、また入須さんと会うのでしょうか。

私に何か言えた事では無いですが……何でしょうか、この気持ちは。

奉太郎「ああ、またな」

最後にそう言うと、折木さんは帰っていきました。

やっぱり、ちょっと寂しいです。

私はその後、一人で本を読んでいました。

今日は多分、福部さんも摩耶花さんも部室に来ると思います。

折木さんがあまり来れなくなると言う事も伝えなくてはなりません。


684: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:16:36.84 ID:KSr2VJAB0

そんな思いが通じたのか、福部さんと摩耶花さんは一緒に部室へと来ました。

摩耶花「あれ、ちーちゃんだけ?」

里志「こんにちは、千反田さん」

える「お二人とも、こんにちは」

挨拶をしながら福部さんと摩耶花さんは席に着きます。

える「折木さんは今日用事があるみたいで、帰りました」

摩耶花「……折木に用事って、そんな事あるんだ」

里志「珍しい事もあるね、まあ文集の内容はほとんど決まってるし、別にいいんじゃないかな」

える「それとですね」

える「折木さん、バイトを始めたみたいです」

私がそう言うと、福部さんと摩耶花さんは口をぽかんと開いて、次に驚きの声をあげました。

摩耶花「え、ち、ちーちゃん……今、なんて?」

里志「……ホータローがバイトを始めたとか、そんな風に聞こえたんだけど」

える「え、ええ。 バイトを始めたと言っていましたよ」


685: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:17:06.35 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「そ、そんな訳無い!」

里志「そうだよ千反田さん! 何かの聞き間違いだよ!!」

二人とも物凄い剣幕で私に迫ってきます。 少し、怖いです……

える「あ、あの! 本当ですよ!」

摩耶花「お、折木がバイトをするなんて……」

える「お二人とも、折木さんに失礼ですよ……」

里志「……あはは、あまりにもびっくりしちゃって」

私は小さく咳払いをして、口を開きます。

える「それで少しの間部活に来る時間が少なくなると、言っていました」

摩耶花「なるほどねぇ……何か、ありそうね」

何か、とは何でしょうか……

里志「うん、僕もそう思うな」

どうやら摩耶花さんも福部さんも、何か訳があってバイトを始めたと思っているみたいです。


686: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:17:34.00 ID:KSr2VJAB0

える「……実は、私もそう思っています」

斯く言う私も、ですが。

里志「じゃあ皆、一緒の意見って言う訳だね」

摩耶花「気になるわね……少し」

里志「探りでも入れてみようか」

里志「今日の夜、ホータローに電話をしてみるよ」

摩耶花「それで、折木が理由を言うと思うの?」

里志「いいや? でもバイトの予定くらいは聞くことができると思うよ」

える「……ごめんなさい、話が見えないのですが……」

里志「つまり……ホータローを尾行するんだよ!」

そ、それは……褒められた事では無いですよ、福部さん。

摩耶花「ちょっと面白そうね、やってみたい」

える「わ、私は……」


687: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:18:08.07 ID:KSr2VJAB0

どうしましょう……私がダメと言えば、恐らくお二人もやめると思います。

ですが……気になるのも事実です。

……こうして悩んでいる時点で、答えは出ていたのかもしれません。

える「……気になります」

里志「決まりだね! じゃあ予定が分かったら連絡するよ」

摩耶花「うん、よろしくね」

える「は、はい」

そうして決まったのはいいですが……本当に、これで良かったのでしょうか?


688: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:18:49.42 ID:KSr2VJAB0

~千反田家~

える「もしもし、千反田です」

里志「あ、千反田さん? 予定が分かったよ」

える「福部さんですか、例の事ですね」

里志「そうそう、次の土曜日に入ってるらしい」

える「土曜日ですか……分かりました」

里志「13時からって言ってたから、昼前には一回集まろうか」

える「はい、場所は学校の前がいいですか?」

里志「うん、そうだね」

里志「じゃあ11時くらいに一度学校で集まろう。 摩耶花にも連絡しておくね」

える「分かりました、宜しくお願いします」


689: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:19:20.34 ID:KSr2VJAB0

こうして、日程と時間も決まりました。

土曜日に、全部分かるのでしょうか……

入須さんはあの日、何をしていたのかという事も。

折木さんがバイトを何故、始めたのかという事も分かるのでしょうか。

なんだか慣れない事をしたせいで、少し今日は眠いです。

土曜日までまだ三日あります。 今日はゆっくりと休みましょう。

ベッドに横になり、目を閉じながらふと思います。

……もしかしたら、この選択は間違いだったのかもしれない、と。


690: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:20:28.74 ID:KSr2VJAB0

~土曜~

あっという間に三日が過ぎ、今日は折木さんを尾行する日となっています。

……緊張します。

ですが、今日全部分かると思うと……少しだけ、楽しみなのかもしれません。

結局あれから、折木さんは部活には来ませんでした。

もう文集は完成していると言っても、やはり文化祭前は部活に顔を出して欲しかったです。

文化祭まで後一週間と少し……それまでにすっきりした気持ちになりたいという思いが、私の中にはありました。

この良く分からない気持ちを、何とかしたいと。

ふと時計を見ると、約束の時間が迫ってきています。

そろそろ、行きましょう。


691: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:21:20.84 ID:KSr2VJAB0

~学校前~

里志「皆、おはよう」

摩耶花「おはよ、ふくちゃん」

える「おはようございます」

私と摩耶花さんが校門の前でお話をしていたら、最後に福部さんがやってきました。

皆さんには言っていませんが……実は、昨日の夜に折木さんと電話をしていました。

私は土曜日にバイトが入っているのを知っていて、明日遊べませんかと聞きました。

ですがやはり、13時からバイトが入っていると言われ、安心できたのを覚えています。

福部さんには冗談で嘘を付く可能性があったと思ったから聞いたのですが、どうやら私の思い違いの様でした。

……悪いことをしたとは、思っています。


692: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:22:04.51 ID:KSr2VJAB0

里志「千反田さん? いくよ?」

える「あ、ごめんなさい。 行きましょうか」

歩きながら、今日の計画について話し合いをします。

摩耶花「まずは折木の家の前で出てくるのを待つのよね」

里志「その後はホータローがどこに行くのかを尾行しながら確認する」

える「あの、これってストーカーと言う物では……」

摩耶花「……違うと思いたい」

里志「まあ、大丈夫だよ」

福部さんが何に対して大丈夫と言ったのか分かりませんが……大丈夫なのでしょう。

里志「とりあえずはばれない様にしないとね、ばれたら全部終わりさ」

摩耶花「そうね。 でも折木が気付くとも思えないけどね」

里志「はは、確かに言えてるかもしれない。 多分横に並んでも気付かないんじゃないかな」

摩耶花「そう、かも。 もしかしたら目の前に出ても気付かないかもね」

里志「叩いてようやく気付く、みたいなね」


693: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:22:53.76 ID:KSr2VJAB0

える「……お二人とも、言いすぎです」

里志「ご、ごめんごめん」

摩耶花「ち、ちーちゃん怒ってる?」

あれ、私は……怒っているのでしょうか。

折木さんを悪く言われて? 分かりません。

える「かもしれないです」

摩耶花「そ、そんなつもりじゃなかったの。 ごめんねちーちゃん」

える「ふふ、大丈夫ですよ」

里志「あ、あそこだね。 ホータローの家は」

気付けば折木さんの家の前でした。

える「今は何時でしょう?」

里志「ええっと……12時だね」

摩耶花「え、それって……まずくない?」

える「え? 何故ですか?」

摩耶花「だって、バイトに行くまでの時間もあるでしょ」

摩耶花「そろそろ出てくるんじゃないかなって」

あ! ドアが開きました!


694: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:23:50.14 ID:KSr2VJAB0

里志「か、隠れて!」

福部さんのその声に体を動かされ、物陰へと身を潜めます。

摩耶花「……本当に行くみたいね、折木」

里志「……みたいだね」

折木さんは幸い、歩いて向かう様でした。 自転車を使われてしまったら……その時点で尾行は終わりです。

える「……駅の方に向かっていますね、バイトがそっちなんでしょうか?」

里志「……だと思うよ。 あっちにはお店がいっぱいあるし」

摩耶花「……そろそろ動こう、見失う前に」

える「……ええ、そうですね」

私達は顔を見合わせると、ゆっくりと歩く折木さんと結構な距離を置き、付いて行きます。

そして10分程歩いたところで、折木さんは一度立ち止まりました。

喫茶店の前で腕を組み、空を見上げています。

喫茶店の名前は、一二三。


695: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:24:20.83 ID:KSr2VJAB0

里志「……何をしているんだろう」

摩耶花「……誰か、人を待っているとか?」

える「……同じバイトのお友達、とかでしょうか?」

里志「……うーん、どうだろう」

それから更に10分程時間を置いて、人が一人やってきました。

里志「……あれは、はは」

摩耶花「……うっそ、なんで?」

える「……入須さん……」

折木さんが待っていた人は、入須さんでした。

何か、私の心の中でぐるぐると回る嫌な感じを必死に抑え、口を開きます。

える「……あの、どういう事なんでしょうか」


696: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:24:49.34 ID:KSr2VJAB0

里志「……さあ、ちょっと分からない」

摩耶花「……あいつ、私達に嘘付いてたの?」

える「……ま、まだそうと決まった訳じゃないです」

える「……移動しますよ、付いて行きましょう」

摩耶花「……うん、そだね」

それからしばらくの間付いて行き、様子を見ていました。

最初に服屋へ入り、次にアクセサリーショップに入り、それはまるで。

デートの様に私には見えました。

里志「……もう、いいんじゃないかな」

里志「……ホータローは僕達に嘘を付いていた、入須先輩と遊ぶために」

里志「……それが事実だと思うよ」


697: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:25:14.28 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「……でも、なんで」

摩耶花「……だって、あいつは」

里志「……摩耶花、その先は」

摩耶花「……ご、ごめん」

える「……まだ、です」

私も、分かっていました。

入須さんと遊ぶために、折木さんが私達に嘘を付いていた事を。

でも、それでも。

える「……まだ、13時まで10分あります」

摩耶花「……ちーちゃん……」

里志「……分かったよ、続けよう」

それからまた少し、後を付けます。

1分、また1分と時間が経って行き……やがて。


698: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:25:53.09 ID:KSr2VJAB0

里志「……13時になったね」

える「……」

摩耶花「……もう、やめよう」

里志「……もういいかな、千反田さん」

える「……はい」

本当は、分かっていたんです。

入須さんと会ったときから、分かっていたんです。

尾行を終え、歩いていく二人を私は見ていました。

折木さんと入須さんはやがて、遠くの人ごみへと消えていきます。

える「すいません、私……分かっていたんです」


699: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:26:37.09 ID:KSr2VJAB0

里志「……分かっていた? どういう事かな」

える「昨日、折木さんの所へ電話したんです」

える「明日、遊べないかと」

摩耶花「それって、ちーちゃん……」

える「でも、バイトがあると言われて……」

里志「……そうかい」

える「入須さんと会った時から、分かっていたんです」

える「折木さんが私に、嘘を付いたんだって」

摩耶花「あいつ! なんでそんな事……」

える「……ごめんなさい、私、帰りますね」

そう言い残し、私は小走りで家へと帰ります。


700: ◆Oe72InN3/k 2012/09/23(日) 22:27:04.74 ID:KSr2VJAB0

摩耶花「待って! ちーちゃん!」

後ろから摩耶花さんの声が聞こえましたが、振り返る事は出来ませんでした。

里志「摩耶花、放って置いてあげよう」

摩耶花「で、でも!」

里志「……いいから」

お二人の会話が後ろから聞こえて、少し福部さんに感謝します。

……泣いている顔は、あまり人に見られたくありません。


第22話
おわり


711: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:06:51.72 ID:On4qT+Dm0

今日はもう、何もする気が起きません。

どうして、何故、と言った感情が私の心を埋め尽くしていました。

でも、私は聞いて居たから。

折木さんが前に、私の事が好きだと言っていたのを、聞いてしまったから。

あれは……私の勘違いだったのでしょうか。

それとも、折木さんは自分では気付いていませんが……意外と鋭い人です。

あの時、私が居るのを知っていてそう言ったのでしょうか。

そして、あの言葉も嘘だったのでしょうか。

私は見事に、今までずっと……騙されていたのでしょうか。

そんな事を思ってしまう自分は、最低なのかもしれません。


712: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:07:18.11 ID:On4qT+Dm0

でも、私は……

私は、もっと折木さんと一緒に居たかった。

残りの時間を少しでも、一緒に過ごしたかった。

それすらも、叶わぬ望みと言うのでしょうか。

今頃、お二人は何をしているのでしょう。

一緒に笑っているのでしょうか。

それとも、どこかのお店でお茶をしているのでしょうか。

気になります、気になりますが。

……私にはもう、解決してくれる人はいないのかもしれないです。

布団の中でうずくまっていると、全てを忘れられそうで……ちょっぴり、本当にちょっぴりですけど、心が安らぎました。


713: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:07:51.23 ID:On4qT+Dm0

える「……うっ……ううっ」

いつまでも泣いていてはいけません。

文化祭も……あるんです。

私は部長なんです、少しでもしっかりとしないと。

この気持ちを引き摺っていては……ダメです。

でも今日は、今日だけは……

少しだけ、泣かさせてください。

える「うっ……おれ……き、さぁん!……」

今まで、感じていた事が無いと言えば嘘になります。

私は、好きでした。 折木さんの事が。

でも……入須さんと仲良くしている折木さんを見て、ここまで胸が苦しくなるとは思いもしませんでした。

私の中で、折木さんという方がどれほどの存在だったのか、今になって良く分かります。


714: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:08:17.75 ID:On4qT+Dm0

一緒に遊園地に行きました。

摩耶花さんを傷つけた私を、助けてくれました。

時間が遅くなると、家まで私を送ってくれました。

風邪が治った次の日に、我侭を言う私に付き合って水族館へ連れて行ってくれました。

お弁当を一緒に食べたりも、しました。

動物園にも行きました。

私が部室を荒らした時も、私を信じて私の計画を台無しにしてくれました。

映画を見に行きました。

沖縄にも、旅行に行きました。

そして私の持ってくる気になる事を、見事に全て解決してくれました。

他にも、いっぱい……思い出があります。


715: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:09:54.19 ID:On4qT+Dm0

あれも、それも、全て。

……全て、私が勝手に思っていた事なのでしょうか。

入須さんは、いい人です。

私にも、返せない程の恩があります。

でも……入須さんさえ、居なければ。

ふとそんな考えが浮かんできて、すぐに頭から振り払います。

……私って、最低です。

折木さんが入須さんと仲良くするのも、少し納得しました。

多分、嫌気が差したのかもしれません。

……なんだか泣き疲れてしまいました。

……少し、少しだけ……寝ましょう。

起きたらきっと……いつも通りに戻っている事を願って。


716: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:10:20.21 ID:On4qT+Dm0

~文化祭三日前~

気付けばもう、金曜日……新たな一週間が終わりそうになっていました。

あの日から毎日、夢であればと思いましたが……そんな事はありませんでした。

折木さんとは一度も会っていません。

会えばまた……少しだけ落ち着いた気持ちが崩れてしまいそうで、会えませんでした。

それはつまり……

校門から出ようとした所で、私に声が掛かります。

里志「今日も部活に来ないのかい、千反田さん」

私が、あれから一度も部室に足を運んでいない事となります。

自分では、決めたつもりでした。

私がしっかりしないと、と。

ですが、私の決心という物は随分と脆い様で、部室に足が向かうことはありませんでした。


717: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:11:06.11 ID:On4qT+Dm0

える「すいません、家の用事で」

分かりやす過ぎる嘘だと、自分でも思います。

里志「……そうかい、なら仕方がないかな」

里志「でもね、千反田さん」

里志「待ってるよ、皆」

里志「勿論、ホータローもね」

える「……やめてください」

里志「今日が文化祭前、最後の部活だよ」

里志「それは千反田さんも分かっているだろう?」

里志「来るつもりはないのかい?」

里志「後、文化祭にも来ないつもりかな……千反田さんは」


718: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:12:44.45 ID:On4qT+Dm0

える「やめてくださいと言っています!」

里志「……分かったよ、それなら僕からはもう何も言わない」

里志「けどね……まあ、これは言わなくていいかな」

つい、声を荒げてしまいました。

福部さんには謝らなければなりません、ですが……私がそう思った頃には既に、福部さんの姿はありませんでした。

私はやはり、ダメな人なのでしょう。

心配してきてくれた人を退け、私の感情だけで怒鳴ってしまいました。

今日もやはり、部室へと足は向いてくれそうにありません。


719: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:13:19.94 ID:On4qT+Dm0

~文化祭二日前~

今日は何も予定がありません、家から出る必要も……ないです。

パソコンを立ち上げ、神山高校のホームページを開きました。

そこには文化祭を目前にして、色々な工夫がこなされているのが良く分かるページとなっていました。

その華やかなホームページと違い、私の心は酷く沈んでいます。

以前、折木さんに文化祭の前には顔を出して欲しいなんて思いましたが、そんな言葉は見事に自分へと戻ってきています。

私は、どうすればいいのでしょうか。

そんな事を思っていた時、家の電話が鳴り響きました。

今日は家に私一人しかおらず、他に取る人は居ません。

私は電話機の前に立ち、電話を取ります。


720: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:14:01.38 ID:On4qT+Dm0

える「はい、千反田です」

摩耶花「あ、ちーちゃん?」

える「摩耶花さん、ですか?」

摩耶花「うん、そうそう」

このタイミングで掛けて来ると言う事は、恐らく部活の事でしょう。

摩耶花「昨日のさ、テレビ見た?」

える「え? 昨日の、テレビですか?」

摩耶花「うん、20時くらいにやってた奴かな?」

える「……いえ、見ていませんが」

摩耶花「ええ! そりゃあちょっと勿体無い事をしたね」

摩耶花「ちーちゃんが好きそうな内容だったんだけどなぁ」

える「……少し、気になります」

摩耶花「そう来ると思った! あはは」

える「ふふ、教えてくれます?」

摩耶花「勿論!」


721: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:14:27.99 ID:On4qT+Dm0

それから30分程、他愛の無い会話を摩耶花さんとしていました。

私が思っていた事を摩耶花さんが切り出す事はとうとう無く、私は受話器を静かに置きました。

摩耶花さんは恐らく、私を気遣ってくれたのでしょう。

敢えて、私が部活に行っていない事を話さなかったのでしょう。

……私は本当に、いい友達を持ちました。

私には少し、勿体無いかもしれません。


722: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:16:01.77 ID:On4qT+Dm0

~文化祭一日前~

福部さんや、摩耶花さんに言われた事によって、気分はかなり落ち着いていました。

……やはり、文化祭には行きましょう。

大丈夫、私は大丈夫です。

最近はほとんど家に篭っていたので、外の空気もたまには吸いたい気分です。

ちょっとだけ、お散歩でもしましょうか。

そう思い、身支度を済ませると家から外に出ます。

場所は……どこにしましょうか。

前の駅前には……ちょっと、行ける気分では無いです。

少し町外れでも、お散歩しましょう。

そう決めた私は、駅とは反対側に足を向けます。

所々で見える紅葉がとても綺麗で、思わず目を奪われてしまいました。

空気は新鮮で、気持ちがいいです。

そうやって30分程歩き回った所で、少し足が痛んでいる事に気付きました。

最近ほとんど家に篭っていた事が、悪い様に回って来たのかもしれません。


723: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:17:08.57 ID:On4qT+Dm0

……少し、休憩しましょう。

私は辺りを見回し、偶然にも近くにあった喫茶店へと向かいます。

看板には歩恋兎と書いてあり、私は春に入部してくれそうになった一人の子を思い出しました。

える「ここは……懐かしいですね」

意外と、家から近いところにあった様で……今度からちょっと通ってみようと思いました。

そして店の正面に着いたとき、窓際に座る二人の男女が見えました。

……私は本当に、つくづく運が悪いのかもしれません。

神様という者が居たら、私はさぞかし恨まれているのでしょう。

ああ、もう……嫌になってしまいます。

何もかも。

この一週間、必死で頭から消し去ろうとしました。

摩耶花さんと福部さんが、声を掛けてくれました。

そんな全ての事を無駄にする物が、私の目に入ってしまいました。

私が見たのは、

楽しそうに笑う入須さんと。

いつも通りの顔をしている、折木さんの姿でした。


724: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:17:47.78 ID:On4qT+Dm0

える「……もう」

える「……いや、です」

必死にそこから逃げました。

何回か転び、足はどんどん痛みます。

気付けば、雨が降ってきていました。

摩耶花さんも福部さんも、ごめんなさい。

える「……こんなの、もういやです」

私は再び転び、そこから立ち上がる気力も、無くなってしまいました。

える「……こんな世界、もういやです」

今までの全ての記憶を、消して欲しいと願いました。

高校で過ごした記憶を全て。


725: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:18:16.08 ID:On4qT+Dm0

しかし神様に恨まれているだろう私には、そんな願いが叶うはずもありませんでした。

降り注ぐ雨が私を打ちつけ、雨音は私をあざ笑っている様に聞こえます。

える「……皆さん、ごめんなさい」

える「……私はそこまで、強くないんです」

本当に、何故こんな事になったのでしょうか。

私がもっとしっかりしていれば、折木さんは私のそばに居てくれたのでしょうか。

分かりません。

ああ……私はどうやら、随分と折木さんに依存していたのでしょう。

あの日、一番最初の日。

折木さんと会わなければ、こんな事にはならなかったんです。


726: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:18:41.98 ID:On4qT+Dm0

でも、でも。

時期が少し、早まっただけだと思えば……

……ダメです。 それでも、無理な様です。

胸が張り裂けそうになるというのは、こういう事でしょうか。

……入須さんさえ、現れなければ。

これが、嫉妬という物でしょうか。

今日は少し……良い勉強になった日だったのかもしれません。

授業料は、ちょっと高すぎる気がしますが。

える「ごめんなさい、皆さん」

える「私は、行けそうに無いです」

そんな思いを、聞いてはいないだろう空に向けて放ちました。

……帰りましょう。


727: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:19:09.61 ID:On4qT+Dm0

服はびしょびしょになり、足には擦り傷が沢山付いてしまいました。

走ったせいで、足はズキズキと痛みます。

ですが、家まで着けば……しばらくは、お休みです。

そう思うと、足取りは軽くなると思ったんです。

しかし、逆に何故か……私の足は鉛の様に重くなっていきます。

家に着く頃には流す涙も流しつくし、気分は不思議と落ち着いていました。

……格好は酷いですが。

そのままお風呂を浴び、縁側に座ります。

雨は止んだようで、雲から差し込む日差しがとても綺麗でした。

える「……私は本当に、弱いですね」


728: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:19:36.34 ID:On4qT+Dm0

もっと、強くならなければ。

じゃないと……この先、どうすればいいのか分からなくなってしまいます。

える「もう、泣くのはやめましょう」

える「笑って、過ごすんです」

える「……ですがもうちょっとだけ、休ませてください」

私は最後に涙を一筋流し、泣くのを止めました。

いつまでも……泣いていられません。

文化祭には行けそうにないですが……それが終われば、後は心配事は無い筈です。

……折木さんには、あのお話をできそうには無いですね。

折木さんも望んではいないのかもしれないです。

……いけません、また泣きそうになってしまいました。

最近の私は、随分と涙脆くなった様で困ったものです。

……次に皆さんと会うときは、笑顔で会いましょう。

きっと、できる筈です。

そして、一つ……決めました。


729: ◆Oe72InN3/k 2012/09/24(月) 23:20:02.75 ID:On4qT+Dm0

これだけは、絶対にやらないと気が済まない事を。

あの人と……入須さんと一度、正面からお話をする事にしました。

そうすれば多分、私も踏ん切りが付けられるかもしれないです。

私も仏ではありません、なので思いっきりこの気持ちをぶつけないと、どうにもなりません。

私の勝手な我侭だという事は分かっています。

ですがそれでも、入須さんには悪いですが……付き合ってもらう事にします。

入須さん、ごめんなさい。

私はこれでも、言う時は言うんです。

ですのでどうか、宜しくお願いします。

文化祭が終わった後、お話をしましょう。

……どうぞお手柔らかに、お願いします。


第23話
おわり


742: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 22:59:10.60 ID:0ZWRgRbP0

結局私は、文化祭を昨日と今日……二日休みました。

もう空は暗くなっていて、縁側に座る私には夜風が少し冷たく感じられます。

庭からは鈴虫の声が聞こえて、月がとても綺麗な夜でした。

福部さんと摩耶花さん……それに折木さんからも、連絡はありませんでした。

それも、そうかもしれません。

私は差し伸べられていた手を振り払い、自分の気持ちを優先したのですから。

える「……今年の文集は、どうなっているのでしょうか」

それを古典部の方達に聞く権利は、私には無いでしょう。

そして、私はもう……古典部に顔を出すつもりも、ありませんでした。

行けばきっと、あの人に会ってしまうから。

会えばきっと、私は泣いてしまうから。

泣けばきっと、またあの人は優しい言葉を掛けてくれるから。

しかし、それは……私が学校にも行けなくなってしまいそうで。

……怖かったです。


743: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 22:59:59.88 ID:0ZWRgRbP0

これからは多分、つまらない人生になるでしょう。

……ふふ、前の雛祭りの時に自分でここはつまらなくは無いと言って置きながら、こう思ってしまうので可笑しな物です。

これが、私の本心でしょうか。

駄目です……前向きに考えましょう。

この約二年間、本当に楽しかったです。

……出来れば忘れてしまいたいけど、楽しかった物は楽しかったんです。

氷菓の時もそうです。

あれは折木さんが居なければ、解決は出来なかったでしょう。

たったあれだけの事から、見事な推理を組み立ててくれたのは本当に心の底からすごいと思います。

2年F組の映画の時も、折木さんが作ったお話は……本郷さんの意思ではありませんでした。

ですが、最後には本郷さんの意思に気付き、私にチャットで教えてくれました。

……あの時確か、私は本当の事を知っていたのでは無いかと言われました。

勿論、私は知りませんでしたが……人が死ぬお話は好きでは無いと言ったときに、お前らしいと言ってくれました。

去年の文化祭の時は、私は結局……十文字事件の真相を知る事は出来ませんでした。

ですが、折木さんの意外な一面を見れた気もします。

お料理対決の時に、私のミスを助け、摩耶花さんを助ける為に大声を出していたのは今でも心に残っています。

そして、生き雛祭り。

私はてっきり、断られるかと思っていました。

しかし、折木さんはすぐに、手伝うと言ってくれて……とても嬉しかったのは記憶に新しいです。


744: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:00:25.25 ID:0ZWRgRbP0

……あれ、折木さんの事ばかりではないですか。

私の学校生活は、大分折木さんとの思い出しか無いみたいです。

……私が、忘れたいと思うのも無理はないかもしれませんね。

その時でした。

家のチャイムが鳴り、私は縁側からお客が誰か確かめます。

時刻は22時近く、普通のお客とは思えません。

こんな時間に来るなんて、誰でしょうか。

サンダルを履き、縁側から少し離れ、玄関の方を覗き込みます。

……そこに居たのは、私が一番、会いたく無かった人でした。


745: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:00:52.96 ID:0ZWRgRbP0

える「……折木、さん」

折木さんはこちらに気付いていない様で、私も敢えて気付かれる様な事はしません。

今は、話したくないからです。

……家に、戻りましょう。

折木さんが来たのには少し驚きましたが……こうして遠くから見ているだけでも、胸がチクチクと何かに突かれるような感じがします。

縁側に戻り、家の中に入ります。

折角来ていただいたのに、申し訳ありませんが……

縁側から部屋へと入り、障子に手を掛けます。

……? 何か、遠くから聞こえてきました。

外、でしょうか。

私は、半分ほど閉めた障子を再び開きます。

奉太郎「千……田……おい!」


746: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:01:22.57 ID:0ZWRgRbP0

音の原因は、折木さん……?

それからは体が勝手に、縁側から外へと動いていました。

奉太郎「千反田! 居るんだろ!」

……こんな、夜遅くに、非常識です!

迷惑です、近所迷惑です!

もう少し、マナーという物を弁えた方が良いと私は思います!

でも、でもでもでも。

える「……夜遅くに、人の家の前で叫ばないでください」

私の気持ちが、こんなに高ぶっているのは何故でしょうか。

奉太郎「……インターホンという物がお前の家では機能していなかったみたいだからな」

そんな事、ある訳無いじゃないですか、折木さん。

える「……何か、私に用でしょうか」


747: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:01:55.65 ID:0ZWRgRbP0

私が自分の気持ちを抑え、そう聞くと……折木さんは小さく答えました。

奉太郎「明日、最終日だぞ」

奉太郎「お前が何故来なくなったのかは……俺には分からないが」

胸からズキリと、音が聞こえた気がします。

奉太郎「俺はお前程……繊細じゃないしな」

奉太郎「でも、やっぱりお前が居ないと……その」

奉太郎「退屈なんだよ、面倒な事が無くて」

える「……そうですか」

える「でも、それで折木さんは良かったのでは無いですか」

える「私が居なければ、折木さんは自分のモットーを貫けるのでは無いですか」

える「ふふ、違いますか?」

そうです、そうでなければ……何故あなたは入須さんと、あそこまで仲良くしているのですか。


748: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:02:35.97 ID:0ZWRgRbP0

奉太郎「……本当に、俺が良かったと思っていると……お前は感じているのか」

える「……はい」

奉太郎「……そんな事、ある訳ないだろ」

える「……そうでしょうか?」

奉太郎「俺が、信じられないのか」

える「……」

折木さんのその言葉に、私は返事が出来ませんでした。

奉太郎「……分かった、俺はもう帰る」

奉太郎「だが」

奉太郎「明日は、来いよ」

奉太郎「来なかったら俺は、お前を許せなくなる」

奉太郎「今年は予定に変更があって午前で文化祭は終わり、午後からは通常授業だ」

奉太郎「だから、朝から必ず来い」


749: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:03:02.17 ID:0ZWRgRbP0

える「……はい、とは言えません」

奉太郎「いいさ、それはお前が決める事だ」

奉太郎「だが、さっきも言ったが」

奉太郎「俺はお前を許さない、古典部の部長を」

奉太郎「……そんな事には、なりたくないんだ」

……折木さんのせいで、行けないのに。

でも、折木さんに許されなくなってしまうのは、少し……

奉太郎「時間取らせて悪かったな、じゃあまた明日」

える「……わざわざすいませんでした、また明日」

折木さんはそう言うと、ご自宅へと帰っていきました。


750: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:03:46.23 ID:0ZWRgRbP0

一番会いたくなかったのに、話してみると意外と普通だった自分が居たかもしれません。

でも、折木さんと少しお話をしたら……今まで必死に落ち着かせようとしていた気持ちが、不思議と落ち着いていました。

……私には、やっぱり。

ですが、また前みたいな光景を見てしまったら?

また、私は苦しくなってしまうのかもしれません。

一度落ち着いた気持ちを、また崩されると言うのは……とても、辛いです。

それはもう、あの喫茶店で経験していた事でした。

でも!


751: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:04:13.83 ID:0ZWRgRbP0

……少しだけ、希望を持っても、いいのでしょうか。

また私の気持ちを崩されても、一度経験した事です……人間いつかは慣れるのではないでしょうか?

それが無理でも、あと……

あと、1回だけ。

これが最後です、これが駄目だったら……私は、もう。

……明日は、学校に行きましょう。

だって、つい私は言ってしまったのですから。

折木さんに、また明日と。


752: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:04:41.12 ID:0ZWRgRbP0


私は、翌日文化祭へと行きました。

久しぶりの部室はどこか懐かしい感じがして……つい、顔が綻んでしまいました。

迎えてくれたのは、福部さんに摩耶花さん……そして、折木さん。

三人とも、いつも通りに接してくれて、まるでこの一週間の事は無かったかの様でした。

文集の売れ行きも、去年の成果があったからでしょう。 今年も好調でした。

福部さんは委員会のお仕事で忙しそうに走り回り、摩耶花さんは折木さんと店番をしていました。

午前だけとの事は本当だった様で、ほんの二時間ほどの私の文化祭はすぐに終わってしまいます。

そして……


753: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:05:11.88 ID:0ZWRgRbP0

~3年教室~

私は扉の前に立ち、深呼吸をします。

大丈夫、大丈夫です。

ゆっくりと扉を開きました。

丁度教室から出ようとしていたのか、目的の人物は目の前に居ました。

える「……こんにちは、入須さん」

入須「千反田か、どうした急に」

える「お話があります。 お時間は大丈夫でしょうか」

入須「構わんが、ここでは出来ないのか?」

える「……ええ、付いて来てください」

私はそう告げ、古典部の部室へと向かいました。

文化祭が終わり、午後の授業に移り変わる前の休憩時間……あそこなら、既に誰も居ません。


754: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:05:43.89 ID:0ZWRgRbP0

~古典部前~

私は古典部の教室前の廊下で立ち止まり、後ろから付いて来ていた入須さんの方へと振り返りました。

入須「ここまで来なければいけなかったのか、話とは何だ?」

入須さんは私が振り向くと、目的の場所に着いたと理解したのか、話の内容を聞いてきます。

える「……折木さんの事です」

私の話の主旨を聞き、入須さんは口に指を当てると……口を開きました。

入須「彼の事か、悪いな……特にこれと言って話せる事は無い」

える「……そんな訳、無いじゃないですか」

入須「……ふむ、と言うと?」

える「私は、見ていたんです」

える「入須さんと、折木さんが一緒に遊んでいるのを」

入須「……それで?」

える「……何故、何故ですか」

える「何故、折木さんなんですか」


755: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:06:33.30 ID:0ZWRgRbP0

入須「何故……と言われてもな」

入須「……それは返答に困る」

そんな訳、無いじゃないですか。 だって……あんな楽しそうに、笑っていたじゃないですか。

える「そう、ですか」

える「では、質問を変えます」

える「……急に折木さんと仲良くした理由はなんですか」

入須「君は、面白いことを言うね」

入須「私が一人の人と仲良くするのに、理由がいるのか?」

える「あまり、仲が良い様には今まで見えなかったからです」

入須「……なるほどな」

入須「確かに、その通りだ」

える「なら、理由はなんですか」


756: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:08:30.23 ID:0ZWRgRbP0

入須「……ふむ」

入須「それに答える義務が、私にあると思うか?」

ある程度、予想は元からできていました。

私なんかではとても、入須さんと口論になったとして勝てる見込みなんて無い事を。

ですが、これだけは……この事だけは。

える「……私は」

える「……私は!」

える「折木さんの事が、好きなんです!」

私がそう言ったとき、入須さんは何故か笑った様に見えました。

私にはそれが嘲笑っているかの様に見えて……

える「もう、折木さんと一緒に居るのを……やめてください」

辛くて、ここに居るのが、辛くて。

える「……お願いです」

自分でも、とても変なお願いをしているのは分かっていました。

入須さんが、折木さんの事をもし好きだったら、私は入須さんの気持ちを踏み躙っている事となります。

それでも、私は。


757: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:08:57.97 ID:0ZWRgRbP0

入須「……今までの話を聞いて、一つ質問をしよう」

入須「君は、折木君と恋仲なのか?」

その質問に、私は……答えられません。

える「……」

入須「違うようだな」

入須「だから私はこう返す」

入須「君に、それを言う権利があるのかな?」

入須さんは私にそう告げると、私の返事を待っている様でした。

私にその質問はあまりにも重く、この場に……足で立っているのも、無理なくらいに。

最後の悪あがきに、入須さんの事を睨み、私は走って自分の教室へと向かいました。


758: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:10:07.44 ID:0ZWRgRbP0

~階段~

あまり、人が居るところには行きたくない気分でした。

人気が無い階段で、壁に寄りかかります。

える「……私では、無理でした」

入須さんは、私から話があると聞いた時点で……どんな内容か分かっていたのかもしれません。

とうとう入須さんは最後まで涼しげな表情を崩さず、私の前に立っていました。

対する私は……今にも泣き出しそうな顔をしていたのかもしれません。

なんて、惨めなんでしょうか。

それでも入須さんには言いたい事を伝えました。

そして、入須さんの言葉は……折木さんとの関係を認める物でした。

もしかしたら、折木さんは入須さんと付き合っているのかもしれません。

それを私に伝えなかったのは、入須さんの最後の情けでしょうか。

ああ……やっぱり、私は惨めです。

だって、もう泣かないと決めたのに。

何回も、何回も何回も!


759: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:10:39.81 ID:0ZWRgRbP0

気付けば、目からは涙が溢れ、顔を濡らします。

泣くつもりなんて、無かったんですよ。

本当です。

……少しの希望なんて持って、学校に来るべきでは無かったです。

そんな事を思い、涙を拭いながら階段の途中にあった窓から外を眺めました。

丁度、窓の外には一輪の花が咲いており、確か名前は……ガーベラ。

その花言葉は、辛抱強さ。

……なんて、皮肉なんでしょう。

私がどれだけ、辛抱して居たと思っているのでしょうか。 この花は。

あの花は私を貶める為に、咲いていたのかもしれませんね。

ついに私は、花にすら……嫉妬していたのでしょうか。

もう、どうでもいいです。


760: ◆Oe72InN3/k 2012/09/25(火) 23:11:06.38 ID:0ZWRgRbP0


そんな自分が……なんだかちょっと、おかしくて。

える「ふふ」

える「……ふふ」

える「……う、うう…」

える「……うっ…ううう……!」

可笑しくて、涙が、出てきてしまいました。

一回止まったのに、可笑しなものです。

……色々と、吹っ切れました。

とりあえずは午後の授業に出ましょう。

後の事は、それから考えれば良い事です。

……そうです、そうしましょう。

それが、今私の選べる最善の選択だと……思います。

第24話
おわり


773: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:41:06.87 ID:9Mfs4qeW0

~古典部~

俺は、古典部の部室で一つの事を考えていた。

ここへ来た理由はなんとも情けなく、三年の先輩による使いっぱしりである。

なんでも……シャーペンを忘れたらしい。

断ろうかと思ったが、古典部の部員である俺はその先輩よりは確かに部室には入りやすい。

その先輩とは面識が無かったとは言え……仮にも先輩だ。 断るのも若干気が引けてしまったのだ。

そうして部室に来たのはいいが、半ば強制的に俺は思考する事となってしまった。

……まあ、いいが。

そして、その俺が考えている事に結論を出すには……少し、俺の記憶を巻き戻さなければならない。

あれは……確か、千反田と部室で話した後の事だった。

話の内容は、なんだっけか。 伊原と里志が揉めていたとか、そんな感じだった気がする。

だが今大事なのはそれではない、その後、俺が家に帰った後に起こった事だ。


774: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:41:32.96 ID:9Mfs4qeW0

~折木家~

奉太郎「……そりゃ、そういう顔にもなりますよ」

奉太郎「先輩が何故ここに来たのか、俺には検討も付きませんからね」

入須「ふふ、それも無理はないだろう」

入須「今日はね、一つ君に協力をしてあげようと思って来たんだよ」

怪しいな、これは……露骨に怪しい。

奉太郎「協力? また俺に探偵役でもやらせるつもりですか?」

入須「……君は随分と根に持つタイプの様だな」

そりゃ、どうも。

入須「少し、噂話を聞いてな」

入須「君の相談に乗ろうと、わざわざ足を運んだんだよ」

奉太郎「相談、ですか」

入須「ああ」

苦手な先輩が来て、非常に迷惑しています。 とでも相談してみようか。

……いや、やめておこう。


775: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:42:01.94 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「俺は特に、相談する様な悩みもありませんよ」

入須「そうか、なら私の勘違いだったかな」

入須「……千反田」

入須「千反田えるの事なのだが」

……こいつは、どこまで知っているんだ?

一つ、鎌でもかけてみるか。

奉太郎「ああ、あいつの事ですか」

奉太郎「確かに、それなら相談する事がありますね」

入須「……ほう、言ってみてくれ」

奉太郎「……あいつの好奇心を、どうにかする方法を教えてください」

入須「……く、あっはっは」

こうまで笑われると、俺の発言が馬鹿みたいで少し居づらいではないか。


776: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:42:28.01 ID:9Mfs4qeW0

入須「す、すまんすまん」

入須「そんな事では無いだろう、君の相談は」

奉太郎「……言って貰ってもいいですか、俺はこれでも自分の事には疎いもので」

入須「……まあ、いいか」

入須「君は、千反田の事が好きなんだろう?」

……誰から、聞いたんだ。 一体こいつはどこまで知っているんだ。

入須「誰から聞いた、と言いたそうな顔だな」

入須「だが私は口を割る気は無い」

入須「まあ、少しだけヒントをやるか……君の家に押し掛けた様な物だしな」

入須「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

入須「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」


777: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:42:54.42 ID:9Mfs4qeW0

入須「ああそれと、これはヒントにならないかもしれないが」

入須「そいつはいつも、巾着袋を持っていたな」

……口が軽いにも、程があるのではないか。

よりにもよって俺が苦手な入須に、その事を言うとは。

今度、喫茶店でコーヒーを俺が飽きるまで奢ってもらおう。

奉太郎「あなたがどこから情報を得たかは分かりました」

奉太郎「それで、何を協力するって言うんですか」

入須「ほお、たったあれだけの情報で分かったのか」

奉太郎「……茶化すのはやめてもらえますか」

やはりこいつは、苦手だな。

入須「そうだな、本題に入るとするか」

入須「私は、女だ」


778: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:43:32.21 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「……見れば分かりますが」

俺がそう言うと、入須は少し困ったような顔をした。

入須「千反田と同じ女だ」

奉太郎「だから、見れば分かりますよ」

入須「……君には回りくどく言っても、無駄か」

入須「女の私が、君と一緒に出かけてやろう」

……頭をどこかに、ぶつけてきたのだろうか。

奉太郎「言っている意味がよく分かりませんが……俺とデートでもするつもりですか」

入須「……デートか、それとは少し違うな」

奉太郎「もっと、分かりやすく話してください」

入須「そうだな……女という物は、サプライズに弱いんだよ」


779: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:44:08.88 ID:9Mfs4qeW0

なんだなんだ、何故俺は入須とこんな話をしなければいけなくなったのだろうか。

奉太郎「そうですか、それで?」

入須「君が千反田に何かサプライズをすれば、彼女は大いに喜ぶとは思わないか」

ああ……そういう事か。

奉太郎「話の内容が見えてきました」

奉太郎「つまり、あなたはこう言いたいんですね」

奉太郎「千反田に何かプレゼントをあげ、千反田を喜ばせろ」

奉太郎「そして、そのプレゼントを女である私が選ぶのを手伝ってやる」

奉太郎「そういう事でしょうか?」

入須「……ある程度の情報が出れば、飲み込みが良くて助かるよ」

入須「そう、つまりはそういう事だ」

だが、何故急に……?

奉太郎「それをしようと思った理由は、何ですか」


780: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:44:37.72 ID:9Mfs4qeW0

入須「……これは、あまり言いふらさないでくれると助かる」

奉太郎「俺にはどこかの総務委員見たいな趣味は持ち合わせていません」

入須「ふふ、そうか」

入須「……君と、千反田には恩があるんだよ」

奉太郎「恩、ですか?」

入須「……ああ、去年の映画の事は、覚えているだろう?」

奉太郎「ええ、勿論」

入須「……私には、ああするしかなかったんだ」

入須「と言っても、信じてくれるとは思っていない」

入須「その事への、せめてもの恩返しだと思ってくれればいい」

何か少し引っかかるな……

いや、俺は入須という人物を……少し大きく見すぎていたのだろうか?


781: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:45:05.23 ID:9Mfs4qeW0

入須「これが恩になるとは、思えないがな」

そして俺は、女帝の……入須の笑顔を見てしまった。

それはいつもの入須からはとても想像ができない表情で、そんな入須をきっぱりと拒否するのも、なんだかあれだ。

最終的に千反田が喜ぶなら、まあ……いいか。

奉太郎「……分かりました」

奉太郎「入須先輩の恩返し、受け取る事にします」

入須「そうか、なら早速……明日、一度喫茶店で打ち合わせをしよう」

奉太郎「……はい」

入須「長居してすまなかったな、私はこれで帰るよ」

奉太郎「玄関くらいまでなら、送っていきますよ」


782: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:45:40.94 ID:9Mfs4qeW0

~古典部~

そうだ、あの日俺は……入須に協力して貰う事にしたんだった。

そして次の日には喫茶店で打ち合わせをして……土曜日に駅前で何が良いか話しながら店を巡っていた。

……千反田達には、バイトを始めたと嘘を言ったんだっけか。

あの入須と二人で出かけるなんて……絶対に言える訳が無い。

ましてや里志の奴、簡単に口を割りやがって。

勿論、千反田本人には当然言えなかった。

あいつの事だ、変に気になりますを出されたらアウトだからな。

次に思い出すべき事は……なんだ。

時間が無いな、急がねば。

ああ、あれだ。 その土曜日だ。

あの日は確か……喫茶店の前で、待ち合わせをしていた。


783: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:46:11.90 ID:9Mfs4qeW0

~喫茶店~

遅いな、遅いと言ってもまだ時間まで少しあるが。

それにしても……指定してきた場所が一二三とは、嫌な奴だ。

……いつまで待たせるつもりだ、そろそろ帰ろうか。

そんな事を考えながら、空を見上げた時だった。

入須「やあ、ちゃんと来たんだな」

突然、後ろから声が掛かる。

奉太郎「そりゃ、先輩にお呼ばれしたのに断る事なんて出来ませんよ」

入須「どうだかな、さて行くか」

俺はそのまま入須に付いて行き、駅前へと向かった。

道中は特にこれと言って会話は無かった、話す内容もある訳ではないのでそっちの方が俺には心地がいい。

意外と駅前から近かった様で、すぐに目的地へと到着する。


784: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:46:38.27 ID:9Mfs4qeW0

~駅前~

奉太郎「今日は、プレゼント選びでしたね」

入須「そうだ、まずはあそこへ行こうか」

そう言い、入須が指を指したのは服屋だった。

俺は特に意見も無かったので、黙ってそれに付いて行く。

入須「早速だが、君はどれが良いと思う?」

奉太郎「……と言われましても」

入須「ふふ、そうだな」

入須「これなんか、どうだろうか」

入須が手に取ったのはボーイッシュな服だった、ジーパンとシャツとパーカージャケット。

悪くは無いが……千反田のイメージでは無いだろう。


785: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:47:08.36 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「ちょっと、違いますかね」

入須「……そうか? 私は良いと思うんだが」

奉太郎「あの、自分の服を選んでいる訳じゃないですよね」

入須「ああ、そうか。 今日は千反田の服だったな」

……大丈夫か、こいつに任せて。

入須「それならやはり、こっちだろうな」

次に入須が手に取ったのはワンピース。

ううむ、やはり千反田にはこっちの方が似合いそうである。

奉太郎「……やはり、そっちですよね」

入須「イメージ的にな、良く似合うと思う」

だが、待てよ。

奉太郎「今更なんですが、ちょっといいですか」

入須「ん? どうした」

奉太郎「……俺、あいつの服のサイズとか知りませんよ」


786: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:47:38.96 ID:9Mfs4qeW0

俺がそう告げると、入須はこれでもかと言うほど呆れた顔をし、口を開く。

入須「君は、時々どこか抜けている所がある様だな」

入須「……場所を変えよう、頼むからしっかりしてくれ」

へいへい、すいませんでした。

心の中でしっかりと入須に謝り、俺は再びその後を付いて行く。

入須「次は、アクセサリーでも見てみるか」

そう言うや入須は既に、店の中へと入っている。

少し小走りになりながら、俺はそれに付いて行った。

入須「ふむ、色々とある様だな」

奉太郎「そうですね、どういうのがいいんですかね」

入須「基本的にはどれも嬉しい物だが……あまり重過ぎる物は駄目だな」

奉太郎「気持ち的にって事ですか」

入須「ああ、そうだ」

入須「例えば……この指輪とか」

確かにそれをプレゼントしたら、重いな。


787: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:48:05.87 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「……招き猫とか、どうでしょう」

入須「そんな物をプレゼントして、相手が喜ぶと君は思っているのか」

奉太郎「……いえ」

入須「なら口に出すな」

伊原よ、招き猫はプレゼントには向いてないらしいぞ。

入須「まあ、ここにある物ならどれでも嬉しいかな……私としてはだが」

入須「しかし、何より大切なのは気持ちだよ。 折木君」

奉太郎「……あなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでした」

入須「君は随分と私の事を勘違いしてないだろうか」

奉太郎「無いと思いますが」


788: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:48:43.04 ID:9Mfs4qeW0

入須「……まあいい」

入須「ここは候補としては、中々良さそうだな」

奉太郎「ええ、そうですね」

入須「さて、次はどこに行こうかな」

入須「適当に、周ってみる事にしよう」

その後、俺は結局夕方まで一緒に店巡りをした。

なんだかんだでプレゼントはその日、決まらなかった。


789: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:49:09.82 ID:9Mfs4qeW0

~古典部~

そう、土曜日は千反田のプレゼントを探しに行ってたんだ。

入須の意見は中々俺の参考になった。 なんと言っても俺は人の気持ちを考えない事が多々ある気がするから。

そんな俺にとって、入須の手助けは結構有難かった気がする。

……さて、まだ思い出さなければならない事はある。

あまり、思い出したく無いが……あれは。

水曜日、くらいだっただろうか。

記憶としてはこちらの方が新しいし、思い出すのに苦労はしないかもしれない。

あの日は確か……千反田が部活に来なくなって、三日目の事だったか。

……そう、あの日も千反田は部活に来なかったんだ。


790: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:50:07.17 ID:9Mfs4qeW0

~古典部(水曜日)~

にしても、なんだか今週に入ってからあいつらの様子がおかしい。

あいつらというのは勿論、古典部の部員達。

里志に関してはいつも通りに見えたが……どこか余所余所しい感じがしていた。

伊原は一向に俺と口を聞こうとしない。 全く、意味が分からない。

そして千反田……あいつが一番異常だ。

ほとんど毎日部活に出ていたのに、今週は一回たりとも来ていない。

何があったのかは分からないが、廊下等で時々……後姿は見ていた。

学校まで休んでいないと言う事は、何か忙しいのだろう。

それに口を出して問いただすことは、俺にはできない。

……家の事となってしまっては、俺にはどうしようもないからだ。

結局俺は一人で、古典部の部室で本を読むことになる。

先週は随分と入須に呼び出され、中々部活に来れなかったが……来てみればこれだ。


791: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:50:34.63 ID:9Mfs4qeW0

まあ、文集は完成した様だし、文化祭の打ち合わせにはまだ時間がある。

奉太郎「それにしても、誰も来ないとはな……」

思わず独り言が漏れてしまう。

今はまだ16時、今日は入須と予定が入っていた。

土曜日振りだったが、なんだか段々と面倒になってきてしまった。

もう俺一人でも決められる様な気がするが……折角手伝ってくれた人に対して、もういいですとは中々言えない物だ。

……最初から、自分でやればよかったか。

それにしても、する事が本当に無い。

千反田が来さえすれば、またあいつの話に付き合って時間を潰せたと言うのに。

……少し早いが、行くか。 ああ、面倒だな。


792: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:51:11.01 ID:9Mfs4qeW0

~喫茶店:歩恋兎~

入須に場所はどこにするか聞かれ、俺が指定したのはここだった。

ここの喫茶店には少し、思い入れがある。

……あいつとは色々あったが……今考える事でもないか。

それより今は、入須との話し合いをどうするか、だ。

俺は手短なテーブル席に着き、入須を待つ。

約束の時間まではまだ時間があったが、俺が席に着いて少し経った頃、入須がやってきた。

奉太郎「どうも」

入須「待たせてしまったかな」

奉太郎「いえ、俺も丁度来たところです」

入須「そうか、なら良かった」

入須「にしても、いい店だな」

入須「次の日曜日は、ここで会おう」


793: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:51:36.71 ID:9Mfs4qeW0

まだ何かの打ち合わせをする気なのか、まあ仕方ない……この計画に乗ったのは俺な訳だし


奉太郎「それで、今日はなんのお話ですか」

入須「特にこれと言って、内容は考えていない」

奉太郎「……帰ってもいいでしょうか」

入須「まあそう言うな、たまには少し他愛の無い会話をしたい物だ」

奉太郎「友達とでは駄目なんですか」

入須「私の心の内を話すのには、友達では少し嫌なんでな」

奉太郎「そう、ですか」

俺はそう言い、頼んでおいたブレンドに口を付ける。

結構久しぶりに飲んだが、やはりうまい。

入須「……私はね」

入須「あまり、人の心を覗くのが好きではない」


794: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:52:27.48 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「……それはちょっと、意外ですね」

奉太郎「試写会の時だって、俺の事を良い様に使ったじゃないですか」

入須「前にも言っただろう、あれは仕方なかったんだ」

入須「私は自分の意思で動いたのかもしれないが」

入須「同時に周りの意思でもあったのだよ」

入須「好き好んで人の心を……見たくはないさ」

その時の入須の表情は初めて見る物で、とても嘘を付いている様には見えなかった。

奉太郎「……すいません、俺は少し」

奉太郎「入須先輩の事を、勘違いしていたのかもしれません」


795: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:53:01.70 ID:9Mfs4qeW0

入須「気にするな、そう思われるのは慣れている」

奉太郎「……そうですか」

そして入須も、店に入ったときに頼んだのだろうブレンドに口を付けていた。

入須「これは、美味しいな」

奉太郎「ええ、ここのブレンドは美味しいですよ」

入須「中々に気に入ったよ」

俺からは特に話す事も無く、少しの間の沈黙。

そんな沈黙が居づらく、俺は適当に言葉を繋ぐ。

奉太郎「俺が今思っている事は、分かりますか」

入須「……そうだな、恐らく」

入須「なんでこんな面倒な事をしなければいけないのか」

入須「と言った所か?」


796: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:53:28.63 ID:9Mfs4qeW0

奉太郎「……やはり、心の内を見るのが好きな様で」

入須「……あくまで推論さ」

入須「君の今までの言動や行動から、導き出しただけの事」

入須「さっきの私の言葉は、本心だ」

奉太郎「……では、俺の本心が分かった所でどうします?」

入須「ふむ、そうだな」

入須「あまり長居する必要も無い、帰ろうか」

奉太郎「……それは、非常にいい案だと思いますよ。 先輩」

入須「つれない奴だ、全く」


797: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:54:07.15 ID:9Mfs4qeW0

~古典部~

あの時、話した喫茶店はあそこだったか。

この今考えている事が終わったら、あの喫茶店に行こう。

だがまずは、このやらなければいけないことを片付けなければ。

俺は今、この大量の記憶をひっくり返して見直す事を面倒だとは思っていなかった。

理由は……なんだろうか。

いや、それよりもまだ思い出さなければいけない事はある。

時間があまり無くなって来た様だ、次に思い出すべき事……それは。

文化祭の二日目、か。

これを思い出さない限り、俺は結論へと辿り着けないだろう。

よし、やるか。


798: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:55:14.27 ID:9Mfs4qeW0

~文化祭二日目~

昨日は結局、千反田は来なかった。

予想が出来ていなかったと言えば嘘になるが……

もう既に時刻は昼、今日もあいつは来ないだろう。

本当に、家の用事なのだろうか?

あいつはとても文化祭を楽しみにしていたし、文集にも一番力を入れていた。

そんなあいつが参加を諦めるほどの事、そんな事があったのだろうか?

一度、会う必要があるかもしれない。

まあそれは後回しにするとして、今はこの状況が気まずくて仕方が無い。

部室で一人店番、と言う訳に今年はいかず……横には伊原が居た。

奉太郎「……何か俺がしたか」

摩耶花「……」

奉太郎「……はあ」


799: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:56:13.45 ID:9Mfs4qeW0

この通り、折角俺が話しかけていると言うのに一度も返事すらしない。

入須よりこいつの方がよっぽど面倒かもしれないな……

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「どうせ話してもろくな事にはならないからな」

つい、毒づいてしまった。

それにようやく伊原が反応を示したのは……少し良い事だったかもしれない。

摩耶花「……折木は」

摩耶花「折木は、何を考えているの」

俺が、何を考えているか?

奉太郎「質問の意図が分からないんだが」

摩耶花「……そう、ならいいわ」

摩耶花「もうあんたと話す事は無い」

なんなんだこいつは、意味が分からない。

だが話す事は無いと言われてしまった以上、俺も話しかける気にはならなかった。


800: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:57:04.58 ID:9Mfs4qeW0

~折木家~

今日も最後まで、千反田は来なかった。

俺は今ベッドに横たわっているが……もう少しすれば、動かなければならないだろう。

千反田の家に行き、状況を知らなければ。

……一度リビングに行き、水を飲もう。

俺はそう思い、リビングに行くと姉貴と鉢合わせになった。

供恵「あら、あんたまだ制服のままだったの?」

奉太郎「ちょっと出かけるからな」

供恵「そ」

供恵「それより、最近元気がないねー」

奉太郎「別に、普通だ」

供恵「そうかしら?」

奉太郎「……何が言いたい」


801: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:58:01.99 ID:9Mfs4qeW0

供恵「別に? 部活の子が来ないからってそこまで気を落とさなくてもいいと思ってね」

奉太郎「全く、どっから聞いたんだ……そんな話」

供恵「私にはお友達がいっぱい居るのよ、沢山」

また里志か、そういえばあいつには入須に口を割ったことを問い詰めていなかったな。

まあ、文化祭が終わってからでいいか。 何かと忙しそうだしな。

奉太郎「付き合ってる暇は無い、ちょっと出かけてくる」

供恵「はいはい、気をつけてねー」

そして俺は、千反田の家へと向かった。


802: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:58:38.69 ID:9Mfs4qeW0

着いてからインターホンをいくら鳴らしても千反田が出てこず、姉貴のせいで若干イライラしていた俺はつい大声を上げて呼び出してしまった。

結果的に、あいつが出てきたから良かったが……

しかし、どうにも様子がいつもと違っていた。

何か、あったのかもしれないが……

家から出てきたと言う事は、出れなかった訳では無い。

つまり、あいつは自分の意思で出てこなかったのだろう。

そんな事実にまた、イラついてしまい……千反田にきつい言葉を浴びせてしまった。

帰り道は酷く後悔していたのを覚えている。


803: ◆Oe72InN3/k 2012/09/26(水) 23:59:18.37 ID:9Mfs4qeW0

~古典部~

繋がった、な。

そして今も刻まれているこの記憶、これを合わせれば答えは出る。

しかし……俺は随分と馬鹿をしてしまったみたいだ。

ああ、くそ。

悩んでいても仕方が無い。 決着をつけなければ。

外の会話も、どうやら終わったらしい。

一人の廊下を走る足音が、俺の耳へと入ってくる。

それを聞いた俺は扉に手を掛けた。

その扉を開けようとした所で、向こう側から扉が開かれる。

入須「……盗み聞きとは、関心しないな」

奉太郎「……それはどうも」

奉太郎「入須先輩、少し時間を貰います」

奉太郎「終わりにしましょう、話があります」

入須「ああ、予想は出来ていた」

入須「場所を、変えようか」


第25話
おわり


805: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/27(木) 00:05:36.16 ID:Cj5H6NBD0

乙です

うわぁぁ
わたし気になります!!!


次⇒明日

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