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奉太郎「古典部の日常」 2

115: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:50:14.89 ID:nfnPYl4y0

今日はあまり眠れなかった。

寝付こうとしても、中々寝付けず、睡眠時間は3時間程だろうか。

奉太郎(学校に着く前にぶっ倒れるかもしれんな、これは)

しかしそうは言ってもられない。

今日は、やるべき事があるからだ。

時刻は7時、準備をしなければ。

寝癖がほとんどついていない、それもそうか……まともに寝ていないのだから。

朝食を済ませ、コーヒーを一杯飲む。

奉太郎(今日で……終わらせる)

奉太郎(少し早いが、行くか)

カバンを背負い、玄関のドアに手を掛けた。


116: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:51:01.44 ID:nfnPYl4y0

供恵「ちょっとアンタ」

奉太郎「ん、なんだ」

供恵「……寝間着で学校に行くの?」

ああくそ、俺はどうやら……すっかり頭の回転が落ちている。

姉貴の横を無言で通り過ぎ、制服に着替える。

供恵「それもそれでありだとは思うわよー面白いし」

後ろから何やら声がかかるが、無視。

しかし、こんな状態で本当に大丈夫だろうか。

いや、駄目だ、これは絶対に……解決せねば。

洗面所で服装の確認をし、再び玄関に手を掛ける。


117: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:51:28.29 ID:nfnPYl4y0

供恵「ちょっとアンタ」

奉太郎「……今度はなんだ」

供恵「別に、ただ言ってみただけ」

奉太郎「行くぞ、構ってられん」

やはりどうにも、姉貴は苦手だ。

供恵「頑張りなさいよ」

考えを見透かされてる様で、苦手だ。

姉貴に返事代わりに手を挙げ、玄関のドアを開いた。

供恵「ま、私の弟だし余裕だとは思うけどねー!」

供恵「そ、れ、と! あんま無理はしないようにね」

朝から元気なこった、だが少し、元気は出たか。


118: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:51:55.20 ID:nfnPYl4y0

家を出ると、意外な顔が見える。

摩耶花「……おはよ」

こいつが俺の家に来るなんて、今日は雪だろうか?

奉太郎「珍しいな、今日は良くない事が起きそうだ」

摩耶花「……そうかもね」

摩耶花「折木、ちょっといいかな」

伊原の威勢がいい反論も聞けない、無理もないか。

奉太郎「ああ、少し頭を回さないといけないしな」

摩耶花「?」

摩耶花「まあいいわ」

伊原は少し疑問に思ったみたいだが、そこまでは気にしていない様子だった。

並んで学校へ向かう。


119: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:53:00.71 ID:nfnPYl4y0

奉太郎(一生に一度あるかないかの、奇跡的な絵になりそうだな)

摩耶花「まさか、折木と学校へ一緒に行くことがあるなんて夢にも思わなかったわ」

全くの同意見。

摩耶花「昨日の、事なんだけどね」

伊原はそう、前置きをした。

やはりそうか、むしろそれ以外だったら俺はどんな顔をしていただろう。

奉太郎「あれか」

摩耶花「……うん」

摩耶花「私、少し邪魔だったかな。 やっぱり」

摩耶花「ふくちゃんから昨日、電話がきてね」

摩耶花「私は悪くない、安心してって」

摩耶花「でもやっぱり……迷惑だったのかな」

なんでだろう……千反田といい、伊原といい、どうして自分を責めるのだろうか?


120: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:53:43.26 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「なんで俺にそんな話をするんだ、里志に相談すればいいだろう」

摩耶花「……ふくちゃんにこんな話、できる訳ないじゃない」

摩耶花「ちーちゃんは、あんな事言わないと思っていたのに」

摩耶花「……それだけ」

奉太郎「ま、余り深く考えるな」

奉太郎「千反田は今日、話があるみたいだぞ」

俺が事情を説明してもいいのだが、本人同士で話すのが一番いいだろう。

摩耶花「そう、ちーちゃんが」

摩耶花「……分かった、少し腹を割って、話そうかな」

奉太郎「ああ、それがいい」

奉太郎「だけど、そんなに気を病むなよ」

奉太郎「言い返してこないお前と話していても、つまらん」


121: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:54:22.15 ID:nfnPYl4y0

摩耶花「……折木のくせに」

摩耶花「でも、ありがとね」

摩耶花「けど……やっぱり折木に励まされるのって、なんかムカツク」

おいおい、随分と酷いなこいつは。

今の一瞬で、俺の株は下がって上がって下がったのだろうか。

摩耶花「ちょっと元気出たし、私先に行くね」

そう言うと伊原は走り、学校へ向かっていった。

奉太郎(元気が出たらなによりだ)

奉太郎(けど、今のままの伊原の方が……大人しくていいかもしれない)

伊原に聞かれたら、それこそ俺は生きて帰れる気がしない。

まあ、少しは頭の回転になったか。

あくびをしながら、学校へと向かう。


122: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:55:14.71 ID:nfnPYl4y0

奉太郎(それにしてもだるいな、体が重い)

1……2……3……4……あ、学校が見えた。

あくびを4回したところで、ようやく学校が見えてきた。

校門の前で一度止まり、深呼吸。

奉太郎(今日は少し、気合いを入れんとな)

柄にも無く「おし、行くぞ!」と意気込んでいたところで、背中に衝撃が走った。

里志「おっはよー! ホータロー!」

奉太郎「……いって!」

奉太郎「朝から元気だな、お前」

少々目つきを悪くして、里志を睨む。

里志「そういうホータローは随分とだるそうだね、はは」

奉太郎「昨日は少ししか眠れなかったんだ、寝つきが悪くてな」

里志「そんな日もあるさ! でもね、今日は期待してるよ? ホータロー」


123: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:55:59.50 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「……今日はちょっと、気合い……いれていくか」

里志「あんまり無理はしないようにね、大丈夫だとは思うけど」

奉太郎「分かってる、大丈夫だ」

里志「そうかい、じゃあ僕は総務委員の仕事があるから、これで」

そう言うと、里志は俺に手を振りながら昇降口へと走っていった。

下駄箱で靴を履き替える。

階段を上がろうとしたところで、後ろから声が掛かった。

伊原、里志ときたら……あいつだろう。

える「おはようございます、折木さん」

奉太郎「やはり千反田か、おはよう」

える「やはり? ちょっと気になりますが……今はやめましょう」

俺の第六感まで気になられては、対処のしようが無い。


124: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:56:42.59 ID:nfnPYl4y0

える「あのですね、今日の放課後なんですが」

える「部室でお話をしようと思っていて、申し訳ないんですが」

用は、放課後は部室を空けてくれないか、ということだろう。

丁度いい、今日はどうも部活に出れそうになかった。

奉太郎「ああ、空けて置く、今日は部活は休ませて貰う事にする」

える「そうですか、ありがとうございます」

える「それと、ですね」

まだ何かあるのだろうか?

える「少し顔色が優れないようですが……大丈夫ですか?」


125: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:57:16.51 ID:nfnPYl4y0

そう言うと、千反田は俺のおでこに手を当ててきた。

奉太郎「だ、大丈夫だ。 気にするな」

周りの人間がこっちを見ている、何もこんな人が多いところでやることはないだろうが!

える「ならいいのですが、それでは!」

そう言うと、千反田は自分の教室へと向かって行った。

奉太郎(いつも通りの、千反田だっただろうか)

奉太郎(少しは元気が出たみたいだな、あいつも)

そのまま教室へ向かい、自分の席に着く。

奉太郎(にしても、眠いな)

少し寝よう、少しだけ。

俺はそう考えると同時に、眠った。


126: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:57:45.00 ID:nfnPYl4y0

腰が痛い、腕も少しだけ痛い。

奉太郎「ん……」

目が覚めた、クラスは賑やかな様子だ。

「おう、折木」

突然、名前もまともに覚えていないクラスメイトに声を掛けられた。

「お前、中々やるじゃねーか」

奉太郎「ん、なにが」

「昼までずっと寝てるなんて、そうそうできないぞ?」

昼まで……?

時計に視線を移す。

時刻は12時を少し回った所。


127: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:58:14.65 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「ああ、寝すぎた」

「先生達、震えてたぞ。 見てる分には面白かった」

それだけ言うとそいつは満足したのか、いつもつるんでいるらしき奴等の元へ向かって行った。

奉太郎(後で呼び出されそうだな、めんどうくさい)

奉太郎(しかし、少しは頭が冴えたか……まだ少しだるいが)

昼休みか、教室は少し気まずい。

朝から昼まで寝ていた奴をちらちらと見る連中がいるからだ。

奉太郎(部室で飯を食うか)

省エネでは無いが、俺にも一応気まずさを避けたいって気持ちはある。

弁当を持ち、部室へ向かった。


128: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:58:43.57 ID:nfnPYl4y0

~古典部部室~

あくびを一つつきながら、扉を開ける。

誰も居ないと思ったが……どうやら先客が居た様だ。

える「あ、折木さん、こんにちは」

奉太郎「なんだ、誰も居ないと思ったのだが」

える「たまに、ここで食べているんです」

える「陽が暖かくて、気持ちいいので」

奉太郎「そうか、邪魔してもいいか?」

える「ええ、勿論です」

千反田の前の席に腰を掛け、弁当を開く。


129: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:59:25.82 ID:nfnPYl4y0

える「おいしそうなお弁当ですね、自分で?」

奉太郎「いや、姉貴が作ってくれている」

える「そうですか、お姉さん優しいんですね」

奉太郎「……本気か?」

える「え? はい、そうですけど……」

奉太郎「何も知らないからそんな事が言えるんだ……」

える「でも、これだけの物って中々作れる物ではないですよ」

そうなのだろうか?

姉貴が家に居るときはほとんど作ってくれるし、そんな事は思った事がなかった。

奉太郎「そうなのか? 普通の弁当だと思うが」

える「いえいえ、折木さんの事を想っている、いいお姉さんだと分かるお弁当です!」

ふうむ……少しは姉貴にも感謝しておくか。


130: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 12:59:55.27 ID:nfnPYl4y0

奉太郎(姉貴よ、ありがとう)

こんなもんでいいだろう。

奉太郎「少し感謝しておいた、心の中で」

える「ちゃんと直接言った方がいいと思いますが……」

奉太郎「気持ちが一番大事なんだ」

える「そ、そうですか」

千反田の苦笑いが、少し辛い。

奉太郎「それはそうと、千反田の弁当も中々すごいな」

える「そ、そうでしょうか? 私のこそ普通、ですよ」

奉太郎「そんなことはないだろう、とても旨そうだぞ」

える「……少し、食べます?」


131: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:00:24.44 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「いいのか? じゃあ一つ」

そう言うと、千反田はおかずを一つ、俺の弁当に移す。

奉太郎(貰ったままでも、なんか悪いな)

奉太郎「俺のも一つやろう」

える「はい! ありがとうございます」

千反田の弁当に、おかずを一つ移した。

そこでふと、本当にどうでもいい考えが浮かんできた。

奉太郎(今千反田に貰ったおかずを、そのまま返していたらどんな反応をするのだろうか)

奉太郎(……なんて無駄な事を考えているんだ、俺は)

勿論そんな事はしない。


132: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:00:54.39 ID:nfnPYl4y0

そして、千反田に貰ったおかずを口に運ぶ。

奉太郎(う、うまい)

奉太郎「これは……うまいな、こんな料理を作れるなんて、なんでもできるんじゃないか? 作った人」

える「ええっと……」

える「これ、作ったの私なんです」

千反田は恥ずかしそうに笑いながら、そう言った。

奉太郎「そ、そうか」

何故か、嵌められた気分に俺はなる。

そんな風に若干気まずい空気が流れた時、ドアが勢い良く開く。

前にも、似たような光景があったような……


133: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:01:28.92 ID:nfnPYl4y0

里志「おっじゃまー!」

里志「あれ、ホータローに千反田さん?」

里志「ご、ごめん! 邪魔しちゃったみたいだね!」

待て、里志よ。

奉太郎「おい、里志」

里志「え、なんだい?」

奉太郎「お前、いつから居た?」

里志「えっと……最初から、かな」

くそ、全然気づかなかった。

そう言うと里志は手短な席に腰を掛ける。

里志「ごめんごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだよ」

里志「でも二人がカップルみたいにしてるのをみたら、ついね」

える「カ、カップルだなんてそんな」

える「たまたま、会っただけですよ! 本当に!」

える「折木さんと私は、その……仲はいいですけど、まだそんな仲では無いというか……」

千反田の焦っている所を見るのは、少し楽しいかもしれない。


134: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:02:05.29 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「里志、その辺にしておけ」

だが、こいつは一言言わないといつまでも続けるだろう。

里志「あはは、ジョークだよ、千反田さん」

える「じょ、じょーく……ですか」

千反田は胸を撫で下ろし、ハッとする。

える「あ、あの」

える「福部さん」

里志「あー、例の事かい?」

里志はこう見えても、勘は冴えるほうだと思う。

千反田の微妙におどおどした様子を見て、なんの話か分かったのだろう。

える「知ってたんですか、この度は……」


135: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:02:33.81 ID:nfnPYl4y0

つまり、例の事件の事だ。

だが千反田が最後まで言う前に、里志は口を開いた。

里志「これでも僕は、人間観察をしている方だと思うんだ」

里志「それでね、人を見る目も結構あると思っている」

里志「だから、千反田さんの事は信じているよ」

里志「ホータローの事は、どうかな?」

奉太郎「おい」

里志「うそうそ、信じてるよ。 ホータロー」

そう言うと、里志は俺に抱きつこうとしてくる。

やめろ、気持ち悪い。


136: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:03:20.97 ID:nfnPYl4y0

える「ふふ、ありがとうございます」

える「やはり、折木さんの言うとおりでした」

里志「ん? ホータローが何か言ったのかい?」

奉太郎「……なんでもない、気にするな」

える「なんでもない、です」

里志「うーん、気になるなぁ」

俺が最近、非省エネ的な行動をしているのを里志に知られたら……どんな風にいじられるか分かった物じゃない。

どうはぐらかそうか考えていたとき、里志は何かを思い出した様に拳と手の平を合わせた。

里志「あ! 委員会の仕事の途中だったよ、すっかり忘れてた」

奉太郎(この動作を本当にやってる奴は始めてみたぞ……)

しかし、こいつも色々と大変だな。

里志「じゃ、そういう訳で! またね~」


137: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:04:01.38 ID:nfnPYl4y0

一体、あいつは何をしに来たのだろうか……暇なのか。

奉太郎「そういう訳だ、伊原も必ず話せば分かってくれる」

える「はい……そうですよね!」

さて、と。

そろそろ昼休みも終わりか。

奉太郎「じゃあ俺は教室に戻るとする」

える「はい、私はもうちょっとここでゆっくりしてから戻ります」

奉太郎「そうか、じゃあまた」

える「はい」

俺が部室から出ようとした所で、思い出したように千反田が言った。

える「あ、そういえば」

える「午後の授業は、寝ないで頑張ってくださいね」

……どこまで噂が広まっているんだ、全く。

軽く手を挙げ、千反田に挨拶をすると俺は教室に戻って行った。


138: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:04:50.37 ID:nfnPYl4y0

~教室~

教室に入り、10分ほど経っただろうか。

授業開始のチャイムが鳴り響いた。

奉太郎(状況の整理を……するか)

まず一つ目。

・千反田を騙した奴は誰か?

C組の女子、名前は里志から聞いている。

二つ目。

・そして、そいつは何をしたか?

千反田に嘘を吹き込み、使わせた。

恐らく、千反田と伊原が仲が良いのを知っていて嘘を吹き込んだのだろう。

目的は漫研絡みと考えるのが妥当。


139: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:05:34.86 ID:nfnPYl4y0

三つ目。

・そいつの目的はなんだったのか?

千反田と伊原の仲違い。

多分だが、千反田は伊原を傷つける為に利用されたという考えが有力。

つまる所、伊原を追い込むのが目的という事か。


最後に、四つ目。

・そいつに何を話すか?

これには少し考えがある。

正面から言って、千反田と伊原に土下座でもするのなら苦労はしないが……

それをすぐにする奴なら、初めからこんな事はしないだろう。

里志にも協力をしてもらい、手は打ってある。

しかし、里志に話していない事もある。

少し懲らしめないと、駄目だろう。


140: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 13:06:08.51 ID:nfnPYl4y0

そこまで考え、俺は息をゆっくりと吐き出した。

話をする場も、既に打ってある。

里志からそいつに「今日の放課後、話があるから屋上でいいかな?」と言って貰った。

俺が言ってもいいのだが……直接会ってしまったら何をするか自分でも分からない。

どうせなら人目に付かない所の方が、勿論いいだろう。

奉太郎(ここまで動き、頭を使ったのは随分と久しぶりだな)

奉太郎(たまにはいいか、熱くなるのも)

そして、放課後はやってきた。


第五話
おわり


145: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:44:12.56 ID:nfnPYl4y0

俺は、自分を抑えられるだろうか?

大丈夫だ、意外にも冷静になっている。

今は16時、1時間もあれば……終わるだろう。

奉太郎(行くか)

そう思い、教室を出る。

向かう先は、屋上。


146: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:44:54.95 ID:nfnPYl4y0

~屋上~

屋上に繋がる扉を躊躇せず開く。

空は曇っていた、風は無い。

視線を流すと、そいつが目に入ってきた。

「あれ、福部君に呼ばれて来たんだけど」

「アンタ誰?」

初対面の人間にこの対応とは、なるほど納得だ。

奉太郎「A組の折木奉太郎だ」

「折木? 聞いたことないなー」

「それで、アタシに何か用?」

「まさか、告白とかするつもり? ムリムリ」

そいつは笑っていた、俺にはどうも……汚らしく見えて仕方ない。


147: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:45:24.78 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「千反田える、この名前は知っているだろう」

「ちたんだ……ちたんだ、ああ、アイツね」

「知ってるけど、それがどうしたの?」

奉太郎「それと伊原摩耶花、勿論知っているだろう」

「あー、あのウザイ奴ね。 勿論知ってる」

やはり、駄目だ。

なんとか抑えようと思ったが、里志には穏便に済ませようと言われたが……

俺はどうやら、そこまで人間が出来ていない様だ。

奉太郎「……自分のした事は、分かっているんだろ」

奉太郎「千反田に嘘を吹き込み、伊原に向かって言わせた」

奉太郎「覚えて無いなんて、言わせないぞ」


148: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:46:06.09 ID:nfnPYl4y0

「あの馬鹿正直な奴でしょ、今時あんなの信じる奴がいるなんてね」

「思い出したらおかしくなってきちゃう」

良かった。

正直な話、これを否定されたら俺には手は無かった。

千反田は誰に言われた等……あいつの性格だ、言わないだろう。

それをコイツは自分で認めてくれた、良かった。

奉太郎「お前は、なんとも思っていないのか」

奉太郎「千反田を傷付け、伊原も傷付け、なんとも思わないのか」

「別に? 騙される方が悪いんじゃない?」


149: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:46:38.81 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「……あいつは、千反田はお前の事を信じて……伊原に言ったんだぞ!」

奉太郎「それを、お前はなんとも思わないのか!」

奉太郎「千反田は人を疑わないし、嘘なんて付かない」

奉太郎「どこまでも……正直な奴なんだぞ」

「ふーん、あっそ」

「アタシも知ってるよ、あいつが馬鹿正直な所」

「それで教えてあげたんだもん」

「こいつなら絶対に騙されるなーって思ってね」


150: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:47:06.24 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「……お前に千反田の何が分かる!!」

自分でも、驚くほどに大きな声で叫んでいた。

言われたそいつは、少し身を引きながら再び口を開く。

「な、なに熱くなってんの? ほっときゃいいじゃん」

奉太郎「あいつはな、千反田は伊原にその言葉を言った後……!」

思いとどまる、こいつに……千反田の泣いていた所なんて、教えたくない。

奉太郎「お前に千反田と話す権利なんて無い!」

「それは残念だなぁ、もうちょっと使おうと思ってたのに」

「ていうかさ、たかが友達の事で本気になってて恥ずかしくないの?」


151: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:47:35.07 ID:nfnPYl4y0

たかが友達、か。

確かに、俺も昔は少しそうだったのかもしれない。

氷菓事件の時、千反田の家で話し合いをした時。

俺は流そうとした、それが俺らしいと思い。

たかが一人の女子生徒の悩み。

たかが高校の部活動。

だけど、俺とこいつは……絶対に同類なんかじゃない。

不思議と、今の言葉で俺は落ち着けた。

奉太郎「……もういい」

「あっそ、じゃあ帰っていいかな」

奉太郎「違う、お前に普通の話し合いなんて、通じないからもういい」

「言ってる意味が分からないんだけど?」


152: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:48:08.60 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「お前は、漫研で活動してるな」

「……それが何?」

奉太郎「その部室から少し離れた場所」

奉太郎「女子トイレが無く、男子トイレしかない場所があるのも知ってるな」

「それが……なんだよ」

奉太郎「以前俺は、お前がトイレから出てくるのを見かけている」

奉太郎「男子トイレ、からな」

「アンタ、ストーカー?」

もう、くだらない挑発は無視をする。

奉太郎「昨日、その男子トイレを少し調べた」

奉太郎「見つかったのはこれだ」


153: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:48:46.40 ID:nfnPYl4y0

俺の手にあるのは、ビニール袋に入った【煙草】

奉太郎「これは、お前の物だろ?」

「っ! んな訳ないでしょ!」

やはり、認めないか。

奉太郎「そうか、余りこういう事はしたくないんだが」

そう言い、俺はポケットから一つの写真を取り出した。

そこには、金髪の女子が男子トイレで煙草を吸っている光景が写し出されている。

奉太郎「こいつは、俺の友達が撮ってくれた写真だ」

奉太郎「知ってるか? 図書室のとある場所から丸見えなんだぞ」

「……アタシを脅してるつもり?」


154: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:49:21.35 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「そうなるな」

奉太郎「これを学校側に提出されたくなかったら、今後一切」

奉太郎「千反田と伊原に関わるな」

「……そんな物、出されたら……」

小さいが、俺には確かに聞こえていた。

しかし、すぐに元の調子に戻る。

「おもしろいね、アンタ」

「じゃあ、こういうのはどうかな?」

「アタシが捏造写真で盾にされてる、捏造写真を仕組んだのは伊原摩耶花」

「面白そうじゃない?」

奉太郎「そんなので、先生達が信じる訳ないだろう」

「確かにね、でも」

「お互いの言い分を尊重し、退学は無し」

「両名にしばらくの停学を言い渡す」

「こうなると思うんだけど?」

「それで停学が明けたら、無事にアタシはまた千反田ちゃんと伊原ちゃんと仲良しこよし」

「いいと思わない?」


155: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:49:48.42 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「……本気でそう思っているのか」

「もっちろん」

奉太郎(これは本当に、使いたく無かったが)

奉太郎(仕方ないか)

奉太郎「俺が、どんな友達を持っているかお前は知らないのか」

「はあ? アンタの友達になんて興味ないし」

奉太郎「そうか」

奉太郎「お前を呼び出した奴、覚えているか」

「福部の事?」

奉太郎「そうだ、あいつがどこに所属しているか知っているか」

「言ってる意味がわからないんだけど、何を言いたいのよアンタは!」


156: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:50:15.52 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「あいつは総務委員会に所属しているんだ」

奉太郎「副委員長としてな」

「総務……委員会?」

奉太郎「俺が持っているこの写真、あいつも既に持っている」

奉太郎「そして、少なからず学校の上層部に影響力のある立場だ」

奉太郎「そんな奴がこの写真を提出したら、どうなるかお前でも分かるだろ」

「や、やめてよ」

急に弱気、か。

「そんな事されたら、アタシは」

奉太郎「お前の意見なんか聞いていない!!」

「ひっ……」

奉太郎「俺が譲歩してやっているんだ、お前が……」


157: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:50:46.31 ID:nfnPYl4y0

奉太郎「今後、千反田や伊原、里志……福部とも」

奉太郎「それに俺と、一切関わらないならこいつは提出しない」

奉太郎「だがこいつは保管させてもらう、いつでも提出出来る様にな」

奉太郎「お前がもし、俺たちに関わってきたらすぐに退学にしてやる」

奉太郎「分かったか?」

「……」

奉太郎(仕上げだな)

奉太郎「お前も退学になったら困るだろう? 親がどこかしらの学校のお偉いさん、だからな」

「っ! ……わ、分かった」


158: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:51:18.52 ID:nfnPYl4y0


その情報は、誰に聞いた物でもなかった。

今の会話から、こいつの言葉が小さくなる部分、表情の変化。

それらを繋げて、得た情報であった。

奉太郎「俺もそこまで鬼じゃない、お前が変な事をしなければ何もしない」

「ご、ごめんなさい」

奉太郎「別に謝らなくていい、俺にも、千反田にも伊原にも、里志にも」

奉太郎「お前の謝罪なんて、何も響かない」

奉太郎「……もし今度何かあったら、話し合いだけでは済むとは思うなよ」

それ以降、そいつはうなだれて口を開こうとしなかった。


159: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:51:46.15 ID:nfnPYl4y0

俺は、屋上から降りる。

階段を降り、一度自分の教室へ向かった。

椅子に座り、大きく深呼吸をする。

奉太郎(5回、くらいか?)

思考を放棄して、殴りかかりそうになった回数。

だが、もし殴ったとしてだ。

千反田はそれで喜ぶだろうか?

伊原は? 里志は?

間違いなく、喜びはしない。

それがなんとか俺を留まらせた。

奉太郎(全く、今日は本当に疲れた)

時刻は……17時30分、か。

少し、長引いてしまったな。

さて、と。

千反田と伊原の方は、無事に終わっただろうか?


160: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:52:40.27 ID:nfnPYl4y0

私は、昼休みに折木さんと別れた後、摩耶花さんの教室を訪ねました。

摩耶花さんは少し、私を怖がっていた様で胸が痛みます。

しかし、伝えなくてはいけません。

える「あの、摩耶花さん」

摩耶花「ちーちゃんか……何か、用事?」

える「……はい、今日の放課後に少し話せますか?」

摩耶花「……うん、いいよ」

一瞬だけ、摩耶花さんが嫌そうな表情をしました。

それだけで、私はもう……

摩耶花「でも委員会の仕事があるから、終わってからでいいかな」

そして、摩耶花さんは私の顔を見てくれませんでした。

える「はい、では部室で待っていますね」

そう伝えると摩耶花さんは軽く頷き、それ以降は喋ろうとはしません。

私は教室を出ると、自分の教室に向かいます。

また少し、泣きそうになってしまいます。

える(涙脆くなったのでしょうか、私は)

教室に戻るとすぐに午後の授業が始まりました。

あっという間に授業は終わり、放課後となります。


161: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:53:19.32 ID:nfnPYl4y0

摩耶花さんの委員会は大体17時頃に終わる予定となっていました。

それまで少し、時間が余っています。

一度部室に行き、座って外を眺めていましたが……校内でもお散歩しましょう。

そう思い、人が少なくなった校内を歩きました。

気付けば自然と、折木さんのクラスへ。

教室を覗くと、まばらには人が居ましたが折木さんの姿は見当たりません。

える(そうでした、折木さんはもう帰っているのでしょう)

朝の事を思い出し、教室を去ろうとした所で不自然な物を見つけます。

える(あれは、折木さんのカバン?)

える(忘れていったのでしょうか……でも、おかしいです)

折木さんは意外と言ったら失礼ですが……忘れ物は滅多にしません。

そんな折木さんが忘れ物? それかまだ学校にいるのでしょうか?

5分ほどそこで待ちましたが、戻ってくる気配はありません。


162: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:53:52.10 ID:nfnPYl4y0

える(仕方がないです、また散歩でもしましょう)

そして階段まで差し掛かったとき、何やら声が聞こえてきます。

あれは……屋上から?

声の抑揚が、折木さんの物と一緒です。

間違いありません……折木さんです。

える(誰かと話しているのでしょうか? 少しだけ……行ってみましょう)

私は、屋上の扉まで辿り着きました。

これでも意外と耳はいい方だとは思っています。

内容はしっかりと聞こえました。

その内容は、どうやら私の事の様で。

昨日の事のようです。

える(もしや折木さんは、昨日私と話していた方とお話を?)

折木さんの方は、とても真剣に。

もう片方の方は、どこかふざけている感じ……でしょうか。


163: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:54:27.03 ID:nfnPYl4y0

突然、折木さんが大声をあげます。

える(折木さんが、あんなに大きな声で……)

少なくとも、一年間一緒に居ましたが……ここまで大声を出しているのは聞いたことがありません。

自分で言うのもあれですが、その内容は……私の事を大切に思ってくださっている物です。

ここまで……ここまで折木さんは、していてくれたのですか。

私は本当に、折木さんに頼りっぱなしです。

扉越しに、折木さんに頭を下げその場を去ります。

あまり、聞いてはいけない内容でしょう。

折木さんがその話をしてくれなかったのも、私に知られたくなかったからでしょう。

ならば、聞いては駄目です。

私はゆっくりと部室に戻り、決意を固めます。

える(私は、摩耶花さんにしっかりと気持ちを伝えます)

える(友達を失うのは……耐えられません)

える(絶対に、仲直りします!)

その時、扉が開きました。

摩耶花さんが来たようです。


164: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:54:55.03 ID:nfnPYl4y0

~古典部部室~

やっぱり、帰ろうかな。

ちーちゃんには悪いけど……

いや、駄目だ。

朝、折木にも相談に乗ってもらったし、ここで逃げちゃ駄目だ。

でも扉は、とても重い。

なんて言われようとも、私はちーちゃんと話さなきゃいけない。

そうしないと、いつまでも弱いままだ。

胸に手を置き、息を整える。

摩耶花(よし!)

扉を、開けた。

そこには、いつも通りのちーちゃんが居た。


165: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:55:21.42 ID:nfnPYl4y0

摩耶花「……来たよ」

なんて、暗い声なんだろう。

える「摩耶花さん、わざわざすいません」

摩耶花「話って、何かな」

分かってるだろう、自分でも。

性格悪いのかな、私。

える「昨日の、事です」

摩耶花「……そう」

ちーちゃんは、ゆっくりと語り始めた。

その内容を頭に入れる。

そして5分ほどで、話は終わった。


166: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:56:00.88 ID:nfnPYl4y0

える「言い訳みたいに、なってしまいましたが」

える「摩耶花さん、本当に申し訳ありません」

える「合わせる顔も無いと思いましたが、話さずにはいられませんでした」

える「すいませんでした」

そう話を締めると、ちーちゃんは頭を下げた。

ほんっとに。

ほんとーに! 私って、馬鹿だ。

ちーちゃんが、そんな事……昨日言った事を本気でする訳ないじゃんか。

私は昨日まで、ちーちゃんの事を疑っていたのをすごく後悔した。

ああもう! 最低じゃないか私。

謝るのは、こっちの方だ。


167: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:56:33.02 ID:nfnPYl4y0

そして、尚も頭を下げ続けるちーちゃんに向け、言った。

摩耶花「……ちーちゃん」

摩耶花「謝るのは、私の方だよ」

摩耶花「ちーちゃん! ごめん!」

するとちーちゃんはキョトンとした顔をこっちに向け、少し困惑していた。

摩耶花「私、ちーちゃんの事疑ってた」

摩耶花「もしかしたら、そういう事を言う人なんじゃないかって」

摩耶花「でも、普通に考えたらありえないよね」

摩耶花「ごめんね、ちーちゃん」

える「あ、あの」

える「……許して、くれるんですか」

何を言ってるんだこの子は!


168: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:57:05.26 ID:nfnPYl4y0

摩耶花「当たり前じゃない! だって私たち」

摩耶花「友達、でしょ」

今年一番の、いい笑顔だったと思う。

良かった、本当に。

胸の痛みは、とても自然に……心地よく消えていた。

える「……はい! 友達、ですよね」

ちーちゃんの笑顔も、今年で一番可愛らしかった。

える「良かったです、本当に……良かったです」

ちーちゃんの瞳から、綺麗な涙が落ちるのを見た。

摩耶花「良かったよ、私もほんっとに」

摩耶花「……良かったよ」


169: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:57:33.42 ID:nfnPYl4y0

その後は、時間が許すまでお話をした。

今回の事で、お互いが思っていた事。

その間何回か泣き、笑った。

やっぱり、ちーちゃんはちーちゃんだ。

私の大切な、友達。

そうだ、あれをあげよう。

元からあげる予定だったんだけど、ね。

摩耶花「そだ、ちーちゃん……」

える「はい? なんでしょうか」

摩耶花「これ、あげる」

える「……これは、すごく綺麗ですね」

摩耶花「なら良かった、喜んで貰えるなら私もうれしい」

える「私のお部屋に飾りたいですが……この部屋に飾ってもいいですか?」

摩耶花「ちょっと恥ずかしいけど……うん、いいよ」

摩耶花「ちーちゃんのお部屋用のも、今度あげるね」

える「はい! ありがとうございます、摩耶花さん」


170: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:58:07.32 ID:nfnPYl4y0

~教室~

少し休んでいたつもりだったが、もう18時か……

ふと窓から外を眺めると、千反田と伊原の姿が目に入ってきた。

お互いに笑顔で、とても仲が良さそうに見える。

奉太郎(向こうも、うまくいったようだな)

奉太郎(俺も帰るか、体が重すぎるぞ……)

教室を出た所で、少しだけ黄昏れたい気分になった。

奉太郎(部室に寄って行くか)

そう思い、普段より重く感じる体を引き摺りながら目的地へ向かう。

古典部の前に着き、ゆっくりと扉を開けた。

夕日が差し込み、中々に趣がある光景となっている。

近くの席に腰掛け、溜息を一つついた。

奉太郎(最近は本当に、体を動かしっぱなしだな)

奉太郎(俺は、今薔薇色なのだろうか?)

奉太郎(わからん……)

奉太郎(まあ、どっちでもいいか)

奉太郎(しかし……何も灰色に、拘る必要もないかもしれない)


171: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 20:58:36.80 ID:nfnPYl4y0

最終下校を知らせるチャイムが鳴り響いた。

奉太郎(もう少し居たかったが……仕方ない、帰るか)

部室を出ようとしたところで、見慣れない物が視界に入ってきた。

奉太郎(……全く、周りから見たら薔薇色の一員か、俺も)

そして俺は、家へと帰る。

部室には--------

俺、里志、伊原、千反田。

全員が笑顔の、綺麗な色使いの絵が飾ってあった。

今日もまた、高校生活は浪費されていく。

それは灰色か、薔薇色か。

こいつはどうやら、自分で決める事ではないらしい。

今日もまた灰色の……いや、どちらかは分からない高校生活は浪費されていく。

第六話
おわり


173: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 21:01:22.23 ID:nfnPYl4y0

やっと、家に着いた。

今日はとても長く感じる。

色々あったが……無事に終わった。

ま、終わりよければ全て良しと言った所か。

家に入り、自室へ向かう。

姉貴がリビングに居るが、疲れていて姉貴の話に付き合う体力は無い。

奉太郎(やはり少し、体が重いな)

朝からだったが、今がピークだろうか……どうにもふらふらする。

ああ、もう少しで、部屋に着く。

奉太郎(なんか、視界が揺れているぞ)

奉太郎(ま、ずいな)

そこで、俺の意識は途絶えた。


174: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 21:02:03.73 ID:nfnPYl4y0

摩耶花から連絡が来て、千反田さんと仲直りした事を聞いた。

里志(ホータローの方もうまくいってるだろうし、これで一件落着って所かな)

けど、ホータローには随分と任せっぱなしにしてしまったなぁ。

僕の立場を使うってのは良いと思ったけどね。

とりあえず明日、部室でゆっくり皆で話そう。

里志(にしても、疲れたなぁ)

突然、部屋の電話が鳴り響いた。

里志(誰だろう? 摩耶花なら携帯に掛けて来る筈だし……ホータローかな?)

電話機の前まで行き、映し出されている番号はホータローの家の物だった。

里志(やっぱりか、今日の結果報告と言った所かな?)

そう思い、電話を取る。

里志「もしもし、ホータローかい?」

供恵「ごめんねー。 奉太郎じゃなくて」

里志「あれ、ホータローのお姉さんですか?」

供恵「そっそ、里志君お久しぶり」

里志「どうも! それで、何か用でしょうか?」

供恵「うん、実はね」


175: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 21:02:30.22 ID:nfnPYl4y0

私は家のベッドに転がると、今日の事を思い出す。

摩耶花(本当によかった、仲直りできて)

一応、敵を作りやすい性格だとは自分でも分かっている。

でも、ちーちゃんに嫌われたと思ったときは本当に辛かった。

しかしそれも思い過ごしで……なんだか思い出したら泣けてきちゃう。

摩耶花(やっぱりちーちゃんとは、友達続けていたいな)

明日は、またいっぱい話をしよう。

今度、どこかへ遊びに行こうかな。

ちーちゃんは遊ぶ場所知らなさそうだし、私が案内しなくちゃ。

そうだ、どうせならふくちゃんも、折木も呼んでどこかへ行こう。

そう思い携帯を手に取る。

電話番号を押そうとした所で、着信。

摩耶花(ふくちゃんから? 何か用なのかな)

摩耶花「もしもし、ふくちゃん?」

里志「摩耶花! ちょっと今から出れる!?」

焦っている感じ……何かあったのかな?

摩耶花「う、うん」

摩耶花「……一体どうしたの?」


176: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 21:03:03.25 ID:nfnPYl4y0

縁側に座り、夕日色に染まる空を眺めました。

私は……とても友達に恵まれています。

折木さんも、福部さんも、それに摩耶花さんも。

皆さん、とてもいい方達です。

私には少し勿体無いくらいの、そんな人たちです。

でもやはり、最後にはまた……折木さんに助けられました。

いつか、私が折木さんを助ける事はできるのでしょうか?

える(何か、恩返しはできないでしょうか……)

える(折木さんにも、福部さんにも、摩耶花さんにも)

最初に古典部に入った目的は、氷菓の件です。

しかし私しか部員がおらず、どうしようかと思っていたときに現れたのは折木さんでした。

そして私が長い間、考えていた問題も解決してくれました。

他にも色々と、今回の事だってそうです。

える(とても返しきれそうな恩では……ないですね)

気温も大分、気持ちいいくらいになってきます。

もうすぐ夏も、やってきます。


177: ◆Oe72InN3/k 2012/09/09(日) 21:03:38.56 ID:nfnPYl4y0

える(時が経つのは早いですね、これからどのくらいの間、一緒に居られるのでしょうか)

える(後、2年も……ないですね)

考えると寂しい気持ちになってしまうので、気持ちを切り替える為に冷たい水でも飲みましょう。

そう思い、台所へと向かいました。

丁度台所に入ろうとしたとき、家のインターホンがなります。

える(お客さんでしょうか?)

える(こんな時間に、珍しいですね)

私は台所へ向かっていた足を玄関に向けると、扉を開きました。

摩耶花「ちーちゃん!」

える「ま、摩耶花さん?」

摩耶花さんから私の家までは大分距離があるのに……どうしたのでしょう?

える「どうしたんですか? 随分と慌てている様ですが……」

摩耶花「折木が、折木が倒れた!」


6.5話
おわり


187: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 20:59:37.10 ID:xkf9nyGQ0

える「折木さんが!?」

今考えると、朝からどこか……具合の悪そうな顔をしていました。

思い出されるのは、今日の屋上で聞いた話。

える(……私のせいです)

私がもっとしっかりしていれば、折木さんに頼らずに済んでいたのに。

なのに折木さんに無理をしてもらって……

える(考えていても、仕方ありません)

える「折木さんはどこに?」

摩耶花「私もふくちゃんから聞いただけなんだけど……今は家に居るみたい」

える「では、行きましょう!」

そう言うと、私は制服のまま自転車を取り出します。

摩耶花さんも自転車で来ていた様です。

精一杯漕いで……15分ほどでしょうか。

それらを計算する時間も勿体無く、私は摩耶花さんと一緒に折木さんの家に向かいました。


188: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:00:28.21 ID:xkf9nyGQ0

折木さんの家には何度かお邪魔した事があったので、道順は大丈夫です。

少しだけ見慣れた光景なのに……とても長く感じました。

える(早く……まだでしょうか)

たった15分の道のりが、30分にも1時間にも感じます。

摩耶花「ちーちゃん! 道はあってるの?」

える「はい! 何度か行った事があるので大丈夫です!」

自転車を漕ぎながらも、必死で会話をします。

摩耶花「え? ちーちゃん折木の家に行った事あるの!?」

ああ、失念していました。

別段、秘密にしようとは思っていなかったのですが……

なんとなく、隠していたんです。

でも、今は答えている余裕はありません。

える「もう少しで着きます!」

やっと……やっと見えてきました。


189: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:01:05.21 ID:xkf9nyGQ0

折木さんの家の前では……福部さんが待っていました。

える「福部さん! 折木さんは!?」

里志「ち、千反田さん。 落ち着いて」

里志「ホータローなら家に居るよ、お姉さんもね」

福部さんは、どうしてここまで落ち着いているのでしょう?

摩耶花「ふくちゃん! 早く折木の所へ行こう!」

そうです、折木さんは大丈夫なのでしょうか……

里志「うん、じゃあ行こうか」

福部さんの後ろについて行く形で、折木さんの家に入ります。

玄関を開けると、折木さんのお姉さんが居ました。


190: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:01:34.82 ID:xkf9nyGQ0

供恵「お、来たね」

供恵「にしてもあいつ、意外と友達に恵まれてるなー」

この方……もしかして。

摩耶花「こんにちは、伊原摩耶花といいます」

える「千反田えると申します」

摩耶花さんに続き、軽い挨拶をしました。

そこでふと、少し気になっていた疑問をぶつけてみます。

える「あの、すいません……以前お会いしましたよね?」

供恵「前に? うーん」

供恵「覚えてないなぁ……どこで会ったの?」

確かに、会った筈です。

える「神山高校の文化祭の時にお会いしたかと……」


191: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:02:02.89 ID:xkf9nyGQ0

供恵「え? なんか話したっけ、私と」

える「いえ、一目見ただけです。 その時はなんとなく、以前どこかでお会いした気がしていたんですが……」

える「折木さんのお姉さんだったんですね!」

供恵「すごい記憶力ねぇ」

供恵「ま、それにしても」

供恵「私とあいつが似てるー? 勘弁してよ!」

里志「あはは、ホータローもそれは違うって言ってたね」

供恵「あいつがねぇ……」

供恵「と言うか、千反田さん?だっけ」

える「は、はい」

供恵「なるほどねぇ、可能性の一つって所かしら」


192: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:02:32.56 ID:xkf9nyGQ0

える「え、えっと?」

供恵「ううん、なんでもない」

少し、気になりますが……

いけません!

今はもっと、しなければいけない事があるんでした!

える「それより!」

供恵「な、なに?」

里志「ち、千反田さん落ち着いて。 お姉さんびっくりしてるよ」

いけません、また近づきすぎてしまいました……

える「す、すいません。 で、でもですね」


193: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:03:00.05 ID:xkf9nyGQ0

える「折木さんはどこでしょうか!? 無事なのでしょうか!?」

供恵「あいつも大切にしてもらってるのねぇ、勿体無い!」

供恵「あ、奉太郎ね」

供恵「今は自分の部屋で寝ているよ、顔だけでも出してあげて」

える「ありがとうございます」

える「行きましょう。 福部さん、摩耶花さん」

摩耶花「うん、そうだね」

里志「りょーかい」

私たちは、3人で折木さんのお部屋に向かいました。

ドアはすんなりと開きます。

目に入ってきたのは、ベッドに横になっている折木さんでした。

える(私が、私のせいで……)

える「折木さん!」


194: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:03:29.27 ID:xkf9nyGQ0

折木さんの所へ行くと、手を握ります。

摩耶花「折木! 大丈夫?」

あれ? 福部さんも一緒に来たと思ったのですが……

お手洗いにでも行っているのでしょうか? 見当たりません。

で、でも今はそれよりも!

える「折木さん! 折木さん!」

何度か呼びかけると、折木さんは返事をしました。

奉太郎「……おい」

そう言うと、折木さんはゆっくりと体を起こします。

奉太郎「里志だな……こんな大事にしたのは」

大事……とはどういう意味でしょうか?

里志「い、いやあ……僕もここまで大事になるとは思わなかったんだよ」

える(福部さん、いつの間に戻ったのでしょうか……)


195: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:04:05.42 ID:xkf9nyGQ0

奉太郎「全く、いい迷惑だ」

える「え、ええっと?」

摩耶花「……ふくちゃん、説明してね」

つまりは、どういう事でしょう?

摩耶花さんは何か分かった様な顔をしていますが……

里志「えっとね、ホータローはただの風邪なんだ」

里志「最初に聞いたのは僕なんだけど……ホータローのお姉さんからね」

里志「それを拡大解釈して、摩耶花に連絡をしたんだよ」

里志「ホータローが倒れた! ってね」

里志「そうしたら摩耶花は千反田さんに連絡を入れて……今に至るって所かな」

そ、そうでしたか……

でも、危ない状態ではなくて良かったです。

いえ、一度倒れているんです……良かった事はないでしょう。

える「……そうですか、少しだけ安心しました」

そう言うと、私は床に座り込んでしまいます。

全身から、一気に力が抜けたのでしょうか。


196: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:04:41.08 ID:xkf9nyGQ0

摩耶花「……ふくちゃんのバカ」

摩耶花「あんな慌てて連絡してくるから、一大事だと思ったじゃない!」

里志「い、いやあ……まあ皆集まってホータローも嬉しいんじゃない?」

里志「結果オーライって奴かな?」

摩耶花「ふーくーちゃーんー?」

二人は、口喧嘩を始めてしまいます。

と言っても、摩耶花さんが一方的に責めているだけですが……

える(こ、ここで喧嘩はダメですよ! 二人とも!)

そんな動作を身振り手振りで伝えていたら、折木さんから声が掛かります。

奉太郎「いいんだ、千反田」

奉太郎「今となっちゃ、こっちの方がいつも通りだからな」

える「そう、ですか」

える「あの、折木さん」


197: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:05:11.10 ID:xkf9nyGQ0

奉太郎「ん?」

える「すいませんでした……折木さんがこんな状態なんて知らずに、私」

奉太郎「別に、俺が好きでやったことだ」

奉太郎「お前が気に病むことなんてないだろ、ただの風邪だしな」

える「そう言って頂けると、ありがたいです……」

本当に、折木さんは心優しい方です。

折木さんが好きでやったことでは無い事なんて……私でも分かります。

もう少し、もう少しだけ……私も強くならないと。

いつまでも頼ってばかりでは、ダメです。

える「折木さん、ありがとうございます」

そう笑顔を向けると、折木さんも少しだけ……笑った気がしました。

すると突然、ドアが開きます。


198: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:05:37.83 ID:xkf9nyGQ0

供恵「盛り上がってる所ごめんねー」

福部さんと摩耶花さんはそれを期に、口喧嘩を止めました。

供恵「ご飯作っちゃったけど、食べてく?」

里志「おお! ホータローのお姉さんの手作り! 是非!!」

摩耶花「私も、いただこうかな……」

摩耶花さんが、少しだけムッとした顔を福部さんに向けています。

える「では、私も……」

供恵「そっ、下に置いてあるから勝手に食べちゃってねー」

里志「あれ、お姉さんは一緒に食べないんですか?」

摩耶花さんが、さっきより更に鋭い視線を福部さんに向けています。

少し、怖いです。

供恵「あー、私はね」

供恵「今夜から旅行!」

確か前に、折木さんが「姉貴は世界が好きなんだ」って言っていましたが……

なるほど、と思いました。


199: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:06:10.16 ID:xkf9nyGQ0

里志「そうなんですか、気をつけて!」

供恵「うんうん、何かお土産皆に買ってくるね」

供恵「それじゃあまたねー」

そう言うと、さっそく折木さんのお姉さんは家を出て行きました。

行動が……早い人です。

里志「もう行っちゃったね」

里志「ご飯、食べようか」

福部さんの言葉を皮切りに、私たちはリビングへと向かいます。

それにしても何か忘れている様な……

そんな考えも、おいしいご飯を食べている時は忘れてしまいます。

30分ほど3人でご飯を食べ、また少しお話をします。

里志「あっははは、それはまた、ははは。 面白いね」

摩耶花「でしょ? 私はいい迷惑だったけどね!」

える「そうですね……あ、もうこんな時間ですか」

時計を見ると、時刻は20時となっています。

随分と、長居をしてしまいました……


200: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:06:36.34 ID:xkf9nyGQ0

長居?

里志「そうだね、そろそろ帰ろうか」

あ、思い出しました……!

摩耶花「うん、明日も学校だしね」

える「あ、あの」

える「少し、言い辛いんですが……」

摩耶花「どしたの? ちーちゃん」

える「折木さんは……?」

私がそう言うと、二人も思い出したのか焦りが顔に出ています。

里志「す、すっかり忘れてた」

摩耶花「物凄くリラックスしてたね、私たち……」

える「ちょ、ちょっと折木さんの部屋に行きましょう」

里志「そ、そうだね、そうしよう」

少々皆さんの顔が引き攣っていますが……戸惑ってはダメです!


201: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:07:04.39 ID:xkf9nyGQ0

ドアを開けると、折木さんがベッドの上に座り、手を組んでいました。

奉太郎「楽しかったか?」

里志「ま、まあ……」

奉太郎「……随分と、盛り上がっていたなぁ?」

摩耶花「う、うん……」

奉太郎「飯はうまかったか?」

える「折木さんごめんなさい!!」

急いで、頭を下げます。

折木さんは、一つ溜息をつくと、ゆっくりと口を開きました。

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「それより悪いんだが、俺の飯を運んできてくれないか?」

える「は、はい!」

折木さんのご飯……ご飯。


202: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:07:31.28 ID:xkf9nyGQ0

あれ?

里志「ほ、ホータロー」

奉太郎「……ん」

里志「とても言い辛いんだけど、ホータローの分、皆で分けちゃったんだ」

奉太郎「……」

奉太郎「お前ら、一応ここ俺の家だからな?」

摩耶花「ご、ごめん折木……」

どうしましょう、どうしましょう……

すると突然、誰かの携帯が鳴りました。

摩耶花「私のだ、誰だろ」

摩耶花さんは廊下に出ると、電話でどなたかとお話をしています。

続いてまた、携帯が鳴ります。

今度は……福部さんでしょう。

部屋に二人っきりになりました。


203: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:09:24.80 ID:xkf9nyGQ0

える「あの、折木さん」

える「すいません、本当に……」

奉太郎「……はあ」

奉太郎「いいんだ、別に」

奉太郎「そこまで腹が減ってた訳じゃないしな、構わないさ」

える「い、いえ! でも……」

そうは言っても、折木さんのとても悲しそうな顔ときたら……

やはり、申し訳ないです。

するとどうやら、話し終わった福部さんと摩耶花さんが部屋に戻ってきます。

摩耶花「お母さんからだった、何してんのーって」

里志「はは、僕も一緒だ」

お二人はどうやら、そろそろ帰らないとまずいようです。

える「そうなんですか、折木さんのご飯……どうしましょう」

奉太郎「気にするな、明日も学校だろ。 お前ら」

ですが、ですが。

福部さんも、摩耶花さんも、やはり少し後ろめたさがあるようです。


204: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:10:07.78 ID:xkf9nyGQ0

私、決めました!

える「私が何か作ります!」

奉太郎「た、確かにそれは有難いが……時間、大丈夫なのか?」

える「はい、今日は大丈夫です」

える「両親は今日、挨拶でとなりの県まで行っているので」

える「戻ってくるのは明日のお昼の予定です、問題はありません」

里志「うーん、じゃあちょっと悪いんだけど……千反田さんに任せようかな」

摩耶花「そだね……ごめんね? ちーちゃん」

える「いえいえ、構いませんよ」

そう言い、二人は帰り仕度を始めます。

奉太郎「ありがとな、里志も伊原も……千反田も」

里志「気にしない気にしない、どうせ暇だったしね」

摩耶花「別にあんたの為に来た訳じゃないし……ふくちゃんが行くって言うから……」

摩耶花「でも、早く元気になってよ。 病気のあんたと話しててもつまらないし」

奉太郎「……ま、すぐに治るだろう」

そして、摩耶花さんと福部さんは自分の家へと帰って行きました。


205: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:10:37.98 ID:xkf9nyGQ0

さて、どうしましょう……

える「とりあえず、ご飯作りますね!」

奉太郎「ああ、悪いな千反田」

える「いえいえ、折木さんは寝ていてください」

そう言い残し、私は台所へと向かいました。

える(何を作りましょうか……)

える(お米は、御粥にしましょう)

える(生姜粥がいいですね)

える(後は……ネギを炒めましょう)

える(少ないですけど……風邪ですからね、仕方ないです)

私はお粥を作り、ネギを醤油で炒め、折木さんの部屋へと持って行きました。

える「折木さん、できましたよ」

える「ちょっと見た目も良いとは言えませんし、量も少ないですが……風邪に良いと思いまして」


206: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:11:16.57 ID:xkf9nyGQ0

奉太郎「おお、うまそうだ」

える「そう言って頂けると、うれしいです」

折木さんは食べ始めると、ひと言も喋らず食べ続けます。

そんな様子を見ていたら、なんだか顔が綻んでしまいます。

奉太郎「あ、あんまジロジロ見ないでくれ」

える「あ、す、すいません」

慌てて視線を泳がせますが……やはり気になってちらちらと見てしまいます。

える(どうでしょうか……)

奉太郎「……ふう」

折木さんは食べ終わると、箸を置き、息を吐きました。

奉太郎「……うまかった、ご馳走様」

ああ、良かったです。

える「そうですか、お粗末様です」


207: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:11:52.23 ID:xkf9nyGQ0

奉太郎「悪いな、色々と」

える「い、いえ……元を辿れば私のせいですので」

やはり、申し訳ない事をしてしまいました。

私がもっとちゃんとしていれば。

そこで気付くと、折木さんが私の顔の前に手を持ってきていて……

える「いっ…」

デコピン、してきました。

奉太郎「何回言ったら分かるんだ、お前のせいじゃない」

奉太郎「もう自分を責めるのはやめろ」

える「は、はい。 でも……」

奉太郎「ん?」

える「デコピンは、ちょっと酷いです……」

そう言い、私が俯き悲しそうな顔をしていると折木さんが口を開きます。


208: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:12:46.02 ID:xkf9nyGQ0

奉太郎「わ、悪い」

折木さんは、顔を私から逸らします。

今です!

奉太郎「悪かったよ、千反田……いてっ」

やり返しちゃいました。

える「ふふ、お返しです、折木さん」

奉太郎「……全く、俺はもう寝るぞ」

える「そうですか」

奉太郎「それより、お前は帰らなくてもいいのか」

……すっかり忘れていました。

える「あ、もう22時ですね」

える「……通りで眠いと思う訳です」

もう外は、真っ暗です。

でも余り折木さんの家に長く居ても迷惑ですし……そろそろ帰らなければ。


209: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:13:14.15 ID:xkf9nyGQ0

える「では、私はそろそろ……」

奉太郎「なあ……」

える「はい? なんでしょうか?」

奉太郎「今日、泊まっていかないか」

と、泊まり!?

お、折木さんの家に!?

そ、それはつまり……どういう事でしょう?

える「え、えっと、そ、そのですね」

奉太郎「べ、別に嫌ならいいんだ」

奉太郎「その、なんだ」

奉太郎「今から一人で帰すってのも、ちょっとあれだしな」

奉太郎「夜遅くに、女子を一人で帰すのは……ちょっと気が引けるってだけだ」


210: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:13:49.88 ID:xkf9nyGQ0

える「え、あ、ありがとうございます……」

奉太郎「……千反田が嫌ならいいんだがな、無理にとは言わん」

ど、どど、どうしましょう。

嫌って訳ではないんです、ないんですが……

なんで、私はここまで緊張しているのでしょうか……?

折木さんが言っているのは、帰っても帰らなくてもって事ですよね。

……どうしましょう?

える「お、折木さん、あの」

える「……泊まらせて、もらいます」

自然と、口から出てしまっていました。

折木「……そうか」

折木「……風呂も一応沸いてるから、使っていいぞ」

える「は、はい」

える「では、頂きますね」

そう言い、ちょっと恥ずかしいのもあり、私は一度リビングへと行きました。


211: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:14:16.28 ID:xkf9nyGQ0

リビングに着き、ソファーに座ります。

える(びっくりしました)

える(まさか、泊まる事になるなんて……)

ふと、思い出します。

える(着替え……どうしましょう)

そんな事を思いつつ、ソファーの隅に一枚の紙切れが落ちているのに気付きます。

その紙には【これ私の服ね、使っていいわよ、千反田さん。 折木 供恵】と書いてありました。

える(全部、全部予想されていたって事ですか……)

折木さんのお姉さんは、随分と勘が鋭い方だとは聞いていましたが……ここまでとは。

でも、助かりました。

そう思い、その紙と一緒に置いてあったパジャマを手に取り、私はお風呂場へと足を向けます。

第七話
おわり


213: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:21:48.96 ID:xkf9nyGQ0

僕は、皆より一足先にホータローの家に着いていた。

そこで、盛大な勘違いをしたことを知ったんだけど……

お姉さん曰く、ただの風邪らしい。

それでも無理に動いていたから、倒れたとの事だ。

まあ、普段から体を動かしてないからってのもあると思うけどね。

とにかく、摩耶花と千反田さんになんて言い訳しようかな。

里志(うーん、参ったなぁ)

里志(あれ? もう来てるし!)

予想以上に千反田さんと摩耶花が来るのは早かった。

二人に軽く挨拶をして、ホータローの家に入る。

ここまできたら、どうにでもなれ!


214: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:22:24.29 ID:xkf9nyGQ0

お姉さんと千反田さんの会話を少し聞いたけど、千反田さんの記憶力はやはりすごい。

里志(これほどまでとは、ね)

そんなこんなで、ホータローに会おうという流れになってしまう。

うう、参ったなぁ。

お姉さんの横を通り過ぎようとした所で、呼び止められた。

供恵「里志くん、ちょっといいかな」

なんだろうか? まあこのまま行っても気まずいし、少し道草をしよう。

里志「なんですか?」

供恵「奉太郎の事なんだけど、さ」

供恵「最近学校で何かあったの?」

里志「うーん、確かにあるっちゃありましたね」


215: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:23:11.91 ID:xkf9nyGQ0

供恵「内容までは言えないって事ね」

里志「ま、そんな所です」

里志「すいません、いくらお姉さんでも言う訳には行かないんです」

供恵「……それってあの千反田さんに関係してるのね」

里志「……違うといえば、嘘になります」

うひぃ、やっぱり鋭いなぁ。

ホータローが苦手になるのも、少し分かる気がする。

供恵「そう、それだけ分かれば充分だわ」

供恵「にしても、あのホータローがねぇ」


216: ◆Oe72InN3/k 2012/09/10(月) 21:23:39.24 ID:xkf9nyGQ0

里志「ええっと、どういう意味ですか?」

供恵「その内分かるわよ」

なんだろうか……

やはりこの人は、何か知っているのか?

ううん、僕には思いつきそうにないや。

そして、そう言うとお姉さんはリビングへと戻っていった。

供恵「里志くん、ごめんね呼び止めちゃって」

供恵「奉太郎に会いにいってあげて」

そう言い残し、扉を閉めようとする。

そして、これは僕が聞いていなかった言葉、聞けなかった言葉。

供恵「あの奉太郎が飛び出して行ったと思ったら、なるほどね」

供恵「中々青春してるじゃない、あいつも」

第7.5話
おわり


227: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:55:25.49 ID:29A0yJOO0

俺は、俺はどうすればいいのだろうか。

勢いで千反田に泊まっていけ等と言った物の、どうにも落ち着かない。

奉太郎(何をやってるんだか……)

第一に、風邪を移してしまう可能性もあるだろう。

そんな事をしてしまったら本末転倒ではないか。

あいつは、あいつの性格からしたら……

これでも1年と少しの間、千反田と過ごしている。

一緒に居た時間もそれなりにはある。

そこから予想できる、次の千反田の行動は。

恐らく、風呂を出た後はこの部屋に一度やってくるだろう。

その時、俺はどんな顔をすればいいのだろうか。

全くもって、面倒な事になってしまった。

普段の俺なら、絶対に泊まっていけ等と言う筈が無いのに。

どうやら大分、風邪のせいで思考は弱くなっているらしい。

しかし今考えなければいけないのは、次に千反田が部屋に来た時どうするか? だ。


228: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:56:01.12 ID:29A0yJOO0

奉太郎(寝た振りでもしてしまおうか)

生憎だが、眠気は吹っ飛んでしまっている。

振りならば可能と言えば可能だが、そこまでする必要はあるのか……?

奉太郎(普通に接するか)

普通に接する……?

普通とは、どんな感じだったっけか。

ううん……

奉太郎(千反田、お風呂出たんだ。 じゃあ次は僕が入ろうかな?)

あれ、俺ってこんなキャラだっけ?

違う違う。

奉太郎(ちーちゃん、お風呂気持ちよかった? 私も入って来ようかな)

これは伊原だろう!

奉太郎(千反田さん、お風呂あがったんだね。 そう言えば、人間の体を温めた時に起きる作用なんだけど)

これは里志。

半ば半分ふざけて思考遊びをしていた時に、来てしまった……奴が。


229: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:56:32.01 ID:29A0yJOO0

える「あれ、起きていたんですね」

える「お風呂、ありがとうございます」

奉太郎「あ、ああ」

そう言いながら、千反田に目を向け、ぎょっとする。

この服は、姉貴のだろうか。

姉貴は意外にも身長があるし、体格も女の割りには結構がっちりとしている。

かと言ってスタイルが悪いと言う訳でもない。

そんな姉貴の服を千反田が着ると、どうなるかというと……

ぶかぶかだ。

それだけなら、まだいい。

余りこういうのは言いたくは無いのだが……

つまり、胸元が、見える。

える「折木さん、大丈夫ですか?」

える「顔が真っ赤ですけど……また熱でも上がったのでしょうか……」


230: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:57:08.74 ID:29A0yJOO0

奉太郎(ち、近い)

それをこいつは自覚しないから始末に終えない。

本当に、言いたくないが……このままでは風邪どころか神経を使いすぎて倒れかねない。

奉太郎「ち、千反田」

える「はい、どうかしましたか?」

奉太郎「その、その服だと、目のやり場に困るから、何か下に一枚着てくれると助かる」

える「え、あ! す、すいません!!」

がばっ!と胸元を隠す。

この際なら、なんでもいいだろう。

部屋にある引き出しから、手頃なシャツを一枚千反田に渡す。

奉太郎「これは俺のだが、着てくれると助かる」

える「は、はい! ありがとうございます!」

千反田もようやく気付いた様で、慌てっぷりは中々の見物だ。

そしてそのまま姉貴の服に手を掛けると……


231: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:57:51.90 ID:29A0yJOO0

奉太郎「お、おい! 外で着替えろ馬鹿!」

全く、全く全く。

千反田は顔を真っ赤にして、部屋から出て行った。

奉太郎(疲れる……本当に疲れるぞ、これ)

どうにも千反田は、天然と言えばいいのだろうか?

所々抜けており、言われるまで分かっていない節がある。

それを一個一個指摘するのは、大変な労力なのだ。

ほんの2、3分だろうか、千反田が再び部屋に戻ってきた。

える「あ、折木さん、本当にす、すいません」

奉太郎「……もういい」

話を変えよう、気まず過ぎて窓から飛び出したい気分になってしまう。

奉太郎「それより、布団を出しに行こう」

奉太郎「さすがにソファーで寝ろとは言えんからな」

そして、再びこのお嬢様は俺に疲れをもたらせる。

える「あれ、一緒のベッドで寝ないんですか?」

奉太郎「寝る訳あるか!」


232: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:58:32.26 ID:29A0yJOO0

俺は……俺の言葉を恨む。

泊まっていけなど、口が裂けても言うべきでは無かった。

奉太郎「……大体、俺は風邪を引いてるんだぞ」

奉太郎「移ったらどうするんだ」

える「私は大丈夫ですよ! うがいと手洗いには気を使って居ますので」

奉太郎(そういう問題では無いだろ)

しかし、飛びっきりの笑顔で言われては俺も参ってしまう。

奉太郎「そうか、でもとりあえずは別々で寝よう」

手段は、強行突破。

える「……そうですか、少し残念ですが、分かりました」

奉太郎(はぁぁ)

どうにも熱が上がってしまいそうで、本当に千反田はお見舞いに来たのだろうか? 等と思ってしまう。

だが納得してくれたのなら引っ張る必要も無いだろう。

そのまま別の部屋に移り、布団を引っ張り出す。


233: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 17:59:34.79 ID:29A0yJOO0

一応は客室となっている為、そこに布団を敷こうとしたが……

える「あの、折木さんの部屋に敷かないのですか?」

こいつはそろそろわざとやっているんじゃないか? と疑ってしまう。

仕方ない、はっきりと言おう。

奉太郎「あのな、千反田」

える「はい、なんでしょう」

奉太郎「俺は男で、お前は女だ」

える「ええ、そうですね」

奉太郎「男と女が一緒の部屋で寝るのは……その、余り良くないだろう」

える「確かに、分かります」

ん? 分かるのか。

奉太郎「だったら」

える「でも私、折木さんの事を信用していますから」

ああ、そう言う事か。

こいつは俺の事を信じているから、一緒のベッドで寝てもいいし、一緒の部屋で寝てもいい、というのか。

今までのこいつの態度の原因が、少しだけ分かった気がした。

信じていなかったのは、俺の方なのだろうか。

ここまで言われては、無下にするのも気が引けてしまう。

奉太郎「……分かった」

奉太郎「俺の部屋に布団は敷く、だけど風邪が移っても知らんぞ」


234: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:00:20.60 ID:29A0yJOO0

える「はい! ありがとうございます、折木さん」

やっぱり、泊めるべきでは無かった。

どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。

渋々布団を抱え、自室に戻る。

床に落ちている物を適当に足でどけると、そこに布団を敷いた。

すると千反田はとても満足そうな顔をしていた。

俺は、とても不満足な顔をした。

える「ふふ、折木さんと、お話したかったんです」

奉太郎(一応病人だぞ、俺)

でも、千反田と話していると何故か元気が出てくるのは自分でも分かっていた。

奉太郎(ま、少しくらい付き合ってやるか)

える「今日の事で、お話しようと思っていて」

今までの少し楽しんでいた千反田とは違い、一転空気が引き締まるのを感じた。

今日の事か、どうせ後で話すことになるんだ、今でもいいだろう。

奉太郎「俺も、その事は話さないといけないと思っていた」


235: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:01:08.08 ID:29A0yJOO0

える「そうでしたか、ではお話しますね」

千反田は一呼吸置くと、続けた。

える「本当に、折木さんには感謝しています」

える「私一人では多分、摩耶花さんと話し合いをしていたのかも分かりません」

える「福部さんとも、お話はとても出来ると思っていませんでした」

える「正直に、言いますね」

また一段と、空気が重くなる。

える「最初、摩耶花さんが帰った後」

える「一番怖かったのは、折木さんに嫌われるという事でした」

える「今まで少し、頼り過ぎていたのでしょう」

える「折木さんがすぐに戻ると言ってくれた時、ちょっとだけ安心できたのも覚えています」

覚えていたのか、俺は……くそ。


236: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:01:39.05 ID:29A0yJOO0

える「それから1時間程は、足に力も入らず、ただ呆然としていました」

える「外が暗くなってきて、ようやく立てる様になったんです」

える「今までで一番、体が重く感じました」

える「家に帰る道も、とても長く感じました」

俺がもし覚えていたら、千反田はこんな思いをしないで済んだのでは?

一緒に帰っていれば、そんな思いをさせずに済んだかもしれない。

える「それでようやく家に着いて、これからどうしようか考えていたんです」

える「気付くと電話機の前に居て、掛けようとした先は……折木さんの所です」

える「ですが、電話を取れませんでした」

える「……また、折木さんに甘えていると思ったからです」


237: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:02:11.09 ID:29A0yJOO0

それでか、それで千反田はすぐに電話に出たのか。

たまたま前に居たんじゃない、俺に電話を掛けようとしていて……電話機の前に居たんだ。

える「しかし、そんな時に電話が鳴ったんです」

える「お相手は、折木さんでした」

える「私は、その時とても嬉しくて、嬉しくて」

える「そこからは、折木さんの知っている通りです」

える「これは私の気持ちですが、知って貰いたかったんです」

さっき、俺はこう言った。

どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。と。

そんな事は無い。

さっきまでの俺は……とんだ馬鹿野郎だ。


239: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:04:29.66 ID:29A0yJOO0

奉太郎「千反田……」

奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」

千反田の方に顔を向けると、返事代わりに笑顔を一つ、俺の方へ向けた。

奉太郎「俺は、最初の一瞬……お前が言ったのかと思った」

奉太郎「けど、すぐにそれは違う事が分かった」

奉太郎「まずは謝る、ごめん」

千反田は何か言うかと思ったが、どうやら俺の話が終わるまでは話す気はないらしい。

奉太郎「自分で言うのもなんだが」

奉太郎「俺は怒るって事や、他の事もだが……あまりしない」

奉太郎「疲れるし、な」

少し、少しだけ千反田が笑った気がする。

奉太郎「だが千反田に経緯を教えてもらったとき」

奉太郎「俺は多分、怒っていた」

奉太郎「多分って言うのも変だがな、あんな感情は初めてだった」

奉太郎「怒りを通り越していたのかも知れない」

奉太郎「勿論、千反田に対してじゃない」

奉太郎「千反田に嘘……その言葉の意味を教えた奴に、だ」


240: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:05:34.74 ID:29A0yJOO0

奉太郎「それから図書室に行って、里志と話をした」

奉太郎「里志に少し、事情を話して……大分落ち着いたのを覚えている」

奉太郎「そして次に、俺は」

言っていいのか? 俺のした事を。

本当に、言っていいのだろうか?

それは千反田には、言ってはいけない内容だ。

けど、俺は……千反田の気持ちを全然理解していなかった。

もしかすると、自分の為に動いていたのかもしれない。

正体不明の感情を、消す為に。

奉太郎「……俺は!」

える「折木さん」


241: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:06:12.26 ID:29A0yJOO0

会話を、千反田が止めた。

える「もう、いいですよ」

える「折木さんの気持ちは、私に伝わりました」

奉太郎「そう、か」

える「先ほど、こう言いましたよね」

える「自分を責めるのはやめろ、と」

える「それは、折木さんにも言える事ですよ」

そう、だろうか?

俺は……自分を責めているのだろうか?

……そうかもしれない。

える「私は、何回も救われています」

える「氷菓の時も、入須先輩の時も、文化祭の時も、生き雛祭りの時も、今回の事も」

える「だから、たまには……折木さんの事を、助けたいんです」

える「でもやっぱり、私じゃとても力不足みたいです、ね」

える「今日も、迷惑を掛けてしまいましたし……」


242: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:06:53.86 ID:29A0yJOO0

そうか、こいつはそれでわざわざ飯を作るだのしていたのか。

少しでも俺の、手助けになれるようにと。

俺は天井を見つめながら、言った。

奉太郎「今日は、随分と楽をできたな」

奉太郎「具合が悪い所に友達がお見舞いに来てくれたし」

奉太郎「うまい飯も食えた」

奉太郎「お陰で大分、楽になってきたな」

自分でも、演技っぽいのは分かっていた。

だが、言わずにはいられなかった。

奉太郎「そういう訳だ、千反田、ありがとう」

える「で、ですが」

奉太郎「ありがとう、千反田」

強引だっただろうか?

しかし俺には、これしか思いつかなかった。

える「……はい」

える「どういたしまして、折木さん」

ま、少しは分かってくれたか。


243: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:07:27.41 ID:29A0yJOO0

奉太郎「もう0時近いな、そろそろ寝るか?」

える「そうですね、電気消しますね」

そう言い、千反田が電気を消した。

える「おやすみなさい」

小さいが、俺の耳には確かに聞こえていた。

奉太郎「ああ、おやすみ」

今日は多分、長い夢を見る事になりそうだ。


244: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:07:56.15 ID:29A0yJOO0

~翌朝~

雀だろうか、鳴き声が騒がしい。

風邪は大分良くなったようだ。

千反田のおかげ、と言うのも勿論あるだろう。

奉太郎(喉が渇いたな)

部屋ではまだ千反田が寝息を立てている。

どうやらこいつも、昨日は随分と疲れた様子だ。

起こさない様に、そっと部屋を出た。

部屋を出たところで、一度立ち止まる。

部屋の中には千反田、ドアは開いているが不思議と少しの距離感を感じた。

奉太郎「……お疲れ様、ゆっくり休め」

聞こえては、いないだろう。

俺はゆっくりとドアを閉めた。


245: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:08:30.19 ID:29A0yJOO0

そのままリビングに行き、水を飲む。

朝飯は……いいか、面倒だし。

奉太郎(コーヒーでも飲むか)

コーヒーを一杯淹れ、ソファーに座る。

テレビをつけると、丁度昼前のバラエティ番組がやっていた。

頭に入れることは無く、ただ画面を見つめる。

奉太郎(この分なら学校に行けたかもな)

嘘ではない。

昨日までのダルさは無く、ほとんどいつもの調子だ。

奉太郎(ん?)

奉太郎(テレビ……)

神山高校は、普通の学校である。

普通と言うのはつまり、平日は普通に授業を行っている。

俺は今日休みだが、昨日の内に連絡は入れてあった。

しかし、部屋にはあいつがいるではないか。

奉太郎(あいつ学校は!?)


246: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:08:59.02 ID:29A0yJOO0

そう思い、自室へと急いで戻った。

ドアを開けると、そこには相変わらず熟睡している千反田の姿がある。

える「……すぅ……すぅ」

呑気に寝息を立てている千反田を見て、ちょっと起こす気が引けるが仕方ない。

奉太郎「おい、千反田」

奉太郎「起きろ」

そこまで声は出していないつもりだったが、千反田はすぐに起きた。

える「……折木さんですか? おはようございます」

目を擦りながら、朝の挨拶をしている。

奉太郎「ああ、おはよう」

奉太郎「今何時だと思う?」

える「……えっと、今? でしょうか」

える「時計が無いので、わからないです」

奉太郎「12時前だ、学校大丈夫なのか?」


247: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:10:06.67 ID:29A0yJOO0

大丈夫な訳は、無いだろう。

える「あ、学校?」

える「ええっと、折木さん」

える「今は、何時でしょうか?」

俺は大きく溜息を吐きながら、もう一度時間を教えた。

奉太郎「正確に言うと、11時ちょっとだ、昼のな」

える「ち、遅刻です!!」

もはや遅刻という問題では無い気がするが……

がばっと起きるというのは、こういう事を言うのだろう。

千反田はがばっと起きると、何からしたらいいのか分からないのか、部屋の中をぐるぐると回っている。

奉太郎「とりあえず、学校に連絡だ」

やらなければいけない事なら、手短に。


248: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:10:37.96 ID:29A0yJOO0

既に持っていた子機を、千反田に渡す。

携帯は俺も千反田も持っていないのだ、仕方あるまい。

える「あ、ありがとうございます!」

そう言うと千反田は暗記しているのか、迷い無くボタンを押し、電話を掛けた。

える「もしもし、2年H組の千反田えるです」

える「連絡が遅くなり申し訳ありません」

える「ええ、少し……」

俺はこいつの事は真面目な奴だとは思っていた。

少なくとも、この時までは。

える「体調が悪くて……休ませて頂いてもよろしいですか?」

奉太郎「お、おい!」

そう声を発したか発する前か、千反田は空いている手で俺の口を塞いできた。


249: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:11:20.70 ID:29A0yJOO0

える「はい、ありがとうございます」

える「ええ、それでは」

ようやく、俺の口から手が離される。

奉太郎「どういうつもりだ」

える「えへへ、ずる休みしちゃいました」

とんだ優等生が居た物だ、本当に。

える「そんな事よりですね」

奉太郎(そんな事で終わらせていいのか?)

える「折木さん、具合は大丈夫ですか?」

奉太郎「まあ、かなり良くなったな」

える「そうですか、それならよかったです」

える「本当に、無理はしていませんよね?」

なんだろう、くどいな。

奉太郎「少し体を動かしたいくらい元気だが……」

える「そうですか!」

える「それなら、ですね!」

奉太郎「な、なんだ」

千反田がこういう雰囲気になる時は、何か嫌な予感しかしない。


251: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:24:05.10 ID:29A0yJOO0

える「お出かけしましょう!」

奉太郎「どこに? と言うかだな」

奉太郎「学校、休んで行くのか」

える「見つからなければ大丈夫です!」

いつもの千反田とは、ちょっと違うか?

ま、いいか。

どうせする事も無い。

奉太郎「分かった、見つからない様にな」

奉太郎「それで、どこに行くんだ?」

える「水族館です!!」


252: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:25:34.12 ID:29A0yJOO0

~水族館~

何故、平日の昼過ぎに俺は水族館に居るのだろうか?

勿論客はまばらにしかいない、平日だから。

受付の人は少しばかり不審がっていた、平日だから。

俺たちと同年代の人は周りにほとんどいない、無論……平日だから。

奉太郎「それで、なんで水族館なんだ」

える「神山市の水族館は日本でもかなりの大きさと聞いていたので」

える「来てみたかったんですよ……わぁ、かわいいですね」

小さな魚を見て、千反田が言った。

いや、むしろだな。

奉太郎(なんでこいつは制服で来ているんだ)

それがより一層、不審人物を見るような目を集めていることは言うまでもない。

える「あ、折木さん」

奉太郎「ん、なんだ」

える「イルカのショーがあるみたいですよ、気になります!」


253: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:26:15.94 ID:29A0yJOO0

奉太郎「……そうか、じゃあ行くか」

千反田の気になりますも、随分と久しぶりに聞いた気がした。

最近は何かと忙しかったからな、仕方無いだろう。

そして、イルカのショーを見に来た訳だが……

隣同士で座っているのに、イルカはどうやら俺の方に恨みでもあるらしい。

さっきから俺だけ何度も水を掛けられている。

奉太郎(冷たい……)

入り口で雨具を貸し出していたので、服は濡れなくて済むのだが。

える「わ、わ、可愛いですねぇ」

どうやら千反田はかなりの上機嫌の様だった。

しかし何故、俺だけこうも水を掛けられるのだろうか?

数えているだけで5回。

あ、丁度6回目。


254: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:26:55.48 ID:29A0yJOO0

える「ふふ、折木さん気に入られてるんですね、羨ましいです!」

さいで。

回数が10回を越えた辺りで、ようやくショーは終わった。

千反田はと言うと、イルカを触りに行っている。

える「おーれーきーさーんー!」

こっちに手を振っている、周りの視線が痛い。

える「かわいいですよー!」

分かった、分かったからやめてくれ。

える「おーれーきーさーんー!」

イルカは恐ろしいと思った、狙って俺に水を掛けてくるから。

だが千反田も狙って俺に手を振ってくる。

奉太郎(恐ろしい所だ、水族館)


255: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:27:32.71 ID:29A0yJOO0

その後はほとんど千反田に引っぱられ、水族館を見て回った。

エスカレーターに乗ったとき、全面ガラスで魚が泳いでいたのには驚いたが……

千反田はその光景に、言葉を失っていた。

目がいつもより一段と大きくなっていたので、すぐに分かる。

そして今は水族館内で、昼飯と言った所だ。

える「すごいですねぇ、来て良かったです」

奉太郎「ま、そうだな……イルカは納得できんが」

える「折木さん、随分気に入られていたみたいでしたね」

奉太郎「イルカに気に入られてもなんも嬉しくは無い」

える「そうですか……少し、羨ましかったです」

奉太郎「俺は千反田が羨ましかったけどな」

える「ふふ、あ、今度は小さいお魚が居る所に行きませんか?」

しかし、元気だなぁ。

奉太郎「そうだな、行くか」


256: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:28:31.23 ID:29A0yJOO0

奉太郎「にしても、千反田は水族館、初めてか?」

える「はい! テレビ等で見て行きたいと思っていたんです」

やっぱりか、通りで見るもの全てに目を輝かせている訳だ。

そろそろ帰ろうか、と切り出そうとしていたが……もう少し居てもバチは当たらないだろう。

奉太郎「じゃ、あっち側だな、小さい魚は」

える「はい、次はどんなお魚が居るんでしょうか……気になります!」


257: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:29:02.95 ID:29A0yJOO0

える「わぁ……ヒトデですね、触れるみたいですよ」

通路の脇に設置されている水槽には、ヒトデが何匹も入っていた。

える「可愛いですねぇ……」

奉太郎(可愛い? これがか……?)

える「あ! あっちにはクラゲも居るみたいですよ」

クラゲの水槽までとことこと小走りで行くと、千反田はクラゲを見つめながら言った。

える「知っていますか、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「酢の物にすると、おつまみにいいんですよ」

奉太郎(今その話をするのか……クラゲの目の前で)

奉太郎(哀れ、クラゲ達)

える「どうしたんですか? そんな悲しそうな目をして」

奉太郎「いや、なんでもない」


258: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:29:55.08 ID:29A0yJOO0

それからは本当に隅々まで回った。

千反田はと言うと、相変わらず見る度に感動している。

える「タコもいるんですね! すごいです!」

……やはり俺と千反田では、受け取り方が違う。

確かに面白いが……ここまでの感動は俺には無い。

千反田は何にでも興味を示す、それは恐らく……家の事が関係しているのであろう。

外の世界を知識として蓄えたい、そう言った物が千反田にはあるのかもしれない。

水族館を出た頃には、すっかり夕方となっていた。

帰り道、千反田と会話をしながら自転車を漕ぐ。


259: ◆Oe72InN3/k 2012/09/12(水) 18:30:40.29 ID:29A0yJOO0

える「折木さん、今日はありがとうございました」

奉太郎「家に居ても暇だったしな、これくらいならいつでもいいぞ」

える「はい……ありがとうございます」

える「今度は皆さんで、どこかに行きたいですね」

える「行きたい場所が、沢山あります……」

ふいに、千反田が自転車を止めた。

奉太郎「どうした?」

える「あの、折木さん」

千反田の顔はいつに無く真剣で、真っ直ぐに俺を見ていた。

える「私、今日はとても嬉しかったです」

える「やっぱり、折木さんといると楽しいです」

える「すいません急に、行きましょうか」

ふむ、千反田も色々と思うところがあるのだろうか?

える「……時間も、無いので」

その最後の言葉は、急に強くなった風に消され、俺には届いていなかった。


第8話
おわり



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