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娘「セック――」 男「言わせねーよ!?」 後

前→娘「セック――」 男「言わせねーよ!?」 前

282 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 17:59:33.96 ID:DqR+DxUQ0

次の日。

俺の通う大学にて。

娘「おい男。何処を見ても若い男女しかいないぞ」

男「……だから来たくなかったんだよ」

 文化祭とかいう何処がどう文化的なのか理解に苦しむ大騒ぎ。
 
 その渦中で俺と娘は人いきれにのまれていた。

 どこもかしこもチャランポランな男女でごった返すここはまさにアウェイ。
 娘に『興味深いな。行ってみたい』と
 言われなければ絶対に来なかった。

娘「しかし、色んな屋台が並んでいるな」

 門をくぐってすぐのここは屋台ゾーン。

 何か食べ物が焼ける音。氷水がかき混ぜられる音。人を呼び込もうと大声で宣伝して回ってる男女の声。
 嫌って程に多様な物がごった返していた。

男「まあ、お祭りと同じ様なものだよ。中では文化系のサークルとかが色々やってるけど」

 去年は文化祭にも参加していたのだ。

 てきとーなサークルでスポーツ喫茶的なのをやっただけだが。


284 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:00:18.41 ID:DqR+DxUQ0

娘「ほう。さすが学生の最終形態大学生。規模が違うな」

 いや、俺が言うのもなんだけど、大学生って最もお遊びが過ぎる部類の学生だと思うぜ。

男「まあ、その通り規模だけなら立派なもんだから暇はしないと思うぜ」

娘「そうか。ならざっと回ってみるか」

男「おうよ」

 そんな感じで。

 俺たちは文化祭をぼちぼち楽しむのだった。



285 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:01:13.56 ID:DqR+DxUQ0

二時間後。

娘「何故か知らないが両手がふさがっている」

両手に袋。中には大量のお菓子。

男「お前がそんな魔性の持ち主だとはな……」

 何処に行っても。何をしていても。

 娘は絶対と言っていい確率で大学生たちを虜にしていた。

『可愛いいいいいいいい!!!!』『ちっちゃああああああああああああああああああい!!!!!!!』
『だっこしたああああああああい!!!』『デゥフフッwwwく、黒髪ロリ美少女発見でござるwww神速で撮るべしw撮るべしwww』

 などなど。

娘「そういえば、私が女子大学生たちと話している間にカメラを持った男と何処か行っていたな? どうしてたんだ?」

男「ああ、あいつか。あれだよ。友達になったんだよ。メールアドレスと電話番号と本名を聞いて絶対に
  顔写真付きで廃棄されるべき汚物、としてネット上に公開しないよ☆っていう堅い誓いを交わしていた」

娘「おお、男にも友達が出来たのか。私もなんだか知らないが沢山アドレス交換したぞ」

娘の携帯のアドレス帳の登録件数が夢の三桁代を叩き出していた。

 俺はギリギリ十件なのに……。



286 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:04:00.78 ID:DqR+DxUQ0

男「くっ……! ま、まあさすが子供だな。大人受けが抜群だ」

 俺はあんまり受けていた記憶ないけどね……。

男「しかし」

 もう殆どの事はやったんじゃないか?

 変な自主制作映画をチラ見したり、バンド演奏を観てみたり。屋台で色々買い食いするのはもちろん
 文化系のサークルも結構のぞいた。

男「まあ、大学の文化祭なんてのはこんなもんだ」

 そろそろ帰るか。

 そんな風に思ったとき。

女「あーーーーー!!!!!!!!!」

 人がごった返す構内。その喧噪の中に一際うるさく響く声。

 思わずその声の主から目をそらし、背を向ける。

 やっかいなのに出会ってしまった。



287 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:04:39.55 ID:DqR+DxUQ0

女「男くん!! こんな所でなにやってるの!!!」

女「目をそらさない!!!」

 回り込んで、俯いていた俺の顔を無理矢理下からのぞき込むそいつ。

女「チームの練習にも来ない。サークルのミーティングにも来ない。その上授業もめちゃくちゃサボってる!!
  今の今まで何処でどんな油をうってたのかなー!?」

 大音量に思わず顔を上げ、そのまま仰け反る。うるさすぎるんだよ……。

男「えーと、これはこれは。○○大学サッカー部マネージャー兼なんとかサッカー研究部部長さんじゃないですか……」

女「アジア南米欧州サッカー研究部だよ! 自分の所属サークルぐらい把握しといてよね!?
  というかもしかして私の名前も忘れてたりしない!?」

男「いやいや、そんな失礼な事は無いって」

 ……。

男「久しぶりだな、なんとかかんとか!」

女「私の名前は部分的にも覚えてないの!?!?」

 いやまあ冗談だけど。



294 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:12:56.79 ID:DqR+DxUQ0

男「いやまあ女……俺にも色々あったんだよ」

 長い髪を後ろで一本に纏め、どっかのクラブチームの赤いレプリカユニフォームを纏った長身で
 すらっとした体型のこの女子。サッカーオタクのハイテンション。

名を女と言う。
 
 大学に入ってから知り合っただけなのにこの通りかなり馴れ馴れしい。

女「名前覚えててくれたんだ……さすがに忘れられてたら悲しすぎたよ。で、言い訳はなにかな? 聞くだけ聞くよ?」

男「えーと、色々ってのは色々で、最近だとほら、こいつとか」

 娘の肩を両手で掴んで、女の前につき出してみせる。

女「まさか男くんっ!!!!!!!!!!!!」

 女が俺の股間を指さしながら大絶叫した。

男「お前とおんなじ反応した奴がいたなあ!!!! もう一度言うけど違う!!!
  そして子供の前でそういう事やめろ!!!!!」

女「子供っ!?!?!?!?!?」

男「叔母さんのな!!!」

 やっぱり俺の周りはめんどくさい奴ばかりだった。



296 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:15:57.12 ID:DqR+DxUQ0

男「色々あって、今は俺と暮らしてる」

女「え~!? 本当に? というかそういう事なら今すぐ私に電話しなよ! 色々手伝ったのに!」

男「そういえばお前に無理矢理連絡先の交換させられたっけ……けどまあ、そこまで大変じゃなかったよ」

娘「娘という。好きに呼んでくれていいぞ」

女「あ、あたしは女だよ! 男くんのお友達!」

 友達だったの俺たち。初耳だぜ。

女「あ、そうだ! 積もる話もあることだし、ウチの『喫茶、ピッチで汗を流す漢達』で
  歴代の名試合を観戦しながら話そうよ! というか強制だよ! 本当なら男くんも働く側だったんだから!」

男「なんだよその汗臭そうな喫茶店は……まあちょっとぐらいならいいけどよ」

 二時間歩きっぱなしだったから少し座りたいし。

 そんな感じで。

 俺たちは喫茶、ピッチで汗を流す漢達に入店するのだった。



297 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:18:47.52 ID:DqR+DxUQ0

男「うおっ! なんだこれ! 店内が芝だらけじゃねーか!!」

 短く刈りそろえられた芝が本来ならあるべき床の上敷き詰められていた。

 ちなみに人の入りはまあまあで、弱小研究部にしては健闘している方だろう。

女「ふっふーん! どうだこの天然芝! 去年は許可が下りなかったけど、今年は頑張って許可をもぎ取ったんだよ!
  ○○大学文化祭の奇跡だよ!」

 また余計な事に情熱を捧ぐ奴だなー……。こんな一発芸みたいなのにいったい幾らかかっているのやら。

女「はい! メニューだよっ!」

 必要以上に大きな声で元気に言う女。

 俺は軽くため息を吐きながらメニューを受け取った。

男「えーとなになに……って水しかねーじゃねーか!」

 A4の紙にでかでかと『水』とだけ印字されていた。

 これじゃあメニューではなく標識だろう。



299 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:21:16.05 ID:sVSF+drx0

水…どう味わっても…水…


301 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:23:44.19 ID:DqR+DxUQ0

女「当たり前じゃん。天然芝のピッチにお茶とかジュースとか食べ物なんて持ち込めないよ」

男「確かに天然芝のピッチでは禁止されてるけどな……」

 こいつ、喫茶店なんて作るきなかったんだなぁ。なにがやりたかったんだろう……。

女「はい! ボトル入りのミネラルウォーター! 芝の上だから被ってもいいよ!」

男「被らねーよ」

 もう十月の終わりだっつの。

女「はい! 娘ちゃんにも! お代はいらないからね!」

娘「おお、ありがたい。それにしても凄い店内だな」

女「すごいでしょ! 頑張って芝を育ててきた甲斐があったよ!」

娘「外でやればいいのに」

 周りに居た何人かの部員達が凍り付いたように動きを止めた。
 そして目で語っている。そういうまともな意見は止めてあげてくれ! 部長が死んでしまうよ! と。

男「お、おい……あんまり身も蓋もない事を言うなよな」

 時既に遅し。女が瞬間落ち込み機と化していた。どよーんと肩を下げている。

女「そうだよね……外でやればいいのにね……
  こう言う馬鹿な事ばかりやってるから色々みんなから引かれるんだよね……分かってるよ…うん知ってる……」



302 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:24:03.15 ID:o9yYENLt0

せめて天然水にしてくれ……


303 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:25:47.10 ID:DqR+DxUQ0

男「い、いや……俺はお前のそういう所悪くないと思うぜ! なんかもう自分の好きなことに一途な感じで!」

 スッ! と女が素早い動きで顔を上げた。

女「えっ? そう思う? 男くんそう想っててくれてたの!? いやああん!! 男くん大胆な接触プレーだよ!
  そのプレーで私はベッカムの低弾道&高精度クロスだよっ! 当てるだけでゴールだあああ!!!」

 一際うるさく意味分からない事を叫びまくる女だった。

 余計なところで気を遣って慰めてしまった……。

男「いやぁ、相変わらずお前は何言ってるかわからねぇな……」

 まあ分かる必要も無いだろうけど。



304 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:26:19.79 ID:DqR+DxUQ0

 その時。

 ピピピピッピュイイイイイイイイイ!!!!!

 けたたましくホイッスルが鳴った。

チャラ男「はああああい! 男、今のプレーで一発退場ね!!!」

 レッドカードを高々と掲げ、俺を指さす銀髪野郎が現れた。

 お察しの通り、こいつもめんどくさい。

男「……久しぶりだな」

 そういえばこいつも部員だったか。

チャラ男「いきなり現れたと思ったら何勝手に女にちょっかいだしてんだよ!」

 あー……そういえばこいつ俺が女と話してると異様につっかかって来てたよな~……。

 絶対こいつ女の事好きだよな。

 それに気が付かない女の鈍感っぷりが恐ろしいぜ。



305 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:27:51.68 ID:DqR+DxUQ0

女「こーらーー!! チャラ男くん! すぐに男くんにつっかかっちゃ駄目だっていつも言ってきたでしょ!!」

チャラ男「えっ!? いやだって男が!」

女「審判への抗議はイエローですっ!」

チャラ男「ちょっと!? 冷たいよ女!!」

 ……。

娘「なんだか賑やかな店だな……」

男「悪いな……あんまりこう言う駄目な大人達を見せたくなかったんだが……」

 まだ二人でごたごた騒いでいる。

 チャラ男もどうしてあの騒がしい変人女の事が好きなのやら。

 まあ黙ってればまあまあ可愛い部類に入るんだろうけど。俺としては変人扱いする他にない。



306 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:29:32.65 ID:DqR+DxUQ0

女「も-! チャラ男くんはもっとスポーツマンシップを持つべきなんだよ! 分かった? とりあえず買い出し行ってきて!」

チャラ男「くっ!! あからさまに追い出されようとしている気がするが女の頼みならば断れない……!」

 そう言い残してあっさり店を後にするチャラ男。

 素直なのか馬鹿なのか。

女「ふっー……やっと落ち着いたよ。なんでああやって男くんにつっかかるかな-? 昔はむしろ懐いてたじゃん!」

男「……まあ、俺みたいな不真面目な奴は嫌いなんだろうよ。あいつ、ああ見えて結構真面目な奴だったし」

 大学サッカー部にも所属するチャラ男。

 少しの間だったが、俺もあいつのプレーをみていた。

 ポジションは俺がやっていたものと同じ。フォワードの一列後ろ。

男「まあ、色々話している内に俺の事が嫌いになっただけだろうよ」

女「うーん……なんかそういうのとは違う気もするんだけどねー……」

 もちろんお前の事もあるだろうよ。そう心で突っ込んだ。

 まあ、色々あるんだろうよ。あいつにも。



308 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:30:05.37 ID:DqR+DxUQ0

男「うんじゃあ、色々回って疲れたし、そろそろ帰るわ」

女「えー? もう帰っちゃうの? これからオールドトラフォードの奇跡の上映が始まるのに?」

男「いいよ。帰ってYoutubeで観るから」

女「現代っ子なんだね……男くん……」

男「そういうわけで」

娘「お邪魔したな。水、ありがとうな女」

女「うんっ! じゃあね二人とも! あっ! 男くんは来週から練習に参加すること!
  監督からも言われてるんだからねっ!」

男「……分かったよ。行くだけ行くよ」

女「ぜーーーーーーったいだよっ!!」

 そんな感じで。

 俺たちは喫茶店を後にした。




311 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:33:11.14 ID:DqR+DxUQ0

~大学構内、階段~

娘「そういえば、女とはどういう知り合いなのだ?」

 喫茶を出て、大学構内の下り階段。娘にそんな事を聞かれた。

男「……あれだよ。部活のマネージャー。あと俺もあいつがやってるあのサークルのメンバーなんだよ」

 ほぼ強制的に入れられたのだけども。

娘「? 男は部活をやっていたのか? 何をやっていたんだ?」

男「……サッカーだよ。それももう昔の話だけどな」

娘「そうなのか? でも女の話から察するに、来週はその部活に参加するんじゃないのか?」

 子供の癖にイヤに鋭かった。今更驚きはしないけど。



313 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:34:43.15 ID:DqR+DxUQ0

男「まあ、そうだけど。それも気まぐれだよ」

娘「ふうん? 何かよく分からないが、頑張るんだぞ男」

 そう言って笑顔になる娘。

 当の俺は何を頑張ればいいかすら分かっていないのだけれど。

チャラ男「やっと帰るのかよ」

男「あ? ああなんだ、チャラ男か」

 ミネラルウォーターのボトルが入った袋を両手に持ち、階段を上ってくるチャラ男。

チャラ男「なんだとは失礼だな! まあいい! 今日こそ決着をつけるぞ!」

男「ああ? 決着って。何を」

チャラ男「決まってるだろうが! 女の事だよ! 負けた方が潔く手を引くってことだよ!」

 手を引くも何も、手を伸ばしてもいないのだが。

男「つっても、お前何やっても俺に勝てないじゃん。カラオケ採点対決、ボーリング対決、卓球対決、釣り対決……
  全部俺の圧勝だっただろうが」

チャラ男「ふん! そんなのは昔の話だろうが! そして俺は気がついたんだよ!」

男「何に」



316 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:35:47.85 ID:DqR+DxUQ0

チャラ男「サッカーだよ! そもそも女にふさわしいのはよりサッカーが巧い奴に決まっていたんだよ!
     だから最終決戦はサッカー対決だ!! 会場はこの下だ! ついてこい!」

 そう言って、チャラ男は上ってきた階段を下りていく。

 うーん……。

 まあ適当に付き合うしかないか……。

 そうして。

 俺たちはその会場とやらに向かう。



317 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:36:42.37 ID:DqR+DxUQ0

 フレームに収められた1から10のボード達。

 それをより多くサッカーボールで打ち抜いた方が勝ち。

 ストラックアウトで勝負とは、中々文化祭っぽいな。

チャラ男「言っておくが遊びじゃねーぞ、これは。負けた方は問答無用で千円払う」

男「なんか小さいな……つーかさっきはそんな事言ってなかっただろうが」

チャラ男「うるさい。今決めたんだよ」

男「そーかい……」

チャラ男「じゃあ一番手はもちろん俺だな」

 そう言って、係の学生からサッカーボールを受け取る。

 そしてそのままリフティング。
 巧みなボールさばきに周りが沸く。

チャラ男「ふっふーん! これは圧勝かな?」

 10球の内の第1球目。

 バコンっ!

チャラ男「よっし! 1番ゲット!」

 そんな調子で順調に枚数を重ねていく



318 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:38:14.63 ID:DqR+DxUQ0

 そして最終的に。

チャラ男「ふーん。9枚か。まあ一発外したのはちょっと朝から足首に違和感があったせいだろう。
     万全の状態だったら普通に抜いてたね」

男「いや、素直にしてれば結構凄い結果なのに……」

 15メートルぐらいの距離から縦横50センチ程のボードを狙い打つのはけして容易じゃない。

チャラ男「うるせー! 次はお前の番だからな!」

 そう言ってボールを足で浮かして俺にパスを出す。
 それを受けて軽くリフティング。実用性の無い小技も挟んでやる。

チャラ男「くっ!! 俺の時よりまわり女の子達のリアクションが大きい!」

男「知るかよ」

 ボールを足で踏んで感触を確かめながら的達をみる。

男「まあ右足で十分かな」

チャラ男「はっは~ん余裕だな! そういうお前の慢心が破滅の始まりなんだよ!」

 別に破滅は始まらないだろう。千円は払いたくないが。

男「いっちょ行ってみるか」

 一発目。
 パスッ!

男「あー。1番狙ったんだけど2番に当たった」



319 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:39:44.90 ID:DqR+DxUQ0

チャラ男「ふん。まあまぐれでも当たって良かったんじゃないか?
     そんなんで俺の記録を超えられるかどうかは分からないけどな!
     負けるのが怖かったら利き足使ってもいんだぜ?」

男「そうかもな。やばくなったら使うわ」

 そして。

 一球。また一球と蹴り込んでいく。

 そして最後の一球となる。

チャラ男「おいおい。四枚も残ってるじゃないですか~? え~? これ勝負にならないな~?」

 やっぱり利き足じゃないと細かいブレがある。元々、逆足で蹴るのは得意では無かったし。

男「うーん。じゃあ左足解禁」

 ヒョイッ、とボールの位置を逆にする。

男「幸い的は一カ所に固まっているな」

 上段の4と5。下段の9と10。

 こうなると狙うのはフレームだろう。

 当たれば全部を打ち落とす事が出来るフレームの真ん中。十字の中心を狙う。



321 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:40:41.41 ID:DqR+DxUQ0

男「よし、いくぜ! 千円のために!」

 シュバッ!!

 ガスンッ! バタッバタッ!

男「よっしゃー! 四枚抜き-!!!」

 おー、と声が上がり、ぱちぱちと拍手が響く。

チャラ男「お、おい!!!! これはルール違反だよなっ!?!?」

係の男子大学生「いや、別にいいっすよ」

チャラ男「軽いなああ!!! こっちは女をかけて戦ってるのに!!!」

男「いや、俺は千円のためだけに戦ってたけど。お前、前からなんか勘違いしてるけど俺別にアイツの事好きじゃないから」

チャラ男「……! お前が好きとかどうとかじゃねーんだよ!!! ほらよっ!千円!!これでヤバイ物でも食って○ね!!」

男「じゃあなんの戦いだったんだよ……まあ千円は有り難く貰っておくよ」

 娘と出かけすぎて金欠が著しいからな



324 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:42:34.98 ID:DqR+DxUQ0

チャラ男「あーもう!! お前を見たり、お前と喋ってたりすると本当にイライラするわ」

男「いやー、だったら無視してくれてかまわないぜ」

チャラ男「そういう所がうざいって言ってるんだよ!」

男「はいはい。じゃあ俺は帰るよ。おーーい、帰るぞ娘!!」

 ちょっと離れたところで女子大学生達に囲まれていた娘に声をかけながら歩き出す。

 背を向けた後ろ。

チャラ男「おい……来週は練習に来いよな。ボランチ男とその控えが怪我で人が足りない。
     だから不本意ながらお前が必要だ」

……。

男「今更いったところでどうなるかわからねぇぞ」

 だって。

 俺はもう長い間ピッチを離れている。

チャラ男「チームの同期達と後輩は俺から説得しておいてやったよ……マジで不本意だったけどな。
     先輩達もいいって言ってる。
そして……監督はお前を必要としてるよ。いくら監督の意向だからっていって
     こればっかりは俺も快く全部飲み込もうとは思えないけどな」



328 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 18:47:32.91 ID:DqR+DxUQ0

チャラ男「だから。これがお前にとっての最後のチャンスだと思った方がいいぜ」

 そしてチャラ男は言う。

チャラ男「あの高校三年の選手権決勝。お前の対戦校の控えだった俺は
     お前がピッチで倒れる瞬間をベンチから観ていた」

――三年間の血のにじむ様な努力。だが、それだけでは決勝という舞台には立てなかった。

 悔しさに唇を噛みしめ、ピッチに立つ選手達を眺めていた。

チャラ男「あれで美しく散ったとか思ってるんじゃねーぞ。
     お前は、お前みたいな奴は惨めにボールを追いかけてる方がお似合いなんだよ」

チャラ男「止めるなんて楽でしかたない事に逃げるんじゃねーよ。
     俺みたいな……俺たちみたいな高校では鳴かず飛ばず、でもサッカーを諦められない奴からしたらよ
     お前みたいな才能をもてあまして、舐めた態度で諦めた振りしてる奴が一番うざってーんだよ」

 だから。

 与えられたチャンスには結果で答えろ。

 ……。

男「……ああ。やれるだけはやってみるよ」

 出来るのかは……正直分からない。

 でも何だかんだ言って。

 走り込みの時間を延ばしたり。友のメソッドに打ち込んだり。

 結局この数週間、娘と遊びながらもピッチに戻ることについてばかり考えていたのだ。

男「もう一度、やってみる」



342 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:01:00.88 ID:DqR+DxUQ0

~過去。高校三年の選手権決勝~

 友の足を壊したのは二年時。

 それからの俺は酷い有様だった

 一年を通してのゴール数が二桁を下回った事が無かったのに、その年はわずか3点しか取れていなかった。

 マネージャーとして部に復帰した友を避けるようになって。代表招集も無くなって。自分の才能が信じられなくなって。

 そして何より。

 サッカーが怖かった――

男「……今日の日のためにみんな良く頑張ってくれた。だから絶対に勝とう!」

 円陣を組み、チームを鼓舞する台詞を吐く。
 
 観客席からの声。熱気。

 そして形容しがたい緊張感に満ちたこのムードに心が高ぶっていた。

 

 



348 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:06:45.81 ID:DqR+DxUQ0

 チームのみんなが叫ぶと、高揚は最高潮に達する。

 心拍数が急激に上昇し、雑音が聞こえなくなる。

 主将として。そして友のためにも、俺は絶対に勝とう。

 ベンチで親指を立てる友をみやる。本当はこのピッチに立っていた筈なのに、俺の所為でそのチャンスを失ったと言うのに、恨みなんて微塵も感じさせないいつもの笑顔。

男「よしっ! 行こう! 一発と言わず何発もかましてやろう!」



355 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:17:11.24 ID:DqR+DxUQ0

 全員が位置について、とうとうホイッスルが鳴る。

 キックオフ。

 対戦校の選手がボールを蹴る。

 ――――――――

 前半、試合は相手のペースで進んでいた。

 こちらがボールを持っても直ぐに多人数でボールを奪いにきて、ボールがうまく繋がらない。

 そして後半も両者一歩も譲らない展開。

 そして90とロスタイムを終え――

~ロッカールーム~

友「お互い通常よりも激しく動いた後の延長戦……つらいけど頑張って!」

 友が疲れたチームメイト達に飲み物とタオルを配って回っている。

友「はい、男にも」

男「あ、ありがとう……」

 未だに友と話すのには慣れない。むこうがどう思っているのかは分からないが
 俺は未だにこいつの目を観て話すことが出来ない。
 俺を責めるような目をしているんじゃないか。なんて事を思ってしまうのだ。



358 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:26:51.37 ID:DqR+DxUQ0

友「左足は大丈夫? 少し痛んできてるんじゃない?」

男「……ああ、問題ない。……延長もフルで行ける」

 三年の初めに軽い故障をした左足。それが今でも時より痛む。
 ほとんどプレーに影響が無いので、今の今まではそれほど気にしないでやってきた。

 しかし。

 連戦を強いられる選手権において、これは決して小さな問題ではなかった。

 痛むのだ。

 90分を走って、わずかな痛みは確かな疼痛となっていた。

友「そうか! それなら良かった! でも無理はいけないよ」

男「分かってる」

 口だけで友の言葉を肯定する。

 ここで逃げ出すなんて発想は微塵もないのに。

男「絶対勝つよ」

 友の為に。

 この試合に勝てば、自分道をふさいでいる何かを打開出来るような気がするから。

 延長戦。辛い戦いだけど、俺は立ち上がり戦うのだ。



363 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:36:37.56 ID:DqR+DxUQ0

 延長戦の立ち上がり。

 俺は足の痛みを無視して走り回る。

 普段なら無視出来ない痛み。しかし、決勝、歓声、感情、様々なものが俺の中で渦巻き全てを忘れさせる。

 欲しいのは唯一、この先にある勝利のみ。

男「足止まってるぞ!!!!!! プレス早めにいけ!!! 一秒でもスペース空けるな!」

 つぶれかかった喉から無理矢理声をひねり出す。

 チームメイトも同様に声を上げ、チームが一つになって動く。

 悪くない流れだった。

 延長戦。早めに勝負を決めたかったらしい相手は明らかに消耗している。厳しかったプレスは着実に弱まっている。

 チャンスだ。

 チームの全員がそう感じていたと思う。

男「そこ!! 三人で寄せろ!!!」

 パスを出すと直ぐに奪われるという状況に焦れた相手の選手が突破を試みる。しかし、こちらのデフェンダーが多人数でよって、奪い取る。

 ピッチの真ん中より少し下。良い位置だった。

 俺は走り出す。思考と言うよりは感覚で。戦略というよりは意地の為に動く。



366 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:46:07.82 ID:DqR+DxUQ0

男「今だ!」

 バスッ

チームメイトが大きくボールを前に蹴った。

それを合図に俺は一気に足の動きを速め、トップスピードを目指す。
 絶対に俺が勝利を掴むという決意が背中を押しているようだった。

ボールが相手四人から成るデフェンスラインを飛び越える。それをトップスピードで追う。

男「行ける!!」

デフェンダーがボールに向くよりも速く俺はデフェンスラインを超える。目指すはボールの落下点。

男「ッ!!」

トップスピードの勢いのまま右足でボールを受けた。
 立ち足となった左足が痛みに悲鳴を上げるが、今はそんな事に構っていられない。

ボールを持った俺。

目の前にはゴール。そして立ちふさがるゴールキーパー。

試合はここで決まる。




370 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 19:57:23.03 ID:DqR+DxUQ0

 全ての音が消え去り、視界が一気に広がる。一つ一つの思考が形があるように明確になった。

 左足は……痛んでいてシュートを正確に打てるか確かじゃない。

 かといって逆足の右で打とうというもリスクが伴う。

 そして俺は今トップスピードで走っている。

 だとしたらベストアンサーは一つだろう。

 このままキーパーを抜いてボールをゴールに流し込む。それだけだ。

男「ッ……!」

 痛みを堪えキーパーを見据える。

 いつ動く? どっちに動く?
 
 その時、キーパーの体が一瞬左にぶれる。 

男「……右!」

 左足でボールを右に蹴り出す。

 行ける。

 キーパーは俺の動きに反応して右に飛ぶがきっとボールには届かない。



378 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:10:28.98 ID:DqR+DxUQ0

 勝利が明確な形を持って目の前に現れる瞬間だった。

 目の前にはゴール。

 あとは右足を振り抜くだけでいい。それで俺は呪縛から解放される。
 右足が弓のように張り詰める。そして、それを一気に解き放ちボールを蹴る――

 その時世界が暗転した。

 夢から覚めた様に周囲の音が俺の耳に飛び込んでくる。

 ホイッスル。怒号。悲鳴。
 そして俺のうめき声。

男「ああっ……なんだこれ……」

 どうやら俺は芝生に顔をつっこんで倒れているらしい事が口の中に紛れ込んだ土の味で分かった。

 動けない。

 ああ、そうか。キーパーの腕が俺の左足にかかったのか。

 その場面を観て無くとも、それは明確だった。

 だって。

男「左足が……動かない……」

誰かが俺の名前を呼んでいる。だけど意識はだんだんと遠のいていって……。

 こうして俺の高校最後の大会は幕を閉じた。勝利と引き替えに、未来と希望を失って。



380 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:12:13.69 ID:DqR+DxUQ0

~文化祭の次の日~

 その日は穏やかに始まった。

娘「もう土曜日か。といっても毎日が日曜日な私たちからしてみれば何の感慨も無いな」

男「うーん。同意したら何か社会に生ける人として大事な物を失うよな……だが概ね同意せざるを得ない!」

 まあ来週からは本気出すけどな! そういう予定だけどな!

娘「そういえば世の中の人たちは土曜日や日曜日に何をするんだろうな?」

男「いや、俺まで『曜日とか関係ない自由な生活』をしてみたいに語りかけるな。
俺はまだ駄目人間歴二ヶ月ぐらいだっての」

娘「そういえばそうだったか? まあ、過去の自分がどれだけ立派であったかではなく
今という瞬間に何をしているかが大事だと思うよ、私は」

男「だんだん気が付いてきたけど、お前って基本的に上から目線な……その意見には賛成だけどよ」

娘「まあとにかく、土曜日や日曜日には何をするべきなんだろうな?
今まであまり考えた事が無かったが、一般的な人々は土曜と日曜日にしか休めないのだろう?」

男「祝日やら有給やら学生の長期休暇やらなんやらを除けばそうなるんじゃないか?」

娘「で、何をするんだ?」 

男「何って……そりゃその人のやりたい事だの何だのだろうよ。
それこそ、俺たちがやってきたいわゆる『遊びに行く』ってのは本来土日なんかの休みの日にやるもんだぜ」

 サボりと休みは違うのだ。



381 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:12:42.78 ID:DqR+DxUQ0

娘「なるほどな。まあそうなるか。だとしたら私たちは今日どうするべきなんだろうな」

男「は、はぁ? 何なんだよお前は。急に変な事きくよなぁ……まあ、多分普通にしていればいいだろう。
何なら何処かに出掛けてもいいし」

娘「そうか。じゃあ出掛けよう」

 穏やかな朝。

 俺たちは朝食を済ませてから出掛ける事になった。

 最後の日はこうして始まる。



383 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:15:21.42 ID:DqR+DxUQ0

 スクランブル交差点。

男「何度見てもこの人の多さには圧倒されるな……」

 一人一人というよりも大きな一つの塊。そう表現したくなる様な人々から成る大きな渦。

 はぐれないように娘の手を強く握る。

 名前も知らない誰かとなんども肩がぶつかりそうになる。

 幾千もの足音を聞きながら、俺たちは歩く。

男「しかしいろんな所に行ったけど、映画は観てなかったな。盲点だった」

娘「そうだな」

 映画を観よう、という事になり俺たちは映画館を目指していた。

男「下調べもせずに来た訳だけど、何か観たいのあるか?」

娘「特にないな。上映中の作品を把握していない」

男「俺も全然何やってるかわからねぇなぁ」

 まあ、その場にいって決めればいいだろう。



384 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:16:30.96 ID:DqR+DxUQ0

 そして映画館に到着。

男「えーと……SF系洋画が二本、バンド物が一本、アニメが一本、ラブコメが一本、切ないラブストーリーが一本……
  タイトルと広告を見る限りそんな感じのラインナップだな」

娘「男はどれが観たいんだ?」 

男「俺はどれでもいいけど。お前が決めていいぜ」

娘「……じゃあこれだな」

 娘がチケット売り場に張ってある広告の一枚を指さす。

男「切ないラブストーリーか。なになに、『死期迫る恋人との一ヶ月。訪れるのは予定通りの別れか、幸せな未来か』」

 なんだかありがちな設定だ。

男「これでいいのか?」

娘「ああ」

 ……。なんだかさっきから口数が少ないなこいつ。

 白いコート着た娘。その無口な横顔は、東京じゃあまり振らないと言う雪の様に白い。

 どこかの誰かと同じく、こいつも黙ってれば絵になる奴だ。



385 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:17:41.82 ID:DqR+DxUQ0

男「よし、チケット買ってきたぜ。というか映画の料金っていつからこんなに高くなったんだろなー。
  昔はポップコーンと飲み物を買っても二千円以内に収まってたっていうのに」

娘「いつも悪いな。私のお金を使ってくれてもいいのだが」 

男「いや……なんか抵抗あってな……まあいいから行こうぜ」

 なんだかあの叔母さんのお金だと思うと素直に受け取れないのだ。

 まあとにかく。

 俺たちは飲み物を買い、劇場の席に着く。

 凡作っぽい作品だからだろうか。人の入りは土曜日にしては少ない。

男「悲愛ものの映画ってのは見終わったあとなんとも言えない気持ちになるんだよなぁ。
  かといってご都合主義なハッピーエンドも白けるし」

娘「……」

 本当にさっきから口数が少ないな。いつもなら気の利いた話題の展開をするのに。

 まあ、最近の疲れがたまっているのかも知れない。

 毎日が日曜日でも、それはそれで疲れるのだ。



393 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:33:12.72 ID:DqR+DxUQ0

 そんな事を思っている内に。

 場内案内と注意事項の放送が終わると照明が落ちて幕が上がる。

――――――――――――――――――――――――――――――

 話の内容を要約すると大体こんな感じだ。

 幼なじみだった主人公とヒロイン。
 しかし、ジュニアハイスクールの卒業式を明日に控えた日の夜にヒロインが突然倒れてしまう。
 そして、宣告される過酷な運命。劇的な医療進歩が起こらない限り、彼女は十年と持たずに死んでしまう運命だった。
 その日から彼は私利私欲を捨て、彼女のために医療研究の道を歩み出す。

 そして運命の十年目。そこには研究を成し遂げた主人公と、回復の兆しを見せるヒロインの姿が……。

――――――――――――――――――――――――――――――

 陳腐。それが唯一の感想だろうか。

 エンドロールを眺めながらため息を吐く。



396 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:45:34.89 ID:DqR+DxUQ0

男「なんか。まあハッピーエンドだったな。善し悪しは別として」

 まだ暗い劇場の中、俺は小さく娘に耳打ちした。

娘「ああ……現実味に欠ける。駄作といってもいい……」
 
 娘がつぶやく様に答えた。

 スクリーン眺める娘の表情は暗くてよくうかがえない。

 だけど、何かがいつもと違う。

娘「時間の無駄だったかもしれないな……こんな映画を選んでしまって悪かった。出よう」

 そう言って娘は立ち上がると、殆ど走るみたいに出口に向かう。

男「お、おい……! まてってば!……っ! もうなんなんだよ……」

 俺の言葉は届かないようで娘はどんどんと進んで行ってしまう。俺も立ち上がり、後を追う。

 一体、今日の娘はどうしたっていうんだ。



405 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 20:59:48.93 ID:DqR+DxUQ0

~映画館の外、混雑する交差点前~

 人の声と足音。車の騒音と排気ガス。

 その中に二人して黙り込んだまま立ち尽くす。

娘「悪かった。今日はなんだか調子が出なくてな」

男「……少し疲れが溜まってるんだろう。仕方ないさ、最近ちょっと遊びすぎてたからな、俺たち」

娘「ああ……そうかもしれないな」

 娘がはにかむ。吹き付ける風に両のほほが赤くなっていた。

娘「……! どうしたんだ男?」

 気が付いたら、娘を抱き寄せていた。過ぎゆく人の怪訝そうに視線を送ってくるが気にしない。

男「いや……何でだろう……? 何となく」

 何となく現実に戻ってしまったからだ。

 最近は娘と過ごすの楽しくて、色々な事を忘れていたから。
目の前の問題を無視して、子供みたいにはしゃいでいたから。

 だからだろうか。

 ちょっとした変化の『兆し』におびえてしまった。
 
 夢は終わって、また以前みたいな漠然とした不安がやってくるんじゃないか、と。



408 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 21:09:09.99 ID:DqR+DxUQ0

男「俺、お前とずっと一緒に居たい。そう思ってる」

 これが一体どういう種類の感情なのか分からないけど、その気持ちは明確だった。
 娘を抱きしめたまま動かないこの両腕が何よりも確かな証拠だ。

男「母親の所には戻らなくていいよ。学校も家の近くの所に転校してやり直そう。
  色々金がかかるだろうけど、そこは俺がどうにする」

娘「……」

 その為なら、今度はきっぱりサッカーと縁を切れるのかもしれない。そんな事も思っていた。

男「お前が大人になるまで、俺がお前と一緒にいてやる。俺はお前を絶対に捨てたりしないから……!」

 気持ちが高ぶり、声が大きくなる。
 
 そしてより強く娘を抱き寄せる。



413 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 21:22:36.80 ID:DqR+DxUQ0

娘「痛いぞ……言動もハグも」

男「なっ!? こっちは真面目なんだよっ!」

 一世一代の勇気を振り絞って言った言葉だったのに!

娘「……でも、そう言われて嬉しい……人生で一番の幸せを今感じてる」

 からかう様だった笑みを、少女はにかみに変えて娘が言う。

 娘のおでこが俺の胸にこつんと当たる。

娘「大好きだ、男。心からそう思った」

男「……っ!」

 言われた瞬間、心臓がバカになったみたいに早鐘を打ち始めた。
 
 あわてて娘を俺の体から遠ざける。

男「はっはは……! 俺は結構モテるかならな! こんな感じでいっつも女を落として回ってるんだ!」

娘「彼女が出来た経験は無し、と友が言っていたが!」

男「あのボケッ! じゃなくて落とすだけ落としてポイしてきたんだよ!」

娘「ふーん……じゃあ私も落とされるだけ落とされて、後はポイされるのか?」

 娘はピョン、と一歩後ろに飛び退いて、いたずらな笑みを浮かべながら首をかしげる。
 その仕草に、また鼓動が高鳴る



418 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 21:33:46.65 ID:DqR+DxUQ0

男「お、お前なぁ……」

本当によく分からない奴だ。こっちが年上だって事を忘れてしまう程。

娘「ははっ! 少し意地悪し過ぎたかもしれないな。だけど嬉しかったのは本当だし
男がどんな意味で私の事を大切にしてくれているのか、理解しているつもりだ」

娘「だから、ありがとう、今はただそう言いたい」

 明るい、いつもの娘の笑顔だった。

娘「そして……」

娘「そう思ったから、私は私の話をしなければらならないと思う」

 大きな目が、力強い意志を持って俺を射貫くように見つめた。



423 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 21:44:56.03 ID:DqR+DxUQ0

娘『ここじゃ話もし辛い。どこか適当に店を開こう』

男『いや、適当に開業してどうするつもりだよ。それを言うなら店に入ろうだろう』

 なんていつもみたいなバカな雰囲気を持ちかえして、俺たちはファミレスにやってきていた。

男「もうちょい洒落た店でもよかったんだけどな、せっかく渋谷まで出てきたんだし」

 当ても金も無いけどそんな事を言ってみる。

娘「別に洒落た店に用は無いよ。お互い忘れがちだが私はまだ小学生なのだしな」

男「それもそうか」

店員「和風ハンバーグ定食とオムライス、お待たせいたしましたー」

 頼んでいた料理がテーブルに届く。時間は既に六時。

 晩ご飯はここで済ませていこう、という話になったのだ。



432 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:06:46.32 ID:DqR+DxUQ0

娘「……思えば色々な事をしたな。たった数週間の出来事とは信じられない」

男「本当だよ。なんだか昔からの友達みたいだよな、俺たちって」

娘「はは。違いない……そうだ」

 そう言うと、娘は思い出した様にポシェットから例の手帳を取り出し、ページをめくり始める。
 
 そして目当てのページを見つけたのか、手帳をテーブルに置いてボールペンを走らせる。

男「今度は何の願いが叶ったんだ?」

娘「友達を作る、だよ。今更だけど、一応記しておこうと思ってな」

娘「ついでにセック――」

男「してねーよ!」

 公共の場で何てこと言おうとしてるんだこの小学生。俺の世間体が危ういだろうが。



438 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:21:57.70 ID:DqR+DxUQ0

男「はぁ……というかその手帳に書いてある願い事を全部叶えるのにはどれぐらい時間が掛かるんだろうな。
  そのページを見た限りでも、チェックが付いてない願い事が殆どだし」

娘「まあ、全部を埋めなくてもいいんだよ」

男「そう言うなって、時間は余ってるんだから。その内埋まって次の願い事考える事になるかもしれないぜ?」

娘「……」

 反応が無かった。

 なんだか朝の時の雰囲気がまた漂い始めたような気がして、胸がざわつく。

娘「この願い事リストの事は忘れてくれていい。もう、必要なくなったから」

男「おいおい、そんな遠慮しなくたっていいんだぜ……?
  お前あんまりでっかい事お願いしないから俺だってそこまで苦労しないし
  俺みたいにバカじゃないから『アメリカ人になる』とか無茶言わないだろ?」

娘「そうじゃなくて……」



446 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:33:56.61 ID:DqR+DxUQ0

娘「正直、この生活にはもう無理があると思う」

娘「男は私のために色々な事をしてくれるが私は何も返せない。
  そして男は自分の生活を犠牲にしてまで私に付き合ってくれているから、それが嬉しくもあり、心苦しい」

娘「そして――」

娘「私はずっと嘘を吐いていた。酷い嘘を」

 娘は視線を窓の向こうの景色にやりながらそう言う。

男「嘘? 嘘ってなんだよ? お前は叔母さんに捨てられて、ただ為す術もなく、仕方なく俺と――」

娘「だから、それがもう嘘なのだ……」

 それが嘘?

 どういう事だよ? そこにどんな嘘を吐く余地があるって言うんだ。意図が汲み取れない。



497 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 23:22:33.95 ID:DqR+DxUQ0

娘「私が私であると言う事がもう嘘なのだ」

男「お前が、お前であると言う事が嘘? 全く意味が分からないぞ?」

 つまり、と娘は続ける。

娘「私は男が言うところの『叔母』の娘じゃない」

 そして、

娘「男、あなたの両親はもう死んでいる」

男「……」

 言葉が出なかった。

 娘の言っていることが理解出来なくて。

 理解しようなんて気にも到底なれなくて。

娘「あなたの記憶は偽りで」

娘「今のあなた偽物で」

娘「嘘つきな私は」

――あなたの妹だ。



506 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 23:28:52.01 ID:S9Ij90B10

!?


525 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 23:50:33.52 ID:DqR+DxUQ0

~過去、娘(妹)目線~

 私には自慢の兄がいる。
 
 サッカーがとても上手で、優しくて、他の誰よりも素敵な兄だ。

 周りからの期待も凄くで、将来は日の丸を背負う立派なサッカー選手になるだろうと言われている。
 だから、兄はその期待に応えるために沢山練習をしなくちゃいけなくて、あまり私と一緒に居てくれない。
 
 だけど大丈夫だ。

 私たち兄妹の両親は私が三歳で、兄が十二歳の時に死んでしまったけど私は寂しくなんか無い。

 兄は昔から私が退屈しない様に色々な事をしてくれた。
 
 練習帰りにはいつも何処からか本を拾ってきて私にくれる。
 私にとってそれはいつだって宝物で、内容がどうであれ一字一句覚えてしまう程に読んだ。

 私たち兄妹を引き取ってくれたお母さんのお姉さん(叔母さんって言うのかな?)はとても優しいし
 お金はあんまり無くても楽しく暮らしている。

 高校二年生になった兄は以前よりもずっと生き生きとサッカーをしていて、なんだか私まで嬉しくなってくる。



532 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 23:59:56.24 ID:DqR+DxUQ0

 今日は私の誕生日だった。

 兄は私に大きな手帳をくれた。

 『お金が無いからこれしか上げられない』なんて兄は言ったけど、私は嬉しくて仕方が無かった。

 『これに願い事を書いておいてくれ。俺がプロになってガッツリ稼ぐようになったら全部叶えてやるから』

 その言葉はまるで魔法みたいだった。いや、それを魔法と呼ばずに何を魔法と呼ぼうか。

 私はその日から毎日日記のように願い事を書き連ねていった。



548 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 00:18:51.31 ID:o6iBMbOQ0

 年が明けた。

 私はおもち何かを食べてたりして、お正月気分を味わっていたけど、兄はそうとも行かない様だった。

 高校選手権第二回戦。大事な試合を控えていたのだ。

 一回戦も観たかったけど、叔母さんお医者さんだから忙しくて、結局都合がつけられなくて観られなかったから
 私はとてもワクワクしていた。

 今日は父方の叔母さんの一家とこの競技場までやってきた。
この家の人たちもすごく優しくて、私たちが困っていると良く助けてくれた。
 この家の一人娘ちゃんは私より三つ年上でとても優しくて、なんだか私に姉が出来たみたいで嬉しかった。



550 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 00:25:32.27 ID:o6iBMbOQ0

 兄の高校が勝った! しかも兄のゴールで!

 やっぱり、兄は最高に格好良かった。

 私は兄が格好良くゴールを決める瞬間が一番好きだ。自分のことより嬉しい!

 だけど。

 今回は少し不安だ。

 兄の親友の友さんが怪我をした様だった。

 ピッチに立つ兄の顔はスタンドからは良く見えなかったけど、いつも兄を観ている私にははっきりと分かった。

 兄は今までで一番辛そうな顔をしていた。



559 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 00:34:36.15 ID:o6iBMbOQ0


 結局その日は兄に会えなくて、励まして上げる事が出来なかった。

 父方の叔母さん一家の都合でその日にしか東京に居られなかったから残念だ。

 兄が帰ってきたらいっぱい励ましてあげよう!

――――

 兄は三回戦には出なかった。友さんの事がショックだったかららしい。

 試合は兄の高校の敗退という結果で終わった。私はなんだかよく分からないけど泣いてしまった。

 とにかく、早く兄に会いたかった。



562 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 00:40:01.62 ID:o6iBMbOQ0

 選手権が終わってから兄の様子が変だった。

 練習が終わった後も自主的に何かトレーニングをしているらしい。

 今まで良く友さんが家に遊びに来たりしていたのだけど、そういうこともめっきりなくなってしまった。

 そういえば本を持ってきてくれる事も無くなってしまったなぁ。



568 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 00:48:33.00 ID:o6iBMbOQ0

 兄が高校三年生になった。

 二年生の時とは違って、兄はあまり笑わなくなった。サッカーがうまくいってないからだ。

 友達と遊んだりする事も少なくなった様だった。私は『変な奴』だから友達と遊んだりしないのが普通なんだけど
 兄みたいなみんなから尊敬される人の場合は違うだろう。

 私ともあまり喋ってくれない気がする。

 はぁ。

 元々、私の兄としては凄すぎる人で、絶対に釣り合わないなぁーなんて思っていたけど。

 なんだろう。

 最近は更に深い溝とか、遠い距離とかを感じるようになってしまった。



575 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 00:59:56.81 ID:o6iBMbOQ0

 今日、兄の独り言を聞いてしまった。

 盗み聞きをするつもりなんて無かったけど、偶然、兄の部屋を訪れようとした時に声を聞いてしまって
 何となく聞き耳を立てる形になってしまったのだ。

 男『絶対に……俺は絶対に成功しなきゃいけない……。もう妹に辛い思いをさせない為だ……。
  もう誰にも迷惑かけずに生きていく為だ……。全部のしがらみを取っ払って――俺が救われるためだ……』

男『無理してでももぎ取れ……アイツの事は……もう仕方が無いんだから気にするな……!
  チクショウなんでずっと頭にこびり付いて離れないんだよッ!
  そんな下らない事忘れて結果出さなきゃ俺も終わっちまうだろうが!!』

 兄はとても追い詰められているようだった。

 だけど、私はそんな兄を慰めてやる事が出来なかった。無力は罪だ、なんて難しい事が本に書いてあったけど
 その意味が何となく分かったきがした。



592 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 01:27:20.80 ID:o6iBMbOQ0

 三年の選手権。

 今までみたいな天才的な活躍が無くなって、代表戦にも呼ばれなくなってしまった兄だけど
 なんとか血のにじむ様な努力で高校チームのスタメン、そして主将の座を手に入れていた。

 そして決勝戦。

 この日は叔母さんと一緒に観戦しに来ていた。

 兄がこの競技場に立っている姿をみて、私はやっぱり感動して泣いてしまった。
 背中の10番がまぶしくて、何より誇らしかった。



602 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 01:45:42.54 ID:o6iBMbOQ0

 だけど――

 そんな誇らしい兄の姿を観るのはこれが最後に成るかも知れなかった。

 延長戦前半。

 決勝ゴールを決めた兄が左足に大けがを負った。



609 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 01:53:36.09 ID:o6iBMbOQ0

 私と叔母さんは東京の病院にいた。

 兄が怪我をして三日目。兄は未だに目を覚まさない。

 この病院のお医者さんも、お医者さんである叔母さんを何で兄が目を覚まさないのか分からないらしい。

 もしかしたらこのまま――

 そんな事が頭を過ぎるけど、そんなこと無いと自分に言い聞かせる。

 私の兄が、私のかっこいい兄がそんな簡単に居なくなったりするものか。
 
 そう強く念じながら千羽鶴を折り始めた。
 
 そして――

 私が920羽目を折り終えた時兄は目を覚ました。



628 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 02:12:41.36 ID:o6iBMbOQ0

 その時、兄が眠ったままになってから五日経っていた。

男『あれ? ここどこだ?』

男『あ、あれ? 何だこの足? なんでこんな――』

男『うわああああああああああ! 俺の足が! 左足が!!!!』

男『なんだよこれ! なんなんだよ! 夢じゃなかったのかよ!!!!
  これじゃあもう……サッカー出来ないじゃねぇーかよ!!!!』

 目覚めたばかりの兄は酷く錯乱していて私や叔母さんの事には気が付いていなかった。
 いや、正確に言えば兄はその時点で私のことを『妹』だと認識することも
 叔母さんのことを『今まで面倒をみてくれ来た叔母さん』だと認識する事も無くなって居たのだ。

男『何なんだよ……!』

 ギプスにまかれ、吊された自分の足を見つめながら苛立ちを包含したため息を吐く。

男『あぁ……なんてこった……』

男『あの……』

 兄は目覚めたから初めて私たちに目を向け、私たちに向かっての言葉を口にした。

男『どちら様か知りませんけど……今は一人にしてくれませんか……』

 その時からだった。
 かっこいい兄は消えなかったけど――
 だけど。

 兄の中から私は消されてしまったのだった。



630 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 02:18:09.22 ID:b0w+tjwc0

あぁ…


632 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 02:23:53.47 ID:fpKfCPnq0

なんてこった……


634 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 02:28:48.39 ID:o6iBMbOQ0

 兄とのコミュニケーションは困難を極めた。

 兄の中では『父方の叔母一家』が彼の家族であり、妹は私ではなく一人娘ちゃん。

 叔母さん(私たちの面倒を見てくれていた母方の方の叔母さんだ)の名前を聞くと幼少期に会ったことがある
 と言ったが、それ以降の記憶は無いらしかった。

 そして私に関する記憶。

 それだけはどうしても見つける事が出来ない。

 それどころか、私が昔の話をして兄の記憶を引き戻そうと試みる度に兄は頭痛を訴えて、その後眠りに落ちるのだった。

 そして目が覚めるとまた

男『どちら様ですか?』

 と、『他人としての私』と話した記憶さえも失う。

 叔母と医師が相談した結果、兄はしばらくの間、彼が家族だと思っている父方の叔母一家と暮らす事になった。



643 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 02:47:30.58 ID:o6iBMbOQ0

 そして、そこから彼の、私の兄としてではなくただの『男』としての生活が始まった。

 幸いなのか最悪なのか分からないけれど、兄の抱える問題は『私と叔母との生活を覚えていない』 だけであり
 他の部分では全く正常だった。

 だから大学に行くことも出来た。

 怪我でプロクラブ入団の道は閉ざされたが
 監督さんという兄の知り合いからの誘いで東京の大学へ行くことになったのだ。

 そうして、私と兄は切り離された。



646 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 02:57:36.53 ID:o6iBMbOQ0

 何故、私は兄の中から消されてしまったのか?

 兄の居ない生活の中でそれを問い続けた。

 そして行き着いた仮説。
 
 いや、仮説というのは自己保身がすぎて卑怯かもしれない。

 だから私はあえて自分が傷つくように結論付けた。

――結局、私は邪魔な子供だったのだ。

 兄にとって私は重りだったし、彼が経験した暮らしとは彼のストレスそのものだったのだろう。

 両親の死。

 私と叔母からの無言の期待。それがひたすらに邪魔だったに違いない。今ならそう分かる。

 兄は優しいから期待には応えようとするし、実力も才能もあるから無理だって出来る。

 それが決定的に、致命的に兄を苦しめてきたのだ。



651 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 03:17:19.84 ID:o6iBMbOQ0

 そしてあの大けが。選手としての能力をごっそりと持って行かれたあの瞬間。

 兄はついに折れてしまった。

――私はなんてバカな子供だったんだろう。自分の寂しさばかりに気をかけて、兄には何にもしてあげてなかった。

 そう気が付くと、弱い私はやはり泣いてしまうのだった。

 その時、なんとなく昔兄からもらった本の内容を思い出していた。

 脳の病気で記憶を失っていくヒロイン。彼女の病はゆるやかに死に至るもので、ヒロインの幼なじみの少年は
 彼女を助ける為に先端医療の研究者を志す。記憶を失い行く彼女は、しかし何度も少年に恋する。

 そして最後は大人になった少年が治療方を確立し、彼女を助けてハッピーエンド。

 そんな小説らしい夢物語。

 馬鹿らしい。現実はそんなに甘くないのだ。
 
 私はその時初めて兄から貰った物を嫌いになった。

 そして思う。

 夢物語ではない現実の世界で私がすべきことを。

 今後は兄から出来るだけ離れて暮らすべきなのだろうか。

 私も、私の中から兄を消すべきなのだろうか? と。



652 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 03:18:23.96 ID:o6iBMbOQ0

 だけど、私はやっぱり何処までも甘くて、兄が大好きで忘れることが出来なくて、だから――
 
 だから一つの計画を思いついたのだ。

 他人としてでもいいか兄と一緒に居よう。そう言う我が儘を叶えるための計画だった。



660 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 03:37:56.62 ID:o6iBMbOQ0

~現在、ファミレス店内~

 ついていた嘘を全てバラしてしまうと、心がすっと軽くなった。
 でも、こんな事をいきなり言われた『男』の心境を考えればまたすぐにどんより暗く重い気持ちが湧き出る。

男「……」

娘「すべて、本当の話だ」

 『男』は私の顔を見つめたまま、黙り込んでいる。

 私は思わず目をそらした。

 やっぱり、心が痛むのだ。今から自分がやろうとしていることに。

娘「信じがたいかもしれないが、私はあなたの妹で、あなたが家族だと思っていた人たちは私たちの父方の叔母一家。
  そしてあなたが私の母親だと思っている人は私たちの『育ての親』だ」

男「やめてくれ……頭が痛い……」

 『男』息が荒くなる。

 それは一年前に何度も観た記憶喪失の前兆だった。



667 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 03:56:21.80 ID:o6iBMbOQ0

 正直怖かった。

 また失ってしまいそうで。

 また『兄』を傷つけてしまいそうで。

 だけどここで立ち向かわなければならない。

 そうしないと『兄』には会えないのだから。

娘「……やめない」

 ここで止めるわけにはいかない。

娘「正直、何も話さないままずっと『男』と居るのも悪くないと思った」

男「……! 本当にやめてくれ! 頭が痛いんだ!」

娘「あなたは『兄』と同じぐらい優しいし、一緒に居てくれる時間なら『兄』よりもずっと長かった!」




668 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 03:56:28.19 ID:o6iBMbOQ0

 だけど。

 あなたは『兄』が生きるべきはずだった時間を蝕んでいる。

 偽物だらけの毎日を『兄』なりかわって生きている。

娘「その時間は本物じゃない。それは私の為にも、『男』のためにも使われるべきでは無かったんだ……」

 だって、

娘「『男』、あなたは偽物だから」

 そして私も偽物になりかけていたから。

娘「だからっ!」

 偽物ごっこはもう終わりにしようよ。

妹「お兄ちゃんを返してよ!」



676 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 04:16:58.04 ID:o6iBMbOQ0

~路地裏、逃げ出した男~

 吐き気を感じた時にはもう胃の中の物を半分以上吐き出していた。

 人気の少ない路地裏。
 ファミレスから逃げ出した俺は隠れるようにかがみ込む。

 それにしても。

男「何だよあいつ……いきなり変なこと言いやがって……」

 あんな嘘っぱちを俺に話すなんて、どういうつもりなんだよ……。

男「全部、嘘だよな?」

 自分の存在を確かめる為に右の掌を眺める。

 大丈夫だ。俺はココにいて、ちゃんと昔の事だって思い出せ――

男「うあああああ……っ! 頭が……っ!」

 嘘だろ? おかしいって。

 あるべき記憶がない。

 あると思っていた記憶が見当たらない。

男「おえっ――」

 痛みに耐えかねて胃液が逆流してくる。



684 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 04:35:53.44 ID:o6iBMbOQ0

 頭の中を乱暴にまさぐられる痛みを伴う不快な感覚が増していく。

 何かを探すような手つきを感じる。

 誰かが何かを探している。そんな感覚。

男「俺が偽物ってどういう意味だよっ!」 

 俺が偽物。

 『娘』は『妹』 で、俺は『兄』だって?

 そんなの信じられないだろうが。あり得ないだろうが。

 なのに、なんでこんなに混乱しているんだよ俺は!

何でだよ……。

 もう屈んだ体勢すら維持できない。俺はゆっくり倒れていく。

 目の前はゴミ捨て場だけど、そんな事はもう些末な事だった。



689 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 04:56:40.84 ID:o6iBMbOQ0

 その時。

 手にどこか懐かしい感触を覚えた。

 ゴミ捨て場。
 何の変哲も無いただのゴミ溜めから何を思い出すというのか。だけど、手から感じるその感覚は確かに懐かしい。

 力を振り絞って首を持ち上げ、その手に触れる物をみる。

男「何だよ……」

 ただの本じゃないか。

 こんなもん、何だって言うんだ。

男「うっ……うっ……」

 とうとう俺も気が触れてしまったのかもしれない。本を触っただけなのに涙がとまらない。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

 有名なタイトルだった。

 それこそサッカーばかりやってきた無学な俺ですら知ってるくらい。

 だけど、なんで俺はこんな本を見つけたぐらいの事で泣いてるんだ?

 この本にそんな深い思い入れが有るわけじゃ無いだろう。

 思い入れじゃないとしたらこの感覚はなんだ――



690 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 05:01:57.84 ID:o6iBMbOQ0

男「あー……なんだそういう事か……」

 これはいつか俺が拾った本だった。
 誰かのために拾って、その誰かを喜ばせようとしていたんだっけ。

男「誰にこんなもん上げようと思ったんだっけなぁ……」

 思い出せない誰か。
 その誰かを想うと何故か涙が止まらない。

男「こんな本だけじゃ喜べないのになぁ……」

 必要なのはそんなもんじゃ無いだろう。なんて誰かに向けての怒りが沸く。
 誰への?
 もう分かってるさ。さすがに、馬鹿な俺だって。

男「立ち上がれよ……」

 抜けた力を呼び戻すように命令する。誰にでも無く、ただ自分自身に。
 なんとかゴミまみれながらも立ち上がる。

 散々な姿だろう。
 みっともない姿だろう。

 だけど行かなきゃ。

 そいつが誰なのかを確かめにいかなきゃ。
 ずっと俺を待ってるやつ。しょうもないお土産なんかを宝物みたいに大切にする奴が俺を待ってるから。

――たとえ偽物だとしても、俺は走り出す。



698 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 05:28:44.86 ID:o6iBMbOQ0

~ファミレス~

 きっともう店を出ただろう。

 そんな駄目もとで戻ったファミレスにそいつは居た。

 あっけないというか。こいつらしいというか。まるで全てがお見通しみたいな感じで、最後までまるで食えない奴だ。

妹「戻ってくるって信じてた」

男「はは……そんなに信頼されてるのかよ……その『兄』って奴は」

 本当に。マジで妬けるよ。

男「はぁ……信じがたいけど、信じるしかないよな」

 今まで感じない振りをしてきた違和感たちに一度気が付いてしまうと、もうそれは無視出来ない。

 俺は偽物で、本物が他にいる。

男「俺ってなんだったんだろうな」

男「俺なんて居なくてもよかったんじゃないか?」

妹「……そんな事は無い」

男「はは、そう言われると悪い気はしないな。つーか結構報われるかも」

男「……短かったけど、楽しかったよ……」



699 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 05:29:21.16 ID:o6iBMbOQ0

 そろそろお別れだ。

 お別れの仕方はもう分かっている。

妹「私も楽しかった……絶対に忘れない」

 右手の本。

 さっきゴミ捨て場で拾ったうすきたない古本だ。

 それを妹に差し出す。

 これで本当にお別れ、というかバトンを本来もっていなきゃいけなかった奴に返さなきゃならない。

妹「ありがとう……っ!」

 本がゆっくり妹の手に触れる。

――そして、俺の意識は急激に揺らいでいく。
 どうやらこれで本当に終わりらしい。
 意外とあっけない物だな。動揺していない自分も以外だし。

まあとにかく。

――あとは頼むぜ。本物の『お兄ちゃん』



715 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 05:55:45.10 ID:o6iBMbOQ0

~二年後、兄~


 高校選手権決勝からの一年と何ヶ月かの間。

その間の記憶が思い出せるようで……しかし、なんだかハッキリしない。

 気が付いたら脚は大分良くなってるし(そりゃ以前みたいに50Mを五秒台で走るなんて絶対無理だけど)
 東京でマンションを借りて大学に通っていた。

 嘘みたいだけど本当の話だ。

 一緒に暮らしている妹に聞いてみても「さあ」としか答えないし、俺たち兄弟を育ててくれた叔母さんに聞いてもまた「さあ」

 まあ別に、その疑問に答えを見つけるのはいつだっていいんだけどな。

 俺には今確固とした目標があって、それを目指して這いつくばるのに精一杯なのだから。



716 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 05:56:39.78 ID:o6iBMbOQ0

 二年前の復帰試合。そこで俺は自分の中に新たなる可能性を発見した。

 ――速く走れなくたって、俺はまだまだサッカーを続けられる。

 いつか監督のいった通りだったのだ。

 ゲームメイクのセンスと正確なキック。それを生かしたボランチというポジション。

 そこでならまだ俺は輝けるのだ。

 そして俺は今新たな目標に向かって一歩踏み出そうとしている。

 友は言った。

『やっぱり男は出来る男だよ! 世界一のサッカー選手とか夢じゃないよね!』

 本当にむずがゆいことを平気で言う奴だ。

 監督は言った。

『いや、実に良かった。
君みたいな原石を目の前に『加工ミス』をしてしまってはフットボールの神様に申し訳が立たないからね。
良かった。まだ私の目は狂っていなかったよ。老眼だけどね』

 いちいち訳の分からんこと言うオッサンだ。

 まあ嫌いじゃないけど



725 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 06:35:11.15 ID:o6iBMbOQ0

パシャッ パシャッ! パシャッ パシャッ!

記者「怪我での挫折、そして大学二年時の劇的復活とプロデビュー。そしてその二年後の今はスペインの強豪入り!
   この劇的なシンデレラストーリーについてご自身はどうお思うなんですか!?」

 空港の入り口。数十人の記者に囲まれてしまっていた。

兄「――っあ、ちょっと考え事してました。えーっとなんだっけ? この二年? いやー早かったですよねー。
  もうあれ、びゅーんって感じでしたはい」

 記者の問いに適当に答えつつ、キャスターを引きエントランスへ向かう。

記者「恩師であり、プロデビューの立役者でもある監督氏からは何か言われましたか?」

兄「えーっと、なんだっけ。老眼?がどうのこうのって言ってましたね」

パシャッ パシャッ! パシャッ パシャッ!

記者「今の気持ちは?」

兄「早くサッカーがしたいですね」

パシャッ パシャッ! パシャッ パシャッ!

兄「うんじゃそろそろ」

記者「あ、最後の質問です!」

――感謝している人は誰ですか?

 自然と足が止まった。



726 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 06:35:41.46 ID:o6iBMbOQ0

 感謝してる人。

 俺には沢山居る気がする。

 妹、叔母さん、父方の叔母さん一家、友、監督、大学の奴ら。

兄「うーん……」

 それで全部だろうか?

 誰か欠けているような気がする。

 一番近くて、一番離れている様な存在。

 それは一体――

兄「まあ、それはまた今度で! 全部成し遂げてから纏めて感謝したいとおもいまーす! じゃ、アディオス!」

記者「あ、ちょっと待ってください!!」

パシャッ パシャッ! パシャッ パシャッ!

 記者の群れを抜けてエントランスをくぐる。

 なんとか待ち合わせの時間に間に合っただろうか。



727 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 06:37:13.67 ID:o6iBMbOQ0

兄「お待たせ」

 今日みたいな真夏日にぴったりな白いワンピースを纏った長髪の少女。

 数年前と比べれば随分大人っぽく成ったなぁ、なんてオヤジ臭くも思う。

妹「遅いぞ」

兄「いや、なんかインタビューとか記者の相手とか色々あって」

妹「スーツ。せっかく良いのを買ったのにもう皺になってるぞ」

 そう言って彼女はスーツの皺を手で撫でならし、ついでにネクタイのズレまで直してくれる。

兄「はは、悪い。ありがとう」

 そう言って頭を撫でてやる。

 彼女、妹の表情は屈託のない笑み。

妹「何、兄妹なのだから助け合うのが当たり前だろう?」

 そりゃそうだ。

 そう心から思う。

 一方的に頼られるだけでも、一方的に頼るだけでもない関係。

 それが俺たちのあるべき姿。



728 ◆h1.1.hjFbA 2011/12/29(木) 06:37:38.32 ID:o6iBMbOQ0

兄「そうだな。じゃあこれからちょっと忙しくなるけど、一緒に頑張ろうぜ」

 辛いことは絶えないだろうけど、こいつが居ればどうにかなりそうだ。

 いつかお互いに好きな奴が出来て結婚したりしても、俺たちの関係はきっと変わらない。
 
 足りない分だけ補い合うのみ、だ。

妹「分かってるって!」

妹「がんばろうね! お兄ちゃん!!」

 そんな感じで。

 俺たちは進んでいく。


END



734 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 06:43:44.21 ID:QcplVN+z0

面白かった 乙


735 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/29(木) 06:44:22.44 ID:7qY9lga+0

面白かったよ 乙


762 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 2011/12/29(木) 07:37:55.90 ID:fO02cZ3H0


面白かったわ今後も期待




~おまけ~



441 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:32:09.87 ID:6BDql5p20




442 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:32:54.89 ID:nYUz3peF0




443 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:33:36.77 ID:BocPGLKY0




444 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:33:46.24 ID:j4lP7/LI0




445 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:33:50.66 ID:xwML2zBX0

言わせねーよ!?


447 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:34:56.86 ID:XlzzVpx/0

>>445
ダメじゃねえか


448 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/12/28(水) 22:35:30.29 ID:BocPGLKY0

>>445
おい

この記事へのコメント

- 名無しさん - 2012年08月20日 16:49:17

読んでてすごく惹きつけられる内容だった(所々誤字脱字が多かったけど…w)
叔母が池沼かと思ったら兄が池沼だったでござる。
サッカーのこと詳しくてところどころリアリティがあったのは主の実体験も混ざってる?
まぁ兎に角一気に読んでしまうほど楽しめました!

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