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える「古典部の日常」 5

557: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:31:57.47 ID:rHC3Zm5J0

午後9時。

俺は今、神山市から少し離れた所に来ていた。

話せば長くなるが……

面倒だな、話すのは今度にでもしよう。

入須「どうだ、中々に良い場所だろう」

奉太郎「そうですね」

俺と入須が居たのは、高台であった。

町並みを一望でき、キラキラと光る町の奥には海が見える。

奉太郎「入須先輩がこんな場所を知っているなんて、少し驚きです」

俺がそう言うと、入須はムッとした顔を俺に向けながら言った。


558: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:32:23.41 ID:rHC3Zm5J0

入須「ここまで連れて来たのは誰だと思っているんだ」

奉太郎「……先輩でしたね」

入須「そうとも」

入須「なら穴場の一つや二つ、押さえてあるさ」

奉太郎「それはそれは、失礼な事を言ってすいません」

入須「分かればいいんだが……」

入須はそう言い、手すりから町並みを眺める。

その時だった。

空がまばゆく光る。

遅れて……ドン、と言う音が耳に届いた。


559: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:33:15.54 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「始まったみたいですね」

入須「ああ、そうみたいだな」

ここに来ていたのには理由があった。

年に一度の花火大会、それを見るためにわざわざ神山市を離れ、こんな所まで来ているのだ。

最初は間隔をゆっくりと、花火達が上がっていく。

それを見ながら、入須は口を開いた。

入須「私ももう、大学生か」

入須「思えば随分と年を取ったものだ」

奉太郎「まだ、18か19でしょう」

奉太郎「年寄りみたいな台詞は、似合いませんよ」

入須「あっと言う間さ」

入須「青春なんてすぐに終わる」


560: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:33:41.51 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「青春、ですか」

入須「ああ」

思えば、俺も既に三年生か。

後一年も経たない内に、神山高校を去ることになるのか。

その後は……俺は一応、大学へと行く予定になっている。

里志や伊原もそうだろう。

だが、千反田は前に聞いた時、少しだけ悩んでいる様子だったのを覚えている。

また父親に何かあった時、何も知らなくていいのかと……千反田は言っていた。

もしかすると、千反田は大学には行かず、家の仕事に就くのかもしれない。

そして、それを俺に決める権利は無い。

恐らくそうなれば、段々と疎遠になって行くのだろう。

中学の時も一応、俺にも友達くらいは居た。

そいつらとは高校へ行っても遊ぼうな、等と言っていた物だが……

いざ高校生になってからは、ほとんど連絡なんて取っていなかった。

……そんな、物だろう。


561: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:34:19.36 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「俺ももう、18ですよ」

入須「そうか、君の誕生日は確か……」

奉太郎「四月です」

入須「なるほど、君が一番早く年を取っているのか」

奉太郎「そう言う言い方は、出来ればやめて欲しいですね」

入須「ふふ、すまんすまん」

そこで俺は一度、空を見上げた。

花火が一つ……散っていく。

そんな光景を見ながら、一つの事を思い出す。

あれは確か……俺の誕生日の日だったか。


562: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:34:55.65 ID:rHC3Zm5J0

過去

~折木家~

休みなだけあって、俺は随分と遅く、目を覚ました。

供恵「あんた、やっと起きたの?」

奉太郎「いいだろう、別に」

供恵「だらしないわねぇ」

奉太郎「休みくらいゆっくりさせてくれ」

供恵「あんたがそれを言うか」

朝から……いや、昼から姉貴との言い合いは、どうにも気が進まない。

最後の姉貴の言葉を無視すると、俺はとてもゆったりとした動作でコーヒーを淹れた。

供恵「私の分もよろしくねー」

奉太郎「……ああ」


563: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:35:22.31 ID:rHC3Zm5J0

全く、なんで起きてすぐに人の為に動かなければならないのか。

それは少し違うか、おまけで作るのだし。

まあ……どの道、気が進まない事には代わり無いのだが。

供恵「あーそういえば」

供恵「誕生日お・め・で・と・う!」

奉太郎「……どうも」

姉貴の精一杯の笑顔に俺は精一杯無愛想に返す。

供恵「確か、去年はお友達が来てたけど」

供恵「今年はどうなんだろうねぇ」

奉太郎「さあな、分からん」

去年は確かに、俺の家で誕生日を祝われた。

しかし、あれは大日向が居たからだ。

あいつが居なければ、俺の誕生日を祝おうなんて、他に誰も思わないかもしれない。

別に俺も、祝って欲しいなんて事は無いし、構わないが。


564: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:35:49.82 ID:rHC3Zm5J0

やがてコーヒーを淹れ終わり、ソファーに座る姉貴に片方を手渡す。

供恵「ありがと」

姉貴のその言葉を流し、俺もソファーに座る。

腰を下ろし、背もたれに背中を預けようとした時だった。

俺に反抗するように、家の電話が鳴り響いた。

俺はなんとも中途半端な姿勢で止まる事となり、そこで止まったが最後……電話に出る役目は俺に回ってくる。

供恵「ほらほら、友達かもしれないでしょ」

奉太郎「……くそ」

コーヒーをテーブルに置くと、俺は電話機の前に移動し、受話器を取った。

奉太郎「もしもし、折木です」

える「折木さんですか? 千反田です!」


565: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:36:15.60 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「千反田か、どうした」

える「えっとですね、今日は何の日かご存知ですか!?」

なんだ、やけにテンションが高いな……

奉太郎「一週間に二度ある休みの内の、一日だな」

える「そうではないです!」

える「い、いえ……確かにそうかもしれませんが」

える「違います!」

千反田が言っている事は大体分かる、俺の誕生日の事だろう。

だが自分から言うのも、少しあれなので敢えてそうは言わない。

奉太郎「じゃあ、なんの日なんだ」

える「もしかして、忘れてしまったんですか?」

える「今日は、折木さんのお誕生日ですよ!」


566: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:36:42.87 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「……覚えているさ」

奉太郎「それで、それがどうかしたのか」

える「お祝いをしようと思って、お電話しました」

奉太郎「ああ、そうか」

える「はい! お誕生日おめでとうございます」

奉太郎「ありがとう」

奉太郎「それで、用事は終わりか?」

える「ち、違いますよ……それだけではないです」

まだ何かあるのだろうか?

える「実はですね、誕生日会を開こうと計画していまして」

奉太郎「また、急だな」

える「そうでもないですよ、予め決めていましたので」


567: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:37:12.95 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「……俺は知らなかったが」

える「当たり前じゃないですか、福部さんと摩耶花さんと、秘密に計画していたんです」

奉太郎「……まあいい」

奉太郎「また俺の家でやるのか?」

える「いいえ、何度もお邪魔しては迷惑だと思いますので……」

える「今年は、私の家で開くことにしているんです」

待て待て、俺の家で開くのなんて全然迷惑じゃない。

わざわざ主役の俺を、遠い千反田の家まで足を運ばせると言うのか!

奉太郎「お前の家まで行けって事か」

える「はい!」

奉太郎「俺の誕生日を、お前の家で開く為に」

える「はい!」

奉太郎「わざわざお前の家まで、休みを堪能している俺が」

える「勿論です!」


568: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:37:42.80 ID:rHC3Zm5J0

……駄目だ、こうなってしまってはどうしようもない。

奉太郎「……分かった、行けばいいんだろ」

える「ふふ、お待ちしてますね」

える「福部さんも伊原さんも今から来るそうなので、楽しみにしておきます」

奉太郎「そうか、じゃあ準備が終わったらそのまま行く」

える「ええ、宜しくお願いします」

そして話が終わり、俺は受話器を置く。

供恵「行ってらっしゃーい」

奉太郎「……はあ」

姉貴の満面の笑みを見て、溜息を吐くと俺は準備に取り掛かった。

と言っても、大した準備等は無いが。

ともかく、俺はこうして千反田の家での誕生日会をする為、わざわざ休日に出かける事となったのだ。


569: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:38:22.33 ID:rHC3Zm5J0

~千反田家~

インターホンを鳴らすと、扉の前で待っていたのか、すぐに千反田は出てきた。

える「わざわざありがとうございます」

える「上がってください」

そう言われ、千反田の家へと上がっていく。

いつもの居間に通され、変わらぬ千反田の家でゆっくりとくつろいでいた。

奉太郎「そう言えば、里志と伊原はまだなのか?」

える「もう少しで来ると思うのですが……」

その時、インターホンが鳴り響く。

える「来た様ですね、私行ってきますね」

奉太郎「ああ」


570: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:38:53.16 ID:rHC3Zm5J0

それはそうと、千反田の家に来るのは何度目だろうか?

何回来ても、まずその広さに驚かされる。

俺の家の何個分に当たるのだろうか……

とても比べ物には、ならないか。

多分、この家の広さが……千反田という名家を表しているのかもしれない。

そんな事を考えながら、里志達がやってくるのを待っていた。

出されたお茶を飲みながら、俺は考える。

……去年、俺はあいつの事を追い掛けていたのかもしれない。

社会的にも、俺の前を行く千反田の事を。

最終的に、それは不釣合いだったのだろう。

片や、神山市には知らぬ者等居ないほどの名家のお嬢様。

片や、ただの一般人。

それは多分、いくら追いかけても追いつけないのかもしれない。


571: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:40:45.86 ID:rHC3Zm5J0

つまり、あの日……千反田がさようならと言った日。

あの日に起きた事は、起こるべくして起きたのかもしれない。

だが、だがもう少しだけ。

俺が高校を卒業するまで、追いかけてみよう。

それでも駄目なら、そこまでだったと言う事だ。

里志「お、ホータローはもう来ていたんだね」

奉太郎「……里志か」

里志「なんだい、随分と暗い顔をして」

奉太郎「いや、何でも無い」

奉太郎「それより、伊原と千反田は?」


572: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:42:21.41 ID:rHC3Zm5J0

里志「料理を持って来てくれるってさ、手作りだよ手作り!」

奉太郎「手伝いに行かなくていいのか」

里志「何言ってるんだい、僕達が行っても足手まといになるだけさ」

奉太郎「まあ、間違ってはいないが」

里志「それより、何か考え事でも?」

奉太郎「……ちょっとな」

里志「僕には何を考えている何て事は、分からないけど」

里志「あまり、思い詰めないで今を楽しもうよ」

今を楽しむ、か。

それも……悪くないかもしれない。


573: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:43:02.29 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「そうだな……そうする」

里志「それに今日はホータローが主役だよ」

里志「さあさあ、笑って笑って」

いや、いきなり笑えと言われてもだな……

奉太郎「……それは難しい」

里志「釣れないなぁ」

奉太郎「いつも笑顔のお前が羨ましいな」

里志「何事も、楽しまなくちゃね」

里志「じゃないと時間が勿体無い」

奉太郎「ああ……それもそうだ」

そこまで話し、俺と里志は互いに外を眺める。

そのまま数分経ち、やがて伊原と千反田が部屋へと来た。


574: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:43:32.55 ID:rHC3Zm5J0

える「お待たせしました、お料理持って来ましたよ」

摩耶花「私も作ろうと思ったんだけど……ほとんどもう作ってあった」

里志「はは、さすが千反田さん、準備がいいね」

える「い、いえ……それほどでもないです」

そして並べられる料理、それらは実に美味しそうであった。

結構な量の料理を、全員で食べ、気付けばあっと言う間に無くなってしまっている。

奉太郎「悪いな、わざわざ」

える「いいえ、いいんですよ」

える「一年に一回なのですから、このくらいはいつでもしますよ」

里志「うーん、千反田さんは間違いなく良いお嫁さんになれるよ」

える「そ、そうでしょうか」

里志「僕が言うんだ、間違い無い!」


575: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:00.77 ID:rHC3Zm5J0

千反田を褒めるのは結構だが……

摩耶花「私はどうなの?」

里志「ま、摩耶花は……もうちょっと、優しくなった方が」

摩耶花「それ、どういう意味よ」

里志「いやいや、今でも十分に優しいけどね」

里志「もうちょっと、なんて言うのかな」

える「つまりは、今の摩耶花さんは優しく無いと言う事でしょうか……」

里志「ち、千反田さん?」

千反田も始めの頃から比べると、随分とこう言う流れが分かってきている。

それを見るのも、また楽しい。

奉太郎「そうだな、里志の言葉からすると……千反田が言っている事で間違いは無さそうだ」

里志「ホ、ホータローまで」

摩耶花「ふくちゃん、ちょっとお話しようか」

そう言い、引き摺られながら里志は部屋の外へと出て行った。

哀れ里志、また会おう。


576: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:27.22 ID:rHC3Zm5J0

える「あ、そういえば」

千反田はそう俺に言い、部屋から駆け足で出て行った。

何かを思い出した様だが……何だろうか。

5分ほど待っていると、千反田は部屋へと戻ってくる。

その後ろから里志と伊原も入ってきた、どうやら話し合いは終わったらしい。

里志「……口は災いの元だ、ホータロー」

俺の隣に腰を掛けながら、里志はそう言った。

里志「ホータローも気をつけたほうがいいよ」

奉太郎「俺は災いになるような事は言わんからな」

里志「……羨ましいよ、それ」

奉太郎「お前が思った事を喋りすぎなだけだろ」

里志「ううん……今後気をつける」

ま、絶対に直らないだろうけどな。


577: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:44:54.55 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「それより、千反田は何か思い出した様子だったが」

奉太郎「どうしたんだ」

える「ふふ、これです!」

そう言いながら、千反田が出したのは、ぬいぐるみだった。

摩耶花「ちーちゃん、そのぬいぐるみがどうかしたの?」

える「私の宝物なんです!」

里志「へえ、随分と可愛いぬいぐるみだね」

える「そうですよね、私もそう思います」

……ここまで、千反田が考え無しに動くのは想定外だった。

つまり、千反田が持ってきたぬいぐるみと言うのは、以前俺がプレゼントした物。

それを里志や伊原には、絶対に知られたく無かったのだ。

奉太郎「ほ、ほう。 千反田らしいな」

冷や汗を掻きながら、俺は続ける。


578: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:45:22.00 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「それにしても、そんなぬいぐるみをまだ持っているとはな」

摩耶花「ええ、いいと思うけどなぁ」

える「で、でもですよ」

える「このぬいぐるみをくれたのは……」

俺は多分、今日一番素早い動きをしたと思う。

千反田の首に腕を回し、そのまま引っ張る。

里志や伊原は不審がっていたが、このままではどうせばれてしまう。

ならこれしかないだろう。

える「あ、あの、どうしたんですか」

奉太郎「言うなって言ったのを覚えて無いのか」

える「お、覚えていますが」

奉太郎「なら何で言おうとした……!」

える「それは、その」

える「……自慢したくて」


579: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:45:51.20 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「そんなの、いくらでも俺に自慢すればいいから、とにかく今は絶対に言うな」

える「は、はい……」

そこまで話、千反田を解放する。

摩耶花「ちょっと、二人で何話してたの?」

里志「気になるねぇ」

奉太郎「……何でも無い」

俺はそう言い、二人の視線を正面から受け止める。

俺から聞き出すのは無理と悟ったのか、里志達は千反田の方に視線を向けていた。

える「あ、えっと……」

える「その……」

える「言わなくては、駄目ですか」

摩耶花「駄目って訳じゃないけど、気になるかな」

える「わ、分かりました」


580: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:46:18.29 ID:rHC3Zm5J0

……いくら何でも、何か別の言い訳をするだろう。

つい、30秒ほど前に言うなと言ったばかりなのだから、流石に言わない筈だ。

える「あのですね」

える「……折木さんが、ぬいぐるみを貸して欲しいと」

……帰りたい。

千反田は確かに、本当の所は言わなかった。

言わなかったのだが……もっと他に言い訳はあるだろうが!

摩耶花「お、折木が?」

里志「あ、あははは、本当かい、ホータロー」

くそ、こうなってしまっては千反田の言い訳に乗るしかないではないか。

全く持って納得行かないが、仕方あるまい。


581: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:46:44.97 ID:rHC3Zm5J0


奉太郎「別に、いいだろ」

里志「まさか、あはは」

里志「ホータローにそんな趣味があったなんてね」

摩耶花「……気持ちわる」

伊原の言葉がいつにも増して、辛い。

だが、それでもやはり……本当の事を言う気にはなれなかった。

俺があの日……わざわざ帰るのを放棄し、千反田のプレゼントを買いに行ったのを知られたく無かったのは勿論の事。

……千反田が宝物と言っていたそれを、俺がプレゼントした物だと言う事は、何故か人に知られたくは無かったのだ。

える「も、もうこの話は終わりにしましょう!」

里志「そ、そうだね」

里志「どんな趣味を持とうと、僕はホータローの友達だよ」

里志の何とも言えない表情が、やはり辛い。


582: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:47:11.23 ID:rHC3Zm5J0

奉太郎「それよりだ」

千反田が一度、話題を切ってくれたお陰で、話の方向を変える事が出来た。

奉太郎「今日は俺の誕生日だろ、何か言う事とか無いのか」

里志「お、ホータローにしては随分と急かすね」

奉太郎「……まだしっかりと言われていないからな」

摩耶花「うーん、まあいっか」

える「そうですね、では」

里志「僕はもうちょっと、タイミングを見たかったんだけどなぁ」


583: ◆Oe72InN3/k 2012/10/19(金) 22:47:38.90 ID:rHC3Zm5J0

三人はそう言うと、徐にカバンに手を伸ばす。

そして。

里志・える・摩耶花「誕生日おめでとう!」

その言葉と共に、クラッカーの音が鳴り響いた。

ああ……また片付けが面倒な事になりそうだ。

まあ、それでも……今日くらい、別にいいか。

何と言っても一年に一度の、日なのだから。


第12話
おわり


604: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:41:13.28 ID:82esDMmt0

花火は未だに上がり続けている。

一際大きな花火が上がり、その音で俺は意識を過去から引き戻した。

入須「そういえば」

入須はまだ、手すりから夜景を眺めていた。

俺は視線をそちらに移しながら、入須の次の言葉を待つ。

入須「答えは、出たか」

奉太郎「答え……ですか?」

入須「まさか、もう忘れたのか」

入須「先程、私が提示した問いに対する……答えだ」


605: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:41:40.81 ID:82esDMmt0

……ああ、あれの事か。

奉太郎「……まだ、出そうに無いですね」

入須「……そうか」

入須「だが、あまり時間は無いぞ」

奉太郎「そうなんですか」

入須「今、決めた」

入須「この花火大会が終わる前に、答えを出してもらう」

……また急な。

そんなすぐに答えが出る問題でも無いだろうに。


606: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:42:07.07 ID:82esDMmt0

奉太郎「随分と急かしますね」

入須「まあな」

入須「どの道、いつかは答えなければいけないんだ」

入須「それなら今でも、構わないだろう」

奉太郎「……分からない、というのは答えになりますか」

入須「それは、無理だな」

入須「もし……千反田に聞かれたら、君はどうするんだ」

入須「その時もまた、分からないと言うのか?」

奉太郎「それは……」


607: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:42:34.56 ID:82esDMmt0

口篭る俺を見ながら、入須は少しだけ声を大きくし、俺に告げた。

入須「答えを出すのは、この花火大会が終わるまで」

入須「それでいいな」

奉太郎「……分かりました」

俺はそれを、断れなかった。

……まあ、時間はまだある。

時刻は21時30分、か。

ゆっくりと、思い出して行けば十分に間に合うだろう。

何しろ花火大会は、まだ始まったばかりだ。


608: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:43:19.90 ID:82esDMmt0

過去

~古典部~

俺は、部室で勉強をしていた。

と言っても、一人で静かに……とは行かない。

える「折木さん、分からない所があれば言ってくださいね」

奉太郎「……ああ」

一人の方が集中出来るのだが、別に千反田が居る事に特別不快感などは無かった。

それにしても、何故放課後の部室で勉強をしなければならないかと言うと……

五月の中間テスト、それの対策の為である。

俺はまあ……熱心にと言う程でも無いが、ある程度は勉強をしなければならない程の成績だ。

対する千反田は、成績優秀者。

そいつに教えて貰うと言うのは、一般的に考えればそれはそれは良い事なのだろう。


609: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:43:46.76 ID:82esDMmt0

しかし、どうにも……教え方が下手すぎた。

例えば、俺が式の組み立て方……答えが出る経緯を忘れ、悩んでいた時。

俺の目の前に座るこいつは、答えをざっくりと言い、途中の経過は全く教えてくれない。

多分、千反田にも悪気がある訳では無いだろう。

だが、答えを言った後も悩んでいる俺を見る目は、何故答えが出たのに悩んでいるんですか? とでも言いだけで、なんだか虚しくなってくる。

そして今も、俺は目の前の問題に悩まされていた。

何度かペンをくるくると回し、考える。

……駄目だ、全く持って分からない。


610: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:44:13.61 ID:82esDMmt0

奉太郎「……」

える「……」

奉太郎「……」

ふと、千反田の方にちらりと視線を移す。

自分の問題を解いていて、静かなのだと思ったが……

奉太郎「……あまりじろじろ見ないでくれないか」

千反田は、俺の方をジッと見つめていた。

える「あ、ごめんなさい」

奉太郎「……まあいい」

そう言い、再度問題に目を移す。

それから5分程経ったが、結局何度考えても分からない。

またしても千反田に視線を移すと、やはりと言うか……千反田はまた、俺の方を見ていた。


611: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:44:39.27 ID:82esDMmt0

奉太郎「……ふう」

俺は回していたペンを置き、千反田に向け口を開く。

奉太郎「何か、言いたい事でもあるのか」

える「……いえ、別に、大丈夫です」

何が大丈夫なのか分からないが。

奉太郎「なら、俺の方を見るのをやめてくれないか」

奉太郎「……集中できん」

える「そ、そうですよね」

少しくらい言っておかないと、こいつは多分また俺の方を見るだろう。

人に文句を付けるのは好きでは無いが……

それもまた、仕方の無い事だろう。

俺は一度置いたペンを取り、再び問題に取り組む。


612: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:45:05.58 ID:82esDMmt0

正確に言えば、取り組もうとした時だった。

える「だ、駄目です!」

奉太郎「な、なにが」

急に大きな声をあげる物だから、回している途中だったペンを落としてしまう。

える「折木さんが熱心に勉強していたので……我慢していたのですが」

える「やはり、我慢できません!」

える「折木さん!」

矢継ぎ早にそう言いながら、俺の方にぐいっと顔を寄せる。

……この感じ、あれか。

える「私、気になります!」


613: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:45:32.59 ID:82esDMmt0

全く、満足に勉強も出来たものでは無い。

しかしまあ……その気になる事を解決出来たなら、千反田も幾分か落ち着くだろう。

なら、俺がやるべき事は一つ。

奉太郎「……何が気になってるんだ」

える「ええ、私」

える「そのペンが、気になるんです」

……ペンが?

まさか、俺が知らないだけで、千反田はシャーペンが大好きな奴だったのかもしれない。

ありとあらゆるシャーペンを集めていて、それで今日俺が持っていたシャーペンが千反田の持っていなかったペンだったのだ。

奉太郎「そうか、なら今度買った場所を教えよう」

える「……ええっと」

あれ、違うのか。


614: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:46:08.28 ID:82esDMmt0

奉太郎「なんだ、シャーペンマニアでは無かったのか」

える「どちらかと言うと、筆の方が好みです」

える「いえ、そうでは無くてですね」

える「折木さんが持った時の、シャーペンが気になるんです」

奉太郎「……すまん、もっと分かりやすく説明できないか」

える「は、はい」

える「ええっと、折木さんはいつもこんな感じでペンを持ちますよね」

奉太郎「ああ、そうだな」

正直、自分がどんな感じでペンを持っているかなんて分からなかったが、ここで話の腰を折るような事はしない。

える「それでですね、時々こういう風に」

そこまで言うと、千反田は指をピクピクとさせている。


615: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:46:35.17 ID:82esDMmt0

奉太郎「……何をしているんだ」

える「う、うまくできません」

ああ……そういう事か。

奉太郎「貸してみろ、そのペン」

える「あ、はい……どうぞ」

奉太郎「千反田が気になっているというのは、これだろ」

俺はそう言い、手の上でペンをくるりと回す。

そしてそのペンを、うまく掴むと、千反田は声を大きくしながら言った。

える「な、何が起きたんですか!」

奉太郎「ペンを回しただけだが……」

える「何故、その様な事が出来るのか……気になります」

何でだろうか、逆に聞きたい。


616: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:01.16 ID:82esDMmt0

奉太郎「……俺も気付けば出来ていたからな」

える「でも、私には全然出来そうに無いですよ」

奉太郎「うーん……」

奉太郎「授業中に、練習してみたらどうだ」

える「折木さんは授業中にやっているんですか?」

奉太郎「まあ、暇だしな」

える「いけません! しっかりと聞かないと駄目ですよ」

なるほど、確かに正論である。

だが俺にも言い分はあった。

奉太郎「それで、それを補う為にわざわざ放課後、部室に残って勉強しているのだが」

奉太郎「俺が集中出来ないのは何故か、分かるか千反田」


617: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:28.52 ID:82esDMmt0

俺がそう言うと、千反田は若干焦りながら答える。

える「あ、そ、それとこれとは別です」

える「そんな事より、私にも教えてください」

俺の言い分は……そんな事と言う一言で片付けられてしまった。

奉太郎「しかし、教えると言ってもだな」

える「そこを何とか、お願いします」

奉太郎「ううむ……」

奉太郎「……まず、ペンを持ってみろ」

える「はい! こんな感じですかね?」

奉太郎「ああ、まあそれでいいんじゃないか」

奉太郎「で、その後はだな」

奉太郎「こうやって、こうだ」

そう言い、俺は自分が持っていたペンをくるりと回す。


618: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:47:56.83 ID:82esDMmt0

える「あの、失礼な事を聞いてもいいですか」

何だろう、わざわざ失礼な事と前置きしてまで聞くと言う事は、大分失礼な事なのだろうか。

える「折木さんって、教え方が上手い方では無いのでしょうか」

奉太郎「……お前がそれを言うか」

える「す、すいません」

える「でも、全然分からなかったので……」

と言われても、俺も困ってしまう。

奉太郎「とりあえず、練習しておけばいいさ」

奉太郎「その内出来る様になるだろ」

俺は千反田にそう告げ、勉強を再開する。


619: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:48:23.78 ID:82esDMmt0

奉太郎「……」

える「……よいしょ」

奉太郎「……」

える「……あ!」

奉太郎「……」

える「……うまく行きませんね」

先程から、ペンの落ちる音が鳴り響いている。

その音が聞こえた後、千反田の独り言が聞こえてくる。

こんなんじゃ、勉強所では無いな……全く。

奉太郎「ああ、もう」

未だにペンを回そうと奮闘している千反田を見て、俺は席を立つ。

そのまま千反田の後ろに回り、ペンを持つ手を上から掴む。


620: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:48:49.29 ID:82esDMmt0

奉太郎「だから、こうやって……」

奉太郎「こうだ」

俺はそう言い、いつもの要領で千反田の手を動かした。

うまく行くとは思わなかったが……ペンはうまい具合に一回転し、千反田の手に収まった。

える「すごいです、折木さん!」

奉太郎「別に凄くは無いだろ……」

奉太郎「もう一回、やってみろ」

俺は千反田後ろに立ったまま、手を離す。

える「はい、やってみますね」

える「……よいしょ」

……ああ、違う。

後ろから見ているとなんとなく分かる……こいつはペンを、指で追いかけ過ぎだ。


621: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:49:23.53 ID:82esDMmt0

奉太郎「だから、こう持って」

そう言い、俺は再び千反田の手を掴む。

その時、ふと千反田が俺の方に顔を向けた。

俺はこの時、まずいと感じた。

予想以上に、千反田の顔が近かったのだ。

そのまま数秒間、千反田と見つめ合う。

そんな沈黙に耐え切れず、俺は顔を逸らした。

千反田も顔を逸らし、口を開く。

える「あ、あの……」

える「少し……は、恥ずかしいです」

あえて言わなくてもいいだろうに、そんなの俺だって感じている。


622: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:50:12.80 ID:82esDMmt0

奉太郎「す……すまんな」

そして千反田の手を離し、俺は自分の席へと腰を掛けた。

空気を変えるため、咳払いを一つすると、俺は千反田に話しかける。

奉太郎「……えっとだな、千反田はペンを追いかけ過ぎだ」

える「追いかけ過ぎ……ですか」

奉太郎「ああ」

奉太郎「ペンを押し出したら、そのまま戻ってくるのを待つんだ」

奉太郎「それで、タイミング良く掴む、それだけだ」

える「分かりました……もう一度、やってみますね」

える「ええっと、こんな感じで持って」

える「……えい!」


623: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:50:40.93 ID:82esDMmt0

しかし、ペンは先程同様、床へと落ちて行った。

まあでも、さっきよりかは大分マシになっていた様に見える。

える「やはり、難しいですね」

奉太郎「その内出来るようになるさ、さっきも言ったけどな」

える「はい……頑張ってみます」

える「でも、折木さんは簡単そうに回して、凄いです」

奉太郎「そ、そうか」

える「折木さんの特技はペン回しだったんですね」

……なんか、とても情けない特技では無いだろうか。

奉太郎「そこまで大袈裟に言う程の物でもないだろ」

俺はそう言うと、千反田はやはりと言うべきか、顔を近づけ、言ってきた。


624: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:51:06.76 ID:82esDMmt0

える「いいえ、それは違いますよ」

える「どんな些細な事でも、皆さんそれぞれ、得意な物や苦手な物があるんです」

奉太郎「……まあ、そうだな」

奉太郎「それは分かる」

える「ふふ、そうですか」

える「例えば折木さんは物事を組み立てるのが、得意ですよね」

そうなのだろうか、自分では良く分からないが……

える「でも、私は物事を組み立てるのが苦手です」

奉太郎「ああ、それは何となく分かる」

千反田に向けそう言うと、少しむくれながら続けた。


625: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:51:43.16 ID:82esDMmt0

える「……それでですね、先程のペン回しもそれに当てはまるんです」

える「どんな些細な事でも、それらはその人と言う物を表していると、私は思います」

える「誰しも、これだけは負けられない、と言うのがあると思うんです」

奉太郎「俺にそれがあると思うか」

える「折木さんは……そうですね」

える「面倒くさがりな所は、誰にも負けませんよ」

さっきの仕返しと言わんばかりに、千反田はにこにこしながら俺に言ってくる。

奉太郎「……お前も随分言う様になったな」

える「でも、それもまた……折木さんという方を表しているんです」

える「写真を撮るのが得意な方、絵を描くのが得意な方、物を作るのが得意な方、ゲームが得意な方」

える「どれだけ小さい事でも、それらは立派な物だと……私は思うんです」


626: ◆Oe72InN3/k 2012/10/21(日) 18:52:14.54 ID:82esDMmt0

なるほど……確かに、そう言われればそうかもしれない。

奉太郎「つまり、お前の好奇心も……千反田と言う人間を表しているのか」

える「ええ、そうなりますね」

える「それで、私も折木さんの様にペンを回せるのか……と感じまして」

奉太郎「ああ、それでペンが気になる、と言ったのか」

える「はい、そうです」

える「でも、私には少し難しいみたいです」

そう言いながら、笑う千反田の顔は……

どこか、寂しげだったのを俺はしっかりと記憶していた。


第13話
おわり


637: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:22:25.99 ID:Z5VuVV460

入須「さっきはああ言ったが」

入須「千反田も、聞くだろうな」

入須はこちらに振り向きながら、続けた。

入須「必ず、聞くと私は思う」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「奇遇ですね、俺も丁度、同じ事を思っていました」

奉太郎「俺は……間違いなく、聞かれるでしょう」

入須「ふふ、君は千反田の事を一番理解しているからな」

奉太郎「……それは、過大評価って奴ですよ」

入須「……果たしてそうかな」

入須「それより、答えはまだなのか」

奉太郎「……今、考えている最中です」

入須「そうか、なら私は少し黙るよ」

奉太郎「ええ」


638: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:22:52.79 ID:Z5VuVV460

入須はそう言うと、花火では無く、頭上の星を眺める。

まあ、黙ってくれるなら有難い、今は考える事に集中したかったのだ。

俺は入須の横まで歩き、高台から下を見下ろす。

海の匂いが、少しだけした。

ふと、時計に目を移す。

時刻は丁度、22時を指している所だ。

そして視線を、高台から見える町並みより更に下に落とした。

……ああ、くそ。

まずいな、これは非常にまずい事になった。

俺がまずいと思ったのは、時刻のせいでは無い。

この高台に向かって、走ってくる人影が下に見えたのだ。

走り方や、外見の特徴。

そしてここからでも感じる、そいつの纏っている雰囲気。

間違いない、あれは千反田だ。


639: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:23:25.34 ID:Z5VuVV460

過去

~折木家~

7月に入り、気温も大分上がってきた。

俺は勿論、この土日を満喫するつもりだ。

……満喫と言っても、外に出るつもりなんて一切無い。

家の中でぐだぐだと、ただ時を過ごすだけ。

まあ、そんな理想を抱いていたのもつい10分程前の事なのだが。

奉太郎「……わざわざ暑い中ご苦労様」

里志「うわ、嫌そうな顔だね」

摩耶花「暑いって言っても、今日は涼しい方よ」

える「そうですよ、折木さんも外に出てみたらどうですか?」

何の連絡も無しに、突然こいつらが家へ押し掛けてきたのだ。


640: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:23:52.40 ID:Z5VuVV460

奉太郎「絶対に出ない」

奉太郎「それで、今日の用件は何だ」

里志「うーん、そう言われると困っちゃうな」

困る? つまりこいつらは用も無く俺の休日を妨害しに来たと言うのか。

俺がそれを言おうとした所で、千反田が割って入る。

える「ええっとですね」

える「今日は、折木さんのお姉さんに呼ばれて来たんです」

……俺の姉貴に?

姉貴がどうやってこいつらと連絡を取ったのも気になるが……それより今は。

俺はその言葉を聞くと同時に、玄関からリビングへと向かう。


641: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:24:19.49 ID:Z5VuVV460

奉太郎「一体何の真似だ」

供恵「あ、友達来たんだ」

供恵「暇そうなあんたの為に呼んだってのじゃ、駄目かな」

奉太郎「……」

供恵「嘘嘘、冗談よ」

供恵「じゃあ一回、リビングに集まって貰おうかな」

奉太郎「理由が分からんぞ」

供恵「いいからいいから、早く早く」

何だと言うのだ……

しかしそんな会話が聞こえたのか、玄関から里志の声が聞こえてきた。

里志「お姉さんもそう言ってる事だし、お邪魔しますー」

こうしてまたしても、俺の休日は浪費されていく。

……もう、慣れた。


642: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:24:50.62 ID:Z5VuVV460

そして姉貴を含め、5人がリビングへと集まった。

奉太郎「それで、何故……里志達を呼び出したりしたんだ」

供恵「んー、もうそろそろ来ると思うんだけど」

丁度その時、チャイムが鳴り響く。

供恵「来たみたいね、ちょっと行って来るわね」

そう言い、姉貴は玄関へと向かう。

俺はそれを見送り、里志達の方へと顔を向けた。

奉太郎「大体、俺に一言くらい言ってくれれば良かったのに」

里志「いいじゃないか、驚かせたかったし」

奉太郎「……良くないんだが」

まあ、なってしまった物は仕方ないか。

過去を悔いるより、次に起こるべく問題の片付け方を考えた方が、効率的と呼べるだろう。


643: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:25:34.35 ID:Z5VuVV460

供恵「お待たせー」

そう言いながら、姉貴はリビングへと戻ってきた。

……その後ろには、見覚えがある人物。

入須「お邪魔させて貰うよ」

入須冬実が居た。

それを見て、一番早く口を開いたのは千反田であった。

える「入須さん! お久しぶりです」

入須「ああ、久しぶり」

里志「驚いた、逆に驚かされる事になるとはね」

そんな里志の言葉に、入須は顔をしかめている。

無理も無い、さすがの入須でも里志が俺を驚かせようとしてた事なんて分かる訳が無い。


644: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:03.67 ID:Z5VuVV460

奉太郎「何故、入須先輩が?」

摩耶花「私もちょっと気になる、だって私達は折木のお姉さんから呼ばれたのに」

……そうか、こいつらは俺の姉貴と入須が知り合いだと言う事を知らないのか。

入須「私が来たのは用事があったからだ」

入須「君達、全員にね」

入須「この人が呼び出したのにも理由がある、私とこの人は知り合いなんだよ」

供恵「何よ、いつもみたいに先輩って呼んでよね」

入須「そ、それは」

珍しい、入須が口篭ってしまった。

やはり、姉貴の方が一枚上手と見える。

我ながら……末恐ろしい姉貴を持ってしまった物だ。


645: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:30.12 ID:Z5VuVV460

里志「へえ、お二人は先輩と後輩って関係だったんですね」

里志は何が満足なのか、とても嬉しそうな顔をしている。

える「それよりです!」

える「用事とは、何でしょうか?」

奉太郎「まあ、そうだな」

奉太郎「わざわざ集めてまでの用事は、俺も少し気になる」

入須「ま、隠す事も無いか」

入須「君達を、私の別荘に招待しようと思ってな」

える「別荘、ですか?」

入須「ああ、そうだ」


646: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:26:55.39 ID:Z5VuVV460

入須「神山市から電車で30分程の場所さ」

入須「私も小さい頃は良く行っていた」

やはり侮れない、別荘を持っている人は始めて見た。

里志「行きます!」

一番早く賛同を示したのは、俺の予想通り、里志であった。

摩耶花「私も行きたい!」

伊原は珍しく、自分の意見に素直になっている様子。

こいつも多分、別荘と言う響きにやられたのかもしれない。

える「入須さんのご招待を、断る理由はありませんね」

……こうなってしまっては、俺もやはり断れないか。

奉太郎「じゃあ俺も、行きます」


647: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:27:32.29 ID:Z5VuVV460

全員の意見が纏まると、入須は笑い、ゆっくりと口を開く。

入須「実はね、その別荘の近くでは、一年に一回の花火大会があるんだよ」

える「わあ……素敵ですね」

入須「私とその花火師とは知り合いでね」

入須「今年が、最後の仕事だそうだ」

入須「それで、是非……彼が最後にあげる花火を見て欲しいんだ」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「そう言われてしまったら、尚更行くしか無さそうですね」

える「最後の花火ですか、楽しみですね」

そう言いながら、千反田は俺の方に笑顔を向ける。


648: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:28:03.42 ID:Z5VuVV460

入須「その仕事も代々受け継がれていてね」

入須「次は彼の子供が受け継ぐそうだ」

ん、その入須が言う彼とは……一体何歳なのだろうか。

里志「その花火師の人は、おいくつなんですか?」

そんな俺の心の中の疑問を、里志が口に出す。

入須「今は確か……四十、だったかな」

入須「次の仕事は、ちゃんと決まっているみたいだよ」

奉太郎「随分、若く引退するんですね」

入須「まあ、そうだな」

入須「彼が仕事を始めたのは20歳と聞いている」

入須「仕事一筋な人でね、今まで失敗した事が無いそうだ」

ほう、それはいい花火が期待できそうだ。

入須「そうそう、彼の奥さんはこの神山市で働いているぞ」

……ま、それにはあまり興味が無かったので俺は受け流す。


649: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:28:36.84 ID:Z5VuVV460

奉太郎「それで、行くのはいつですか?」

入須「8月に入ってすぐだ」

える「……あ」

入須がそう言った後、千反田は何かを思い出したかの様に口に手を当てた。

える「実は、その日は家の用事がありまして……」

大変だな、こいつも。

える「でも、夕方には終わると思うので、それからでもいいですか?」

入須「そうだな……じゃあ先に私達で行って、千反田は後ほど合流という感じで、いいかな」

入須「地図は後で渡しておく」

える「ええ、分かりました」

8月の頭か……俺にも何か用事は。

……ある訳が無いな。


650: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:03.30 ID:Z5VuVV460

奉太郎「んじゃ、8月の頭に、入須先輩の別荘へ……と言う事で」

奉太郎「それで、花火大会は何時からですか?」

入須「午後の8時だ、これは毎年変わらない」

奉太郎「えっと、花火大会はどのくらいやっているんですか?」

入須「1時間半程だな」

奉太郎「……帰るのは大分遅くなりそうですね」

入須「何を言っている? 泊まりだぞ」

……予想はしていたが、いざ言われると、簡単に行くと言った事を後悔する。

奉太郎「……分かりました」

里志「はは、嫌そうな顔だ」

える「折木さんも行けばきっと、楽しくなりますよ!」

……どうだかな。


651: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:30.51 ID:Z5VuVV460

奉太郎「まあ、まだ先の話だ」

入須「それもそうだな」

入須「また、連絡するよ」

里志「予定は決まったね」

里志「宜しくお願いします、先輩」

入須「堅苦しいのは無しにしよう、折角の休みだろう」

摩耶花「楽しみだなぁ……花火大会」

入須「彼があげる花火は綺麗だよ、私も好きだ」

それより、いつまで話しているんだ、こいつらは。

奉太郎「じゃあ計画は決まった事だし、解散するか」


652: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:29:58.16 ID:Z5VuVV460

入須「そうだな……あまり長居してしまっても迷惑か」

入須はそう言うと、席を立つ。

よし、これで残りの時間はぐだぐだとできる。

里志「何言ってるんですか、入須先輩」

里志「大学の話とか、参考までに聞かせてください」

なんの参考にするのかは分からない。

いや、待て待て、そうでは無いだろ。

入須「だが、迷惑では……」

ほら、入須はそう言ってるぞ。

える「いえ、大丈夫ですよ、お話しましょう」

千反田が大丈夫と言うと、俺も何だかそんな気が……する訳が無い。


653: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:30:25.41 ID:Z5VuVV460

奉太郎「……ここは俺の家なんだが」

摩耶花「それで、大学はどうなんですか?」

入須「まあ、特にこれと言って感想は無いが……」

入須「高校よりは、自由と言った感じかな」

里志「いいなぁ……憧れますね」

える「そうですね、楽しみです」

駄目だ……聞いちゃ居ない。

くそ、またしても俺の休日は消費されていく。

ああ、さようなら。


654: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:31:20.13 ID:Z5VuVV460

~現在~

そうだった、こうして俺達はここへ来ているのだった。

思えばあの時、千反田は既に大学へ行く事を決めていたのだ。

真意は分からないが……あいつの決めた事だ、間違いは無いだろう。

それにしても、あれから何分経った?

時計に目を移すと、22時5分。

千反田がここへ来るまでは、もう少し時間がありそうだ。

ならそうだ、何故こうなってしまったのかを思い出そう。

全部繋がる筈だ、答えを出せば……まだ間に合う。

俺はそう思い、意識をまた、記憶を掘り起こす作業に向けた。


655: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:31:48.38 ID:Z5VuVV460

過去

~別荘~

里志「うへぇ、これはまた随分と、立派だね」

摩耶花「すごい……」

今、俺達の目の前にあるのは……千反田の家までとは言わないが、立派な別荘であった。

入須「見ていても何も起こらんぞ、中に荷物を置こう」

呆気に取られる俺達に、苦笑いしながら入須が声を掛けた。

奉太郎「そうですね、電車が遅れていたせいで……いつにも増して疲れました」

里志「はは、ホータローらしい」

無理も無い、電車は何かしらの大きな工事があるらしく、一時間も遅れていたのだ。

本数も減っていたせいで、ホームでかなりの時間待たされた。

明日には通常に戻るらしいが……いや、今日いっぱいの工事が明日に延期されてしまっては、俺にはとても神山市まで帰れる気がしない。

そんな事を思いながら、別荘の中へと入る。

中は洋風な感じで、しっかりと掃除されているそれは、なんだか居心地が良かった。


656: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:32:14.70 ID:Z5VuVV460

奉太郎「いい所ですね」

入須「そう言ってくれると嬉しいな」

奉太郎「ミステリー映画の撮影に、良さそうです」

俺はふと思いついた冗談を口にすると、入須は困った様な顔をしながら言う。

入須「……君は本当に、執念深いな」

奉太郎「冗談ですよ」

入須「ならいいが……」

そんな会話をしながら、部屋を案内される。

どうやら一人一部屋あるらしく、入須家の恐ろしさを身を持って知る事となった。

その後、全員が荷物を置き、リビングへと集まる。


657: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:32:44.78 ID:Z5VuVV460

入須「さて、どうしようか」

里志「海に行きたいですね」

入須「……それは明日にしないか?」

摩耶花「何か、理由があるんですか?」

入須「理由と言うほどの事でも無いが……どうせなら」

入須「全員で、行こう」

そうか、千反田がこの場には居ないのか。

それをちゃんと考える辺り、入須はただの冷血な奴では無いのだろう。

まあそれは、去年の事でも分かっていたが。

奉太郎「じゃあ、どうするんですか」

入須「そうだな……」

入須「この辺りの町を、紹介するよ」

入須「一緒に行こうか」

つまりは、歩くと言う事か。

だが……今は簡便してほしい。


658: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:33:35.71 ID:Z5VuVV460

奉太郎「あー、俺はちょっと」

摩耶花「何よ、また面倒とか言う気?」

奉太郎「いや……面倒なのは面倒なんだが」

摩耶花「……?」

里志「はは、ホータローはここで寝ていた方が良さそうだ」

入須「なんだ、来ないのか?」

里志「いやいや、ホータローも来たい気持ちはあるみたいですよ」

摩耶花「なら、なんで?」

里志「今の顔、酔ってる顔だから」

その通り、電車の酔いが、俺にはまだ残っていたのだ。

立ち止まったり、座っている分には平気だが……歩くとなると、ちと辛い。


659: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:34:11.61 ID:Z5VuVV460

入須「ふふ、そうか」

入須「なら折木君はここで休んでいると良い」

入須「夜には花火大会が始まるしな」

入須「それまでには、体調を治してくれよ」

奉太郎「……すいませんね」

俺は入須にそう言い、先程荷物を置いた部屋へと向かった。

……やはり俺は、前に伊原が言っていた様に、イベントを楽しめないのかもしれない。

そんな事を考え、扉を開ける。


660: ◆Oe72InN3/k 2012/10/22(月) 23:35:16.09 ID:Z5VuVV460

部屋の窓からは、綺麗な海が見えていた。

明日は、海か。

里志に事前に言われ、一応は水着は持ってきて居たのだが……まあ見ているだけでもいいか。

そして俺は、ベッドへと横たわる。

……ああ、待てよ。

と言う事は……千反田も、水着を着るのか。

見ているだけでは駄目だ、いやむしろ……見るのすら駄目だ。

違う違う、今はそんな事を考える時では無いだろう。

……体調が悪くなるのは、明日の方が良かったかもしれない。

そう俺は結論を付けると、ゆっくりと目を閉じた。


第14話
おわり


673: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:26:48.41 ID:wMwX2Y5/0

俺は再び、意識を引き戻す。

そろそろ……千反田がここに来る。

入須「……まだかな?」

奉太郎「黙っていてくれるんじゃ、無かったんですか」

入須「すまんな、私もあまり……気が長い方では無いんだ」

奉太郎「そうですか」

入須「それに、そろそろ千反田が来るぞ?」

そう言い、入須が指を指す。


674: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:27:23.17 ID:wMwX2Y5/0

そっちに俺は視線を移すと、小さく……小さく人影が見えた。

ああ、くそ。

もう一度、後一回だけ意識を過去に向けよう。

そうすれば、きっと答えが出る筈だ。

花火大会もいよいよ、終盤へと向かっている。

一際派手にあがる花火を一度見て、視線を地面へと向ける。

あの後だ……俺が目を覚ましたら、確か。


675: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:27:50.15 ID:wMwX2Y5/0

過去

~別荘~

入須「折木君、まだ寝ているのか」

奉太郎「……ん」

その言葉で、俺はゆっくりと目を開けた。

奉太郎「……勝手に、部屋に入らないでくださいよ」

入須「ここは私の別荘だぞ、つまりこの部屋も私のだ」

奉太郎「……さいですか」

寝起きは最悪だった、そんな気分を表す様に、部屋が随分と暗い。

奉太郎「あれ、もう夜ですか」

入須「ああ、私はついさっき戻ってきた所だよ」

入須「今は19時くらい、かな」


676: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:28:18.28 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「そうですか……あ」

奉太郎「花火大会って、何時からでしたっけ」

入須「20時からだ、だからなるべく急いでくれるとありがたいな」

それは最初に言うべき事では無いのだろうか。

まあいい、準備をするか。

俺は適当に返事をした後、身支度を整える。

そして入須と一緒に別荘を出た時、ある事に気付いた。

奉太郎「そういえば」

奉太郎「里志と、伊原は?」

入須「ああ、彼らなら二人で花火を見ると言っていた」

入須「まあ、恋人同士なら、そうしたいのが本音だったんだろうな」

奉太郎「……そうですか」


677: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:00.57 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「それで、千反田は?」

入須「まだ来ていないよ」

入須「電話はあったが、電車が遅れているせいで……もしかしたら間に合わないかもな」

奉太郎「なるほど」

奉太郎「つまりは入須先輩と二人っきりって事ですか」

入須「何だ、やはり私と二人は嫌か」

奉太郎「……別に、そういう訳では無いです」

入須「また、千反田に勘違いされたらと考えているのか」

入須「私と折木君が、特別な関係の様に」

奉太郎「入須先輩」

奉太郎「……いくら俺でも、それ以上言うなら怒りますよ」

入須「……すまんな、冗談だ」

入須「千反田がそんな勘違いをもう起こさない事等、私は分かっているさ」

入須「あいつは、賢いからな」

奉太郎「……すみません」

奉太郎「それじゃ、行きますか」


678: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:26.94 ID:wMwX2Y5/0

~高台への道~

入須「まだ時間はありそうだな」

入須「何か、話でもしながら歩くか」

奉太郎「話、ですか」

奉太郎「……俺が気になるのは、花火師の人の事ですね」

入須「花火師の?」

奉太郎「はい」

奉太郎「その人は、どんな人ですか?」

入須「そうだな……」

入須「一言で言うなら……やはり、仕事一筋、と言った所だ」


679: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:29:53.79 ID:wMwX2Y5/0

入須「奥さんにも、子供にも、あまり優しい姿を見せてはいなかった」

入須「自分の仕事に誇りを持っていて、何より信念を持っていた」

入須「そんな人だよ」

奉太郎「なるほど、やはり」

奉太郎「素晴らしい花火が、期待できそうですね」

入須「そうとも、私が一番好きな花火だ」

入須がここまで言い切ると言う事は、多分誰から見ても……素晴らしい物なのだろう。

入須「私が思ったのは……」

奉太郎「何ですか」


680: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:30:21.17 ID:wMwX2Y5/0

入須「君と、その花火師はどこか似ている、と言った所だな」

はあ、俺とその花火師が似ている……か。

奉太郎「あり得ませんよ」

奉太郎「第一、俺はそんな面倒な事はしません」

奉太郎「仕事で選ぶとしたら、絶対に無いですね」

奉太郎「それにその仕事に、信念やプライドを持つ事も、無いと思いますよ」

入須「きっぱりと言い切るのだな」

入須「観点を、変えてみたらどうだろうか」

奉太郎「観点を?」

入須「ああ」


681: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:30:47.97 ID:wMwX2Y5/0

入須「私が聞くに、君は省エネをモットーとしている」

また姉貴か、余計な事を。

入須「それを花火師の仕事と置き換えるんだ」

入須「君はそのモットーに感じているのは、信念だろう」

奉太郎「……どうでしょうかね」

入須「私から見たら、似ているよ」

やはり……俺にはとても、そうは思えない。


682: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:31:13.68 ID:wMwX2Y5/0

~高台~

入須は時計に目をやっていた。

入須「そろそろ20時か」

俺は設置されていたベンチに腰を掛け、その時を待っている。

入須「君は、花火は好きか?」

奉太郎「どちらでも無い、と言ったほうが本当でしょうね」

入須「そうか」

入須は手すりに背中を預けながら、腕を組んでいた。

奉太郎「不満ですか?」

入須「不満……とはどう言う事かな」


683: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:31:39.52 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「折角の花火大会、それに招待したのにそんな感想で」

入須「ふふ」

入須「……君の事は少しは分かっているつもりだ」

入須「だから別に、不満と言う事も無いかな」

入須「ある程度は予想できていたと言う事だ」

奉太郎「それなら……いいですが」

入須「君は、おかしな奴だな」

真顔で言われると、なんだか嫌だな。

奉太郎「そう言う事を、単刀直入に言うのはやめた方がいいと思います」


684: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:05.37 ID:wMwX2Y5/0

入須「だってそうだろう」

入須「それなら良い、と言うくらいなら……最初から、どちらでも無いなんて言わなければいいじゃないか」

奉太郎「……俺は」

奉太郎「嘘はあまり、好きでは無いので」

入須「……ふふ、そうか」

入須「そう言えば」

入須「千反田も、嘘はあまり好きでは無かったな」

その時の入須の顔は、本当に嫌な笑い方をしていた。

奉太郎「……それは、初耳です」

俺がそう言うと、入須は眉を吊り上げながら、口を開いた。


685: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:31.36 ID:wMwX2Y5/0

入須「何だ、嘘は嫌いなんじゃなかったのか」

奉太郎「……全く」

奉太郎「嘘よりも、あなたの事が嫌いになりそうですよ」

入須「……それもまた、嘘だと良いのだがな」

奉太郎「さあ、どうでしょうね」

その時、夜風が一際強く吹く。

夏はまだ始まったばかりなのに、その風はとても冷たく、俺は少しだけ身震いをした。

入須「……おかしいな」

奉太郎「おかしいとは、俺の事ですか?」

入須「いいや、違う」

何だ、さっきまでの空気とは変わって……入須は少し、いや、いつも通り真面目な顔をしていた。


686: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:32:57.18 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「では、何がおかしいと言うんですか」

入須「あれだよ」

そう言いながら、入須が指を指したのは時計。

俺は促されるまま時計に目を移す。

奉太郎「20時10分ですね」

奉太郎「別に、おかしい所はありませんが」

入須「はあ……」

入須「君は何の為にここまで来たのか、忘れたと言うのか」

何の為だったか……

ああ、そうだ、花火だ。


687: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:33:24.85 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「遅れているんじゃないですか?」

入須「いいや、それはあり得ない」

入須「私は今日、一度彼に会っているんだ」

彼……とは、花火師の事だろう。

入須「準備は完璧だった」

奉太郎「なら、その後に何か予想外の事が起きて」

入須「それも無いな」

入須「彼はこの仕事に……大袈裟に言えば、命を賭けていた」

入須「そのくらい、誇りに思っていたんだ」

入須「それはさっきも言っただろう」


688: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:33:50.84 ID:wMwX2Y5/0

入須「私は小さい時から、彼の花火を見ている」

入須「1分くらいの前後なら、時計のずれとも言えるがな」

入須「ここまで遅れた事は……今まで無かった」

ふむ……つまり、よく分からん。

奉太郎「まあ、その内始まるでしょう」

入須「だと良いんだが」

入須「……少し、心配だな」

そう言う入須の顔は、どこか寂しげで……

気付いたら俺は、顔を入須から背けていた。

多分、いつもの入須らしくない入須を、見たくなかったのだろう。


689: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:34:16.66 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「まあ、気楽に考えましょう」

入須「……ああ」

それから5分、10分と経つが、花火大会は始まらない。

入須はどこか、そわそわしている様子だった。

奉太郎「先輩らしく無いですね」

入須「ふふ、君が私の何を知っているんだ」

奉太郎「……何も」

入須「本当に、おかしな奴だな……君は」

入須はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。


690: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:34:42.66 ID:wMwX2Y5/0

入須「一つ、問題を出そうか」

奉太郎「結構です」

入須「聞くだけでも聞け」

入須「君なら多分、分かるしな。 私も解決して欲しい問題だ」

……ううむ、どうしようか。

まあ、何もしないで待っているよりは、いくらかマシか。

それに……俺が今日ここに居るのも、入須の招待あってこそだしな。

考えても、罰は当たらないか。

奉太郎「分かりましたよ、何ですか?」

入須「君ならそう言ってくれると思ってた」

入須「私が提示する問題は一つ」


691: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:35:46.10 ID:wMwX2Y5/0

入須「何故、今日……花火大会が未だに始まっていないのか、だ」

……また無茶な。

奉太郎「それが俺に分かる訳が無いでしょう」

入須「どうだろうな」

入須は何がおかしいのか、笑っていた。

奉太郎「まあ、頭の隅には、一応置いておきます」

入須「ああ」


692: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:36:12.54 ID:wMwX2Y5/0

~現在~

ああ、そうだった。

そうして俺は入須の問題へと取り組む事になったのだ。

そう思い、顔を上に戻した。

える「私、気になります!」

奉太郎「うわっ!」

勢い余って、ベンチから落ちそうになる。

奉太郎「ち、千反田か」

奉太郎「いきなり声を出すな、びっくりするだろ」

える「いえ、何度か声を掛けましたよ」

える「でも、考えている様子だったので……」

俺はそれほどまでに、しっかりと考えていたのか。


693: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:36:39.74 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「それで、お前が気になると言うのは」

える「入須さんと同じ事です!」

それを聞き、視線を入須に移す。

入須「暇だったからな、全て説明しておいた」

くそ、最初からこれが狙いだったのでは無いだろうか。

まあでも、千反田が見えた時点でこの展開は予想できていた。

える「それで、何か分かりましたか?」

奉太郎「花火大会が遅れた理由、か」

える「勿論です!」


694: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:37:06.68 ID:wMwX2Y5/0

える「仕事一筋の方が、何故最後の花火大会と言う一大行事で失敗をしたのか」

える「何故、失敗をする事になったのか」

える「万全の準備が出来ていたにも関わらず、何故それが起きてしまったのか」

える「私、気になります」

俺は千反田の言葉をしっかりと聞き、返す。

奉太郎「……失敗とは、少し違うかもしれない」

える「それは……どういう事ですか?」

過去を遡ったおかげで、大体の答えは出ていた。

確認するべき事は、あと一つ。

奉太郎「入須先輩」

入須「ん、どうした?」


695: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:37:32.40 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「今日も、花火師の奥さんは仕事に?」

入須「ええっと、どうだったかな」

入須「昼間、挨拶した時は見えなかったから、恐らくそうだろう」

奉太郎「そうですか、ありがとうございます」

やはり、そうか。

ならもう、答えは出た。

なんとか間に合ったと言う所だが……間に合った物は間に合ったのだ。

奉太郎「じゃあ、何故……花火大会が遅れたのか、説明するか」

える「はい!」

奉太郎「まず第一に、今日の花火大会は20時に予定されていた」

奉太郎「それにも関わらず、始まったのは21時だ」


696: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:01.50 ID:wMwX2Y5/0

える「ええ、そう聞いています」

奉太郎「一時間のずれ……千反田は何を予想する?」

える「ええっと、そうですね」

える「準備不足、花火の設置ミスが考えられます」

える「後は……あまり言いたくないですが、急病なども」

奉太郎「大体、そうだろうな」

奉太郎「入須先輩、急病は考えられますか?」

入須「……無いと思うな」

入須「風邪にも滅多に掛からない人だ、考えられない」

入須「勿論、断言はできないが」

奉太郎「それだけ聞ければ十分です」


697: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:28.22 ID:wMwX2Y5/0

える「でも、そうなると……準備不足などでしょうか?」

入須「いいや、それもあり得ない」

奉太郎「そう、入須先輩が昼間に確認した時は、完璧に準備は出来ていたんだ」

奉太郎「つまり、先程、千反田があげた理由は全てが違う」

える「それなら、何故?」

奉太郎「……」

らしくないな、俺がこれを言うのはらしくない。

だが、それしか……そう答えを出すしか無かった。

……

いや、違う。

俺は、期待していたのか。

そうあって欲しいと。


698: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:38:55.61 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「今日、千反田は花火を見る事が出来たか?」

俺がそう言うと、未だにあがり続ける花火に一度目を移し、千反田は口を開く。

える「ええっと? 今現在、見れていますよ」

奉太郎「そうだ」

奉太郎「だが、通常通りの時間……20時に始まっていたらどうだ?」

える「……恐らく、見れなかったでしょうね」

入須「……そう言う事か」

どうやら、入須は分かった様だ。

さすがと言うべきか、だが少し……気付くのが早すぎでは無いだろうか?

ま、そんな事今はどうでもいいか。

俺はそう結論付け、話を再開する。


699: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:39:25.22 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「そう、そうなんだ」

奉太郎「今は22時を過ぎた所、通常通り行われていたら」

奉太郎「もう、終わっている時間なんだよ」

える「でも、それとどう関係が?」

える「まさか、私の為に大会が遅れた等は、言いませんよね」

奉太郎「……俺が、花火師だったとしたら」

奉太郎「その可能性もあったな」

そう俺が言った言葉は、花火の音に掻き消され、千反田には届いていなかった。

える「あの、今何て言いました?」

奉太郎「花火師は……奥さんの為に、大会を遅らせたんだろうな」

える「奥さんの、為ですか」


700: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:39:55.51 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「千反田がここに来るのに遅れた理由は、何だ」

える「ええっと、電車が遅れていたせい、ですね」

奉太郎「その通り」

奉太郎「それに巻き込まれたのは、花火師の奥さんも同じだったんだよ」

える「……と言う事は」

奉太郎「……自分があげる最後の花火」

奉太郎「それを、自分が一番好きな人に」

奉太郎「見て欲しかったんだと思う」

える「……」

入須が提示した問題、千反田が俺の目の前に出した問題。

その問題の答えを千反田に教えると、しばらく千反田は黙って花火を見ていた。


701: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:40:20.47 ID:wMwX2Y5/0

何度かまた、花火があがる。

それを見ながら、千反田はようやく口を開いた。

える「素敵、ですね」

奉太郎「……意外だな」

える「私が、大会が遅れた理由を素敵と言った事がですか?」

奉太郎「ああ」

える「……誰でも、そう思うのでは無いでしょうか」

奉太郎「……そうかもしれないな」

える「折木さんは、どう思いました?」

俺か、俺は。

奉太郎「……自分の信念を曲げ、最後は愛する人の為になる事をした」

奉太郎「それを悪い事とは、言えないさ」

える「ふふ、そうですよね」

そうして、俺と千反田、入須は最後の花火があがり、夜空に消えるまで、口を開く事は無かった。


702: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:40:47.74 ID:wMwX2Y5/0

~帰り道~

入須「やはり、折木君に答えを求めたのは正解だったな」

奉太郎「……それが合ってるかも分からないのにですか?」

入須「間違ってはいないだろう」

入須「この中で一番、花火師と付き合いが長い私が言うんだ」

入須「君の答えは、正解だよ」

奉太郎「……そりゃどうも」

そう言い、自然と入須は俺と千反田の前を歩く。

千反田と横に並び、帰るまでの道を歩く事となった。

奉太郎「さっき、俺が言った事だが」

える「えっと」

える「折木さんが意外と言った事ですか?」


703: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:41:18.41 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「ああ」

奉太郎「千反田は、今回の事……見覚えが無いか?」

える「見覚え……」

える「すいません、無いですね」

奉太郎「俺は、似たような事が前に合ったのを覚えている」

える「それは、私も知っている事でしょうか」

奉太郎「勿論」

奉太郎「そうじゃなきゃ、聞かないさ」

千反田は腕を組みながら、しばらく考えた後に、口を開く。

える「ごめんなさい、私にはやはり……」

そうだろうな。

千反田には、分からない事だろうから。


704: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:41:47.68 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「……前に、雛祭りがあっただろ」

える「今年の、ですか?」

奉太郎「いや……去年のだ」

える「去年の……」

奉太郎「その時、通常とは違うルートを通った筈だ」

える「あ、そんな事もありましたね」

奉太郎「ええっと、誰だったか」

奉太郎「あの、茶髪のせいで」

える「ふふ、小成さんの息子さんですね」

奉太郎「そうそう」

える「もう少し、人の名前を覚えた方が良いですよ」

奉太郎「……努力はするさ」


705: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:42:16.44 ID:wMwX2Y5/0

ええっと、それで何の話だったっけか。

奉太郎「ああ、それで」

奉太郎「あの時、俺は言ったよな」

奉太郎「茶髪が違うルートにしたかった理由を」

える「ええ、覚えています」

える「その……行列が、桜の下を通る姿を」

その行列のメインは勿論、雛である千反田だ。

それを分かっていてか、少しだけ恥ずかしそうに千反田は言った。

奉太郎「それで、それに千反田は何て答えたか覚えているか?」

える「……確か、そんな事のために、と」


706: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:42:48.96 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「そうだ、そう言った」

える「えっと、それと今回の事に、何の関係が?」

奉太郎「……俺は、あの時、千反田がそう言った時」

奉太郎「そんな事とは、全然思えなかった」

える「……それは、どういう意味でしょうか」

奉太郎「あの茶髪は、自分が良い写真を撮りたい為に、ルートを外させた」

奉太郎「花火師は、奥さんの為に、花火大会を遅らせた」

奉太郎「そのどちらも、極端に言えば自分の為だろう」

える「……そうなりますね」

奉太郎「でも、それでも」

奉太郎「他にも、救われた人が居るんだ」


707: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:43:19.73 ID:wMwX2Y5/0

奉太郎「花火大会が遅れた事で、千反田は間に合った」

奉太郎「そして、行列が桜の下を通ることで」

奉太郎「……俺は、今までで一番綺麗な景色を見れた」

える「あ、あの……それって、折木さん」

奉太郎「後ろから見ていても、綺麗だった」

奉太郎「どんな景色よりも……いい物だったよ」

える「……は、恥ずかしいです」

奉太郎「……すまん」

奉太郎「俺らしく、無かったな」

える「い、いえ……良いんです」


708: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:43:48.70 ID:wMwX2Y5/0

俺はその後、前からお前の顔を見たかったと言おうとした。

しかし、口をモゴモゴさせながら、ありがとうございますと言う千反田を見たら、どうしても言葉には出来なかった。

……多分、恥ずかしかったんだと思う。

どうにも自分の事は、分かり辛い。

入須「そろそろ着くぞ」

ふいに入須が、声を掛けてきた。

気付けばもう、別荘が見えている。

……なんだか今日一日で、物凄いエネルギーを使った気がするな。


709: ◆Oe72InN3/k 2012/10/24(水) 22:44:14.41 ID:wMwX2Y5/0

しかしどうにも、まだ引っ掛かる事が俺の中にはあった。

あいつは、最初から全て分かっていたのでは無いだろうか。

花火大会が遅れた理由を。

奉太郎「……やはり、苦手だ」

そんな俺の呟きが聞こえたのか、入須は振り向きながら、口を開く。

入須「結論が出た所で、もう一度言うが」

入須「似ているよ、君は」

ああくそ、まんまと嵌められたって訳だ。

……今度誘われたとしても、断る方向にしよう。

次に花火を見る時は、そうだな。

千反田と二人でと言うのも、悪くないな。


第15話
おわり



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