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える「古典部の日常」 2

166: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:39:44.01 ID:ez1jU9OO0

~奉太郎/摩耶花~

俺達が逃げ込んだのは、一番奥の物置小屋だった。

薄暗く、あまり広いとは言えない。

しかし幸いにも、引き戸であった。

少しだけ扉を開き、外の様子を伺う。

奉太郎「……何か、話し合っているな」

摩耶花「多分、二手に分かれようとかそんな感じでしょうね」

奉太郎「だろうな」

さて、どうするか。

このままではいずれ、俺と伊原は見つかってそのまま負けてしまう。

……今のこの状況を、どうにか打破しなければいけないのだ。

奉太郎「俺達も、二手に分かれよう」

摩耶花「でもそれは、最初に駄目って言ってなかった?」

奉太郎「状況が変わった、そうしなければ負けるぞ」


167: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:40:56.85 ID:ez1jU9OO0

摩耶花「……分かった」

摩耶花「って言っても、どうやって分かれるの?」

伊原の疑問はもっともだった。

確かにこの物置部屋の中だけで、分かれるとはいかないだろうから。

奉太郎「恐らく片方……里志が部屋の捜索に刈り出るだろう」

奉太郎「この物置から一番近い部屋に入った瞬間、俺が外に出る」

摩耶花「……なるほど」

摩耶花「それで、ふくちゃんを挟み撃ちって事ね」

奉太郎「それは俺が千反田を倒せた時、だな」

奉太郎「しかし俺が考えているのは少し違う」

摩耶花「……つまり?」


168: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:41:29.31 ID:ez1jU9OO0

奉太郎「なんとか千反田の所を突破する」

奉太郎「そうした方が、勝算はあるだろ」

奉太郎「豆のぶつけ合いになってしまっては、俺達の体力は少し心許ない」

摩耶花「確かにそれはそうだけど……うまくいくの?」

奉太郎「さあな、やってみなければ分からん」

成功率は五分と言った所か。

奉太郎「ああ、それと」

俺は伊原に少しばかりの作戦を提案した。

摩耶花「……おっけー」

それに伊原は乗る、奥の手もあるが……まだ使う時では無いか。

外の様子を見ると、里志は丁度一番近い部屋に入る所だった。

……よし、行くか。


169: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:42:31.51 ID:ez1jU9OO0

勢い良く扉を開け、そのまま走る。

千反田は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに俺に向かって豆を1つ投げてきた。

それを避けつつ、千反田に迫る。

近づく前に、千反田に向かって豆を5個同時に投げる。

える「きゃ!」

千反田の短い悲鳴は、俺の豆のいくつかが命中した事を告げていた。

1……2……2個か。

さっきの対峙で、俺は1つぶつけている……つまり。

千反田の体力は、残り2か。

俺はすぐに千反田を倒すべく、投げる構えをした。

ここで千反田を倒せれば、里志を挟み撃ちにできる……それは多分、最善の成功例だろう。

しかし、その直後……俺の動きを止める出来事が起きてしまった。


170: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:42:59.39 ID:ez1jU9OO0

える「ご、ごめんなさい」

千反田が……しゃがみ込んでしまったのだ。

える「わ、私……折木さんと敵は、嫌なんです」

える「もう、やめてください……」

奉太郎「……わ、悪い」

える「……いえ、大丈夫ですよ」

奉太郎「……すまなかったな」

える「あ、あの」

える「ちょっと、いいですか」

そう言い、千反田は俺の顔を見てくる。

……少しだけ違和感を感じたが、特に気にする事も無くそのまま千反田へと近づいて行った。


171: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:43:25.72 ID:ez1jU9OO0

奉太郎「どうした」

える「ごめんなさい!」

千反田はそう言い、俺に豆を3つ放ってきた。

……くそ、やられた。

まさか千反田がこんな行動をするとは、全く予想していなかった。

近づきすぎていた俺に、その豆を避ける暇は無く、全てが命中する。

奉太郎「……」

える「こ、これは福部さんに教えてもらった事なので……」

若干の冷や汗を流しながら、千反田は必死に言い訳をしていた。

そんな千反田に向かって、俺は片手に持っていた約10個の豆を全て千反田に投げつける。

投げつけると言っても、さすがに本気でぶつけたりはしないが。

無音で豆達が千反田にぶつかり、床へと落ちて行った。


172: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:43:52.06 ID:ez1jU9OO0

える「……ぶつけすぎです」

奉太郎「……そうでもないな」

なんにせよ、これで千反田の体力は0となった筈。

奉太郎「さて、手持ちの豆を渡してもらおうか」

える「えっと、それなんですが」

その時、俺の後ろから声が掛かる。

里志「どうやら、同じ事を考えていたみたいだね」

奉太郎「……そういう事か」

里志「千反田さんはもう、豆を持っていないよ」

里志「4つを残して、僕に全て渡していたからね」

里志「丁度ホータローを倒せる数、渡していたんだけどね」

里志「そこまでうまくはいかなかったみたいだ」

奉太郎「……なるほど」

奉太郎「それに同じ事、と言うと」

その俺の言葉を聞いていたのか、伊原が里志の後ろから顔を出した。


173: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:44:26.57 ID:ez1jU9OO0

摩耶花「……ごめん、やられちゃった」

奉太郎「気にするな、こうなるかもしれないとは思っていた」

里志「……さすがだね」

里志「でもまさか、摩耶花の手持ちを全部ホータローが持っていたのは予想できなかったなぁ」

そう、俺は伊原の豆全てを渡してもらっていたのだ。

奉太郎「このまま一騎打ちと行きたい所だが……」

奉太郎「一旦退かせて貰おう」

俺はそう告げると、その場を走り去る。

……少し、面倒な事になってしまったな。


残り体力/所持豆数

奉太郎:残り体力1/豆の数4

摩耶花:残り体力0/豆の数0

里志:残り体力5/豆の数8

える:残り体力0/豆の数0


174: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:44:55.23 ID:ez1jU9OO0

~える/里志~

折木さんにまたしても、やられてしまいました。

それに結局、逃げられてしまいます。

える「ふ、福部さん! 早く追いかけないと!」

私がそう言うと、福部さんはいつもの笑顔からもう少しだけ笑い、答えました。

里志「まあまあ、慌てないで」

里志「……落ちてる豆を、数えよう」

える「そんな事してどうするんですか?」

里志「ホータローの手持ちの豆の数が分かる」

里志「場合によっちゃ、わざわざ見つけ出さなくても僕達の勝ちさ」

そう言うと、福部さんは廊下に散らばった豆を数え始めました。

5分ほど豆を数え、私の方に向き直り、口を開きます。


175: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:45:21.97 ID:ez1jU9OO0

里志「やっぱりね」

里志「僕達の勝ちだ」

える「……どういう意味ですか?」

里志「千反田さんの周りに落ちている豆は15個」

里志「今まで投げられた豆を計算すると……」

里志「ホータローの手持ちは4個なんだよ」

える「ええっと……あ!」

える「福部さんの体力は5、ですよね」

里志「そういう事さ」

里志「全ての豆をぶつけられても、負けはありえない」

なるほど……確かに、豆の数を数えたのは正解でした。

やはり、福部さんも中々に手強い方です。

味方となれたのは、良かったかもしれません。

里志「それと、一つお願いがあるんだけど……いいかな」


176: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:46:15.36 ID:ez1jU9OO0

える「はい? なんでしょうか」

里志「最後は一対一で、話がしたいんだ」

里志「だから、千反田さんはそのまま豆を持たなくてもいいかな」

える「……ええ、勿論いいですよ」

える「ここまで追い詰められたのも、福部さんのおかげですから」

里志「はは、千反田さんも中々の名演技だったよ」

える「え、ええと」

える「……実は少し、本心でした」

里志「……やっぱり、千反田さんは千反田さんだ」

里志「さて、と」

里志「そろそろ決着を、付けにいこうか」

える「ええ、そうですね」

そういえば、先ほどから摩耶花さんの姿が見えません。

……ですが、合流されても問題は無いでしょう。

折木さん達が持っている豆を全て、福部さんに当てたとしても……福部さんが全て外さない限り、私達の勝ちです。

……折木さんに勝負事で勝てると言うのは、少し気分がいいかもしれません。


177: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:46:46.96 ID:ez1jU9OO0

~奉太郎/摩耶花~

さて、向こうも気付いた頃か。

だが全ての豆を避けるのは中々難しい、それに加えうまくやったとしても引き分けがいい所だろう。

……まあそれも、俺は分かっていた事なのだが。

奉太郎「どうするか」

摩耶花「どうするかじゃないでしょ、あんたがあんなに豆を使わなければこんな事にはならなかったのに」

奉太郎「ま、そうだな」

摩耶花「それで、どうするのよ」

奉太郎「……伊原」

奉太郎「お前はこの勝負、どうなると思う?」

摩耶花「どうって言われても」

摩耶花「負けか、あるいは引き分け」

摩耶花「……それと」


178: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:47:15.47 ID:ez1jU9OO0


そこで伊原は一旦言葉を区切り、いかにも悪そうな笑顔をする。

摩耶花「私達の勝ち、かな」

奉太郎「そうだな、それしかない」

奉太郎「……準備は、出来てるか」

摩耶花「勿論、その為にわざわざここまで来たのよ」

奉太郎「なら、そろそろ行くか」

摩耶花「……そうね」

タイミング良く、居間の外から里志の声が聞こえてきた。

それはどうやら、俺に諦めろと説くような内容であった。

……あいつらしいと言えば、そうかもしれない。

里志「ホータロー、そろそろ諦めたらどうだいー?」

声が近くなる。

恐らくもう、目と鼻の先に里志と千反田は居るだろう。

俺はゆっくりと立ち上がり、廊下へと続く扉を開く。

そのまま廊下に出て、声の方を見据える。


179: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:47:42.66 ID:ez1jU9OO0

奉太郎「どういう意味だ、里志」

里志「自分で気付いていなかったのかい?」

里志「……少し気になるけど、まあいっか」

里志「僕はまだ、体力が5あるんだよ」

里志「豆の数は8個、言ってる意味は分かるよね」

奉太郎「……はあ」

奉太郎「それに気付かない事を祈っていたんだがな」

奉太郎「……くそ」

俺は右の拳を握り締める。

里志「何年友達をやっていると思っているんだい」

里志「そのくらい、すぐに気付くよ」

奉太郎「そうか、どうやらこの勝負」

奉太郎「俺達の負けみたいだな」

里志「……うん、そうみたいだ」

里志にはそのまま俺に、豆をぶつけると言う手段も取れただろう。

しかし、里志は手に持っていた豆を一つ……廊下に落とす。


180: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:48:45.24 ID:ez1jU9OO0

里志「僕はね」

里志「無理にホータローに豆をぶつける趣味は無いんだ」

奉太郎「……なるほど」

奉太郎「つまりお互い豆を落として、終わりにしようと言う事か」

里志「察しが良くて助かるよ、その通りだ」

……悪い案では無い、俺も別に豆をぶつけられたい訳じゃないしな。

俺は言葉を返す変わりに、一つ豆を捨てる。

それを見た里志は、いつもより更に口角を引き上げて、もう一つ豆を落とす。

一回、二回、三回。

里志「それでホータローは手持ちの豆が無くなった訳だ」

里志「僕も、全部落とすよ」

そう言い、里志は全ての豆を廊下に落とす動作を取った。

……これで、終わりだな。


181: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:49:29.99 ID:ez1jU9OO0

~える/里志~

私は後ろから、その光景を眺めていました。

お二人が一つずつ、豆を廊下に落として行きます。

……少し勿体無い気もしますが、捨てる訳では無いので我慢です。

そして折木さんが豆を4つ落とした後、続いて福部さんも豆を落とし……

ちょっと待ってください。

私が知っている折木さんは、こう言っては何ですが、たかが遊びであそこまで悔しがるでしょうか?

……拳を握り締める程、悔しそうにしている折木さんはなんだが不自然なんです。

何故かは分かりませんが、嫌な予感がします。

える「ふ、福部さん!」

私は福部さんに声を掛けますが、時既に遅し……全ての豆は廊下へと落ちました。


182: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:50:19.82 ID:ez1jU9OO0

次に折木さんの顔を見た私は、後悔する羽目になります。

折木さんは……小さく、笑っていたのです。

……もっと考えるべきでした。

える「何故、笑っているんですか」

奉太郎「分かるだろ、俺達の勝ちだからだ」

える「もう豆は無い筈です、それはしっかりと確認しているんですよ」

奉太郎「なら確認が甘かったって所だな」

そう言い、折木さんは握ったままの拳を私達の方に差し出します。

そのまま手の平を上に向けて、開きました。

……そこには、大量の豆が……あったのです。

里志「……どういう事だい」

何故あんなに豆を……もしかして、拾ったのでしょうか?

える「豆を拾ったのですか?」

私はそのままの疑問をぶつけます。

しかし。


183: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:51:01.50 ID:ez1jU9OO0

奉太郎「それはルール違反だろ」

奉太郎「拾ってはいない」

える「……なら、何故豆を持っているんですか」

奉太郎「分けたんだよ、皿に乗っていた豆を」

分けた……とは、どういう意味でしょうか。

それを聞く前に、折木さんは再び口を開きます。

奉太郎「俺達はな、豆を持ち込んでいたんだ」

奉太郎「そして始まってからその豆を皿に乗せ、半分にした」

奉太郎「しっかりお前らの分もまだ皿に乗っているぞ」

……卑怯じゃないですか!

奉太郎「……なんだか言いたそうな顔だな」

奉太郎「だがルール違反ではない」

奉太郎「皿に乗せた後で分けたなら、そうだろ?」


184: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:51:37.39 ID:ez1jU9OO0

里志「……確かに、ルール違反では無いね」

なら、なら今の内にお皿の所まで行き、私たちも豆を補充すれば……!

そう思い、振り返ると……

摩耶花「ごめんね、ちーちゃん」

摩耶花さんが、立ち塞がっていました。

奉太郎「だから言っただろ、俺達の勝ちだって」

里志「はは」

里志「参ったよ、僕達の負けみたいだ」

里志「でも一つだけ、教えて欲しい事がある」

奉太郎「なんだ」

里志「どうして僕が、自らの豆を捨てると思ったんだい?」

確かに、福部さんがこの案を出さなければ……折木さん達にはいくら豆があっても確実に勝てはしなかったでしょう。


185: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:54:06.12 ID:ez1jU9OO0

奉太郎「おいおい里志」

奉太郎「俺はお前がどの様に行動するかくらい、分かるさ」

奉太郎「さっき自分で言ってただろ」

奉太郎「何年友達をやっていると思っているんだ、とな」

里志「……そうだった、すっかり忘れてたよ」

福部さんはそう言い、両手を挙げます。

私もそれに習い、両手を挙げ、降参の意を示しました。

里志「一思いにやってくれると、助かるね」

奉太郎「……ああ、そのつもりだ」

この豆まきで、私が最後に見た光景は……私達に降りかかる、大量の豆でした。


186: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:55:43.55 ID:ez1jU9OO0

~縁側~

える「それにしても、なんで私も巻き込まれなくてはいけなかったんですか」

奉太郎「仕方ないだろ、位置が悪かったと思え」

える「それでも納得できません」

まあ確かに、投げすぎた感はあったが。

里志「いやあ、見事にやられちゃったね」

里志「やっぱりホータロー相手だと、分が悪すぎる」

摩耶花「ちょっと、私は居ても居なくても変わらないって言いたいの?」

里志「そ、そういう訳じゃないよ」

あれだけ動き回ったのに、こいつらは良くこんな元気がある物だ。

……ああ、そういえば。

奉太郎「豆がまだ残っているんだが、食べるか」


187: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:57:38.94 ID:ez1jU9OO0

俺はそう言い、三人に向け豆が入った袋を出す。

どうやら意見は同じだった様で、全員の手が袋に伸びる。

俺も豆を数粒取り出し、口の中に放る。

ポリポリとそれを咀嚼し、飲み込む。

……うまいな。

奉太郎「今日はちょっと、動きすぎた」

摩耶花「いつも動かない分、動いたって考えればいいんじゃない?」

える「たまにはいい物ですよ、体を動かすのも」

里志「そうだね」

……俺はそこまで動かない奴だっただろうか。

奉太郎「帰ってゆっくり風呂にでも入りたい気分だ」

里志「お、それには同意するよ」

摩耶花「……私も」

奉太郎「一致したな、帰るか」

その俺の言葉を聞き、千反田を除く三人は立ち上がる。

帰って風呂に入り、コーヒーでも飲んで残りの時間はゴロゴロしてよう。

本来休みとは、そういう物だから。


188: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:58:34.73 ID:ez1jU9OO0

……しかしそれは、叶わぬ望みとなってしまう。

今日、色々と作戦を練ったが……これだけは予想外だった。

と言うのも……

える「駄目ですよ、まだ帰っては駄目です」

奉太郎「なんだ、また豆まきでもするのか」

える「いえ、そういう訳では無いです」

奉太郎「なら」

える「私の家を、汚したままにするつもりですか」

ええっと……何個投げたっけか。

最初に配られたのは全員合わせて40個か。

それは全員使った筈。

だがその後に俺と伊原は豆を補充している。

あれは何個だったっけか。

確か……

いや、考えるのはやめよう。


189: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 21:59:34.94 ID:ez1jU9OO0

俺が考えるのをやめたのにはしっかりとした理由がある。

俺と伊原が持ち込んだ袋には豆が100個入っている。

それを半分に分けて俺達が使ったのは50個。

25個ずつ伊原と分け、俺はその25個全てを千反田と里志に投げつけた。

そして、何故か終わった後に伊原が喜びのあまり豆を上に向かって投げたのだ。

つまり拾わなければいけない豆の数は……90個。

あ、しまった……結局考えてしまったではないか。

……もういい、無駄な事は考えずに豆を拾おう。

える「皆さん、全部しっかりと拾ってくださいね」

そうしなければ、俺達はいつまで経っても家に帰れないからである。


190: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 22:16:22.94 ID:ez1jU9OO0

~折木家~

結局家に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

そんな俺を待っていたのは、鳴り響く電話だったが……

誰も居ない様で、仕方なくそのまま俺は電話を取る。

奉太郎「折木です」

える「あ、折木さんですか?」

奉太郎「今、そう言った筈だが」

える「あ、いえ……私が言いたかったのはですね」

える「私が知っている折木さんか、そうではない折木さんか、という事でですね」

える「それはつまり、折木さんのご家族の方の可能性もあったので……」

奉太郎「やめてくれ、用件はなんだ」

放っておいたらいつまでも続きそうで、俺は手短に用件だけを聞くことにした。


191: ◆Oe72InN3/k 2012/10/06(土) 22:17:28.97 ID:ez1jU9OO0

える「は、はい」

える「実はですね、少し……やってみたい事があるんです」

奉太郎「やってみたい事? 気になる事では無くてか」

える「今回は少し、違います」

える「私がやってみたい事と言うのは……」

その内容を聞いた俺は、とても驚いたのを覚えている。

千反田からそんな提案があるとは、露ほども思わなかったからである。

それが面白くて、俺は珍しくその提案に乗ることにした。

奉太郎「……分かった、乗ろう」

える「ほんとですか、ありがとうございます」

……明らかに俺向きでは無いが、それもまた意外性があってこの提案にはいいかも知れない。

ゆっくり、進めていけばいいだろう。

とりあえず今日は風呂に入ろう。

奉太郎「じゃあ、またな」

える「ええ、また明日」

……さて、今日は豆の夢を見そうになりそうだ。

来年は普通の豆まきがしたい、切実に。

そんな事を思いながら、俺は風呂場へと向かった。

第4話
おわり


201: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 17:19:43.72 ID:dwmrjsng0

最近、寒くなってきましたね。

>>199
古典部の日常が終わったら、書いてみましょうか。
アイデア頂く感じで申し訳ないですが。

どの道、このお話が終わっても何かしら氷菓のSSは書くつもりでしたので。


次回投下ですが、本日の夜に投下致します。


207: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:27:27.86 ID:dwmrjsng0

摩耶花「うーん……」

える「難しいですね」

える「こっちのは、どうでしょう?」

摩耶花「それもちょっと、私には出来なさそうかな」

える「そうですか……」

似たような光景は去年も見ていた。

場所も同じ、古典部で。

奉太郎「今年もやるのか」

摩耶花「当たり前でしょ」

奉太郎「……ご苦労様」


208: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:28:05.02 ID:dwmrjsng0

そう、バレンタインデーが近づいているのである。

去年は結局、里志はちゃんとチョコを受け取らなかった。

しかし今年なら……しっかり受け取るであろう。

それなのに何故、こんなにも悩んでいるのだろうか。

……俺には到底理解できない事だな。

える「折木さんはどう思いますか?」

不意に声を掛けられ、千反田の方に顔を向ける。

千反田の顔の距離には……未だに慣れない。

奉太郎「お、俺に聞いてもどうしようもないだろ」

わずかに身じろぎしながら俺は答えた。


209: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:28:30.65 ID:dwmrjsng0

摩耶花「ううん……」

摩耶花「……そうだ」

伊原は何やら思いついた様で、それに対して興味も無い俺は読んでいた小説に視線を戻す。

摩耶花「折木」

奉太郎「なんだ」

視線はそのままで、声だけを返す。

摩耶花「あんた、チョコ食べたくない?」

奉太郎「俺にくれるのか」

摩耶花「そんな訳無いでしょ」

摩耶花「毒見してみる気は無いかって聞いてるのよ」

つまり、里志に喜んで貰える様なチョコを俺が食べて、それを評価しろという事か。

……しかし自ら毒見と言うとは、ちと怖い。


210: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:28:56.44 ID:dwmrjsng0

える「それはいい案ですね!」

いや、全く良くは無いだろう。

える「折木さん! 是非お願いします!」

奉太郎「いや……俺は」

える「折木さん!」

こうなってしまっては、もう俺に逃げ場は無い。

まだ日曜日にやった豆まきの疲れが残っていると言うのに、更に働けと言うのか。

でもまあ……他にする事も無いし、いいか。

奉太郎「……分かったよ、やろう」

摩耶花「じゃー日曜日に集まろうか」

える「ええ、私の家でやりましょう」

こうして俺は里志にあげるのに相応しいチョコを選ぶ為、日曜日の予定を埋められた。

摩耶花「……ありがとね」

しかし、まあ……悪い気は、しないか。


211: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:29:23.84 ID:dwmrjsng0

~千反田家~

甘い。

まだチョコを食べている訳では無いが……匂いが甘すぎる。

俺は甘い物が好きと言う訳でも無い、どちらかと言うと逆だろう。

しかし当の千反田と伊原はとても楽しそうにチョコを作っている。

俺はそれからしばらく、その匂いと戦いながらチョコを待つ。

える「出来ました!」

そう言いながら、一つ目のチョコが運ばれてきた。


212: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:29:52.37 ID:dwmrjsng0

える「これは、ガナッシュです」

奉太郎「ほう」

とは言ったが、正直何の種類なのか見当も付かなかった。

える「本来は、トリュフ等に付けられるのですが」

える「これのみでも十分においしいので、どうぞ」

そうなのか。

まあ、食べない事には分からない。

そう思い、俺はチョコを一つ口に放る。

奉太郎「……甘いな」

える「ええっと……」


213: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:30:19.31 ID:dwmrjsng0

俺の反応があまり良く無かったと思ったのか、千反田はそのまま台所へと戻って行った。

いや、旨いと言えば旨かった。

だがちょっと、くどい様な感じの……そんな甘さだった。

台所で未だに作業をしている千反田と伊原に、風を浴びてくるとの事を伝え、廊下に出る。

……しかし、本当に俺がこの役目で良かったのだろうか。

里志とは食べ物の好き嫌いも違うだろうし、それに対して感じる事も違うと思う。

なら、そうか。

あくまでも一般的な意見を出せばいいのかもしれない。

主観的な意見では無く、客観的な意見か。

……ううむ、難しいな。

やはり俺には、この役目は少し向いていないだろう。

そんな俺の考えを遮る様に、後ろから声が掛かった。


214: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:30:52.93 ID:dwmrjsng0

える「次のチョコ、出来ましたよ」

奉太郎「ああ、そうか」

その言葉を聞き、俺は再び部屋に戻る。

える「どうぞ、これはおいしいですよ」

そう言い、差し出されたのは……

奉太郎「これ、チョコなのか?」

える「マカロンです」

俺はチョコなのかどうなのか聞いたのだが、千反田の答えは俺の疑問を解決してくれなかった。

もしかすると、単純にマカロンという言葉を俺が知らないだけで、何かの種類なのかもしれない。

しかし……見た目的にはどうみてもチョコでは無い。

だとすると、やはり。


215: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:31:20.33 ID:dwmrjsng0

奉太郎「マカロンか」

える「ええ、そうです」

奉太郎「……そういう種類のチョコなのか」

俺がそう言うと、千反田は首を傾げながら答える。

える「ええと、マカロンをご存知無いんですか?」

奉太郎「と言う事は、これはチョコでは無いのか」

える「チョコレートマカロンなので、チョコは入っていますよ」

なんとなく分かった。

つまり、マカロンにはいくつか種類があり、今俺の目の前にあるのはチョコが入っているマカロン……と言う事だろう。

奉太郎「そうか」

考え込むより、食べた方が早いだろう。

そう思い、俺はマカロンを口に入れる。


216: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:31:48.77 ID:dwmrjsng0

奉太郎「……甘いな」

える「あ、えっと……」

さっきと同じ感想だったのがあれだったのかもしれない。

千反田は言葉に詰まってしまっていた。

奉太郎「まあ……さっきのよりは、好きかな」

える「そうですか、では次のチョコを準備しますね」

まだやるのか。

俺は去る千反田の後ろ姿に心の中で呟き、天井を眺めた。

……

何か、おかしくないだろうか。


217: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:33:48.57 ID:dwmrjsng0

チョコをあげるのは里志であって、俺では無い。

つまり……俺が好きなチョコを作っても、里志は喜ばないかもしれない。

今、千反田と伊原がやっているのは、俺の感想を参考にチョコを作る……という作業である。

と言う事は、だ。

完成したチョコは多分、俺好みのチョコであって決して里志好みのチョコでは無いだろう。

似たような事をさっきも考えたな……結論は何だったか。

ああ、客観的な意見か。

さっきはすっかりと忘れていた、次は気をつけよう。

俺が再び結論を出した所で、丁度よく千反田がやってくる。


218: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:35:10.64 ID:dwmrjsng0

える「次の、持ってきましたよ」

える「チョコレートタルトです」

何だかさっきから、千反田がウェイトレスに見えて仕方ない。

口には出さないが。

奉太郎「そういえば伊原は何をしているんだ」

える「摩耶花さんですか、先ほどからずっと頑張っていますよ」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「って事は、これも伊原が作ったのか」

える「ええ、勿論です」

える「今までのも全部、摩耶花さんが作ったんですよ」


219: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:35:57.44 ID:dwmrjsng0

それは驚いた、ほとんど千反田が作ってそれをあいつが手伝っていた物だと思ったが。

……あいつは見た目や性格に反して料理が出来るのか。

奉太郎「主に千反田が作ってる物だと思っていたよ」

える「ふふ、私は横で少しお手伝いしていただけですよ」

どうやら俺が考えていた事とは逆だったらしい。

そのお手伝いがどの程度なのかは分からないが、伊原も伊原なりに努力していると言う事だろう。

そう考えると、さっきまで適当な感想しか出さなかった自分に後悔してしまう。

奉太郎「ま、頂くか」

える「はい、どうぞ」

千反田の言葉を聞き、口に入れる。

さっきまでと同じ味だとしても、違う事を言おうとは思っていたが……今回のは素直に美味しかった。


220: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:36:24.90 ID:dwmrjsng0

奉太郎「……丁度いいかもな」

える「本当ですか!」

奉太郎「あ、いや……あくもでも、俺からしたらだぞ」

奉太郎「俺は里志じゃないから、あいつの好みは分からん」

摩耶花「やっぱり、そうよね」

俺の言葉を聞いていたのか、台所から伊原がやって来た。

摩耶花「折木には折木の好みがあるし、それはふくちゃんも一緒だよね」

奉太郎「まあ、そうだろうな」

ううむ、やはりもう少しちゃんとした感想を言えば良かったか。

奉太郎「でも、その……おいしかったぞ」

摩耶花「……そっか、ありがとね」

奉太郎「それに」

える「気持ちが大事、ですからね」


221: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:36:50.13 ID:dwmrjsng0

俺が言おうとしていた事を、千反田に見事予測されてしまった。

える「折木さんが前に仰っていたので」

摩耶花「折木が? へえ、折木がねぇ……」

そんな事、俺は以前言っただろうか?

える「前に、部室でお弁当を一緒に食べた時、言っていましたよ」

そんな疑問にすぐに千反田が答える、今の疑問は口に出していなかった筈だが……顔に出ていたのかもしれない。

奉太郎「あったっけか、そんな事」

える「ええ」

こいつがここまで言うからには、あったのだろう。

奉太郎「ま、そういう事だ」

摩耶花「分かった」

摩耶花「やっぱり私が作れる様な奴じゃないと、難しいしね」


222: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:37:18.39 ID:dwmrjsng0

奉太郎「なんだ、結局千反田が作っていたのか」

摩耶花「違うわよ、今日のはちゃんと私が作ったのよ」

摩耶花「本当よ?」

奉太郎「……分かったよ」

摩耶花「簡単に、って意味だからね」

摩耶花「ちゃんと分かってる?」

奉太郎「ああ、よく分かりました」

摩耶花「ならいいけど」


223: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:37:48.90 ID:dwmrjsng0


奉太郎「それで、もう今日はお開きでいいか」

摩耶花「うーん、そうね」

摩耶花「色々聞けて、いい物が作れそうだし……今日はお開きにしようか」

える「分かりました」

える「では私達は片付けがあるので、折木さんは先に帰りますか?」

奉太郎「あー、いや」

奉太郎「俺も手伝う」

える「そうですか、ではお願いします」

食べるだけ食べて、先に帰るのは流石にちょっと気が引ける。

二週連続で日曜日が使われてしまったのはいただけないが、仕方ないか。

食器の場所は千反田が把握しているだろうし、俺は皿洗いへと興じる事になった。


224: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:38:23.10 ID:dwmrjsng0

全ての片付けが終わり、外の景色を見ると既に日は沈みかけていた。

奉太郎「今年は多分、里志もちゃんと受け取ってくれるだろうな」

摩耶花「そうだといいんだけどねぇ」

える「大丈夫ですよ!」

縁側に腰を掛ける、ふと後ろを見ると俺たちの影が部屋の奥へと伸びていた。

摩耶花「あ、そういえばさ」

奉太郎「ん?」

摩耶花「ちょっとチョコ余っちゃったから、折木も持って帰ってよ」

奉太郎「別にいいが、そんなに作ったのか?」

摩耶花「うん、まあね」

そう言い、伊原から渡されたチョコはしっかりとラッピングがしてあった。


225: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:38:58.44 ID:dwmrjsng0

奉太郎「なんだ、余った物にこんなのはしなくて良かったのに」

摩耶花「まあまあ、そう言わずに」

何故か千反田がもじもじしているのが気になったが……

ま、いいか。

奉太郎「分かったよ、ありがとうな」

摩耶花「折木って、最近ちょっと素直になったよね」

奉太郎「最近は余計だ」

摩耶花「それと、ちーちゃんにもしっかりお礼言っておきなさいよ」

奉太郎「千反田に?」

摩耶花「いいから早く」

さっきまで普通の伊原だったが、凄むと怖い。


226: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:39:47.92 ID:dwmrjsng0

奉太郎「わ、分かった」

奉太郎「ありがとうな、千反田」

える「あ、い、いえ」

える「あの、それは余っただけですので、贈り物の内には入らないですよね」

奉太郎「ん? 何を言っているんだ」

える「な、なんでもないです!」

……よく分からんが。

気付けば影は消え、辺りは暗くなっていた。

奉太郎「……さて、帰るか」

摩耶花「そだね」

える「はい、お疲れ様でした」


227: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:40:14.84 ID:dwmrjsng0

~帰り道~

俺と伊原は千反田の家を後にする。

さすがに2月と言った所か、日が短い。

夏ならば多分、まだ薄暗い程度だろうが……既に周囲は真っ暗となっていた。

帰ってる途中、伊原と少し話をした。

摩耶花「それで、付き合ってるの?」

奉太郎「何が」

摩耶花「あんたとちーちゃん」

奉太郎「……そんな訳無いだろ」

摩耶花「いやいや、逆にびっくりなんだけど」


228: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:40:41.42 ID:dwmrjsng0

奉太郎「なんで」

摩耶花「だって、ちーちゃんが戻って来た時、その」

摩耶花「……抱きついてたし」

奉太郎「……ああ、まあ」

摩耶花「もうてっきり、折木が告白したのかと思ったよ」

奉太郎「……したさ」

摩耶花「え? ならもしかして」

摩耶花「振られたとか?」

奉太郎「どうだろうな」

摩耶花「何よそれ」

奉太郎「……いや、そうだな」

奉太郎「振られたというのが、一番近いかもな」


229: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:41:09.43 ID:dwmrjsng0

摩耶花「ふうん」

本当の所は、色々あって有耶無耶になっているだけであったが……

あれから千反田も特にその事については言わなかったし、俺も別段言う気は無かった。

摩耶花「有耶無耶になったとか?」

奉太郎「……千反田に聞いたのか」

摩耶花「違うわよ」

奉太郎「じゃあ、なんで」

摩耶花「勘」

さいで。


230: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:41:36.51 ID:dwmrjsng0

奉太郎「とにかく、そんな所だ」

摩耶花「なるほどねぇ」

奉太郎「……何か言いたそうだな」

摩耶花「そりゃね」

摩耶花「でもまあ、ゆっくり考えればいいと思うよ」

摩耶花「まだ1年あるんだし、ね」

奉太郎「ああ、そうだな」

確かに伊原の考えている通り、このままでは駄目だろう。

千反田との今の距離感は好きだったが……

このままで卒業したら、どうなるのだろうか。

俺には少し、難しい話か。


231: ◆Oe72InN3/k 2012/10/08(月) 20:42:02.71 ID:dwmrjsng0

~折木家~

そういえば、先週の日曜日も千反田の家から帰った時は暗くなっていたな。

あそこに行くと、どうやら暗くなるまで帰れないのかもしれない……気を付けねば。

そんな事を考えながら、俺はベッドに横たわる。

去年は確か、姉貴に貰った一つを同じように部屋で食べたな。

今年はちょっと早く、一つだけチョコを貰えた。

貰えたと言っても、余り物だが。

ま、それでも貰えたには違いないだろう。

ラッピングを解くと、何の変哲も無い、普通のチョコがそこにあった。

俺はそのチョコをひとかじりする。

何故かそれは、とても俺好みの味だった。


第5話
おわり


241: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:38:06.47 ID:o8UuFjXM0

える「あの、折木さん」

奉太郎「ん、どうした」

える「……綺麗ですね」

奉太郎「そうだな」

俺はあの公園で、千反田と一緒に花火を見ていた。

遠くであがる花火を見る場所としては、この公園は意外と侮れない。

える「もう、夏ですね」

奉太郎「ああ」

える「早い物です」


242: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:38:33.40 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「それは毎日、楽しいからじゃないか」

える「ふふ、そうでしょうね」

える「……ここに来ると」

える「どうしても、去年の冬を思い出してしまいます」

奉太郎「……俺もだ」

える「私、初めてでした」

そう言い、千反田は俺の手をゆっくりと握った。

奉太郎「……何が」

える「それを聞くのは、少し意地悪ですよ」


243: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:39:03.05 ID:o8UuFjXM0


奉太郎「……すまんな」

千反田が言っているのは、恐らく。

える「初めての、キスでした」

奉太郎「……俺もだよ」

える「……そうでしたか」

える「それはとても、嬉しいです」

奉太郎「……そうか」

夜になり、セミは昼間よりも大人しい。

辺りには、遠くであがる花火の音だけが響いている。


244: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:39:29.07 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「……なあ」

える「はい、なんでしょうか」

奉太郎「このままで、いいと思うか」

える「……」

奉太郎「俺は」

一際大きな花火があがった。

そして丁度、音が届く頃に……俺は次の言葉を心から紡ぎだす。


245: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:39:56.69 ID:o8UuFjXM0

次に俺の耳に聞こえてきたのは、耳障りな電話の音だった。

奉太郎「……夢か」

伊原と前に……確かバレンタイのチョコ作りの帰り道だったか。

あの時、千反田の事を話してからと言うもの、俺は今回の様な夢を何回か見ていた。

オチは必ず同じ。

俺が最後の言葉を言う前に、目が覚めてしまう。

全てが同じオチとは、大分つまらない夢である。

ああ、それよりもこんな朝っぱらからなんの電話だろうか。

そんな事を思いながら、時計に目を移した。


246: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:40:23.71 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「……なんだ、もう12時か」

春休みに入ってからと言う物、なんだか起きるのが遅くなって仕方ない。

今日はたまたま電話によって目が覚めたが……もし電話が来ていなかったらもう少し寝ていただろう。

まあそれも、この前の卒業式で大分疲れたからかもしれない。

卒業式と言っても、俺たちが卒業するのはまだ先だ。 およそ一年後か。

……これは今考える事では無いか、それよりもまずは電話に出よう。

俺はようやく部屋から出ると、リビングにある電話機へと向かった。

姉貴はどうやらまたしても居ない様で、他に電話に出てくれる人は居ない。

まだ完全に目が覚めていない中、受話器を取った。


247: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:40:51.38 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「……はい、折木です」

える「あ、千反田です」

奉太郎「……なんだ、千反田か」

える「あの、もしかして寝ていました?」

奉太郎「ああ……まあ」

える「駄目ですよ、休みだからと言って」

奉太郎「……気をつける」

奉太郎「それで、用事はなんだ」

える「あのですね」

える「去年と同じ頼みなんです」


248: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:41:17.17 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「去年……何かあったっけか」

俺はそう言い、カレンダーに目を移す。

今は四月……去年のこの時期は。

奉太郎「もしかして、雛祭りか」

える「はい、正解です」

……朝からクイズか。

奉太郎「……ああ、行くよ」

奉太郎「今年は見ているだけでもいいんだろ?」

える「あ、それは不正解です」

さいで。


249: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:41:44.64 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「なんだ、また人が足りないのか」

える「いえ、そういう訳では無いんです」

つまり、どういう事だ。

える「私が、お願いしちゃったんです」

奉太郎「何を」

える「傘を持ってくれる人を、です」

奉太郎「……ええっと」

奉太郎「また俺に傘を持てって事か」

える「はい!」

奉太郎「……いいのか、毎年持っている人が居るんだろ」


250: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:42:16.91 ID:o8UuFjXM0

える「それなんですが、その子はどうやら雛祭りを一度、外から見てみたいそうなんです」

える「それで私も、折木さんに傘を持って欲しかったので……」

える「少し、無理を頼んじゃったんです」

そういう事か……

それで、俺が断ったら千反田はどうしたのだろうか。

奉太郎「俺が嫌だって言ったら、どうするんだ」

える「え? 駄目ですか?」

奉太郎「……いや、駄目ではないが」

える「ふふ、なら良かったです」


251: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:42:47.07 ID:o8UuFjXM0

なるほど、俺が傘を持つのを断らないと踏んで……そうしたのか。

まあ、確かにそこまでやられてしまっては断れない。

俺も外から一度、見ては見たかったが……貴重な体験としては雛に傘を差す方が当てはまるだろう。

奉太郎「時間と場所は、去年と同じでいいのか?」

える「はい、宜しくお願いしますね」

奉太郎「ああ」

千反田はそれ以上言う事は無かった様で、簡単な挨拶をすると電話を切る。

……前の雛祭りの後、確か風邪を引いたな。

今年も同じ様にならなければいいが、大丈夫だろう。

例年よりも暖かい地球に感謝し、俺はカレンダーに予定を入れた。


四月×日
生き雛祭り


252: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:43:16.25 ID:o8UuFjXM0

~水梨神社~

去年と似たような慌しさの中、準備が行われている。

俺はやはり、一人ストーブで温まりながらその時を待っていた。

今年は橋の工事も無く、行列は例年と同じルートを通るだろう。

……その事は少しだけ、俺を安心させた。

狂い咲きの下を通る千反田は、多分とても美しいだろうから。

それを見れないのは、ちょっと辛い物がある。

だがそれを見てしまえば、俺はまた……

なので今年は、少しだけ安心していた。


253: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:43:49.06 ID:o8UuFjXM0

突如、気合の入った声が室内に響く。

どうやら時間が来た様だ、段取りは一緒の筈なので、俺はそのまま外に出る。

俺も傘を持ち、行列の中へと加わった。

やがて、人々が集まり、行列の形が彩られる。

そして……

ゆっくりと、去年と同じ様に。

最初に入須が出てくる、そしてその後に千反田。

俺が感じた事は、去年とほぼ同じだったと思う。

十二単を着た千反田はとても綺麗で、いつもの雰囲気は微塵も感じさせなかった。


254: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:44:14.80 ID:o8UuFjXM0

それに若干目を奪われる。

なんだか、何時間も見ていたい気がしたが……そんな俺の思いを無視し、行列は歩き出す。

いかんいかん、しっかりと役目をこなさねば。

ルートこそ去年とは違うが、要領は同じだろう。

沢山の見物人が居て、その間をゆっくりと進む。

やはり今年は去年よりも暖かく、風邪を引くことは無さそうだ。

いや、俺も別にある程度の気温まで下がったら風邪を引く……なんて分かりやすい体をしている訳では無いが。

とにかく、その後の心配はしないで済むだろう。

そこまで考え、ふと気付く。

……あれ、去年よりも大分落ち着いているな。


255: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:44:44.99 ID:o8UuFjXM0

確か前の雛祭りの時は、本当に情けなく、ぼーっとしていたと思う。

里志や伊原にも声を掛けられるまで気付かなかった。

しかし今年は、俺の方が多分、先に気付いたくらいの感じがした。

終わった後も、しばらく俺はぼーっとしていたし、色々と思う事もあった。

だが、まあ。

それに比べれば、今年は幾分かしっかりと歩けている。

そして、少しだけ……少しだけだが。

千反田と同じ場所を、歩けている気がした。


256: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:45:10.45 ID:o8UuFjXM0

~千反田家~

える「お疲れ様でした」

奉太郎「そこまでの事じゃないさ」

俺と千反田は去年同様、縁側に座っていた。

今年は特に、千反田の気になる事が起きなかったので、こいつも大分楽に取り組めたのかもしれない。

える「どうでしたか、今年は」

奉太郎「どう、と言われてもな」

奉太郎「去年よりはしっかり出来たと思うが……」

俺がそう言うと、千反田は口に手を当てながら答えた。


257: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:45:39.18 ID:o8UuFjXM0

える「ふふ、私も同じ事を思っていました」

奉太郎「なんだ、去年はそこまで駄目だったのか」

える「あ、いえ。 そういう事では無いですよ」

える「えっとですね、今年は少し」

える「折木さんと一緒に、歩けている気がしたので」

春を感じさせる陽光が、千反田の顔を照らしていた。

奉太郎「……そうか」

奉太郎「俺も、少しだけそう思ったな」

える「そうでしたか……一緒ですね」

何がそんなに嬉しいのか、千反田はやたらとにこにこしている。


258: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:46:06.31 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「……それよりも」

今日初めて見せた千反田の笑顔に、なんだか照れて、俺は話題を逸らす事にした。

奉太郎「この後も、用事はあるのか?」

える「あ、大丈夫ですよ」

える「今年は父が、ほとんど引き受けてくれています」

奉太郎「……病み上がりだろ、大丈夫なのか」

える「私もそう思ったんですが」

える「迷惑を掛けてしまったから、その分やらせてくれ、と」

奉太郎「なるほど、お前の父親らしいな」

える「立派ですよ、私なんか全然です」


259: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:46:43.39 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「と言うか、俺はお前の父親に会った事が無いな」

える「そうでしたっけ? それなら是非、今度会いませんか?」

千反田の父親か……いきなり男を紹介されて、例えそれが友達なだけでも大丈夫なのだろうか。

俺にはよく分からないが、あまりいい予感は出来ない。

奉太郎「千反田の父親って、どんな人なんだ?」

える「ええっと」

える「良く言われるのが、似ていると」

奉太郎「似ているのか」

える「らしいです」

える「私はそうは思わないんですけどね」


260: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:47:11.36 ID:o8UuFjXM0

つまり、千反田の父親も好奇心の権化と言う事だろうか。

……想像するだけでも、恐ろしい。

奉太郎「さっきの話だが、遠慮させてもらう」

える「そうですか、ではまた次の機会と言う事で」

奉太郎「ああ、そうだな」

そこで千反田が首を傾げながら口を開いた。

える「ええと、それで折木さんは用事があるんですか?」

奉太郎「特には無いな」

える「そうですか、なら」

奉太郎「少し、散歩するか」

える「……はい!」


261: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:47:47.88 ID:o8UuFjXM0

~公園~

奉太郎「結局ここか」

える「私の家から、結構近いですからね」

そう言うと、千反田はいつものベンチに腰を掛けた。

奉太郎「何か飲むか」

える「……いつもいつも、悪いですよ」

奉太郎「今度何か奢ってもらえればいいさ」

える「なら、そうですね」

える「コーヒーを貰いましょうか」

奉太郎「お前、駄目じゃなかったか」

える「そうなんですが、そういう気分なんです」


262: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:48:13.48 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「どうなっても知らんぞ……」

える「大丈夫ですよ」

俺は渋々、コーヒーを二つ買う。

そして一つを千反田に差し伸べると、声を掛けた。

奉太郎「渡す前に一つ聞きたいんだが」

奉太郎「……酔った時と一緒には、ならないよな?」

える「ええ、ただちょっと寝れなくなってしまうだけなので」

奉太郎「それもあれだがな……」

まあ、酔った時みたいにならないのなら……いいか。

あれは本当に、なんというか、面倒だから。


263: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:48:47.33 ID:o8UuFjXM0

える「ありがとうございます」

そう言い、千反田はコーヒーを受け取った。

俺はそのまま千反田の横に腰を下ろす。

奉太郎「傘持ちも、慣れてきたのかもな」

える「ええっと、何故そう思ったんですか?」

奉太郎「去年より疲れてないから」

える「ふふ、それは良い事ですね」

える「なので来年も、お願いするかもしれません」

奉太郎「……いや」

奉太郎「1回くらい、外から見てみたい」


264: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:49:17.12 ID:o8UuFjXM0

える「外から、ですか?」

奉太郎「行列を……」

奉太郎「雛を、外から見てみたい」

える「……そ、そうですか」

奉太郎「ま、どうしても傘を持ってくれって言うのなら、別にいいけどな」

える「……考えておきます」

そう言うや否や、千反田は早速考え込んでいた。

何やら難しい問題だとか、どっちにすればいいのかだとか言っていた様だが、俺の耳にはあまり聞こえてこない。

奉太郎「ああ、そう言えば」

奉太郎「入須は、何か言っていたか?」


265: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:49:48.08 ID:o8UuFjXM0

える「入須さんですか」

える「ありがとう、と言っていましたよ」

奉太郎「それは俺になのか」

える「ええ、そうです」

奉太郎「俺が思うに」

奉太郎「お前自身に言ったのが、一番大きいと思うけどな」

える「え? 何故ですか?」

奉太郎「決まってる、卒業式の事だ」

える「……ふふ、あれですか」

える「正解でしたね、あれは」


266: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:50:21.17 ID:o8UuFjXM0

奉太郎「そうだな、千反田の案に乗って良かった」

える「そんな事、ないですよ」

奉太郎「いや、正直驚いたぞ」

奉太郎「去年の秋以来、距離感みたいなのがあったからな」

える「え? 私と入須さんにですか?」

奉太郎「ああ」

える「でも、私が戻って来た時……入須さんは一緒に来てくれましたし」

奉太郎「……それは、千反田から見たらって事だろ」

奉太郎「俺には少し、入須から距離を取っている様に感じた」


267: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:50:48.66 ID:o8UuFjXM0

える「そうだったんですか、全然分かりませんでした……」

奉太郎「それを気付いていて提案したんだと思っていたが……まあ、いいか」

える「……えっと、今はどうなんですか?」

奉太郎「今は、そうだな」

あれは確か……卒業式の少し前。

提案されたのは豆まきが終わった後だったか。

内容は確か、その時はとても単純な物だった。


268: ◆Oe72InN3/k 2012/10/09(火) 21:51:17.80 ID:o8UuFjXM0

ええっと……ああ、あれだ。

千反田は

える「入須さんを驚かせませんか?」

と言ったのだ。

しかし卒業式の日、俺たちも多少驚かされる事があったな……

あの日はとても寒かったのを覚えている。

三月の卒業式。

入須がこの神山高校を、去る日の出来事だ。


第6話
おわり




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