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奉太郎「古典部の日常」 6

816: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:36:54.32 ID:Bq5OdWnm0

入須に付いて行き、俺が連れて来られた場所は屋上だった。

ここはどうも、一対一の場面に恵まれている様だ。

ドアの左右には植木鉢が設置されており、前までこんな物は無かった気がしたが……文化祭の関係かもしれない。

そして、入須はゆっくりと俺の方に振り返る。

そんな入須の動作と一緒に、学校のチャイムが鳴った。

入須「授業が始まってしまったか」

入須「先輩にサボりを付き合わせるとは、褒められた事ではないな」

奉太郎「……すいません」

奉太郎「でも、あなたとは話をしなくてはならないんです」

奉太郎「……それは、あなたも分かっているでしょう。 入須先輩」

入須「……さあな」


817: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:38:27.31 ID:Bq5OdWnm0

まずは、どこから切り出そうか。

……そうだな、始まりの時から、話をしよう。

奉太郎「最初から、振り返りましょうか」

奉太郎「……あなたは、何故こんな事をしたんですか」

入須「千反田にサプライズをしよう、と言った事か」

奉太郎「ええ、そうです」

入須「それは始めに言っただろう、君と千反田には恩があったと」

奉太郎「無いですね、もしあなたが千反田に恩を感じていたなら」

奉太郎「さっきの部室前での態度、あれは明らかにおかしい」

入須「あれの事か、君には言いふらす趣味は無かった様だが……盗み聞きする趣味はあったのは迂闊だった」

奉太郎「……気付いていたんでしょう、あなたは」


818: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:38:55.15 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「それに」

奉太郎「……果たして、そうでしょうかね」

奉太郎「だけど、今はその事についてはいいです」

奉太郎「何故、あんな態度を取ったんですか。 入須先輩」

入須「……確かに、あれは千反田に恩を感じている人の態度ではないかもしれない」

奉太郎「なら……」

入須「だが」

入須「それも状況によって、だ」

入須「私があそこで引いていたとしよう」

入須「そうしたらその後どうなる? 間違いなく彼女は君に、何故入須と居たのか聞きに来るぞ?」

入須「……君はそれを、千反田のその好奇心を拒絶する事ができるのか?」

入須「計画がばれてしまっては、元も子も無いんだぞ」


819: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:39:21.77 ID:Bq5OdWnm0

……やはり、一筋縄では行きそうにない。

奉太郎「さすがは、女帝さんだ」

奉太郎「……そうですね、それは反論としてはもっともだ」

奉太郎「この事に関しては、俺が引きましょう」

入須「……何を考えている」

奉太郎「話を変える、と言う事です」

奉太郎「あなたは一つ、不自然な事を言っていたんですよ」

入須「……聞こうか」

奉太郎「喫茶店に行った時、あなたはこう言った」

奉太郎「私は人の心を覗きたくない、とね」

入須「人の心を覗くのは好きではない、と言ったんだ」

奉太郎「……一緒でしょう」

奉太郎「それより、これは本当にあなたの本心ですか? 入須先輩」

入須「……ああ、紛れも無く、私の本心だ」


820: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:39:47.26 ID:Bq5OdWnm0

そうか、やはり……

奉太郎「……なら、随分とおかしな話になるんですよ」

入須「どういう事か教えてもらおう」

奉太郎「あなたは最初、この計画を始めるときにこう言った」

奉太郎「俺が千反田の事を好きという事を、誰から聞いたのか教えてくれた時です」

奉太郎「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

奉太郎「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」

入須「……そんな事を、言ったかな」

奉太郎「惚けないでくださいよ、確かに言いました」

奉太郎「……もう、分かるでしょう? あなた程の人なら」

奉太郎「人の心を覗く様な真似が好きじゃない人が、どうして人の恋路を第三者に聞きだしたんですか?」


821: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:41:12.50 ID:Bq5OdWnm0

入須「……」

初めて、入須が押し黙った。

奉太郎「だがそれは違う、あなたはさっきそれが本心だと言った」

奉太郎「俺はその言葉を信じましょう」

奉太郎「だからこう考えます……あなたにそれを教えてくれたのは里志では無かった、と」

入須「……面白い意見だな、非常に」

入須「だが……事実でもある」

入須「認めるよ、私は彼に聞いたのでは無い」

奉太郎「意外とあっさりと認めるんですね」

入須「くどいのは嫌いだからな」

少しずつ、少しずつだが……入須に詰め寄っている気がする。

大丈夫だ、これで大丈夫な筈。


822: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:41:53.08 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「……次の話にしましょう」

入須「話をコロコロ変えるのは、嫌われてしまうよ」

その言葉に返す気は、無かった。

奉太郎「俺が次にする話、それは」

奉太郎「今回の事、全てについてです」

入須「……随分と飛躍した物だ」

奉太郎「そうでもないですよ、これが核心でもあるんですから」

奉太郎「俺は、こう考えています」

奉太郎「……今回の計画、入須先輩にとっては」

奉太郎「千反田にばれてでも押し通す必要があった。 とね」

入須「そんな訳、ある筈が無いだろう」


823: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:42:24.87 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「言い方が悪かったですね」

奉太郎「正確に言うと、俺と入須先輩が遊んでいる……具体的には違いますが」

奉太郎「それを見られ、仲良くする二人の事がばれても押し通す必要があった」

入須「……ふむ」

入須「つまり、こう言いたい訳か」

入須「私が最初から、千反田にデート現場を見られる事を予測していた、と」

奉太郎「端的に言えば、その通りですね」

奉太郎「違いますか?」

入須「違うな、それは完全に計画外だった」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「それなら俺のこの推測は、外れてしまいました」

入須「どういうつもりだ」

入須「さっきから君は、何を考えている?」


824: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:43:12.24 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「本当に、安心しましたよ」

奉太郎「俺が思っている様な人では、あなたは無かった」

入須「くどいのは嫌いだとさっきも言った、単刀直入に言ってくれ」

なら……終わらせよう。

全部、繋がっている。

奉太郎「あなたは、千反田に幸せになってもらう為に、敢えて千反田に嫌われる様な言動をした」

入須「……何故、そう思った」

奉太郎「最初に言ってたではないですか、計画がばれてしまったら元も子も無い……とね」

奉太郎「だからあなたは千反田を拒絶した、この計画を成功させる為に」

入須「意味が分からないな」

入須「私が本当に、千反田に幸せになって欲しいと思っていたとしたら、だ」

入須「幸せになってもらう前に、辛い思いをさせてしまったら……それこそ本末転倒だろう?」

入須「そして現に、千反田は今……辛い思いをしている」

入須「と言う事は、君の推理は外れているよ」


825: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:44:18.58 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「……あなたには、この計画を成功させなければならない理由があった」

奉太郎「そう考えると、どうでしょうか」

奉太郎「それなら自分が憎まれる役を演じるのが最善、そうなりませんか?」

入須「……」

奉太郎「そして……次に俺が言う事、それを俺は真実だと思っています」

奉太郎「あなたは、入須先輩は」

奉太郎「俺の姉貴と、面識がありますね?」

入須「……どこで、それを知った」

初めて、入須の顔から余裕が消えた様な気がした。

俺はそのまま……言葉を続ける。

奉太郎「知った、というのとは少し違います」

奉太郎「あなたが与えてくれた情報から考えただけです」

奉太郎「それと、姉貴の言葉からも推測を組み立てられました」

奉太郎「そして、この事実はこうも言えます」

奉太郎「俺が千反田を好きだという事を、あなたは俺の姉貴から聞いた」


826: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:44:57.58 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「そして、姉貴は恐らくあなたにこう言ったでしょう」

奉太郎「あいつはどうにも自分の事が分かって無さ過ぎる、少し……協力して貰えないか」

奉太郎「大体はこんな感じだと思っています」

入須「……なるほど」

入須「つまり私の裏には、君の姉貴が居るという事だな?」

奉太郎「ええ、そう考えています」

入須「……驚いたな、そこまで推理するとは」

入須「君を少し、甘く見ていた」

奉太郎「事実、なんですね」

入須「……私は、あの人にも恩があった」

入須「とても、君と千反田とは比べ物にならないほどの、な」

入須「計画は私に任されたよ」

入須「全部……話そうか」


827: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:45:53.80 ID:Bq5OdWnm0

入須はそう言うと、屋上の手すりに寄りかかる。

空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。

入須「始めは本当に、君と千反田を幸せにしたかった」

入須「いや、それは今もだな。 結果は最悪になってしまったが」

入須「……プレゼントを決める為に、駅前に行った日」

入須「見られていたんだよ、千反田に」

入須「君は気付いていなかった様だがね」

奉太郎「……確かに、全く知りませんでした」

入須「そして、そこからどう持ち直すか必死に考えたさ」

入須「これから千反田はどう動く? 私はどう動けばいい? とね」

入須「私が出した結論は……」


828: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:46:37.16 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「自己犠牲、ですか」

俺の言葉を聞き、入須は柔らかく笑うと頷いた。

入須「そうだ、それが最善だった」

入須「私が憎まれ役になり、君と千反田は更に距離を縮める」

入須「君と千反田にとってはいい迷惑だっただろうな、悪いことをしてしまった」

入須「配慮が足らない先輩で、すまなかった」

入須はそう言うと……俺に頭を下げた。

その姿は、どうにも女帝という肩書きは似合いそうには無い。


829: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:48:49.83 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「そんな事はありません」

奉太郎「確かに千反田を傷つけたのは……俺としては許せません」

奉太郎「ですが、あなたも……傷付いてしまった筈だ」

入須「私が? 面白いことを言うね、君は」

入須「本当にそう思うのかい? 私が望んでした事だと言うのに」

入須「君に見破られさえしなければ、君と千反田は私を憎んで丸く収まった」

入須「そして私はそれを気にしない、全てがハッピーエンドさ」

そんな、悲しそうな顔で言われても説得力と言う物に掛けるだろ、この先輩は。

奉太郎「まだ、おかしな点があるんですよ」

奉太郎「ですが、あたなはくどいのが嫌いと言っていましたね」

奉太郎「なので、一つだけ言わせて貰います」

奉太郎「あなたの言葉を借りましょう、入須先輩」

奉太郎「だから俺はこう返す」

奉太郎「あなたは俺に全てを見破られる事さえ、予想していたのではないですか?」


830: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:50:08.46 ID:Bq5OdWnm0

入須「……ふ」

入須「ふふ、ふふふ」

入須「ふふ……君は本当に、あの人の弟なんだな」

入須「……そうだ」

入須「この状況も、私は計算していた」

入須「しかし、その計算していた事さえ見破られるのは……予想外だった」

奉太郎「……あなたも、傷付いているではないですか」

奉太郎「あなたは俺に気付いて欲しかった、自分を守る為に」

奉太郎「俺はそんな優しすぎる人を、責める事は出来ませんよ」

入須「……そう言ってもらえると、少しばかり気が楽になるよ」

入須「千反田にはどうしても、幸せになってもらいたかったんだ」

入須「理由は……私からは言わない方が良い」

それは、千反田が話そうとして……未だに決心が付いていない、あれの事だろう。


831: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:50:37.36 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「……あなたは、知っていたんですね」

入須「……家の関係上な、知りたくなくても耳に入ってきてしまうのだよ」

それは……その入須の心までは、俺には分からなかった。

何故こいつは……ここまで自分を責めているのだろうか。

入須「……ここは中々良い場所だな、風が気持ち良い」

奉太郎「……俺も、嫌いな場所では無いですね」

入須「ここに来た時ね、少しだけ私にも希望があったんだよ」

入須「君はもしかしたら……と言う、小さな希望さ」

入須「それを見事に君は成就させてくれた、感謝している」

奉太郎「つまり、ここまで全てあなたの計画の内と言える訳ですか?」


832: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:51:28.65 ID:Bq5OdWnm0

入須「いいや……」

入須「そんな事は無い」

入須「あそこの植木鉢にある花、名前は知っているか」

あれは……なんだったかな。

俺は元より花の種類についてはあまり詳しく無い。

奉太郎「……すいません、あまり詳しく無い物で」

入須「あれはね、ガーベラと言う花なんだ」

入須「花言葉は、辛抱強さ」

入須「そしてもう一つは」

入須「希望」


833: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:52:02.66 ID:Bq5OdWnm0

入須「私が小さな希望を持ったのも、ここにこれが咲いていたから」

奉太郎「……そうでしたか」

奉太郎「俺はどうやら、この先あなたを恨めそうには無いです」

入須「……ありがとう」

入須「一応言っておくが、君のお姉さんを恨むなよ」

入須「この計画を考えたのは私だ、あの人は私にアイデアをくれたに過ぎない」

奉太郎「……分かっていますよ、あれでも姉貴は随分と優しい奴なんですから」

奉太郎「だから、多分後悔していると思います」

入須「……後悔? 何故だ」

奉太郎「あなたを傷付けてしまった事を、です」

入須「……それはどうかな」


834: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:52:32.74 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎「一つ、言っておきます」

奉太郎「俺はあなたより、姉貴の事を知っている」

奉太郎「なので断言できます」

奉太郎「姉貴に取って、あなたは大切な友達なんですよ」

入須「……そうか」

入須はそう呟くと、一度空を見上げた。

俺にはそれが、涙を零さない様に……している様に見えた。

入須「さて、それより」

次にそう言い、俺の方を向いたときには、先ほどまでの悲しげな表情は消えていた。

入須「君にはまだやる事があるだろう? 私と話すより大事な事が」

奉太郎「……そうですね、時間を取らせてすいませんでした」

入須「ふふ、いいさ」

入須「私はもう少し、ここで風を浴びているよ」


835: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:52:59.37 ID:Bq5OdWnm0

入須「行ってこい、まだ授業中だが……関係無いだろう?」

奉太郎「……あなたも随分と、後輩に無理をさせる人だ」

俺が最後にそう言うと、入須は小さく笑い……屋上の柵から景色を眺める。

奉太郎「入須先輩」

入須「まだ、何かあるのか?」

奉太郎「これ、お返ししますよ」

奉太郎「あなたの知り合いの、物でしょう」

俺はそう言い、先ほど古典部に落ちていたシャーペンを入須へと手渡す。

入須「……受け取っておくよ、確かに」

奉太郎「それでは、失礼します」

入須「……ああ」


836: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:53:30.85 ID:Bq5OdWnm0

~廊下~

授業中なだけあって、校舎の中は大分静かだった。

俺はそれをお構いなしに走る、屋上から廊下に降り、目的地は一番端っこだ。

走っている時は、とても長い時間だった気がする。

……もっと、早く。

そんな俺の願いが通じたのか、二年H組の札が見えてきた。

確か、千反田は一番後ろの席の筈だ。

後ろの扉から、入ろう。

俺はそう決めると、教室の後部に設置された扉の前で一度息を整える。


837: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:54:03.73 ID:Bq5OdWnm0

奉太郎(本当に、すまなかった)

奉太郎(一つも俺は、気付いていなかった)

奉太郎(他の事に関しては気付けたが、お前の事になると少し感覚が鈍ってしまう)

奉太郎(お前は多分、俺が謝れば許してくれるだろう)

奉太郎(……そういう、奴だから)

奉太郎(俺は千反田に許してもらえないほうが、幸せなのかもしれないな)

奉太郎(……行くか)

心の中で、決意を固める。

扉に手を掛け……開いた。

奉太郎「千反田!」


838: ◆Oe72InN3/k 2012/09/27(木) 22:54:30.06 ID:Bq5OdWnm0


教室中の視線が俺に集まる。

無理も無い、授業中なのだから。

千反田は教室の隅で、真面目に授業を聞いていた様だった。

俺に気付き、少しの間……目を丸くしていた。

そして俺はそのまま千反田の席まで駆け寄る。

奉太郎「……とにかく、来てくれ」

える「え、お、折木さん?」

奉太郎「早く!」

俺はそう言うと、千反田の手を取り、走り出す。

廊下に出た所で教室の中から教師の怒号が響いてきた。

……だが、関係ない。

奉太郎「走るぞ!」

える「え、は、はい!」

未だに千反田は状況を飲み込めていない様だったが……後でゆっくりと話せばいい。

とりあえず今は、ここから離れなくては。

久しぶりに握った千反田の手は、柔らかくて、しかし冷たくて。

どこか、暖かい気がした。


第26話
おわり


856: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:11:01.77 ID:r8l++/tV0

必死に走る、追ってくる奴は居なかったが……それでも、必死に走る。

昇降口から出て、校門へ。

ふと、屋上に目を移した。

入須「……」

そこにはまだ入須が居て、遠くからだったのでよく分からなかったが……笑っていた気がした。

える「……あ、あの……! おれ……き、さん!」

途切れ途切れに、千反田が口を動かしていた。

その言葉で俺は前に向き直り、千反田に言葉を返す。

奉太郎「あとで……話す!」

奉太郎「今は……とりあえず……付いてきてくれ!」

千反田は返事をしなかったが、少しだけ強く握られた手に意思を感じる。

俺が向かった場所は、自分でも良く分かっていなかった。

目的地を決めていた訳では無かったので、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

……どこか、静かに話せる場所がいい。

なら、あそこか。


857: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:11:31.66 ID:r8l++/tV0

~川沿い~

奉太郎「……はあ……はあ……」

える「だ、大丈夫ですか?」

千反田は確か前に、長距離が得意とか言っていた。

なるほど、息が余り切れていないのはそういう事だろう。

奉太郎「……すまない、ちょっと……休ませてくれ」

える「……私は、もっと走れますが」

奉太郎「……簡便してくれ」

俺はそう言い、座り込む。

える「では、ここでお話……しましょうか」

千反田は俺の右隣に腰を掛けた。

える「……授業中だったのですが、用件はなんでしょうか?」


858: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:11:58.74 ID:r8l++/tV0

奉太郎「……今回の事だ」

える「……」

奉太郎「全部、話す」

奉太郎「それからどうするか、決めてくれ」

える「……分かりました、聞きます」

それから何分も掛けて、俺がした事……入須がした事を話す。

計画は台無しになってしまったが、そんな事は言っていられないだろう。

……結局、一番傷付いてしまったのは……千反田だったか。

俺が話をしている時、千反田はずっと俺の目を見つめていた。

俺にはそれが辛く、だが目を逸らす事もしない。

そうしなければ、全てが本当に……終わってしまう気さえしていた。

話している最中でも、千反田の表情には何も変化が無かった。

……いつもの千反田では、無いか。

俺はここまで、こいつを傷付けていたのか。


859: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:12:26.77 ID:r8l++/tV0

奉太郎「……という訳だ」

奉太郎「本当に、すまなかった」

俺は語彙が少ないとは自分でも思っていない、しかし。

そう言うしか、無かった。

える「……顔を上げてください」

千反田の言葉を受け、俺はゆっくりと下げた顔を上げる。

パチン、と乾いた音が響く。

ああ、俺は。

叩かれたのか、千反田に。

える「……終わりです」

それも、そうか。

千反田が手をあげる等、ほとんどありえない。

いや、ほとんどと言うか……今、初めて人の事を叩く千反田を見た。

当然だ、このくらい……当然だろう、俺。


860: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:12:58.12 ID:r8l++/tV0

……だがやはり、苦しいな。

たった一つの言葉が、ここまで人を苦しくできるとは知らなかった。

だが、千反田は……もっと苦しかったのだろうか。

部活にも、文化祭にも来れない程に……苦しかったのだろうか。

……出来ることなら時間を巻き戻したい。

でもそれは、都合が良いにも程があるって物だ。

俺は、罰を受けなければならない。

それもまた、仕方の無い事だろう。

……だがやはり、辛いな、本当に……苦しいな。

ふと、頬に水が垂れてきた。

雨、か?

いや……空は晴れている。

と言う事は、俺は。


861: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:13:27.21 ID:r8l++/tV0

える「……泣いて、いるんですか」

そういう事か。

奉太郎「……」

千反田の方を、向けなかった。

今あいつの顔を見たら、俺は自分が情けなさ過ぎて……どうしようも無くなってしまう。

千反田の顔を見たら、俺は多分、もっと泣いてしまうから。

える「……あの」

奉太郎「……」

言葉は返せなかった。

える「あの、勘違いしていませんか?」

える「私は、今回の事は終わりと言ったのですが……」

今回の、事?

それはつまり、どういう意味だ。

……くそ、頭が上手く回らない。


862: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:13:55.00 ID:r8l++/tV0

える「あの……折木さん?」

俺はようやく、千反田の方に顔を向ける事ができた。

奉太郎「……うっ」

だがやはり、俺の予想以上に千反田の顔が近く、思わず後ずさりしてしまう。

える「……すいません、私の言い方が悪かった様です」

える「それと、頬……大丈夫ですか?」

える「勢いで、思わず……」

える「……このくらいは、許してくれますよね」

奉太郎「あ、ああ」

それはつまり、終わりという事だろうか、今回の事については。

……良かった、良かった。


863: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:15:06.16 ID:r8l++/tV0

奉太郎「……ふううう」

思わず、体から力が抜ける。

える「……私、本当に辛かったです」

える「折木さんの顔を見たら、おかしくなってしまいそうで」

える「あの様な気持ちは、初めてでした」

える「だから、部活にも……文化祭にも、行けませんでした」

える「……でも」

える「最後には、こうなりました」

千反田はそう言うと、優しく笑った。

奉太郎「本当に、悪かった」

奉太郎「お前の気持ちに気付けなくて、俺は」


864: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:15:32.52 ID:r8l++/tV0

える「もう、いいですよ」

える「最後にはちゃんと、こうなりましたから」

える「そ、それとですね。 一つ質問です」

える「さっきの話を聞いた限りだと……その」

える「私が入須さんとお話していたのも……聞いていたんですよね?」

奉太郎「まあ……そうだが」

える「なら、その……私が、折木さんの事を」

える「あの、ああ言ったのも、聞いていたんですか」

奉太郎「……そうなる」

える「……そうでしたか」

える「一緒、ですね」

その千反田の言葉の意味が、俺には分からなかったが……言う、しかないだろうなぁ。


865: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:16:02.17 ID:r8l++/tV0

奉太郎「千反田」

える「……はい」

千反田も俺の言おうとしている事に気付いたのか、俺の顔を正面から見つめる。

奉太郎「俺は、大好きな人に……酷い事をしてしまった」

奉太郎「だが、それでも伝えずにはいられない」

奉太郎「……それを言うのは、俺には許される事では無いかもしれないが」

奉太郎「けど、俺は言う」

奉太郎「その大好きな人は、お前だ……千反田」

奉太郎「俺は、千反田えるの事が」

奉太郎「好きだ」


866: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:16:31.93 ID:r8l++/tV0

内心は、もうこれ以上ないくらいに緊張していた。

……これは本当に、省エネでは無い。

たったこれだけの言葉を言うのにも、俺の想定を遥かに上回る量のエネルギーが必要だった。

……だが、気分は良かった。

気持ちを伝えるのは、気分がいい物だった。

える「……気持ちは、私の心にしっかりと届きました」

える「ありがとうございます、折木さん」

える「でも私には、まだ答えを出せ無いんです」

える「……もう少し、もう少しだけ」

える「待って貰えますか?」

奉太郎「……ああ」

える「ありがとうございます」


867: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:17:00.55 ID:r8l++/tV0

そう言った千反田の顔は、今まで見た千反田の顔のどれよりも。

綺麗で。

可愛くて。

愛おしくて。

俺は心底、こいつの事が好きなんだなと、実感した。

それから少しの間、千反田と一緒に話をしていた。

他愛の無い会話でも、嬉しかった。

千反田の一挙一動全てが、好きになれそうで。

俺は自然に笑い、千反田も笑い。

幸せとは、こういう事を言うのだろうか。


868: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:17:45.51 ID:r8l++/tV0

える「あ、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「喫茶店に、行きませんか?」

える「少し……喉が渇いてしまって」

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「じゃあ、行こうか」

える「はい! 今日は折木さんの奢りですね」

奉太郎「そうだな……好きなだけ頼めばいい」

える「ふふ、お言葉に甘えさせてもらいますね」


869: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:18:12.04 ID:r8l++/tV0

~喫茶店:歩恋兎~

喫茶店に入ると、いつもの店主が軽く会釈をしてきた。

俺と千反田はそれに軽く返すと、カウンター席に着く。

俺はブレンドを頼み、千反田はココアを頼んでいた。

いや、ココアとスコーンと、サンドウィッチ……それに

奉太郎「おい」

える「え? 何でしょうか」

奉太郎「いくら俺の奢りとは言っても……持ち合わせが足りなかったらどうするんだ」

える「ここで、お皿を洗えば……」

奉太郎「……」

える「冗談ですよ、その時は私も出します」

える「でも、折木さんのお金が無くなるまでは、私は出しません!」


870: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:18:37.73 ID:r8l++/tV0

奉太郎「……いい案だな、それは」

える「ふふ、私もそう思います」

ま、いいか。

今日くらいは、いい。

奉太郎「……そうだ、これ」

奉太郎「千反田にあげる予定だった、プレゼント」

奉太郎「受け取ってくれ」

える「これは、ネックレスですか」

える「ふふ、嬉しいです」

える「折木さんから貰ったのは、ぬいぐるみ以来かもしれません」

奉太郎「……そういえばそんな事もあったな」

える「今でもちゃんと、私の部屋にありますよ」

える「今度、来ますか?」

奉太郎「い、いや! いい!」

奉太郎「それはいい、やめておく」


871: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:19:03.73 ID:r8l++/tV0

える「そうですか……」

える「あのぬいぐるみ、どこか折木さんに似ている様な気がして、可愛いんですよ」

える「どこと無くやる気無さそうな感じが、とても」

さいで。

奉太郎「……にしても、さっきの授業だが」

奉太郎「何の授業だった?」

奉太郎「あの怒号、余り良い予想ができないんだが」

える「ふふ、数学ですよ」

える「尾道先生の授業でした」

奉太郎「……明日は、大変だな」

える「……一緒に、怒られましょう」

奉太郎「……だな」


872: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:19:48.53 ID:r8l++/tV0

える「そういえば……福部さんや摩耶花さんにも、お話しないといけませんね」

奉太郎「……ああ、そうだな」

える「私は勘違いして……お二人に、謝らなければなりませんね」

奉太郎「違う、悪いのはお前じゃない」

奉太郎「全部、俺が悪いから」

える「終わりだと、さっき言った筈ですよ。 折木さん」

える「一緒に、謝りましょう」

える「半分こ、です」

奉太郎「……分かった、そうしよう」

奉太郎「今年は、文化祭……楽しめなかったな」

える「ええ、でも……それより嬉しいことが、ありましたから」


873: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:20:22.37 ID:r8l++/tV0

奉太郎「そ、そうか。 来年は楽しめるといいな」

える「……そうですね……来年も……」

気のせい、か?

一瞬悲しい顔をした気がしたが、違う……気がしたんじゃない、確かにした。

もしかすると……いや、今はやめておこう。

奉太郎「外も、暗くなってきたな」

える「……もうこんな時間ですか」

える「そろそろ、帰りましょうか」

奉太郎「ああ、家まで送っていくよ」


874: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:21:00.38 ID:r8l++/tV0

~帰り道~

える「あの、折木さんは何故……あの時間に来たんですか?」

奉太郎「今日の事か?」

える「ええ、そうです」

奉太郎「居ても立ってもいられなくてって言った感じでな……悪いことをしたよ」

える「……今日の折木さん、謝ってばかりです」

える「私、折木さんが教室に入って来たとき」

える「……本当に嬉しかったんですよ」

える「今までの事が無かった様になる気がして、私……」

える「それで本当に、何も無かったかの様になっちゃいました」

奉太郎「……そうか」

える「何も無かった、とは違いますね」

える「折木さんの言葉が、聞けましたから」


875: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:22:08.45 ID:r8l++/tV0

奉太郎「……言わずには、いられなかったんだ」

奉太郎「千反田が話をしてくれる時って約束だったけどな」

える「いいえ、私は幸せですよ」

える「……かっこ良かったです、折木さん」

奉太郎「そ、そうか」

奉太郎「……照れるな、少し」

える「家まで送ってくれる折木さんも、かっこいいです」

奉太郎「……やめよう、恥ずかしい」

える「……そうですか、では」

える「手、繋ぎましょうか」

奉太郎「……ああ」


876: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:23:08.83 ID:r8l++/tV0

その日、俺は本当に幸せだったと思う。

千反田は答えてくれなかったが……それでも、俺には勿体無いくらいの幸せな時間だった。

いや……その日だけでは無い。

それから毎日、一週間、一ヶ月。

里志と伊原にはしっかりと頭を下げた。

里志は「やはりホータローは、力だね」等と言っていた。

伊原は「今度何かしたら許さないから!」と言いながら俺の脛を蹴って来た。

……あれは結構、痛い。

まあそれほど伊原も怒っていたのだろう。 それもまた……仕方の無い事だ。

それから毎日、いつも通りで……毎日、千反田と一緒に帰った。

段々と寒くなっていったけど、千反田と居る時は不思議と暖かかった気がする。

そして、十二月のある日。

つい、昨日の事。

冬休みまで後、一週間。

そんなある日、千反田が


877: ◆Oe72InN3/k 2012/09/28(金) 23:24:16.30 ID:r8l++/tV0






学校に、来なくなった。




第27話
おわり


891: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:40:12.34 ID:CobecYnF0

千反田が、学校を休んだ。

普通に考えれば……一日休んでも、風邪か何かを引いたのだろうと思う所だ。

しかし、どうにも嫌な感じが拭えない。

何か、何かあったのではないだろうか?

それに今日も、どうやら千反田は休んでいる様だった。

前日までの千反田は……特に変わった様子等、無かった気がする。

なんとも無い会話を四人でしていたし、具合が悪そうという事も無かった。

普通の、本当にいつも通りの千反田だった。

それが昨日と今日、学校に来ていない。

とりあえずは帰ったら、電話をしてみよう。

それで千反田に何故休んでいるのか聞けば……体調を崩したというありきたりな返事が聞けるだろう。

……そうだ、そうに違いない。

里志「ホータロー、やけに考え込んでいるね」

奉太郎「ん、ああ……ちょっとな」

そうか、俺は部室に居たんだった。

それで……里志から聞いたんだった。

千反田が学校に来ていないと言う事を。

昨日は部室に行ったが誰もおらず、今日来たら里志が居て……その事実を聞かされたんだった。


892: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:40:42.20 ID:CobecYnF0

里志「まあ、確かに珍しいよね」

里志「でもそこまで考え込む事も無いんじゃないかな?」

奉太郎「……そう、だよな」

里志「……とは言っても、僕にも少しだけ引っ掛かる事があるんだよ」

奉太郎「引っ掛かる事? 言ってくれ」

里志の情報網は意外と侮れない、俺は今……少しでも情報が欲しかった。

里志「うん、内容は勿論千反田さんの事なんだけど」

里志「どうやら、休むという事を学校側に伝えていない様なんだよ」

つまり、無断で休んでいるという事だろうか?

あの千反田が……確かにそれは、何かおかしい。

奉太郎「……そうか」

奉太郎「やはり今日、電話してみる」

里志「そうだね、それが一番手っ取り早い」

その時、部室の扉が開かれた。

俺は一瞬、千反田が来たのかと思い……顔をそっちに向ける。

摩耶花「……やっぱり、ふくちゃんと折木だけかぁ……」

なんだ、伊原か……紛らわしいな。

摩耶花「……折木、その見るからに残念そうな顔、やめてくれない?」

摩耶花「ちーちゃんが来なくて残念なのは分かるけどねぇ」

昨日もこうだった。

当の本人が居ないからといって、伊原はこの様な事を俺に言ってくる。

だが、間違っていないのがなんとも……


893: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:41:12.12 ID:CobecYnF0

奉太郎「あーあ、伊原で残念だなぁ」

摩耶花「……きっぱり言われると少しムカツクわね」

奉太郎「……すまんすまん」

伊原は本当にムッとした顔を俺に向けながら、席に着いた。

里志「まぁまぁ、二人とも仲が良いのは分かるけど……少し落ち着こうよ」

奉太郎「……誰の事を言ってるんだ」

里志「え? それは勿論、ホータローと摩耶花の事さ」

摩耶花「ふくちゃん、冗談でも言って良い事と悪い事があるって教えてもらわなかった?」

……冗談でも駄目だったのか、ちと悲しい。

里志「あはは、悪かったよ摩耶花」

里志「それと、ホータローもね」

奉太郎「別に、お前の冗談には慣れているからな」

里志「そうかい」

さて、三人集まった所でどうしたものか。

いや、三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。

何か……良い案が出るかもしれない。

奉太郎「……それで、二人は何か思い当たる事とか無いのか?」

里志「僕は、さっき言った事が引っ掛かるくらいかな」

摩耶花「それって、あれ?」

摩耶花「ちーちゃんが学校に無断で休んでるっていう」

里志「そうそう、情報が早いね」

なるほど……女子と言うのは噂話が好きとは聞いた事があるが……それも少しは役に立つと言う事かもしれない。

摩耶花「……教えてくれたのふくちゃんだけどね」

そうでもないかもしれない、やっぱり。


894: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:41:38.61 ID:CobecYnF0

奉太郎「つまらん冗談はやめてくれ」

奉太郎「伊原は、何か思い当たる事とか……無いか?」

摩耶花「うーん……」

伊原はそう言うと、腕を組み、視線を落とし、しばし考え込む。

やがて、伊原は顔を上げた。

摩耶花「関係あるかは分からないけど……」

摩耶花「昨日は、入須先輩も学校を休んだとは聞いたわね」

入須が? それは関係あるのだろうか? 俺にはどうにも……分からない。

里志「関係あるかどうかは、何とも言えないね」

奉太郎「……ふむ」

摩耶花「でも、入須先輩って学校を休む事は滅多に無いらしいわよ?」

……確か、入須は千反田が抱えている事情を知っていた筈だ。

それはつまり、そういう事なのか?

なら千反田は体調不良などで休んだのでは、無い。

明確な、何かしらの事情があって休んだのだ。

奉太郎「考えても、拉致が明かないな」

里志「やっぱり、直接電話するのが早いかな」

奉太郎「……ああ、今日の夜電話してみる」

俺がそう言うと、伊原が少し言い辛そうに口を開いた。

摩耶花「……実は昨日、私電話したんだ」

奉太郎「千反田にか?」

摩耶花「それ以外誰が居るって言うのよ」

ごもっとも。


895: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:42:07.93 ID:CobecYnF0

里志「それで、千反田さんは何て?」

摩耶花「……駄目だった」

奉太郎「駄目だったとは、どういう意味だ」

摩耶花「繋がらなかったのよ、誰も電話に出なかった」

誰も?

……電話に出れない状態だったのか?

奉太郎「……そうか」

里志「何だろうね、あまりいい予感は出来ないかな」

確かに、それはそうだが……口にはあまり出して欲しくなかった。

奉太郎「やはり、千反田と話すのが一番手っ取り早いな」

奉太郎「伊原は電話したのは昨日だろ? なら今日は俺が掛けてみる」

奉太郎「それでもし繋がれば、全部分かるだろ」

摩耶花「……うん、そだね」

里志「了解、任せたよ……ホータロー」

奉太郎「……ああ」

もし、出なかったらどうしようという考えは俺の中に不思議と無かった。

……その時は、そうなってしまったら……その時に考えればいいだけの事だ。

とりあえずは今日の夜、一度電話してみよう。

それで何とも無い会話をして、明日千反田は学校に来る。

それを俺は望んでいた。


896: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:42:39.00 ID:CobecYnF0

~折木家~

そろそろ、電話を掛けよう。

あまり遅くなってしまっては向こうが迷惑だろうし、今は夕飯時……居る可能性も高い。

受話器を取り、千反田の家の番号を押す。

一回……二回……

コール音が十回程鳴ったところで、俺は受話器を置いた。

駄目だ、やはり伊原の言うとおり……電話は繋がらない。

しかし……これで、諦めていいのだろうか。

明日、里志と伊原と会い、やはり電話は繋がらなかったと……言って終わりでいいのだろうか?

それでは、今までの俺の繰り返しでは無いか。

少し前に千反田を酷く傷付けた俺と、一緒ではないか。

なら……俺が取る行動は、一つしか無い。

奉太郎「……少し、出かけてくる」

供恵「最近夜遊びが多いわね、お姉さん心配よ」

奉太郎「……すぐに戻るから、ごめんな」

供恵「……あんたが素直だと少し気持ち悪いわね」

奉太郎「じゃあ、行って来る」


897: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:43:06.98 ID:CobecYnF0

そう姉貴に言うと、俺は家を出て自転車に跨った。

これなら、千反田の家まではすぐだ。

風呂にはもう入っていたが……必死で漕いだせいか、冬だと言うのに汗が気持ち悪い。

……そうか、もう冬になっていたのか。

冬休みまでは後少し……俺は何故か、今年が終わる前までに……何か大きな事が起きそうだと思っていた。

いや、思っていたというのは訂正しよう。 確信していた。

今までの事を繋げれば……俺には何が起きているのか、分かっていたのだ。

だが、まだだ。

何故、それが今起きているのかが……俺には分からなかった。

千反田が無断で休んだと言う事は、それが始まった事を意味する。

……何故、このタイミングだったのか。

恐らく、多分。

千反田は近い内に俺に例の話をしてくれるだろう。

しかしそれが分からない。

俺の予測が当たっていれば、それは今で無くても良かったのだ。

いや、むしろ……もっと早く、千反田は言うべきだったのだ。

考えろ、千反田の家まではもう少し。

それまでに、答えが出るかは分からないが……思い出すんだ。

やがて、長い下り坂に差し掛かる。

俺は漕ぐのを止め、今までの事を考える方に集中した。

奉太郎「考えろ、思い出せ……一字一句、繋がる筈だ」


898: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:43:36.98 ID:CobecYnF0

気付けば下り坂は終わりを迎え、ゆっくりと視界に千反田の家が見えてくる。

……俺は、答えを出せなかった。

こんな感じは初めてだった。

ヒントは確実に揃っている、しかし……いくら考えても答えが出る気がしなかったのだ。

それはもう……直接、聞くしか無いのかもしれない。

しかし俺はある事に気付いた。

結局、俺は千反田がただの病気では無いと……感じている事に気付いたのだ。

千反田の家が段々とでかくなっていく。

俺はそこで違和感を覚える。

通常なら……この時間、家族で夕飯を食べているか、談笑しているか。

あるいはそれが無い家庭でも、家の明かりはついている。

誰かしらが家には居る筈だ。 そうでは無い家も確かにあるかもしれないが……千反田の家はそういう家の筈。

しかし俺が今見た千反田の家には、それが無かった。

俺はようやく千反田の家の門前に着くと、どこか人気のある場所は無いか探す。

だが、いくら見回してもそれを見つけられない。

奉太郎「……誰も、居ないのか」

そんな、何故誰も居ないんだ。

……俺はあの日、里志にある事を聞いた。

沖縄に行き、三日目の夜。

千反田と伊原が花火をしていた時の事だ。

俺は里志にこう聞いたのだった。


899: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:44:04.09 ID:CobecYnF0

奉太郎「里志、スイートピーの花言葉って分かるか?」

それに対し、里志はこう答えた。

里志「色々あるよ、でも一番有名なのは【別離】かな。 別れの花として有名だね」

そう、里志はそう言ったのだ。

その時だった、俺が嫌な推測を立ててしまったのは。

千反田は時間が無いと言っていた。

そしてスイートピー。

あの日、映画館に二人で行った日……千反田は俺に花言葉は知っているかと聞いてきた。

その二つを繋げると、千反田に待っているのは……別れ。

何故そんな事を千反田が言ったのかは分からない。

だが、それが今だとしたら?

千反田の家がもぬけの殻と言うのも……納得が行ってしまう。

これで終わりなのだろうか。

これで……俺と千反田は、終わってしまうのだろうか。

……いや。

そんな事はありえない。

絶対にありえないんだ。

千反田はこうも言っていた。

必ず、俺にその話をしてくれると。

……俺はその千反田の言葉を信じる。

誰が何と言おうと、例え俺の姉貴に言われても。

里志や伊原に言われても。

あの入須に言われても。

もう、終わりだと告げられても……

俺は、千反田の言葉を信じる事にした。


900: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:44:30.06 ID:CobecYnF0

~三日後~

あれから一度も、千反田は学校に来なかった。

毎日電話をしたが……とうとう繋がることは無かった。

古典部の空気は大分暗く、気安い場所では無くなってしまっている。

だが俺は、毎日古典部へと足を運んでいた。

前触れも無く、千反田が来ると思っていたから。

そして今日も……俺は古典部へと足を向けていた。

すれ違う生徒の声が、ふと耳に入ってくる。

「そういえば、今日来てたらしいよ」

「え? 来てたって誰が?」

「H組のあの子、名前はなんだっけかな」

「あ、もしかしてあの有名な子?」

「そうそう、その子」

……

……

それは、千反田の事だろうか?

俺はそいつらにそれを聞こうと振り返るが、既に姿は無かった。

どこかの教室に入ったのかもしれないし、階段を使ったのかもしれない。

くそ、呆けていたのが失敗だった。

気付くのがもう少し早ければ、聞き出せていたのに。

それより! あいつが来ているのか?

なら、今は放課後……来るとしたら、あそこしかない。

そう思い俺は古典部へと向け、進む速度を上げる。


901: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:45:03.80 ID:CobecYnF0

~古典部~

扉を開けると、里志と伊原が居た。

俺が一番居て欲しかった千反田は……居なかった。

奉太郎「……よう」

里志「ホータローも、噂を聞いたのかい?」

噂……それは、つまりあの事か?

奉太郎「千反田が、来ていたという奴か」

里志「そう、それだよ」

里志「僕と摩耶花もね、それを聞いて急いで来たんだけど……どうやら遅かったみたいだ」

奉太郎「……元々、ただの噂だろ」

奉太郎「最初から来ていない可能性だって、ある」

そうだ、俺は多分……良い様に解釈して、里志や伊原も俺と同じように噂話に流されていたんだ。

摩耶花「……それは無いわ」

……伊原がここまで言い切るのは、少し珍しい。

奉太郎「何故、そう思う」

摩耶花「これよ」

そう言い、伊原が手に取り俺に見せたのは……一枚の手紙だった。

いや、手紙と言うには少し文字の量が少なすぎる。

メモ、と言った所だろう。

奉太郎「……それは、千反田が書いたのか?」

摩耶花「間違いないわ、私……ちーちゃんの字は良く覚えているから」

摩耶花「私とふくちゃんもう読んだ、次は折木の番」

摩耶花「……はい」

奉太郎「……」

俺は黙ってそれを受け取った。

そこに、書いてあった内容は……


第28話
おわり


903: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:46:12.90 ID:CobecYnF0

俺は伊原からメモを受け取り、目を通した。

そこにはいかにも千反田らしい、達筆な字でこう書いてあった。

『すいません、この様な形での挨拶となってしまいまして。』

『私は、本当に感謝しています』

『何度も私の気になる事を解決してくれて』

『私の事を、助けてくれて』

『今日の夜22時、約束のお話をします』

『あの場所で、待っています』

誰に宛てた物なのか、誰が書いた物なのか書いていないのは……多分、あいつが純粋に忘れていただけだろう。

……そういう奴だ、千反田は。

そして俺は……認めたくなかった。

こんなの、今日で終わりと言っている様で、認めたくなかった。

里志「どうするんだい、ホータロー」

奉太郎「……どうするって、何がだ」

摩耶花「あんたね、これちーちゃんが折木に宛てた物よ」

摩耶花「あの場所ってのは私達には分からないけど、あんたには分かるんでしょ」

奉太郎「……宛名が書いていない以上、決められんだろ」

里志「はは、ホータロー」

里志「いくら君でもね、それは少し……ね」

里志「僕も、さすがに怒るよ。 それは」

そう言われても、俺は……俺は!

摩耶花「……本気で言ってるの、折木」

……くそ。


904: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:46:51.73 ID:CobecYnF0

奉太郎「仮に、それが俺に宛てられた物だとしよう」

摩耶花「あんた……!」

里志「摩耶花、いいよ。 続きを聞こう」

奉太郎「……それは、俺が考える事だろ」

奉太郎「お前らには……関係無い」

本当にそんな事、思っている訳ではなかった。

……それは言い訳か、どこかで少しでも思っていたから……口に出てしまったのだろう。

里志はもう言う事が無いと思ったのか、視線を俺から外し、外を見ていた。

摩耶花「……折木」

摩耶花「これだけは言って置くわ」

摩耶花「……ちーちゃんは」

摩耶花「ちーちゃんは……私の友達だ!」

摩耶花「お前に……! お前に関係無いなんて言われる筋合いは無い!」

奉太郎「……」

こんな、こんな伊原を見るのは初めてだった。

ここまで感情を昂ぶらせ、激昂している伊原を見たのは……


905: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:47:21.44 ID:CobecYnF0

摩耶花「……あんたしか、居ないでしょ」

摩耶花「悔しいけど、あんたしか居ないのよ」

摩耶花「ちーちゃんを幸せにできるのは、折木だけなんだよ」

奉太郎「……まだ、千反田が不幸になるとは決まった訳じゃない!」

摩耶花「……っ!」

里志「ホータロー」

ふいに里志が、視線を変えず俺に声を掛けてきた。

里志「君も分かっているだろう?」

里志「千反田さんが学校を休み」

里志「そして今日、部室にメモを置いて行った」

里志「……何かが、何か良くない事が起きている事くらいは」

里志「僕や摩耶花にも分かる事なんだよ」

奉太郎「……そうか」

里志「今日はもう、帰ってくれないか」

里志「これ以上、今は君の顔を見たく無い」

奉太郎「……すまなかったな」

里志は明らかに怒っていた。

……それも、無理は無いか。

俺は最後にそう言い、部室を去る。

今日の、夜22時か。

……どうするか、だな。


906: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:47:47.44 ID:CobecYnF0

~折木家~

時刻は既に、20時を回っている。

だがどうにも俺は、行く決心が付いていなかった。

……会えば、そこで終わってしまう。

なら会わなければ?

それもまた、終わってしまうだろう。

なら……なら俺はどうするべきなのか。

そして果たして、俺が千反田に会いに行く事で……あいつは幸せになれるのだろうか。

その事が一番、俺を引き止めていた。

俺が最後の約束を破り、千反田に嫌われてしまえば……そっちの方が、あいつにとっては良い事なのかもしれない。

……ああ、そうか。

あの時の千反田は、こういう気持ちだったのか。

あいつは俺に嫌われたかったと言った事があった。

その気持ちは、今の俺には痛いほど良く分かる。

……理解するのが、遅すぎた感は拭えないが。

そんな事を自室のベッドの上で考えていたとき、急に扉が開いた。

供恵「電話よ、里志君から」

奉太郎「……せめてノックしてから開けろ」

供恵「それはそれは、申し訳ございませんでした」

そんな冗談を言っている姉貴から受話器を奪い取り、耳に当てた。


907: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:48:14.18 ID:CobecYnF0

奉太郎「……里志か」

里志「……やっぱりね、まだ家に居ると思ったよ」

里志「ホータロー、少し話をしようか」

奉太郎「……ああ、分かった」

里志「君は、今日行かないつもりなのかい?」

奉太郎「……まだ、分からない」

里志「いつまで決めあぐねているんだい?」

里志「君を待ってくれる程、時間はゆっくり動きやしないよ」

奉太郎「分かってる!」

奉太郎「……俺にもそのくらいは、分かっている。 だが……」

里志「……はあ」

里志「ホータローはさ、こう考えているんじゃないかな」

里志「今行ったとして、それは千反田さんにとって幸せなのか? とね」

奉太郎「……」

里志「沈黙は肯定と受け取るよ」

里志「やっぱりホータローは、優しすぎる」

やっぱり、とはどういう意味だろうか。

前に里志が言っていたの確か。

奉太郎「前と言っている事が違うぞ」

奉太郎「お前は俺を優しく無い、と言っていた気がするが」

里志「ああ、沖縄の時に言った事かな?」

奉太郎「そうだ、お前は確かに俺の事を優しく無いと言っていた」

里志「それは違う、僕が言いたかったのはね」

里志「自分に関して、だよ」

奉太郎「……自分に、関して?」

里志「そうさ、君は自分に対して優しく無さ過ぎる」

里志「それはつまりね、周りの人に対して優しいって事だよ」

奉太郎「……そんな事は」


908: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:48:40.45 ID:CobecYnF0

里志「あるよ」

里志「今ホータローはさ、千反田さんにとって一番幸せになれる事は何か、って考えているね」

里志「そして今ホータローが取ろうとしている行動さえも間違いだけど……」

里志「それはね、ホータロー自身に厳しすぎる選択だよ」

里志「……少しはさ、優しくなった方が良いと思うよ」

奉太郎「……本当に、そう思うか」

里志「ああ、断言できる」

里志「君は今日、会いに行くべきだ」

里志「僕から言えるのはこれだけだね、後はホータロー自身が決める事」

里志「でも今日、もし行かなかったら……」

里志「その先は、やめておこうか」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「伊原には、悪いことをしてしまったな……」

奉太郎「今度ちゃんと、謝るよ」

里志「それは今日、ホータローの行動によるね」

里志「君が片方の選択を取れば、謝る必要は無い」

里志「だがもう一つの選択を取れば、しっかり摩耶花には謝って、仲直りして欲しいかな」

奉太郎「……ああ、分かった」

奉太郎「里志」

里志「ん? まだ何かあるのかい」

奉太郎「その、ありがとな」

里志「はは、ホータローから素直にお礼を言われるとは、僕もまだまだ捨てた物では無いかもしれない」

里志「それじゃあ、そろそろ失礼するよ」

奉太郎「……またな」


909: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:49:08.02 ID:CobecYnF0

そう言い、電話を切る。

……俺は、自分に甘えていいのだろうか。

今すぐ、会いたい。

千反田の顔が見たい、手を繋ぎたい。

声が聞きたい、笑顔が見たい。

そんな感情に、甘えていいのだろうか。

俺は一度、リビングへ行きコーヒーを飲む。

そして、ソファーに寝そべる姉貴に向け、一つの質問をした。

奉太郎「なあ」

奉太郎「例えばの話だが」

奉太郎「一人は会いたいと思っていて、もう一人にとっては……会わない方が幸せかもしれない事があったとする」

奉太郎「そんな時の事なんだが、会いたいと思っている人間が姉貴だった場合……どうする?」

供恵「何それ、何かの心理テスト?」

奉太郎「真面目に答えてくれ」

供恵「はいはい、可愛い弟の頼みだからね」

供恵「私だったら、会いに行くよ」

奉太郎「何故? もう片方はそれで不幸になるんだぞ」

供恵「それはさ、片方が勝手に思っている事じゃない?」

勝手に、思っている?

供恵「だったら会うまで分からないじゃない、それが良い方に出るか悪い方に出るかなんて」

供恵「それにね、片方にとっては会わない方が確実に不幸になるんでしょ?」

供恵「そしてその行動は、相手にとって不幸になる事かもしれない」

供恵「ならさ、会うしかないでしょ」

……はは、これはおかしい。

俺は勝手に、千反田が不幸になると思っていたのか。

全部、俺が勝手に思っていた事。

随分と俺は……俺と言う人間を過大評価していたのかもしれない。

……馬鹿なのは、俺だったか。


910: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:49:41.83 ID:CobecYnF0

奉太郎「……参考になった、ありがとう」

供恵「……なら良かった」

供恵「外は寒いからね、暖かくして行きなさい」

奉太郎「……全く、どこまで分かってるんだよ」

供恵「なあにー? 何か言った?」

奉太郎「いいや、なんでもない」

奉太郎「……行って来るよ、俺」

供恵「ふふ……良い選択よ、奉太郎」

時間は……21時。

まだ、間に合う。

約束の時間は22時……大分早いが、行こう。

それは多分、少なくとも俺にとっては幸せな選択だ。

……最後くらい、自分に甘えてもいいよな。

姉貴の言う通りにシャツを何枚か重ねて着る、上からコートを羽織り、俺は外に出た。

……うう、確かにこれは寒い。

雪でも、降るのでは無いだろうか。

時間はまだあるな、歩いて向かおう。

あの場所というのは……まあ、あそこだろうな。


911: ◆Oe72InN3/k 2012/09/29(土) 22:50:12.66 ID:CobecYnF0

~公園~

俺は千反田との約束の場所に着き、缶コーヒーを一本買う。

そしてベンチに座り、それをゆっくりと口の中に入れた。

冬の空気と言うのは、少し好きだ。

どこか新鮮な感じがして、心が透き通る感じがするからだ。

コーヒーをもう一度口の中に入れ、ゆっくりと飲み込む。

缶コーヒーはあまり好きでは無いが……今日のは少し、美味しかった。

10分……程だろうか。

約束の時間まではまだ結構あったが、足音が一つ近づいてくるのが分かった。

それは俺が一番会いたかった人で、一番会いたくなかった人なのかもしれない。

……これもまた、千反田の気持ちと一緒か。

こんな、最後の最後になってようやくあいつの気持ちが分かるなんて、やはり俺は馬鹿だった。

だがまだ、まだ終わった訳じゃない。

俺の選択が良い方に出るか、悪い方に出るか、それはまだ決まった訳じゃないんだ。

だから、俺は足音の方へと顔を向ける。

……予想通りの人物が、そこに居た。

奉太郎「……久しぶりだな」

える「……そうですね、随分と長い間、会っていなかった気がします」


第29話
おわり


927: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:40:10.76 ID:eVP4bQtW0

える「隣、いいですか?」

奉太郎「ああ」

千反田はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。

奉太郎「……今日は、寒いな」

える「そうですね、今日はこの冬で一番の冷え込みらしいですよ」

奉太郎「なるほどな、それなら納得だ」

える「……あの」

える「もう少し、そちらに行ってもいいですか?」

奉太郎「……ああ」

すると、すぐ横に千反田を感じた。

本当に、すぐ近くに……

える「これで少しは、暖かいです」

奉太郎「……それは良い案だ」

える「……ふふ」

俺と千反田は本当に自然と、どちらからと言う事も無く、手を繋いでいた。

千反田の手はとても、暖かかった。

奉太郎「もうすぐで今年も終わりだな」

える「ええ、早い物です」

える「ついこの間、折木さんに会ったばかりの様な気がします」

奉太郎「……そうだな、俺もそう思う」

辺りは静かだった。

車や人通りはほとんど無く、時折……公園の周りに植えられている木が風に吹かれ、ざわざわと音を立てているだけだった。

える「あの時は本当に、びっくりしました」

奉太郎「……閉じ込められていた奴か?」

える「ええ、そうです」

える「思えばあれが、最初でしたね」


928: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:40:56.72 ID:eVP4bQtW0

最初、か。

千反田の気になる事を解決した……最初の事件。

……事件と言うには少し大袈裟か。

奉太郎「半ば無理やりだったけどな」

える「そんな、酷いですよ……私、とても気になって仕方なかったんですから」

奉太郎「……まあ、それだけじゃ終わらなかったけどな」

える「ふふ、そうですね」

える「本当に色々ありましたからね、沢山……」

える「全部、折木さんが解決してくれました」

奉太郎「解決って程の事でも、無いだろ」

える「折木さんにとってそうでなくても、私にとってはそうなんですよ」

そういうもんか、解決という言葉の方こそ……大袈裟かもしれない。

える「いっぱい、お話しましたね」

奉太郎「そうだな、本当にいっぱい話した」

奉太郎「……これからも、だろ」

える「……」

俺のその言葉に、千反田は答えない。

える「……私の事、お話しましょうか」

奉太郎「……」

今度は俺が、答えられなかった。

その話を避けようと、俺はベンチを立つ。

奉太郎「何か、飲むか」

える「折木さんの奢りですか? それなら是非」

そう言い、千反田は笑った。

……ああ、こいつの笑顔を見るのは随分と久しぶりな気がする。


929: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:41:36.60 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「奢りだ、寒いしな」

理由になっていない理由を述べると、俺は自販機で紅茶を二本買った。

コーヒーでも良かったが、何故か少し……紅茶を飲みたくなった。

奉太郎「熱いから、気を付けろよ」

える「はい、ありがとうございます」

千反田に紅茶を一本手渡し、再びベンチに腰を掛ける。

俺が座り直すことで、千反田との間に少しの距離が出来ていた。

える「では、頂きますね」

それをこいつは、構う事無く再び埋める。

奉太郎「……ああ」

横から缶を開ける音がして、俺もそれに合わせて缶を開けた。

ゆっくりと、紅茶を口に入れる。

……やはり、俺にはコーヒーの方が向いているかもな……と思わせる味だった。

える「おいしいです、寒いから尚更、ですね」

奉太郎「……俺にはやはり、紅茶は向いていないかもしれない」

える「……私にコーヒーが向いていないのと、同じですね」

奉太郎「ある意味では、そうかもな」

える「……ふふ」

そのままゆっくりと、時間は過ぎて行く。

俺はずっと、永遠にこのまま一緒に居たかった。

……だが、さすがにそうはいかない。


930: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:42:06.58 ID:eVP4bQtW0

える「それでは、私のお話……聞いてくれますか」

ああ、とか、分かった、とか……肯定をとにかくしたくなかった。

しかし、それでも……聞かなくては、ならないだろう。

……そうだ、聞いてから答えればいい。

答えを、出せばいいだけの話じゃないだろうか?

ならまずは、聞かなければ。

奉太郎「……話してくれ」

俺がそう言うと、千反田はゆっくりと口を開いた。

える「まず、どこからお話すればいいんでしょう……」

それを俺に聞くか、全く本当に、千反田はどこまでも千反田だ。

奉太郎「最初からでいい、時間はあるだろ?」

える「ええ、大丈夫です。 最初からお話します」

そして千反田は一つ咳払いをし、再び口を開く。

える「まず、春の事です」

える「皆で遊園地に行った時……その時の事は覚えていますか?」

奉太郎「ああ、覚えている」

奉太郎「確か……泊まりで行ったな」

える「ええ、そうです」

える「そして私は、途中で帰ったのを覚えていますか」

奉太郎「……ああ」

あの時はそう、千反田が家の事情とやらで……一足先に帰った筈だ。

……そうか、あの時が始まりだったのか。


931: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:42:58.86 ID:eVP4bQtW0

える「私が家の電話で知らされたのは……父が、倒れたとの事でした」

える「そして私は、家に帰り……病院へと向かいました」

える「お医者さんが言うには……」

える「もう、目を覚ますことが無いかもしれない、との事でした」

……そんな、そんな事があったのか。

奉太郎「あの日の夜、確か俺はお前を呼び出したな」

奉太郎「……すまなかった」

える「いえ、折木さんが来てくれて、嬉しかったですよ」

奉太郎「そう言って貰えると助かる」

奉太郎「……それと最近、学校を休んでいたのは何があったんだ?」

える「……父の容態が急変したんです」

える「それで、病院にずっと居ました」

える「折木さんにはお伝えしようか、悩んでいたんです」

える「でも、やはり言えなくて……すいませんでした」

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「お前が最近学校を休んでいた理由は分かった」

奉太郎「……それで、その後は」

える「……ええ」

える「何ヶ月経っても、父は目を覚ましませんでした」

える「その間、千反田の家には家を纏める者が居なかったのです」

える「そして、やがて親戚同士で話し合いが行われました」

える「……内容は、噛み砕いて説明しますね」

奉太郎「……少し、予想は付くかな」

える「次の千反田家の頭首は、という物でした」


932: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:43:27.15 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「なるほど、それで話し合いの末に決まったのは……」

える「ええ、私です」

える「……当然と言えば、当然だったのかもしれません」

奉太郎「……だが、その話は何故ここまで黙っていた?」

奉太郎「確かにお前の父親が倒れたのは……あまり、言いたくは無かったと思うが」

奉太郎「そこまで黙秘する理由が、あったのか」

千反田は再度、咳払いをした。

繋がっていた手が、少し……強く握られていた気がする。

える「……はい、ありました」

える「折木さんは、回りくどいのは好きでは無かったですよね」

える「ですので、簡単に伝えます」

える「私は、父の後継者として学ぶ事が沢山あるんです」

える「学校では習えない、事です」

奉太郎「……どういう事だ」

千反田は、少し間を置き……口を開く。

える「私は今年いっぱいで、神山高校を辞めます」

何を言っているのかが、理解できなかった。

単語の一つ一つさえ、組み立てられず……文にならない。

ゆっくり、ゆっくりと単語同士を繋ぎ合わせる。

そして、俺は全て理解した。


933: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:44:04.11 ID:eVP4bQtW0


千反田が時間が無いと言っていたのも、意味深に花言葉の話を出したのも。

スイートピーの花言葉は、別離。

……なんだ、笑えるくらいそのままではないか。

しかしそれを、すぐに受け入れろと言うには……ちょっと今の俺には無理かもしれない。

奉太郎「……お前には、母親も居るだろう」

奉太郎「それでは、駄目なのか」

千反田は首を振り、答えた。

える「駄目なんです」

える「こう言ってはあれですが……母親は純粋な千反田家の者ではありません」

える「余所者に任せる訳には……いかないんです」

はは、やはり……住む世界が違うな。

俺には到底、理解が出来ない世界だろう。

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「だが、何故それを今になって言ったのか……その答えにはなっていないぞ」

える「……それは」

える「私が、高校を辞めると言ったら……自惚れかもしれませんが、皆さんは悲しんでくれると思うんです」

える「そんな顔は、見たくありませんでした」

える「最後まで、最後までいっぱい遊ぼうと思っていました」

える「でも……気付いてしまったんです」

える「私は、折木さんの事を好きなんだな、と」


934: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:44:44.70 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「……」

千反田は、ちょくちょく俺の方を向くと笑顔になっていた。

それがどうしようも無く辛く見え、しかし俺には声を掛ける事さえできなかった。

そんな俺の思いには気づかず、千反田は続ける。

える「そして、思ったんです」

える「……折木さんに嫌われれば、後を濁さずに去れるのでは無いかと」

奉太郎「……それで、あんな事をしたのか」

える「はい、そうです」

える「でもそれは、間違いでした」

える「……私は弱いですから、意志の強さが」

える「折木さんの顔を見たら、嫌われるのが嫌になっちゃったんです」

とても、とても悲しそうに笑っていた。

俺は……俺には。

何も、出来ないのだろうか。

奉太郎「俺は!」

奉太郎「お前の事を嫌いになんて、絶対にならない!」

奉太郎「だから、だから……もっと楽しそうに、笑ってくれ」

える「……ふふ、ありがとうございます」

千反田は一度、紅茶を口に含んだ。

それをゆっくりと飲み込むと、話を続ける。

える「この間の、お返事がまだでしたね」


935: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:45:11.84 ID:eVP4bQtW0

える「私も、好きです」

える「折木さんの事が、好きです」

える「他の女性の方と遊んでいるのを見るだけで嫉妬しちゃうくらいに、好きです」

える「折木さんと夜に会ったり、電話でお話した次の日も気分が良い位に、好きです」

える「折木さんの全てが、好きなんです」

える「……でも」

える「ごめんなさい」

何もかも、元通りにならないだろうか。

全て、無かった事に。

俺はゆっくりと夜空を仰ぐ。

冬の風が、痛い。

空を見上げると、ゆっくりと……何かが舞い落ちてきた。

……雪、か。

今日は寒かったからな。

それが俺の顔に辺り、溶けて行った。


936: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:45:43.35 ID:eVP4bQtW0

奉太郎「……雪、降ってきたな」

える「……ええ、そうですね」

奉太郎「……寒いな」

える「……はい」

奉太郎「……千反田と居る時は、暖かかった」

奉太郎「……でも今は、少し寒いな」

える「……泣いているんですか」

……どうやら俺も、大分涙脆くなってしまったのかもしれない。

俺は自分が泣いているなんて事は思わなかった、雪が溶け、そう見えるだけなのだろうと。

……でも、千反田が言うからには……俺は泣いているのだろうな。

える「……折木さん」

千反田の声は、今までに無いほど弱々しかった。

その声は確かに俺の耳に届き、ゆっくりと千反田の方に顔を向ける。

振り向くと、やはり千反田の顔は俺のすぐ傍にあり。


937: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:46:12.41 ID:eVP4bQtW0

いや、今までよりももっと、近くにあって。

そのまま……千反田は俺の唇に、自分の唇を重ねていた。

実際にはとても短い間だったのかもしれないが、俺にはそれがとても長く感じた。

やがて、千反田は離れていく。

える「……お別れのキスは、少ししょっぱいんですね」

奉太郎「……そうか」

これで本当に、終わりか。

本当に、全部。

……いや、まだだろう。

まだ、まだだろう、俺。

お前には、言うべき事がまだあるだろう。

全部、全部を良い方向に向ける、一言が。

千反田の顔を見て、言えばいいんだ。

後、一年待ってくれるか、と。

千反田の人生に、俺を巻き込んではくれないか、と。

お前の人生を、俺に手伝わせてくれないか、と。

……一緒に、一緒にずっと歩こう、と。

そう言えば、全てが良い方向に行くだろ、俺。


938: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:46:58.45 ID:eVP4bQtW0

……だが、状況は最悪を極めていた。

何が最悪なのかと言うと……

俺はここ数年、自分でもいつからかは分からないが、モットーを掲げてきていた。

そのモットーとはつまり、やらなくてもいいことなら、やらない。 やらなければいけないことなら手短に。

そんな、そんなモットーが俺に一つの考えをよぎらせてしまった。

それはつまり。



これは、本当にやらなければいけない事なのだろうか?



その考えがもたらすのは、最悪だった。

口を開いて、言葉を言おうにも……口が開かない。

言おうとしても、邪魔されて言えない。

たった……たった一言、一緒に居ようと言うだけで、全部良くなると言うのに。

どうにも、どうにも俺は言えなかった。

そして……

える「……そろそろ、行きますね」


939: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:47:26.23 ID:eVP4bQtW0

千反田はそう言い、ベンチから腰を上げる。

俺もそれにつられ、腰を上げた。

公園を出て、千反田は再び俺の方に振り向く。

える「本当に、今までありがとうございました」

える「私はとても、幸せでしたよ」

える「大好きです、折木さん」

える「それでは」

える「……さようなら、折木さん」

奉太郎「……ああ」

千反田は、また……とは言わなかった。

明確に、さようならと……別れの言葉を俺に告げた。

段々、段々と千反田の姿が小さくなっていく。

道路の脇に植えられた木の枝に雪が付き、その間を歩く千反田の後姿はとても、綺麗だった。

まるで桜道を歩いているような、そんな錯覚さえも覚えた。

千反田の姿はどんどんと小さくなり、もう少しで見えなくなってしまいそうな時に。

ふと、千反田が振り返った。


940: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:47:56.37 ID:eVP4bQtW0

……そうか、俺は本当に、どうしようもない馬鹿だ。

なんで、なんでそんな簡単な事も分からなかったのだろう。

俺は今まで、何をしてきたんだ。

自分を思いっきり、殴り倒してしまいたい。

千反田の顔は、はっきりと見えた。

その、今にも泣き出しそうな顔を見て、俺は全てに気付いたのだ。

……千反田は、待っていた。

俺が、さっき言おうとして言えなかった言葉を言ってくれるのを。

ずっと、待っていたんだ。

しかし、もう俺の声は千反田には届かない。

走って行くにしても、どうにも足が動かない。

やがて……千反田は再び歩き出し、俺の視界から……居なくなっていた。

……全部、終わったんだ。


941: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:48:25.45 ID:eVP4bQtW0

俺はもう一度、先ほどのベンチに腰を掛けた。

泣くなよ、全部終わっただけではないか。

そうだ、これこそが省エネではないか。

俺が、折木奉太郎が望んでいた事ではないか。

……全部、最初に戻っただけだ。

千反田の笑顔も、泣き顔も、悲しんだ顔も、全部。

今まであいつと話した時間も、手を繋いだ時間も、一緒に遊んでいた時間も、全部。

俺があいつに好きだと言った事も、あいつが俺に好きだと言ってくれた事も、全部。

全部……

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部


942: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:49:14.23 ID:eVP4bQtW0

無くなった、だけではないか。

そう思い、瞼を一瞬強く下ろした。

再び目を開けた俺に見えたのは、どこまでも灰色で……地球の果てまで行っても灰色しかなさそうな、世界だった。

なんだ、こんな事か。

……なんだよ、たったこれだけの事、今までずっと見ていたじゃないか。

見慣れた、光景ではないか。

……駄目だ。

いくらそう考えようとしても、駄目なんだ。

……俺には、千反田が必要だ。

しかし、それはもう遅すぎる……手遅れだ。

省エネ主義なんてくだらない事さえしていなければ、こんな大きなツケが回って来る事も無かった。

……帰るか。

俺はそう思い、ベンチから腰を上げた。

公園を出て、家に向かう。

……これから一年、いや……死ぬまで。

随分と、長い時間となりそうだな。


943: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:50:04.96 ID:eVP4bQtW0

しかし、そんな俺にも一つだけ希望があった。

……希望と言うには少し大袈裟かもしれないが、確かに希望があったのだ。

それは、公園の周りに植えられた木や、雑草の中で。

一輪だけ植えられた、ガーベラの花だった。

それはもしかすると、ただの夢だったかもしれない。

俺が物事を前向きに捕らえようとして、勝手に見た妄想だったのかもしれない。

だが、俺はそれでも確かに見たんだ。

しっかりと、綺麗に咲いているガーベラの花を。


第30話
おわり

最終章
おわり


945: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:51:16.58 ID:eVP4bQtW0

それからは本当に、灰色の毎日だった。

俺はついに……全てを終わらせてしまったのだ。

冬休みが明け、今日は登校日。

歩く学生達は皆、新年を迎えたという事で爽やかな顔をしていた。

それに俺は何も感じない、ただ、元気な奴らだな……と思うだけだった。

教室に行き、先生の話を聞く。

里志と伊原には既に説明をしてあった。

伊原は泣きじゃくっていたし、里志にしても俺が今までほとんど見たことの無い、泣き顔を見せていた。

始業式が終わり、午前中の内に放課後となった。

……H組には一通り目を通したが、当然、千反田の姿は無かった。

俺は結局、する事も無く古典部へと足を向ける。

そして、古典部の扉に手を掛けると、ゆっくりと開く。


946: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:51:45.60 ID:eVP4bQtW0

そこには、一人の女子が居た。

黒髪は背中まで伸びていて、体の線は細い。

そいつはゆっくりと振り返る。

イメージに反して、目は大きかった。

それは……そいつは。

奉太郎「……千反田?」


947: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:52:13.65 ID:eVP4bQtW0


しかし、その言葉を発したのと同時に……全てが泡のように消えた。

窓際になんて誰も居ないし、俺に振り向く人も居ない。

奉太郎「……そうか、そうだよな」

俺はそのまま、ゆっくりといつもの席に着いた。

やがて……伊原と里志も部室に顔を出し、いつもの席に着く。

里志「……なんだか、少し広く感じるね」

奉太郎「……そうかもな」

摩耶花「……それに、なんか静かすぎ」

奉太郎「……そう、だよな」

奉太郎「……席、一つ空いちゃったな」

里志「……うん、そうだね」

摩耶花「……今年の古典部、何すればいいのか分からないよ」


948: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:53:09.74 ID:eVP4bQtW0

やはり、駄目だ。

……くそ、また俺は泣いてしまいそうになっている。

この涙脆さは、あいつから移ってしまったのだろうか。

……最悪の、プレゼントだな、全く。

そんな事を思っていた時だった。

……ふと、気配を感じる。

それは伊原や里志も一緒の様で、全員が扉に視線を釘付けにしていた。

薄っすらとだが……人影が見える。

俺はこの時、何故かこう思った。

あの時咲いていたガーベラは、俺の妄想ではなく……実際に咲いていたんだ。

力強く、咲いていたんだ。

何故そう思ったのかが分からない程急に浮かんできた考えだった。

そして、古典部の扉はゆっくりと、少しずつ、開かれて行った。


第30.5話
おわり




949: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:53:41.93 ID:eVP4bQtW0

以上で第30.5話、おわりとなります。

そして本日を持ちまして

奉太郎「古典部の日常」

は完結となります。


950: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 13:55:10.63 ID:eVP4bQtW0

最初から見て頂いた方も、途中から追いついてくれた方も、本当にありがとうございました。

皆さんの乙や感想の一言がとても励みになりました。

長いような短い間でしたが、お付き合い頂きありがとうございます。


979: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:39:46.61 ID:eVP4bQtW0

台風ガガガ

残りがまだ少しだけあるので……少し本編に関係あるお話を投下します。

最後の最後、える視点からの物となります。

本編終わってからの補足話で申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください。

それでは5分ほど時間置きまして、投下致します。




981: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:46:30.44 ID:eVP4bQtW0

私は、待っていました。

折木さんの言葉を、優しい言葉を。

左右に植えられている木は、雪が積もり……まるで、桜の様でした。

……これからは、私は一人で歩かなければなりません。

どんなに気になる事があっても、自分でなんとかしなければならないのです。


982: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:47:26.96 ID:eVP4bQtW0

……

最後に一度だけ、私は振り返りました。

折木さんは未だに、私の事を見ていて……

私もそれに気付き、できるだけ楽しそうに、折木さんに笑顔を向けます。

……そして、前に向き直り、私は一歩一歩進みます。

折木さんは最後まで、私の望んでいた言葉を言ってくれる事はありませんでした。

ですが、それもまた……折木さんらしくて、素敵です。


984: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:48:53.71 ID:eVP4bQtW0

……ああ、もう、振り返れません。

今日は、泣かないと決めたのに。

最後の別れくらいは、元気な千反田えるで居ようと思っていたのに。

でもそれも、ばれなければ問題ありません。

今振り返ってしまったら、全部、折木さんには分かってしまうでしょう。

なので私は振り返りません。

……やっぱり、しょっぱいですよ。 折木さん。


985: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:49:45.89 ID:eVP4bQtW0

涙は、いくら歩いても止まることがありませんでした。

……そうでした、私は何故、言葉を待っていたのでしょうか。

自分から、私から言えば、それで良かったのでは……無いでしょうか。

でも、もう遅いです。

私はもう、歩いてしまっているから。

振り返る事も、立ち止まる事も、もうできないかもしれないです。

それでもやっぱり私は、折木さんの事が大好きです。


986: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:50:13.06 ID:eVP4bQtW0

絶対に、絶対にこの思い出は忘れません。

例え何年経っても、何十年経っても、私の心の中で生き続けます。

……それくらいなら、許されてもいいですよね。

その思い出は、足枷なんかではなく、私を強くしてくれる、立派な力なのですから。

ふと、風が後ろから強く吹いてきました。

私はそれに、自然と振り返ってしまいます。


987: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:51:04.06 ID:eVP4bQtW0

……ふふ、やっぱり私は、意志が少し弱すぎるかもしれないですね。

そして、私の視界には既に……折木さんの姿はありませんでした。

私は再び前に向き直り、まだ雪が舞い落ちて来ている空を眺めます。

真っ暗な空から、白い雪がチラチラと散っていて、とても幻想的な光景でした。


988: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:51:37.00 ID:eVP4bQtW0

える「……でも、ちょっと寒いです」

私は独り、そう呟くと足を再び動かします。

ゆっくり、ゆっくりと。

……さあ、これからは忙しくなりそうです。

気持ちを、どうにか切り替えましょう!

……私、頑張りますよ。 折木さん。

なのでどうか、折木さんも頑張ってください。

いつか、いつかもう一度……会えると信じて。


989: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 16:52:33.70 ID:eVP4bQtW0

以上で終わりです。

今度こそ、奉太郎「古典部の日常」は完結となります。

本当に、本当にありがとうございました。


992: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/30(日) 16:57:49.49 ID:H/qUcFrE0

乙!


993: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) 2012/09/30(日) 17:09:41.97 ID:NUS5hWLAO



998: ◆Oe72InN3/k 2012/09/30(日) 17:50:07.14 ID:eVP4bQtW0

本当に、本当に今までありがとうございました。

次回作

える「古典部の日常」

も是非宜しくお願いします。

この記事へのコメント

- 名無しさん - 2012年10月23日 12:14:01

最後の最後で駄作だったな。

- 名無しさん - 2012年10月23日 21:19:30

駄作とまでは言わないが、正直個人的には残念だった。

- 名無しさん - 2012年10月25日 12:17:06

つづきはよ

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