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奉太郎「古典部の日常」 1

2: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:33:56.93 ID:mVZBQuHy0

季節は春、具体的に言うと四月。

古今東西どこへ行っても、入学式や卒業式、俗に言う出会いと別れの季節である。

しかし、進級しただけの俺、折木奉太郎には特に関係が無い事であった。

つまり、高校二年生になった俺には。

そんな事を思いながら、部室に行く。

俺が属する部活は古典部、部員は四人ほどいる。

【省エネ】をモットーとする俺が何故、古典部にいるかと言うと……それすら説明するのが億劫になってしまう。

まあ、何はともあれ、俺の日常はこんな感じだ。

そんな誰に話しかけているのかも分からない内容を頭の中で回転させ、扉を開ける。

奉太郎「なんだ、千反田、もう居たのか」

える「はい! こんにちは、折木さん」

こいつは千反田える。

里志に言わせれば、結構な有名人らしい。

ああ、里志というのは……

里志「お、今日はホータローも来てたんだね」

こいつの事だ。

名前は福部里志。

これでも俺とは結構な付き合いで、世間一般で言う友人、という物だろう。

奉太郎「ああ、少し気が向いてな」


3: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:34:39.55 ID:mVZBQuHy0

里志が来たという事は、恐らくあいつも来るであろう。

摩耶花「ふくちゃん、ちーちゃん、お疲れ様ー」

摩耶花「あ、なんだ、折木も居たんだ」

俺の事をおまけみたいな扱いをしてくるこいつは、伊原摩耶花。

小学校からの付き合いで、腐れ縁という奴だろう。

奉太郎「居て悪かったな」

ふう、とにもかくにも、これで古典部は勢ぞろい、という訳で。

える「皆さん揃いましたね」

奉太郎「揃ったとしても、やることなんてないだろう」

我ながらその通り、何しろ目的不明の部活である。

摩耶花「やる事があっても、どうせ折木はやらないじゃん」

奉太郎(間違ってはいない)

里志「それがね、やる事があるんだよ、実は」

里志がこういう顔をする時は、大体よくない事が起こる、主に、俺にとって。

奉太郎「はあ」

それを短い溜息として表す。

える「福部さん、やる事とはなんでしょうか?」

摩耶花「あー、もしかして……あれ?」

伊原はどうやら、既に話を聞いてるらしい。

里志「そ、さすが摩耶花は勘がいいね!」


4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/09/06(木) 21:35:26.20 ID:mVZBQuHy0

える「なんでしょう、なんでしょう、気になります!」

奉太郎(気になりません)

千反田の気になりますにも、大分早く突っ込みをできるようになってきた気がする。

里志「これだよ、遊園地のチケット!」

里志「親がくじ引きで当てたんだけど、忙しくて行けないから友達と行ってこいって、渡してくれたんだよね」

える「遊園地ですか! 行ったことなかったんですよ」

まあ、そうだろう、千反田が行った事が無くても不思議では無い。

奉太郎(しかし、俺もあんま記憶に無いな……最後に行ったのは幼稚園の時だったか)

摩耶花「え? ちーちゃん、遊園地に行ったことないの?」

える「はい! 一度行ってみたかったんです!」

あー、まずいな、と思う。

これは断るのが難しい……かもしれない。

里志「それなら良かった、行くのは今度の日曜日でいいかな?」

える「日曜日でしたら大丈夫です、行きましょう!」

摩耶花「うん、私も日曜日は空いてる」

奉太郎「残念だ、日曜日はとても忙しい」

主に、家でごろごろするのに。

える「そうなんですか? 折木さん」

える「日曜日は忙しいんですか?」

千反田が顔を近づけ、聞いてくる。


5: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:35:56.71 ID:mVZBQuHy0

奉太郎(こいつ、俺の予定は常に空いてるのを知ってて言ってるんじゃ……)

すると横から伊原が口を挟む、いつもの光景だ。

摩耶花「ちーちゃん、折木に予定が入ってる日なんてある訳無いでしょ」

里志「まあホータローにも色々事情があるんじゃない? 行けないなら行けないで仕方ないよ」

奉太郎(なんだ、珍しく里志が引いてるな)

そう、いつもなら何かと理由を付け、結局は俺も参加……という流れなのだが、今日は少し違った。

える「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」

里志「今度機会があったらって事で、残念だけどね」

摩耶花「いいよいいよ、三人でも楽しいでしょ」

何か気になるが、いいだろう。

奉太郎(行かなくていいならなによりだ)

結果に少々満足し、本に目を移す。

里志「あー、それはそうとさ、ホータロー」

それを狙ったかの様に、里志が話しかけてきた。

奉太郎「なんだ」

里志「今日さ、僕たちは別々に来ただろ? 学校に」

奉太郎「そうだな、お前が朝、委員会の仕事があるとかなんとか」

里志「うんうん、それでね、朝会ったんだよ」

奉太郎「会ったって、誰に」

里志「……ホータローの、お姉さん」


6: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:36:27.40 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「姉貴が帰って来ているのか!?」

奉太郎(まずいことになった、さては里志の奴……)

なるほど、里志は最初からこれを知ってた訳だ、それを踏まえて俺に言ってきた、という事か。

嫌な奴。

里志「それでね、遊園地の事を話したんだけど」

里志「そうしたら、さ」

里志「「あいつはどうせ暇だから、居ても家でごろごろしてるだけだから、連れていってあげてー」ってね」

里志「だけど、そんなホータローに予定が入っていたなんて残念だよ」

里志「後でお姉さんにも報告をしておかないとね」

奉太郎「待て」

奉太郎「今思い出したが、予定なんて入ってなかった」

奉太郎(そんな事が姉貴の耳に入ったら、何をさせられるか分かったもんじゃない)

里志「え? そうなの? 無理をしなくていいんだよ?」

わざとらしい里志。

摩耶花「そうそう、折木の「用事」の方が大事でしょ」

ニヤニヤしながら言うな、こいつめ。

える「そうですね……無理をなさらないでください、折木さん」

何か最近、千反田もこういう流れが分かってきているような気がする。

勿論、思い過ごしだと思いたいが。

奉太郎「いやー、日付を一週間勘違いしていた。 次の日曜日は暇でしょうがない」

いつの日曜日も暇だが、それに突っ込みを入れる奴もいないだろう。

里志「そうかい、じゃあホータローも参加、という事で」


7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/09/06(木) 21:37:00.25 ID:mVZBQuHy0

里志はとても満足そうな顔をして言った。

える「それは良かったです! 楽しみですね、折木さん!」

摩耶花「……強がり」

伊原が何か最後に言っていた気がするが、気にしないでおく。

里志「これで全員参加だね。 よかったよかった」

奉太郎(全く良くは無い)

里志「それで、ね」

里志「今日は、その日の準備や計画をしようと思ってるんだ」

奉太郎「たかが、遊園地だろ」

奉太郎「適当でいいんじゃないか?」

そう、たかが遊園地、予定なんて。特にいらないと思う。

摩耶花「はぁ、折木なんも分かってないね」

摩耶花「行くとしたら、バスか電車でしょ? それの時刻も調べなきゃだし」

摩耶花「遊園地が開く時間とか、閉まる時間も調べないといけないでしょ」

奉太郎(さいで)

える「でも、確かに何時からやっているんでしょう」

える「思いっきり楽しむ為にも、朝は早くなりそうですね!」

すると里志が、巾着から携帯を取り出す。

里志「ちょっと待っててね、今調べちゃうから」

奉太郎「ん、携帯でそこまで調べられるのか」

里志「これは携帯じゃなくてスマホだよ、ホータロー」

奉太郎「似たようなもんだろ」


8: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:37:35.93 ID:mVZBQuHy0

里志「分かってないなぁ、ホータローは。 ……えっと、朝の10時からやってるみたいだね」

持ってない奴からしたら同じだろう、しかし、持って無い奴の方が珍しいかも知れない。

える「営業時間は何時までやっているんでしょうか?」

里志「うん、えーっと」

里志「夜の10時って書いてあるかな」

摩耶花「12時間かぁ、大分楽しめそうだね」

奉太郎(正気か!? 12時間いるつもりか!?)

える「今からとても楽しみです! そこの場所でしたら、バスで1時間程でしょうか?」

里志「そうだね、丁度、僕たちの最寄駅から直行のバスが出てるみたい」

摩耶花「それなら朝は8時30分くらいに学校の前! でいいかな?」

と、ここで水を差す。

奉太郎「各自、別々に行って、遊園地前で集合でいいんじゃないか」

摩耶花「そんな事したら、あんた何時に来るか分かったもんじゃないでしょ」

奉太郎(確かに、ごもっとも)

里志「はは、じゃあ集合時間は8時30分! 場所は学校の前って事で!」

える「了解です! 後は、他に決めることはありますか?」

里志「そうだねぇ」

すると里志は、何か含んだ言い方で続けた。

里志「……そういえばさ」

里志「次の月曜日って休みじゃない?」

える「次の月曜日……そうですね、祝日ですので」

里志「じゃあ泊まりで行こうか!」

おい、ふざけるな。


9: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:38:17.48 ID:mVZBQuHy0

ただでさえ三日しかない休みの内、二日も動いて過ごせと?

冗談じゃない。

とは言えず、もっともらしい意見を述べてみる。

奉太郎「おいおい、泊まるにしてもホテルとかどうするんだ」

里志「その辺は抜かり無し! 」

里志「どうやら、このチケットにはホテルも付いているんだよ」

里志「日帰りでもいいらしいけど、皆はどっちがいいかな?」

なんと言うことだ、全く。

摩耶花「じゃあ、泊まりで行きたい人!」

える「はい!」

里志「はーい」

奉太郎「……」

伊原の何か悲しい物を見る眼で見られると、さすがの俺も、ちと悲しい。

摩耶花「……日帰りで行きたい人」

奉太郎「はい」

即答、だがそれに返す伊原も即答。

摩耶花「じゃあ、泊まりでいこうか」

奉太郎(はあ……)


10: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:38:53.83 ID:mVZBQuHy0

里志「これで、大体の予定は決まったね。 時間もできたし、大分ゆっくりできそうだ」

える「そうですね! 今日の夜、寝れるか心配です」

奉太郎(まだ木曜日だぞ!? 行く頃には千反田、倒れているのではないだろうか)

里志「じゃ、準備とかは各自で済ませておくとして……今日は解散しようか?」

える「分かりました、もう大分日も暮れてきてますしね」

千反田の言葉を聞き、腕時計に目をやる。

奉太郎(いつの間にか、もう17時か)

奉太郎「よし、帰ろう」

摩耶花「あんた、今の一瞬だけやる気出てたわね……」

奉太郎「気のせいだ」

確かにそれは気のせいだ、日帰りがいい人の挙手の時だってやる気はあった。

里志「あはは。 じゃあ僕は摩耶花とこの後、買い物に行かないといけないんだ」

里志「という訳で、お先に帰らせてもらうね」

と言いながら、既にドアに手を掛けている。

奉太郎「じゃあなー」

止める必要も特にないし、友人を見送る。

摩耶花「折木、あんた日曜日ちゃんと来なさいよ、遅刻しないでね」

おまけで、伊原も。

奉太郎(親にしつけられる小学生の気分が少し分かった気がする)

える「はい、では、また明日!」

残された部室には、俺と千反田。

奉太郎(千反田と二人っきりになってしまった)

奉太郎(と言っても、もう生徒はほとんど帰っている)

奉太郎(今から、例の気になりますが出たとしても、明日には持ち越せそうだな)


11: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:39:33.13 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「じゃあ、俺たちも帰るか」

える「はい!」

える「……あ」

千反田が口に手を当て、何かを思い出した仕草を取る。

奉太郎「ん? どうした」

える「鞄を教室に置いたままでした」

こいつはしっかりしているが、どこか抜けている所もある、そんな奴だ。

える「取ってくるので、折木さんはお先に帰っていてください。 すいません」

奉太郎「いや、昇降口で待ってるよ」

奉太郎(待ってる分には無駄なエネルギーを抑えられるしな)

える「そうですか、では私は一旦教室まで行くので、また後で」

奉太郎「ああ」


~階段~

奉太郎「今日は疲れたな」

奉太郎「座っているだけだったが……」

「……でさー」

奉太郎(あれは、漫研の部員達か?)

奉太郎(男子トイレから出てきた? 何をやってたんだか)

奉太郎(まあ、どうでもいいか)

千反田が居たら、ほぼ、気になりますと言っていたであろう。

だが幸い、今は千反田が居ない。

今日はつくづく運が悪いと思っていたが、そうでもないかもしれない。


12: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:39:58.82 ID:mVZBQuHy0

~昇降口~

奉太郎(遅いな、あいつ)

える「折木さーん!」

奉太郎(優等生が廊下を走っている、中々に面白い)

える「すいません、教室に鍵が掛かっていまして、職員室まで取りに行っていたら遅れてしまいました」

奉太郎「いや、気にするな」

奉太郎「待ってる分には、疲れないしな」

と伝えると、千反田は幾分か嬉しそうな顔をした。

える「……はい!」

える「では、帰りましょうか」



~帰り道~

える「……折木さんは」

若干言いづらそうに、俺の方に顔を向けてきた。

奉太郎「ん?」

える「折木さんは、遊園地は楽しみではないのですか?」

そういう事か、まあ内心、ほんの少しでは楽しみでは……あるかもしれない。

奉太郎「……疲れる事はしたくないからな」

える「そう、ですか……」

千反田は悲しそうにそう言うと、黙りこくってしまう。

奉太郎「でも、まあ」

える「?」

奉太郎「たまには、悪くないかもしれない」


13: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:40:24.59 ID:mVZBQuHy0

える「それなら、良かったです!」

奉太郎「良くはないが……」

ああ、全くもって良くはない。

良くも悪くも無い、つまり普通。

える「……ふふ」

お嬢様らしく、上品に笑うと、千反田は嬉しそうに前を向いた。

奉太郎(……ま、別にいいか)

える「あ、折木さんの家はあちらでしたよね」

いつの間にか、家の近くまで来ていた様だ。

奉太郎「ああ、そうだな」

える「では、ここで失礼します」

える「また明日、学校で」

奉太郎「ん、気をつけてな」

える「……はい!」

奉太郎(一々、ニコニコしながらこっちを見るな……全く)

.............

時が経つのは早いとは言うが、あっという間に金曜日が終わり、既に土曜日の夜になっていた。

楽しい時間はすぐに過ぎるとはよく言ったものだ。

俺は、楽しい等と思ってはいないと思うが……

とにもかくにも、現在は土曜日の夜7時。

準備が丁度終わり、リビングでゆっくりと無為な時間を過ごしている所だ。

見ていた時代劇も終わり、CMに入ったところで電源を切る。

奉太郎(コーヒーでも飲むか)

と思い、台所へ足を向ける。

すると突然、電話が鳴り響いた。

周りを見渡すが、他に出てくれる人など居ない。


14: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:41:42.08 ID:mVZBQuHy0

奉太郎(姉貴は部屋にでもいるのか、くそ)

奉太郎(にしても、誰だ、こんな時間に)

傍から見たら、面倒くさそうに受話器を取る。

奉太郎「折木ですが」

向こうから聞こえてきた声は、俺の見知った人物の物であった。

える「折木さんですか? こんばんは」

奉太郎「あ、こんばんは」

急に挨拶をされ、思わず挨拶を返してしまう。

奉太郎「千反田か、何か用か?」

える「えっと、今からお会いできますか?」

奉太郎(今から? 外に出るのは御免こうむりたい……)

奉太郎「えーっと、用件が全く飲み込めないんだが」

える「あ、すいません! お渡ししたい物があるんです」

奉太郎「明日どうせ会うだろう、その時でいいんじゃないか?」

える「いえ、今でないとダメなんです!」

こうなってしまうと、断るのにも中々エネルギー消費が著しい。

仕方ない……が、家から出るのは如何せん回避したい。

奉太郎「……分かった、だが家から出るのが非常に面倒くさい」

える「それなら丁度よかったです、今から折木さんの家に行くつもりでしたので」

さいで。


15: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:42:10.07 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「そうか、じゃあ待ってる」

える「はい!」

そう言うと千反田は電話を切った。

自転車で来れば、結構すぐに着くだろう。

と言っても20分、30分程は掛かるだろうが。

そして俺は元々の目的のコーヒーを淹れ、再びテレビを付ける。

テレビでは「移り変わる景色」等といって、世界の情景等を流していた。

それを見ながらコーヒーを啜る。

そうして又も無為な時間を過ごす。

奉太郎(幸せだ)

最後の景色が映し終わり、番組は終了した。

ふと、時計に目をやると、時刻は20時30分。

奉太郎(電話したのが、確か19時くらいだったか……?)

奉太郎(ってことは、1時間30分経っているのか?)

奉太郎(何をしているんだ、あいつは)

と思った所で、狙い済まされたかの様にインターホンが鳴る。

俺は若干固まった体を動かし、玄関のドアからのそのそと顔を出す。

そこには、予想通りの人物が顔を覗かせていた。

える「あ、折木さん! こんばんは」

奉太郎「随分と遅かったな、何かあったのか?」

える「何か……という程の事ではないのですが、自転車がパンクしてしまいまして」

自転車がパンク? それは不幸な事で……というか。

奉太郎「お前、歩いてきたのか?」

える「ええ、体力には自信があるんです!」

いやいや、体力に自信があっても、結構な距離、ましてや夜だ。


16: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:44:22.00 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「はあ、まあいい」

奉太郎「用件ってのは、なんだったんだ」

える「そうでした、えっと」

おもむろに、バッグに手を入れ、物を取り出した。

える「これです!」

これは……

奉太郎「お守り?」

える「はい!」

奉太郎「これを届けに、わざわざきたのか」

える「ええ、今日の内に渡したかったんです」

える「遠くに出かけるので、是非!」

遠くと言うほどの遠くではないだろう。

いや、こいつにとっては遠くなのかもしれないか。

というか、だ。

これなら別に明日でも構わなかったんじゃないだろうか。

その疑問を、言葉にする。

奉太郎「明日でも良かったんじゃないか? これなら」

える「いえ、その」

える「福部さんと摩耶花さんには、秘密で……内緒で渡したかったんです」

千反田は少し恥ずかしそうにそう告げると、口を閉じた。

ああ、こいつはそんな事の為にわざわざ家まで来たというのか、歩いて、一時間半も。

顔が少し熱くなるのを俺は感じた。


17: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:44:54.72 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「……そうか、ありがとうな」

える「いえ、本当は金曜日に渡せればよかったんですが」

える「ご利益があるお守りも、手に入れるのは難しいんですよ」

奉太郎「すまないな、わざわざ」

える「気にしないでください、私が急に押しかけた様な物ですから」

全く、なんだと思えばお守り一個とは。

まあ、嬉しくないと言えば嘘になる。

える「では、私はこれで帰りますね、また明日、お会いしましょう」

と言い、千反田は再び歩き出そうとする。

奉太郎(これは俺のモットーには反しない……やらなくてはいけない事、だ)

奉太郎「千反田」

後ろ姿に声を掛けると、すぐに千反田は振り返った。

奉太郎「その、送って行く、家まで」

千反田から見たら、俺は随分と変な顔になっていただろう、多分。

える「え、悪いですよ、そんな」

奉太郎「今から歩いて帰ったら大分遅い時間になるだろ、危ないしな」

頭をボリボリと掻きながら、そう告げる。

千反田は少し考えると、笑顔になり、答えた。

える「……では、お願いします」

奉太郎「……ああ」

さすがに、歩いて行くのは遠すぎる。

そう思い、自転車を出し、千反田に後ろに乗るように促した。


18: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:45:30.82 ID:mVZBQuHy0

える「二人乗りですね! 少し、やってみたかったんです」

奉太郎(なんにでも好奇心があるのか、こいつは)

千反田を後ろに乗せ、家に向かう。

道中は特にこれと言って、会話という会話は無かった気がする。

気がする、というのも変な言い方だが、俺もどうやら緊張していた様だ。

覚えていないのは、仕方ない。

楽しい時間はすぐに過ぎる……等言ったが、あの言葉は概ね正しいのかもしれない。

千反田の家には、思いのほか早く着いた。

える「折木さん、ありがとうございました」

奉太郎「いや、こっちこそ、お守りありがとな」

千反田は優しそうに笑うと「では、また明日」と言い、家の中に入っていった。

俺はそのまま、まっすぐ家に帰るつもり……だったのだが、どうにも気分が乗らず公園に寄る。

この公園というのも、神山市では随分と高い位置に設置されており、景色は結構な物だ。

滑り台に座り溜息を付くと、神山市の夜景を眺めた。

先ほど家で見た「移り変わる景色」程では無いが、中々に美しかった。

俺は、何故か心に少し残るモヤモヤを洗い流せないかとここに来たのだが……どうやら数十分経っても、消えそうには無かった。

第一話
おわり


20: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:46:42.64 ID:mVZBQuHy0

第二話

どうにも寝心地が悪く、目が覚めた。

時計に目をやると、時刻は5時。

奉太郎「なんだ、まだ5時か……」

今日は8時30分に、学校の前で集合の予定となっている。

それもそう、遊園地に古典部で遊びに行く、という里志の粋な計らいによって、だ。

奉太郎(二度寝したら、寝過ごしそうだな)

そう思い、ベッドからのそのそと這い出る。

奉太郎(少し早い気もするが、仕度するか)

洗面所に行き、寝癖を流し、歯を磨き、顔を洗う。

朝飯にパンを一枚食べ、コーヒーを飲む。

大分時間を使ったと思ったが、時刻はまだ5時30分であった。

奉太郎(後3時間もあるな……どうしたものか)

着替えを済ませると、外に出た。

柄にも無く、少し散歩でもしようと思い至ったからである。

奉太郎(さすがに、まだ朝は寒い)

まだ薄っすらと暗い空の下、目的地も無く歩いた。

20分ほどだろうか、神社が視界に入ってくる。

奉太郎(特に頼む事など無いが、寄ってみるか)

長い階段を半ば程まで上ったところで、若干後悔したが。

一番上まで到達し、息が少し上がる。

ふと、人が居るのに気付いた。

奉太郎(あれは……)

すると、そいつがこちらに振り向く。


21: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:47:08.92 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「千反田か」

千反田はどうやら、少し驚いた様子。

無論、俺も多少驚いた。

一呼吸程の間を置くと、こちらに向かってきた。

える「折木さん、おはようございます。 どうしたんですか?」

奉太郎「少し早く起きすぎてしまってな、ちょっと、散歩を」

える「ふふ、珍しいですね」

奉太郎「里志風に言うと、世にも珍しい散歩する奉太郎って所か」

える「い、いえ! 折木さんも、お参りとかするんだな、と思っただけです」

奉太郎「いや、たまたま寄っただけだ」

奉太郎「お参りって程でも無い」

える「そうですか、では少し、お話しませんか?」

特にこれといってする事が無かったので、丁度いい。

奉太郎「ああ、じゃあ公園にでも行くか」

える「はい!」


~公園~

公園に入ったところで、千反田が口を開いた。

える「ここの公園、私……好きなんですよ」

奉太郎「そうなのか、俺も別に嫌いではないな」

そう言いながら、自販機に小銭を入れる。

温かいコーヒーを買い、続いて紅茶を買う。

奉太郎「お礼といっちゃなんだが、おごりだ」


22: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:47:38.86 ID:mVZBQuHy0

と言って千反田に紅茶を渡すと、千反田は熱そうにそれを両手で往復させていた。

える「ええっと、お礼……というのは?」

奉太郎「昨日のお守り、飲み物一本で釣り合うとは思えんがな」

奉太郎「また今度、何か渡すよ」

そう言うと千反田はベンチに座りながら、答えた。

える「いえ、大丈夫ですよ。 お気持ちだけで」

俺は「そうか」と言い、千反田の横に座る。

公園の時計によると、現在は6時を少しまわった所だ。

ところで、この公園というのも随分と辺境な場所にあり、知っているのは好奇心旺盛な小学生くらいだろう。

……無論、俺が知っているのは里志に教えてもらったからだが。

神山市を朝日が照らす。

千反田がこちらを向き、嬉しそうに言う。

える「私、この景色が好きなんです」

える「朝早く起きたときは、いつもここに来ているんですよ」

そう言う千反田の瞳は、太陽の光が反射し、眩しかった。

奉太郎「そうか、俺は夜景が好きだな」

もっとも、朝日を見るのにここまでわざわざ来ることが無いというのが1番の理由だ。

奉太郎「でも、綺麗だなぁ」

える「はい、今度、夜景も見に来てみますね」

その後は少しだけ雑談をして、千反田は仕度があるので、と言って帰っていった。

まあ、女子ならば色々と準備に時間がかかるのだろう、良くは分からん。

俺もそのまま家に戻り、後は時間が来るまで、ぼーっとしていた。

ぼーっとしすぎて、集合時間に遅れそうになったのは笑えなかったが。


23: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:48:04.26 ID:mVZBQuHy0

~バス~

そんなこんなで、今はバスに揺られている。

横で里志が、外に見える景色について様々な雑学を披露しているのを聞き、目を瞑る。

そうやって何も考えずにしているだけで俺は充分に幸せなのだが、里志が唐突に声を掛けてきた。

里志「そういえば、ホータロー」

奉太郎「……ん」

里志「ホータローってさ、遊園地の乗り物、楽しめるのかなって思ったんだけど」

里志「どうなのかな?」

奉太郎「まあ、それなりには楽しめるんじゃないか」

奉太郎(俺も人並みには楽しめるだろう、恐らく)

すると伊原が、後ろから突然話しかけてくる。

摩耶花「折木って、アトラクションを楽しめそうにないよね」

失礼な奴だ、全く。

それを口に出して反論しようとしたが……

える「折木さん!」

今にも食ってかからん、といった距離まで千反田が顔を近づけてきた。

奉太郎「な、なんだ」

俺が若干引くも、千反田は更に距離を詰め、パンフレットを指差しながら言う。

える「私、このジェットコースターという乗り物が……」

える「気になります!」

さいで。


24: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:48:31.75 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「気になるなら乗ればいいだろう」

里志「はは、確かにそうだね、じゃあ最初に行こうか?」

摩耶花「私はちょっと怖いけど……いいよ、賛成」

える「ありがとうございます。 折木さんも行きますよね?」

ああ、参ったな。

俺は乗らないつもりだったんだが、どうやらこの流れだと全員で乗ることになりそうだ。

別に俺は、絶叫系という奴が苦手という訳ではない。

だけど、ジェットコースターは如何せん……


~遊園地~

里志「うわあ、さすが、すごかったね」

える「わ、わたし、ちょっと怖かったです」

摩耶花「私も怖かった……でも、すごかったね」

里志「あれ、ホータローは?」

奉太郎「すまん、ちょっと気持ちが悪い」

如何せん俺は、酔うのだ。

摩耶花「ええ、あんたジェットコースターでも酔うの?」

奉太郎「わ、悪かったな」

里志「ホータロー……」

哀れみの目で俺を見るな。


25: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:49:02.94 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「……すまん、少し休ませてくれ」

える「折木さん、大丈夫ですか?」

摩耶花「もー、しょうがないわね」

なんとも情けない。

俺が既に帰りたくなっていると、遠くからパレードらしき音が聞こえて来る。

里志「おわっ! なんだあれ? ちょっと行ってくる!」

里志はどうやら、そっちに更なる興味を惹かれ、パレードへ向かって走っていった。

摩耶花「ちょ、ちょっとふくちゃん!」

伊原もそれを呼び止めようとし、無理だと悟ると追いかけようとするが、俺と千反田を見て一瞬躊躇う。

その一部始終を見ていた千反田は言った。

える「大丈夫ですよ、摩耶花さん、折木さんは私が見ていますので」

摩耶花「う、うん……ごめんね、ちーちゃん、折木」

奉太郎「……いいから早く行って来い、里志が迷子になる前に」

それを聞くと、伊原は申し訳なさそうな顔を再度こちらに向け、里志の後を追って行った。

奉太郎「すまんな、千反田」

える「いえ、私の方こそ、無理やり乗せてしまったみたいで……」

こいつは、人を責めると言う事をしない。

だからたまにそれが、辛く感じてしまう。

しかし、それもこいつのいい所ではあるのだろう。

それからはしばらく木陰で休み、千反田が飲み物やらを用意してくれたお陰で、すっかりと体調はよくなった。


26: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:49:29.37 ID:mVZBQuHy0

俺が「もう大丈夫だ」と千反田に言うと、何故か千反田は幸せそうに笑った。

起き上がり、礼を言う。

える「いえいえ、とんでもないです」

える「それより、福部さんと摩耶花さんと、合流しましょう」

ふむ、そうだな、合流しよう。

どうやって?

奉太郎「そうだな、じゃあどうやって合流しようか」

千反田もようやく合流する方法がない事に気付いたのか、若干気まずそうに言う。

える「ええっと……探しましょう!」

という訳で、俺と千反田は里志と伊原を探すことになった訳だが……

える「折木さん! あの乗り物に乗ってみたいです! 私、気になります!」

える「折木さん! あのぐるぐる回っている物はなんでしょうか? 私、気になります!」

える「折木さん! あそこは何を売っているのでしょうか? 私、気になります!」

える「折木さん!」

こんな具合で、目的はすっかりと入れ替ってしまっていた。

だが、千反田もいざ乗る前となると「折木さん、大丈夫ですか?」と聞いてくるので、かなり断り辛い。

まあ、酔うのはジェットコースターくらいで、問題はないのだが。

奉太郎(しかし)

奉太郎(これはもしかして、デートという奴になるのか)

それを意識しだすと、なんだか妙に恥ずかしい。

千反田は全く気付いていない様子だ。


27: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:50:09.06 ID:mVZBQuHy0

える「折木さん、次はあそこに行きましょう!」

ま、別にいいか。

ただ、二人でコーヒーカップに乗ったときは、かなり恥ずかしかった。

奉太郎「それにしても」

奉太郎「本当に初めてだったんだな、遊園地」

える「ええ、見るもの全てが気になってしまいます!」

奉太郎(それは、良かったです)

散々動いたせいか、少し腹が減ってきた。

気付けば太陽は頂上を通り越している。

なるほど、腹が減る訳だ。

奉太郎「千反田、どこかで飯を食べないか?」

える「そう、ですね。 私もお腹が減ってきてしまいました」

奉太郎「決定だな、どこか近くの店に入ろう」

える「はい!」

俺は辺りを見回し、ファミレスらしき建物を見つけた。

奉太郎「あそこにするか」

ファミレスに入ると、店内は結構な賑わいをかもしだしている。

席に案内され、千反田と一緒に腰を掛ける。

奉太郎(何を食べようか)

メニューを見ながらどれにするか悩む。

千反田はというと、とても真剣にメニューを見ていた。

奉太郎(そこまで必死に見なくても、メニューは逃げないぞ)

奉太郎(に、しても)

「それでさ、あれはそう言う訳であそこにあるんだよ! 分かった?」

「へえ、そうなんだ。 じゃあ、あれは?」

奉太郎(後ろがやけに騒がしいな)


28: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:50:40.68 ID:mVZBQuHy0

と思いつつ後ろに視線を向けると、何やら見慣れた後頭部。

そしてその、後頭部を持った人物の向かいに座っている奴が声をあげた。

摩耶花「あれ? 折木?」

後頭部も気付いたのか、こちらを振り向く。

里志「ホータローじゃないか! こんな所で何をしているんだい」

あのなぁ。

える「あれ? 福部さんに、摩耶花さん!」

摩耶花「ちーちゃんも! 変な事されなかった?」

最初に聞くのがそれなのか、納得できん。

里志「あはは、ごめんね。 ついつい見たいものがありすぎて」

奉太郎「千反田が乗り移りでもしたか」

奉太郎「ま、別にいいさ、俺のせいで回れないって方が嫌だからな」

摩耶花「ちーちゃんは折木のせいで回れなかったんじゃないー?」

失礼な、しっかり回った……もとい、振り回された。

える「そんな事ないですよ! 色々な乗り物に乗ってきました!」

と、ここで里志は余計なひと言。

里志「色々、ね。 デートみたいに楽しめた訳だ」

一瞬の沈黙。

千反田はそれを聞くと、顔を真っ赤にして必死の言い訳を始める。

える「そ、そんなんじゃないです! ただ、折木さんと一緒に観覧車やコーヒーカップに乗っただけで……」

ああ、そこまで詳細に言う必要は無いだろう。

里志「千反田さん! 世間一般ではね、それをデートっていうんだよ」

こいつはまた、余計な事を。


29: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:51:07.96 ID:mVZBQuHy0

える「そ、そうなんですか。 知らなかったです」

そう言うと、千反田は顔を伏せてしまった。

奉太郎「はあ」

摩耶花「やっぱりしてたんじゃない、ヘンな事」

おい、それだけで変な事扱いとは、世の中の男はどうなる。

奉太郎「大体だな、本当にただ一緒に回っていただけだぞ」

奉太郎「お前らだって、気になる物があったら見て回るだろ、里志もさっきそうだったように」

そこまで言って、これは俺のモットーに反する事ではないか、と思い始めた。

しなくてもいい事。だったのでは、と。

里志「はは、ジョークだよ。 ごめんね、千反田さん、ホータローも」

奉太郎「俺は、別にいい」

える「い、いえ、大丈夫です。 気にしないでください」

そう言うと、千反田はようやく顔をあげた。

それからは、席を4人の所に移してもらい、談笑しながら飯を食べる。

一通り食べ終わり、会計を済ませ、店を出ようとした所で、千反田がなにやら言いたそうにこちらを見ていた。

奉太郎「千反田、どうかしたのか」

千反田は、伊原と里志に聞こえてないのを確認し、こう言った。

える「あの、折木さん、さっきはありがとうございました」

なんだ、そんな事か。

軽く返事をし、行こうとすると。

える「でも、勘違いされたままでも、私は気にしませんよ」

言われたこっちが恥ずかしくなる。

別に俺も、そのままでも良かったんだが……疲れるしな。

しかし「俺もそのままでも良かった」とは、いくら言おうとしても、何故か言葉にできなかった。

出てきたのは「ああ、そうか」という無愛想な返事。


30: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:51:35.35 ID:mVZBQuHy0

その後、外で待っていた里志、伊原と合流し、遊園地を再び見て回る。

……お化け屋敷に行ったときの伊原の怖がりっぷりは、是非とも永久保存しておきたかった。

……夜のパレードを見て、千反田は目をキラキラと輝かせていた。

……里志はと言うと、相変わらずすぐにどこかえ消え、気付いたら戻ってきてる、と言った感じだ。

やはり、楽しい時間はすぐに過ぎるのだろうか。

俺も別段、人が楽しめる事を楽しめない……と言った訳でもない。

人並みには、楽しめる。

間もなく閉園時間となり、朝の内にチェックインしてあったホテルへと帰って行く。

俺はすぐにでも寝たかったのだが、里志のくだらない与太話を聞かされ、寝たのは大分遅い時間になってしまった。

翌朝、目を覚まし、里志と共に伊原、千反田と合流する。

すると何やら千反田は申し訳なさそうに、頭を下げてきた。

える「すいません、実は家の事情で……」

要約すると、どうやら千反田は家の事情で一足先に帰らなくてはいけなくなったらしい。

携帯を持っていない千反田にどうやって連絡を取ったのかは謎だが……恐らくホテルへ電話が入ったのだろう。

里志と伊原は残念そうにしていたし、俺も少ないよりは多いほうがいい、程には思うので多少は残念だったと思う。

そして千反田を見送り、3人でどうするか話を始める、つまりこれが現在。

里志「さて、と。 どうしようか」

奉太郎「と言われてもな」

摩耶花「うーん、ここにずっと居てもあれだし……とりあえず遊園地に行かない?」

里志「そうだね、折角きたんだし、楽しまなくちゃ!」

奉太郎「……」


31: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:52:01.56 ID:mVZBQuHy0

俺はどっちかというと、ホテルで寝ていたかった。

里志がまず「ホータローも来るよね?」といい、伊原までもが「折木も来なさいよ?」等というので、仕方なく、参加する。

二人とも、千反田が帰ったことによって多少は寂しかったのかもしれない。

だがやはり、3人で回った所で何か物足りない気分となってしまう。

それは俺以外の二人も感じていた事の様で、昼過ぎ頃には「帰ろうか」という雰囲気になっていた。

荷物を持ち、バスの停留所まで歩く。

伊原と里志がバスに乗り込んだ後で、あることを思い出した。

里志「ホータロー、もう出発しちゃうよ」

里志が未だバスに乗らない俺に向けて言う。

摩耶花「これ逃したら次は1時間後よ? もしかして遊園地が恋しくなった?」

と続けて伊原も言ってくる。

奉太郎「……すまん、ちとホテルに忘れ物をした」

二人とも、呆れた様な顔をし、続ける。

里志「うーん、ま、仕方ないよ、降りよう摩耶花」

里志「それにしても、省エネの奉太郎が忘れ物をするなんて、入学して間もなくを思い出すよ」

摩耶花「もう、しっかりしてよね、折木」

そう言ってくれたが、二人を連れて行くわけには……ダメだ、連れて行くわけにはいかない。

奉太郎「いや、俺だけ次のバスで帰る。 すまないが先に帰っていてくれ」

二人もそれなら……と言った感じで、納得した様子ではあった。

バスを見送り、遊園地に向かう。

ホテルへ忘れ物をした、というのは嘘。

だからといって、一人で遊園地を楽しむぞ! という訳でもない。

一つ、目的があった。


32: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:52:29.48 ID:mVZBQuHy0

~バス~

今日の出来事を振り返り、俺は少し眠くなってきた。

奉太郎(もう夕方か)

奉太郎(少し、寝るか)

夢は、特に見なかった。

次に起きた時には、最寄の駅の停留所に居て、バスの乗務員によって起こされた。

奉太郎(体が重い)

奉太郎(帰るか)

辺りは既に暗くなっていて、仕事帰りのサラリーマンが群れをなしている。

奉太郎(祝日まで働いて、大変だなぁ)

それを見て「この二日は、意外と面白かったかもしれない」等、柄にも無いことを考えてしまう。

奉太郎(一週間分くらいは動いたな、この二日で)

奉太郎(いや、二週間か?)

そこまで考え、ああ、これは無駄な事だと思い、放棄する。

俺の視界に我が家が見えてくる、長い二日間も、ようやく終わり。

思えば、省エネとはかけ離れた二日になってしまった。

そんな事を考えながら、重い荷物を背負い、家の扉を開けた。

第二話
おわり


34: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:54:07.66 ID:mVZBQuHy0

昨日は、申し訳ないことをしてしまいました。

折角皆さんと、遊園地に遊びに行っていたのに、途中で用事が入るなんて……

今日皆さんに会ったら、謝りましょう。

私は、いつもより少し早く目が覚めました。

時刻はまだ、朝の5時。

少しどうするか悩みましたが……決めました!

える(いつもの公園に行きましょう)

そう思い、公園に向かいます。

まだ外は少し暗く、日が昇るのにはちょっとだけ時間がありそうです。

公園の入り口に着き、いつものベンチに座ろうとしたところで、人影があるのに気付きました。

える(あれは……折木さんでしょうか?)

近づいて見たら、すぐに分かりました、やはり折木さんです。

える「おはようございます、折木さん」

える「昨日はその……すいませんでした」

奉太郎「千反田か」

奉太郎「別に気にするほどの事でもないだろう」

える「そうですか、ありがとうございます」

える「今日もお散歩ですか?」

奉太郎「いや、今日はちょっと、用があった」

奉太郎「ここで待ってれば、千反田が来ると思ってな」

はて、私に用事とはなんでしょうか……気になります。


35: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:55:22.90 ID:mVZBQuHy0

える「私に用事……ですか?」

奉太郎「ああ」

すると折木さんは、持っていた袋を私に渡してきました。

可愛らしくラッピングされたそれは、何かのプレゼントの様な……

える「これは、プレゼントでしょうか?」

奉太郎「まあ、そうだ」

どうしてでしょう……何か、今日は記念日なのか……気になります!

える(もしかして、私の誕生日だと思って……?)

える「すいません、私の誕生日はまだ先なんですが」

奉太郎「いや、違う」

奉太郎「それに俺はお前の誕生日を知らん」

える「そ、そうですか。 では、これは?」

奉太郎「この前のお礼だよ、お守りの」

える「あ! そうでしたか。 わざわざありがとうございます」

折木さんがしっかりと覚えていてくれたのは、意外でした。

でも、嬉しかったです。

すると、折木さんはまだ薄っすらと暗い街並みを見ながら答えました。

奉太郎「その、なんだ。 伊原と里志には言わないでくれよ」

える「えっと、でも一緒に買ったのではないんですか?」

奉太郎「いや……あいつらには先に帰ってもらって、後から買って帰ったんだよ」

正直、折木さんがそこまでしてプレゼントを買ってきてくれたと聞いたときは、ちょっと泣きそうになってしまいましたが……

我が子の成長を見守る母親……とはちょっと違います、なんでしょうか。


36: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:55:50.19 ID:mVZBQuHy0

でも、いきなり泣いたりなんかしたら、折木さんも迷惑することでしょう。

える「あ、そ、その、ありがとうございます。 とても嬉しいです」

少し、顔が熱いです。

折木さんは「袋は帰ってから開けてくれ」と言うと、帰ってしまわれました。

嬉しくて、上手くお礼を言えなかったのが残念ですが。

私はプレゼントを抱くと、今日が昇ってきた朝日に向かい、頭を下げ、言いました。

える「折木さん、ありがとうございます」


~部室~

里志「いやあ、二日間、お疲れ様」

摩耶花「ちーちゃんも残念だったね、今度また行こうね」

える「いえ、初日で充分に楽しめたので」

える「でも、また機会があったら行きたいです」

える「二日目は急用が入ってしまい、すいませんでした」

里志「千反田さんが謝る事でもないよ。 家の事情なら仕方ないしね」

摩耶花「そうそう、ちーちゃんは忙しいんだから、一々謝らなくてもいいのに」

奉太郎「……そうだな、人間誰しも急な用事はあるものだ」

摩耶花「折木がそれを言うの? あんたに急用入ってる所なんて見たことないんだけど?」

奉太郎「うぐ……」

そう言われ、折木さんは苦笑いをしていました。


37: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:56:25.33 ID:mVZBQuHy0

このお二人も、最初は仲が悪いのかとも思いましたが、どうやら違うようです。

摩耶花さんも心の底から言っている言葉ではないみたいですし。

これはこれで、いいコンビなのかもしれません。

摩耶花「あ、そうだちーちゃん」

える「はい?」

摩耶花「昨日の帰りの事なんだけどさ」

摩耶花「ふくちゃん、話してあげて」

昨日の帰りの事……なんでしょうか?

……気になります。

里志「じゃあ聞いてもらおうかな」

里志「ホータローの忘れ物事件、をね!」

それを聞いた折木さんは、少し顔を歪めていました。

里志「前に話した【愛無き愛読書】は覚えているかな?」

里志「あれで分かったこと、事件の内容は勿論だけど……もう一つ」

里志「ホータローは意外と抜けているって事が分かったよね」

里志「それでね、昨日の帰りなんだけど……」

そう言うと、福部さんは昨日の帰り、バスに乗る時にあったことを話してくれました。

それを聞いた私は、ちょっといたずら心を突付かれてしまいます。

える「そんな事が……」

える「折木さん!」

奉太郎「な、なんだ」

える「折木さんが何故、忘れ物をしたのか」

える「何を忘れたのか」

える「そして、それを見つける事が出来たのか」

える「私、気になります!」


38: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:56:52.44 ID:mVZBQuHy0

そう言い、いつもの様に折木さんにお願いをしました。

折木さんはというと。

奉太郎「い、いや……それは」

と口篭ってしまいました。

少々やりすぎてしまったかもしれません。

その光景を見ていた福部さん、摩耶花さんの方を向き、私は言いました。

える「でも、やっぱり気にならないかもしれません……」

福部さんと摩耶花さんは少し……かなり残念そうな顔をした後に、興味がなくなったのか二人で話し始めました。

える「折木さん」

える「……冗談、ですよ」

える「折木さんがその時に何をしていたか、私、知っていますから」

奉太郎「み、妙な冗談を急に言うな……」

折木さんはそう言うと、手に持っていた小説に再び目を落とします。

なんだか、不思議と気分がよくなります。

部室に集まり、なんでもない会話をする。

これが、私たちの「古典部」です。


2.5話
おわり


41: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 21:59:42.06 ID:mVZBQuHy0

里志「ホータロー!」

後ろから、里志が声を掛けてくる。

奉太郎「里志か」

今は帰り道、時刻は恐らく17時くらいだろう。

里志「いやあ、お見事だったよ」

奉太郎「そんな事は無い。 ただ、集まった物を繋げただけだ」

里志「そうは言ってもね、あれだけの物から結論を導き出すって事は中々容易じゃないと思うなー」

すると里志は、暗い声に反して空を見上げながら言った。

里志「……ホータローも、随分と変わったよね」

俺が? 変わった?

奉太郎「何を見て、お前が変わったと言うのかわからんが」

奉太郎「俺は変わってない」

里志「ふうん」

簡単に説明すると、今日もまた、あいつ……千反田の気になりますをなんとか終わらせた所である。

里志が言っているのは、恐らくその事だろう。


42: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:00:30.02 ID:mVZBQuHy0

里志「断る事だって、できただろう?」

里志「今日の件もそうだけど、今までの事件もね」

奉太郎「それはだな、あいつの事を拒否したらもっと厄介な事になるだろ」

里志「あはは、確かに、間違いない」

里志「でもね、ホータロー」

里志「その厄介な事も、拒否することはできるんじゃないかな?」

奉太郎「お前は何を見て言っているんだ……」

里志「全部、だよ」

里志「僕から見たらね、千反田さんのそれも、今までホータローが拒否してきた人達も、同じに見えるんだよ」

里志「ホータロー、君は自分では気付いていないのかもしれないね」

里志はそう言うと、何か含みのある笑い方をした。

奉太郎「自分の事は、よく分かってるつもりだがな」

里志「……そうかい」

里志「じゃあ、話はここで終わりだね」


43: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:01:15.56 ID:mVZBQuHy0

ああ、もうこんな所まで歩いていたのか。

里志の話は半分程度しか聞いていなかった気がするが、どうやら案外耳に入っていたらしい。

里志「じゃあね、ホータロー。 また明日」

奉太郎「……じゃあな」


~奉太郎家~

俺は湯船に入り、気持ちを整理した。

里志に今日言われた事について、何故か心が落ち着かない。

奉太郎(俺が変わった、ね)

奉太郎(何を見てるんだか……)

確かに、確かにだ。

高校に入ってから、動く事は多くなったのかもしれない。

それくらいは俺にだって分かる。

いや、高校に入ってからではない。

千反田と、出会ってからだ。

あいつの「気になります」は、何故か有無を言わせず俺を動かす。

それは、今まであいつのようなタイプが居なかっただけで、俺はそのせいで動かされているのだろう。

仮に、里志や伊原の頼み等が来たら……俺はどうするのだろうか。

俺にも人情という物はある。

だがひと言断れば、あいつらは引いていく。

里志は恐らく「そうかい、じゃあ他の人に聞いてみるよ」と。

伊原は恐らく「折木に頼んだのが間違いだった」と。


44: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:02:53.20 ID:mVZBQuHy0

それが千反田なら?

あいつの「気になります」も、人の秘密やプライベートの事になると、さすがに聞いてはこない。

しかし、最終的に俺は頼みごとを引き受けるだろう。

その原因は、あいつがひと言断っても引かないから。 である。

奉太郎(やはり俺は、変わっていない)

結論は出た、風呂場を出よう。

リビングへ行き、テレビを付ける。

目ぼしい番組がやっておらず、若干テンションが下がる。

あ、テンションは元々低かった。

する事もないので、自室に向かった。

本でも読もうかと思ったが、ベッドに入りぼーっとしていたら、眠気が襲ってくる。

奉太郎(今日は、寝るか)

明日は土曜日、ゆっくりと本を読もう。

こうしてまた、高校生活の一日は消えてゆく。


45: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:03:45.65 ID:mVZBQuHy0

供恵「奉太郎、そろそろ起きなさいよー」

姉貴によって、起こされた。

奉太郎(今は……10時か、大分寝ていたな)

俺はまだ目覚めていない体を引き起こし、リビングへ向かう。

寝癖が大分酷いが、今日は外には出ない、何があっても。

それにしても騒がしい、テレビでも付いているのだろうか。

リビングと廊下を遮るドアに手を掛け、開ける。

里志「おはよう、ホータロー」

える「おはようございます。 折木さん」

摩耶花「あんたいつまで寝てるのよ」

大分寝ぼけているようだ。

俺はその幻影達に、少し頭を下げると台所へ向かった。

すると、玄関の方から声があがる。

供恵「あー、言い忘れてたけど、友達きてるから」

そうかそうか。

言葉の意味を飲み込み、状況を理解した。

後ろを振り向き、確認する。

変わらずそこには、里志・伊原・千反田。


46: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:04:50.23 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「さ、最初に言え! バカ姉貴!!」

それと同時に、玄関から出る音がした。

摩耶花「朝から大変ねえ、あんたも」

誰のせいだ、誰の。

里志「それより、ホータロー」

里志「寝癖、直した方がいいんじゃないかな」

ああ、確かにそうだな、ごもっとも。

そして、気のせいかもしれないが、千反田が少しソワソワしながら言った。

える「折木さんの寝癖……少し、気になるかもしれません」

勘弁してくれ。

むすっとした顔を3人に向けると、洗面所へ向かった。

寝癖をしっかりと直し、3人に問う。

奉太郎「それで、なんで俺の家にいるんだ」

里志「えっと、ホータロー、覚えてないの?」

覚えてない、という事は……何か約束していたのだろうか。

摩耶花「3日前に4人で決めたでしょ、ほんとに覚えてないの? アンタ」

3日前……3日前。

4人で話したってことは、放課後だろう。

場所は古典部部室で間違いは無さそうだ。

なんか、思い出してきたぞ……


47: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:05:51.87 ID:mVZBQuHy0

~3日前~

俺はその日、なんとなくで古典部へと向かった。

部室に入ると、既に俺以外は集まっていた。

何やら3人で盛り上がっているが……ま、いつもの事か。

奉太郎(よいしょ)

いつもの席に着き、小説を開く。

所々で俺に話しかけている気がするが、適当に相槌を打って流していた。

あ、ダメだ。

ここまでしか覚えていない。


~折木家~

奉太郎「なんだっけ?」

溜息が二つ。

里志「覚えてないのかい……」

摩耶花「やっぱり、折木は折木ね」

里志「仕方ない、千反田さん、奉太郎に教えてやってくれないかな」

なんで千反田が。

里志「一字一句、千反田さんなら覚えているでしょ?」

そこまでする必要もないだろう。

える「はい! 分かりました」

える「では、少し演技も入りますが……やらせて頂きます」

そう言うと、一つ咳払いをすると千反田は口を開いた。


48: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:07:03.46 ID:mVZBQuHy0

える「やはり、何か目的が欲しいですね」

里志(える)「うーん、確かにそうだね」

里志(える)「千反田さんの言葉を借りると、目的無き日々は生産的じゃないよ」

摩耶花(える)「まあ、確かにそうだけど……」

える「何かしましょう!」

おお、これは中々に演技力があるぞ。

里志(える)「何か……と言っても、何をしようか」

摩耶花(える)「話し合う必要がありそうね、こいつも入れて」

こいつ……というのは恐らく俺の事だろう。

える「折木さん! 何かしましょう!」

奉太郎(える)「……そうだな」

ああ、空返事していたのか、俺は。

える「折木さんもオッケーらしいです、では一度、どこかに集まって話し合いをしませんか?」

摩耶花(える)「どこに集まろうか?」

里志(える)「ホータローの家でいいんじゃない?」

こいつ、俺が空返事しているのを分かってて言いやがったな。

える「折木さん! 折木さんの家で話し合いをしたいのですが……いいですか?」

奉太郎(える)「……そうだな」

える「大丈夫らしいです!」


49: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:07:48.34 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「ちょっと待て」

摩耶花「なによ」

奉太郎「俺はここまで無愛想じゃないだろう」

里志「ちょっとホータローが何を言ってるのかわからないよ」

摩耶花「いつもあんたこんな感じだけど……」

大分酷い言われようだな。

奉太郎「千反田、もっと俺は愛想がいいだろ」

える「えっと……いつも折木さんはこうですよ」

そうなのか、少しは愛想良くするか。

える「では、続けますね」

里志(える)「そうか、それは良かった!」

里志(える)「じゃあ今度の土曜日、でいいかな?」

える「折木さん、今度の土曜日でいいですか?」

奉太郎(える)「……そうだな」

える「決まりです!」

後半はどうやら、千反田も分かっててやってはいないか?

える「といった感じでした、思い出しましたか?」


50: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:08:53.88 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「いや全く」

里志は苦笑いをし、言った。

里志「まあ、ホータローがちゃんと聞いていなかったのがいけないかな」

里志「流れは分かっただろう? じゃあ何をするか決めようか」

流れは分かったが……納得できん。

しかし、異論を唱えた所で聞いてはもらえないのは明白だった。

える「そうですね、まずは意見交換から始めましょうか」

奉太郎「今のままでいいと思います」

摩耶花「折木、少し黙っててくれない?」

視線が痛い、仮にもここは俺の家だぞ。

里志「千反田さんは、何か意見あるのかな?」

える「そうですね……やはり古典部らしく」

そこで一呼吸置くと、千反田はもっともな意見を述べる。

える「図書館に行きましょう!」

里志「いい意見だね、確かに古典部らしい」

摩耶花「うん、私もいいと思う」

ダメだ、これだけはなんとか回避せねば。

奉太郎「ちょっといいか」

伊原からの視線が痛い、まだ意見も言っていないのに。

奉太郎「千反田が言っているのは、当面の目的という事だろう」

える「はい、そうですね」

奉太郎「これから毎日図書館に行くのか? そこで本を読むだけか?」

える「そう言われますと……確かに少し、違いますね」


51: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:10:08.59 ID:mVZBQuHy0

おし、通った。

伊原は尚も何か言いたそうに見てくるが、反論する言葉が出てこないのだろう、口を噤んでいた。

里志「ホータローの言う事にも一理あるね、確かにそれじゃあただの読書好きの集まりだ」

そのあとの「読書研究会って名前に変えないかい?」というのは無視する。

摩耶花「じゃあ、折木は他に目的あるの?」

これには困った。

奉太郎「と言われてもな……ううむ」

里志「あ、こういうのはどうかな」

里志「一人一つの古典にまつわる事を考え、まとめ、月1で発表するっていうのは」

中々にいい意見だ。

だが、月1? 冗談じゃない、頻度が多すぎる。

奉太郎「ちょっといいか」

……伊原の視線がやはり痛い。

奉太郎「最初の内はいいかもしれない、だがその内、発表の内容が同じ内容になってくるぞ」

奉太郎「同じ奴が考える事だしな」

伊原は又しても何か言いたそうだが、反論は出てこない、なんかデジャヴ。

里志「そう言われると、困ったね」

里志「僕じゃあ結論を出せそうにないや、それに」

里志「データベースは 摩耶花「ちょっといいかな?」

あ、里志がちょっとムスッとしている。


52: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:11:28.10 ID:mVZBQuHy0

摩耶花「こういうのはどうかな、月1でも月2でもいいんだけど」

摩耶花「文集を1冊作るっていうのは」

なるほど、4人で一つを作れば内容は変化していく、確かにこれなら同じような内容にはならないかもしれない。

だけど、やはり却下。

奉太郎「確かに、それなら問題ないな」

摩耶花「じゃあ!」

奉太郎「だが、文集にするほどネタがあるか? 第一に、誰が読むんだ? それ」

摩耶花「……確かに、そうだけど」

おし、やったぞ、全部却下できた。

摩耶花「じゃあさ、折木は何か意見あるの? さっきから反論してばっかじゃない」

里志「それは僕にも気になるとこだね」

える「私も少し、折木さんの意見に興味があります」

ここまでは、予想通り。

問題はこれから。

奉太郎「こういうのはどうだろう」

奉太郎「今までのままで行く」

伊原が今にも殴りかかってきそうな顔をする。

奉太郎「だが」

奉太郎「何か古典に関係しそうな事……それがあったら、皆で話し合う」

奉太郎「そうすればネタも尽きる事はないし、同じ内容になることもないだろ」


53: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:12:15.72 ID:mVZBQuHy0

通るか? 通るか?

俺の今年一番の強い願いはこれになりそうだ。

そんな願いが通ったのか、3人が口を開いた。

里志「ホータローが言うと、説得力に欠けるけど……言ってる事は正しいね」

える「私は、それでいいと思います。 いい意見です」

摩耶花「なんか納得できないけど……言い返す言葉も出てこないし、それでいい、かな」

ガッツポーズ、心の中で。

奉太郎「おし、それじゃあ今日は解散しようか」

これで、俺の休日は守られる。

里志「いや、そうはいかないんだよ」

まだのようだ。

里志「千反田さんが、何か気になる事があるみたいなんだよね」

千反田がソワソワしていたのは、それが原因か。

える「そうなんです! 私、気になる事があるんです!」

さいで。

える「折木さんにお話しようかと思っていて、聞いてくれますか?」

俺が断る前に、千反田は続けた。

える「私、いつも22時頃には寝ているのですが」

奉太郎(早いな)


54: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:13:45.14 ID:mVZBQuHy0

える「起きるのはいつも、6時頃なんです」

える「今日は8時に学校の前に集合でした、折木さんのお家に皆で行くことになっていたので」

える「ですが私、少し寝坊してしまったんです、お恥ずかしながら」

える「何故、寝坊したのか……気になります!」

奉太郎(知りません)

奉太郎「と言われてもだな、誰しも寝坊くらいはするだろう」

里志「ホータロー、寝坊したのは千反田さんだよ?」

里志「僕やホータローが寝坊するのならまだ分かるけど……千反田さんが予定のある日に寝坊するって事は」

里志「少し、考えづらいかな」

確かに、あの千反田が寝坊というのはちょっと引っかかる。

奉太郎「だが情報が少なすぎる、考える事もできんぞ、これは」

今ある情報といえば
・千反田が寝坊した
・普段は22時に寝て、6時に起きている
・予定がある日に寝坊するのは、千反田なら普通あり得ない

この3つだけ。

奉太郎「何か他にないのか?」

える「他に、ですか……」

える「そういえば、お休みの日はいつも目覚まし時計で起きているんです、今日も勿論そうです」

える「確かに目覚ましで起きたはずなんです、ですが、居間の時計を見たら既に約束の時間が近かったんです」

奉太郎(目覚ましで起きている、か)


55: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:14:35.31 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「その目覚ましが狂っていたんじゃないか?」

える「それはありえません。 いつも21時のテレビ番組に合わせて直しているんです」

テレビに合わせている、となればまず狂っていないだろう。

奉太郎「その時計が壊れていた、というのは?」

える「それもあり得ません、先月に買ったばかりなんです」

思ったより、厄介な事になってきた。

奉太郎「目覚ましで起きたのは確かなんだな?」

える「ええ、それは間違いありません」

奉太郎「という事は、やはり目覚ましがずれていたのは間違いなさそうだな」

える「えっ、なんでそうなるんですか」

奉太郎「千反田は寝坊したんだろう? それで遅刻したと」

える「私、遅刻していませんよ?」

ん? なんだか話が噛み合っていない。

奉太郎「お前は寝坊して、遅刻したんじゃないのか?」

える「ええ、確かに寝坊はしました、ですが集合時間には間に合いました」

さいですか。


56: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:16:35.47 ID:mVZBQuHy0

俺は少し頭が痛くなるのを感じ、続けた。

奉太郎「じゃあ、寝坊して遅刻しそうになった。 これでいいか」

える「はい、そうですね」

奉太郎「……続けるぞ、少し考えれば分かる」

奉太郎「遅刻しそうになったってことは、正しかったのは居間の時計だ」

奉太郎「目覚ましが正しかったら、遅刻しそうにはならないだろう」

える「あ、なるほどです!」

こいつは、頭がいいのか悪いのか、時々分からなくなる。

一般的にはいい方だろうけど。

奉太郎(少し、考えるか)

……21時に合わせている時計
……22時に寝て、6時に起きる千反田
……ずれていた目覚ましと、居間の時計

なるほど、簡単な事だ。

里志「ホータロー、何か分かったね」

奉太郎「まあな」

える「なんですか? 教えてください!」

摩耶花「全然わからないんだけど……なんで?」

一呼吸置き、まとめた考えに間違いは無いか確認し、口を開く。

奉太郎(これで、大丈夫だ)


57: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:17:36.61 ID:mVZBQuHy0

奉太郎「まず」

奉太郎「千反田はいつも目覚ましを21時に合わせて寝ている」

奉太郎「次に、その目覚ましで起きている」

奉太郎「そして何故、今日は遅刻したか」

える「私、遅刻していませんよ」

……どっちでもいい。

奉太郎「遅刻しそうになったか」

と言い直すと、千反田は少し満足気だ。

奉太郎「考えられるのは目覚ましの故障、または時間を間違えて設定した。 これのどちらかだ」

奉太郎「故障は考えから外そう、これを考えたらキリが無い」

摩耶花「でも、時間を間違えて設定したってありえるの?」

摩耶花「テレビが間違えているとは思えないんだけど」

奉太郎「確かにその通り、テレビはまず、正確に放送をしている」

摩耶花「だったら……」

奉太郎「だが、例外もある」

える「例外……ですか?」

奉太郎「里志、この時期にテレビ番組をずらす例外といったらなんだ?」


58: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:19:11.68 ID:mVZBQuHy0

里志「ううん……ああ、そうか!」

里志「プロ野球、だね」

奉太郎「そう、俺は野球に詳しくないからしらんが、何回か影響でテレビ放送を繰り下げているのは見ている」

奉太郎「つまりこういう事だ」

える(奉太郎)「あー今日も動いたなぁ、寝よう寝よう」

える(奉太郎)「あ、目覚まし時計を設定しないと、めんどうだな」

える(奉太郎)「テレビ、テレビっと」

える(奉太郎)「丁度21時の番組がやっている。 よし、ぴったし」

える(奉太郎)「さてと、今日は寝よう、おやすみなさい」

奉太郎「で翌朝起きたら寝坊していた、ってとこだろう」

何か、空気が冷たい。

里志「ホータローは、演劇とかをやらない方がいいかもね」

摩耶花「……同意」

える「……私って、そんな無愛想ですか?」

奉太郎「……」

少し、恥ずかしいじゃないか。


59: ◆Oe72InN3/k 2012/09/06(木) 22:20:48.80 ID:mVZBQuHy0

える「で、でも」

える「なるほどです!」

える「今度から違う番組も、チェックしないとダメですね……」

むしろ居間の時計に合わせればいいと思うのだが、習慣というものがあるのだろう。

奉太郎「でも、なんでいつもは起きている時間に自然に起きなかったってのが分からないけどな」

奉太郎「体内時計というのもあるだろう」

える「実は、昨日は少し寝るのが遅くなってしまったんです」

夜更かしか、そういうタイプには見えなかったが。

里志「なるほどね、それで自然に起きる時間も来なかったっていう訳だ」

奉太郎「それなら納得だな、なんか気になる物でも見つけたのか?」

える「気になる、と言えばそうかもしれないですけど」

折角終わりそうになったのに、また始まるのか?

今日はもう疲れたぞ、一日一回という制限でも付けておこうか。

える「少し、折木さんの家に行くのが楽しみで……寝れなかったんです」

さいで。

第三話
おわり


67: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:16:15.25 ID:YerrbZjh0

日曜日の夜は、どうにも憂鬱になる。

奉太郎(折角の休みがあいつらのせいで一日潰れてしまった)

奉太郎(そしてもう日曜日も終わり……か)

明日からまた1週間、学校に行き、古典部の仲間と会う。

最近では、意外と馴染んでいると思う。

薔薇色に俺もなっているのだろうか。

だけど、だ。

省エネは維持しているし、頼みなんて物は滅多に聞かない(あくまで千反田を除いて、あいつのは断ると余計に面倒なことになる)

ああ、少し安心する。

俺は……まだ灰色だ。

少しの安心感が得られた。

何故? 慣れた環境の方がいいだろう、誰だって。

そんな事を考えている間にも、時はどんどんと進む。

そして気付けば月曜日、1週間が始まった。

今日も、【灰色】の高校生活は浪費されていく。


68: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:18:02.21 ID:YerrbZjh0

~学校~

今日は登校中里志に会わなかった、委員会か何かがあるのだろう。

奉太郎(ご苦労なこった)

昇降口に入り、下駄箱で靴を履き替える。

階段を上り、教室まで向かった。

途中、何やら話し声が聞こえてきた。

一つは見知った者の声、もう一つは……分からない。

恐らく女子だろう。

恐らくというのも、女声の男子も少なからず居るからである。

える「そう……すね、今……、って……ます!」

途切れ途切れで千反田の声が聞こえた。

盗み聞きをする趣味もないので、そのまま教室へと向かう。

千反田が話している相手は、どうやら漫研の部員であった。


69: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:19:04.57 ID:YerrbZjh0

奉太郎(そういえば、伊原は漫研をやめていたんだったな)

奉太郎(何か、嫌な事でもあったのだろうか)

奉太郎(まあ、どうでもいいか)

一瞬見た顔は、どうにも俺とは相性が悪そうだ。

俗に言う派手な女子、といった所だろう。

髪を金髪に染めていて、スカートはやけに短い。

そいつと千反田が話していたのは少々意外ではあった。

しかし、俺も人の交友関係にまで口を出すつもりなんてない。

千反田が誰と話そうとあいつの勝手だし、何よりめんどうだ。

少々気にはなったが、そのまま通り過ぎた。

教室に入り、いつもの席に着く。

いつも通り、いつもの風景。

やがて担任が入ってき、退屈な授業が始まる。


70: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:20:23.52 ID:YerrbZjh0

数学、英語、歴史。

俺は、これといって成績が優秀って訳でもない。

なので授業は一応必死に聞いている。

人間必死になっていれば、時間はすぐに終わる物だ。

あっという間に昼になり、弁当を広げた。

姉貴が作ってくれる弁当は、いつも購買で済ませている俺にとってはありがたい。

突然、教室の後ろのドアが勢いよく開き、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

里志「ホータロー! ちょっといいかい」

俺は無言で弁当を指す。

これを食ってからにしろ、と。

苦笑いしつつ、里志はそのまま教室に入ってくると俺の目の前の席に腰掛けた。

里志「つれないねぇ、ホータロー」

奉太郎「やらなくてもいいことはやらない」

里志「はは、久しぶりに聞いた気がするよ」

奉太郎「それで、用件はなんだ?」

里志「今日、帰りにゲームセンターでも行こうかなって思っててね」

里志「ホータローも一緒にどうだい?」

ゲーセンか、悪くはないな。

奉太郎「別にいいが、委員会の仕事とかはないのか?」

里志「総務委員会は無いんだけど、図書委員会の方をちょっと手伝わないといけなくてね」


71: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:21:37.24 ID:YerrbZjh0

図書委員? なんでまた。

伊原の関係か、それくらいしか思いつかない。

奉太郎「伊原になんか言われたのか、ご苦労様」

里志「ご名答! さすがだよ」

さすがという程の事でもないだろうに……

里志「摩耶花は少し描きたい物があるみたいでね、僕はそれで利用されてる訳だ」

奉太郎「なるほどな、って」

奉太郎「あいつは漫研やめたんじゃなかったか?」

里志「ホータローでもそれくらいは知ってるか、なんでも個人的に描きたい物があるみたいだよ」

奉太郎「個人的、ねえ」

どうせ、同人誌かなんかの物だろう。

奉太郎「それで、図書委員の仕事はすぐに終わるのか?」

里志「うん、まあね」

奉太郎「そうか、なら俺は部室で待ってる」

里志「了解、多分摩耶花も居ると思うから、気をつけてね」


72: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:22:45.10 ID:YerrbZjh0

気をつける、か。

伊原が聞いたら、ただでは済みそうにない台詞だな。

奉太郎「ああ、用心しておく。 じゃあ放課後にまた」

里志「いやいや、僕が言ってるのはね、ホータロー」

里志「君が摩耶花に手を出さないでねって事なんだよ」

こいつはまた、くだらん事を。

奉太郎「本気で俺が伊原に手を出すと思っているのか?」

里志「まさか、ジョークだよ」

里志「灰色のホータローが、そんな事をする訳ないじゃないか」

里志「それに、摩耶花の可愛さはホータローには絶対分からないしね」

さいで。

里志「じゃ、また後で」

そう言うと、里志は自分の教室へと戻っていった。

俺は小説を開くと、ゆっくりと文字を頭に入れる。

物語がいい所に差し掛かった時、チャイムが鳴り響いた。

やがて教師が入って来て、授業が始まる。

途中で何回か、夢の世界に旅立ちそうになったが、なんとか乗り切る。

そして気付けば既に放課後。

終わってみればなんて事は無い、短い時間だった。


73: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:24:19.59 ID:YerrbZjh0

奉太郎(部室に行くか)

ぼーっとする頭をなんとか働かせ、部室に向かう。

奉太郎(着いたら、少し寝よう)

土曜日のアレが、まだ響いてるのだろうか?

等、本気で思う自分に少し情けなくなる。

扉を開けると、千反田、伊原が居た。

奉太郎(里志の予想通りって所か、まあ寝てる分には問題ないだろ)

そう思い、席に着くと腕を枕にし目を瞑る。

千反田は何故かソワソワしていたが、気になりますとは少し違った様子だ。

伊原はと言うと、絵を描くのに夢中で俺には興味も示さなかった。

あ、気づいていないだけか……気づいていても無視されるだろうけど。

これならば問題あるまい。

そう思い、夢の世界へと旅立つ。


74: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:25:24.12 ID:YerrbZjh0

十分、二十分だろうか、腕の痺れに目を覚ます。

すると伊原が立ち上がっていて、千反田の方を見つめていた。

少し、嫌な空気……? 何かピリピリとした感じだ。

摩耶花「えっと、ちーちゃん……今なんて?」

千反田はニコニコしながら、言った。

える「ですから、摩耶花さんは少しうざい所があると……」

眠気は一瞬で吹き飛んだ。

違う世界に迷い込んだんじゃないかと錯覚するほどの衝撃を受ける。

あの千反田が「うざい」なんて言葉を使うのかと。

その衝撃も引く前に、伊原は部室を飛び出て行った。

残されたのは、俺と千反田。

それと描きかけの絵。

俺は千反田に向けて言った。

奉太郎「……お前、何いってるんだ」


75: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:26:29.71 ID:YerrbZjh0

千反田がそんな事を言う筈は無いと思っていたし、俺の聞き間違えかもしれない。

える「ええっと、摩耶花さんはうざいと言ったのですが……」

不思議そうに、そう言うこいつには悪気は無さそうに見えた。

あり得ない、俺が知っている千反田ではないのだろうか?

いつの間にか、千反田が誰かと入れ替わって……ないだろう。

奉太郎「千反田、その言葉の意味は、知っているか」

千反田は首を傾げると「今日教えてもらったんです」と言い、続けた。

千反田から説明される内容は、まるで褒め言葉のような意味を持った言葉である。

俺は、この時はまだ落ち着いていた。

未だにニコニコしている千反田に本当の意味を教える。

次に起こった事は、俺の予想外であったが。


76: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:27:44.75 ID:YerrbZjh0

える「わたし、そんな事を……」

千反田はそう言いながら、伊原が去って行ったドアを見つめる。

える「わたし……」

俺は見た、千反田の目から、涙が落ちるのを。

どんどん涙は溢れていたが、千反田は拭おうとしなかった。

自分でも気づいていないのかもしれない。

奉太郎「千反田……」

える「すいません、私、謝らなければ」

小さく、本当に小さく、千反田が言った。

この感情は、なんと言うのだろうか?

腸が煮えくり返る?

いや、ちょっと違うな。

それを通り越したのは、なんと呼べばいいのだろうか。

俺は、ああ、怒っているのか。


77: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:28:54.84 ID:YerrbZjh0

こんだけ腹が立ったのは、いつぐらいだろう。

もしかしたら、初めてかもしれない。

勿論、千反田に対してじゃない。

その意味を教えたクソ野郎に、俺は怒っているのだ。

どうにも、冷静な判断はできそうにない。

今からそいつを探し出して、殴ろうか。

そうしよう。

そのまま部室を出ようとすると、千反田が声を掛けてきた。

える「折木さん、わたし……」

千反田は、まだ泣いていた。

奉太郎「ちょっと用事が出来た、すぐに戻る」

奉太郎「お前は悪くない、気にするな」

すると千反田は、泣き笑いというのだろうか。 「はい」と言い、顔を俺に向けていた。


78: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:29:24.47 ID:YerrbZjh0


どうにも、どうにもだ。

この怒りは収まりそうに無い。

俺は、千反田の事はよく知っているとは思う。

あいつは何事にも純粋だし、人を疑うという事をあまりしない。

そんなあいつを騙した人間には、なんとなく、当てはあった。

まずは、里志に会おう。


79: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:30:43.61 ID:YerrbZjh0

~図書室~

摩耶花に仕事を押し付けられて、僕はここに居る訳だけど。

里志「なんともやりがいが無い仕事だなぁ」

そんな事をぼやきながら、本を片付ける。

突然、ドアが思いっきり開かれた。

誰だい全く、図書室ではお静かにって相場が決まっているのに。

そっちに顔を向けたら、これはびっくり、ホータローじゃないか。

にしても随分と、あれは怒っているのか? ホータローが?

僕はそそくさと近づき、声を掛けた。

里志「ホータロー、どうしたんだい?」

聞きながらも、ちょっと焦る。

里志(僕、なんかしたかなぁ)

里志(というか、これほどまでに怒ってる? ホータローを見るのは初めてかも)

奉太郎「里志か」

奉太郎「少し、聞きたい事がある」

里志「なんだい? というか、何かあったの?」

奉太郎「俺たちと同級生で、漫研にいる、金髪の女子って誰だ」

人探し? それにしてはやけに怒っているみたいだけど……というか僕の質問、片方無視された?もしかして。


80: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:31:27.64 ID:YerrbZjh0

ちょっと、茶化してみようか。

里志「うん、分かるよ」

里志「でも、何が起きたのか教えてくれないかい?」

里志「ホータローをそこまで怒らせる事、少し興味があるよ」

奉太郎「いいから、誰だ」

おや、こいつは随分とご立腹だなぁ。

ううん、ま、いいか。

里志「それはC組みの人だよ。 名前は……」

そう言って名前を教えると、ホータローはすぐに図書室を出て行こうとした。

里志「ちょっと待ってホータロー」

どうやらホータローは、状況判断ができない程、怒っているらしい。

クラスに居るなんて保証は無いのに。

里志「とりあえず落ち着こうよ、らしくないよ」

奉太郎「落ち着いてる、いつも通りだ」

里志「そんな、今にも殴りそうな顔をしているのに?」

里志「ホータローが怒る程の事だ、よっぽどの事だとは思うよ。 でもさ」

里志「事情くらいは話してくれてもいいんじゃない?」


81: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:32:00.70 ID:YerrbZjh0


そう言うと、ホータローは一つ溜息を付いて、話してくれた。

朝、そいつと千反田さんが話していた事。

部室であった事。

僕も勿論、腹が立ったさ。

でもこういう時、落ち着かせるのはホータローの筈なんだけどなぁ。

さあて、どうしたものか。


82: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:33:05.64 ID:YerrbZjh0

~伊原家~

信じられなかった。

最初聞いた時もそうだけど、2回目を聞いた時。

私はその場に居るのも、辛かった。

ちーちゃんの事は、そんなに知っているつもりはない。

だけど、あんな言葉を使うなんて、とても信じられなかった。

でもそれは、私の勝手な想像かもしれない。

もしかしたら、そういう事を言う人だったのかもしれない。

そう思ってしまう私にも、嫌気がさしてきた。

摩耶花(明日から、どうしようかな)

古典部になんて、顔を出せる訳もない。

私が泣いていたの、折木に見られたかなぁ、悔しい。

ふくちゃんに会いに行こうと思ったけど、そんな気分にもなれなかった。


83: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:33:39.49 ID:YerrbZjh0

なんか、裏切られた気分。

ずっと、友達だと思っていたのに。

ちーちゃんは「うざい」って、ずっと思っていたのかもしれない。

なんで今日言葉にしたのか分からないけど……部室で自分の絵を描いていたからかな。

確かに、あそこは古典部の部室だし。

居やすい場所だと、思ってたけど。

摩耶花(それは、私の気持ち)

摩耶花(ちーちゃんやふくちゃん、折木がどう思っていたなんて、考えた事もなかった)

摩耶花(やっぱり私、馬鹿だ)

胸がぎゅっと、締め付けられる気がした。

摩耶花(今日は、ご飯食べられそうにないや)


84: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:34:47.00 ID:YerrbZjh0

~部室~

私は、なんて事をしてしまったのでしょうか。

摩耶花さんには会わせる顔がありません。

しばらく、部室でぼーっとしてしまいました。

茫然自失とは、こういう事を言うのでしょうか。

折木さんも、部室を出て行ってしまいました。

恐らく、怒っているのでしょう。

最後に「気にするな」と言ってくれましたが、顔からは怒っているのがすぐに見て取れました。

勿論、私に怒っているのでしょう。

福部さんも、聞いたら恐らく私に怒りを感じると思います。


85: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:35:33.40 ID:YerrbZjh0

なんだか、胸が苦しいです。

帰る気分には、今はなれません。

足に力が入らない、というもありますが。

折木さんは、私に言葉の意味を教えてくれました。

もしかすると……折木さんとは、少し話ができるかもしれません。

摩耶花さんとも勿論、話さなくてはいけないのは分かっています。

ただ少し、時間が必要です。

私はそこまで、強くないんです。

ですが、どんな言葉で罵倒されても仕方ないです。

私が……愚かだったんです。


86: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:36:19.39 ID:YerrbZjh0

~図書室~

俺は、里志に話をして、少し気持ちが落ち着いたのだろうか。

自分では部室を出た後は落ち着いているつもりだったのだが、里志には違うように見えていたらしい。

里志は「どうするつもりだい?」と言って来たのに対し「そいつを殴る」と言っただけなのだが。

里志は苦笑いをしながら「それはホータロー、落ち着いてないよ」と言って来た。

まあ、そうかもしれない。

里志には全てを話した訳ではなかった。

千反田が涙を流していたのを話しては駄目な気がしたからだ。

里志も勿論怒っているだろう、そいつに対して。

しかしどうやら、俺を落ち着かせる為に堪えているらしい。

ああ、やっぱり俺は落ち着いてなんかいなかったか。

一度、深呼吸をする。


87: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:37:21.74 ID:YerrbZjh0

奉太郎「里志、すまんな」

里志「別に、気にしなくていいよ」

里志「まあ、怒ってるホータローも珍しいから悪くはないけどね」

奉太郎「それはよかったな」

里志はいつも通りの顔を俺に向けていた。

さてと、だ。

まずは状況整理。

千反田に嘘を吹き込んだのはC組みの奴らしい。

朝見かけた奴だろう、千反田と話していたし。

少し、考えようか。

5分ほど、頭を働かせてみた。

漫画研究会、千反田に嘘を吹き込んだ、そして……あの時。

ああ、そうか。

ならば話は早い、意外と簡単に終わるかもしれない。

後は、揃えるだけで大丈夫だ。


88: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:37:48.13 ID:YerrbZjh0

~帰り道~

ホータローも大分落ち着いたようで、安心だ。

それにしても今回は僕も全面協力させてもらったよ、ホータロー。

後はホータローが終わらせる、明日には終わるかな。

摩耶花と千反田さんは一度、話し合う必要があると思うけどね。

摩耶花はああ見えて、随分と自分を責めるからなぁ。

今夜、電話してみよう。


89: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:38:37.61 ID:YerrbZjh0

~千反田家~

える「私は、どうすればいいのでしょうか……」

つい、独り言が出てしまいます。

折木さんに貰ったプレゼント、どこか折木さんに似ているようなぬいぐるみを抱きしめます。

える「折木さんに、電話してみましょうか……」

そう思い、電話機の前まで来ましたが……どうにも電話が取れません。

折木さんになんと言えばいいのでしょうか。

私は騙されていたんです?

言い訳です。

皆さんには申し訳ない事をしました?

謝って済む問題でしょうか、これは。

折木さんに相談すれば、なんとかなるでしょうか。

予想外の回答で、私を驚かせてくれるのでしょうか。


90: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:39:34.50 ID:YerrbZjh0

そこで私は気付きました。

また、折木さんに頼ろうとしてしまっています。

これは甘えです、甘えてはいけません。

それに折木さんは、今回の件は無関係です。

巻き込むような事は、できません。

もう、大分遅い時間になってきました。

夜の21時。

少し思い出します、折木さんの家で、私はまたしても気になる事を解決してもらいました。

折木さんの寝癖を見て、少し気になったのも思い出しました。

思わず笑みが零れます。

やはり、皆さんとまた、一緒に仲良くしたいです。

これは、我侭なのでしょうか?

その時、突然電話が鳴り響いて、思わず受話器を取ってしまいました。

える「は、はい! 千反田です」


91: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:40:18.26 ID:YerrbZjh0

~折木家~

大体の構図は出来た。

後は俺がこれをどうするか、だけか。

まあ、どうにかなるだろう。

だけどまあ、少しは許してくれよ、里志。

……そういえば。

奉太郎(千反田にすぐ戻るとか言って、すっかり忘れてたな)

千反田は結構ショックを受けていたみたいだし、聞こえていなかったかもしれない。

だけど、まあ……

ああ、仕方ない。

やはり千反田が関係することだと、どうにもうまく省エネができない。

自室から出て、リビングへ向かう。

奉太郎「姉貴、携帯借りていいか」

俺はソファーに座る姉貴に話しかけた。

供恵「はあ? あんたが携帯!?」

供恵「……なんかあったんでしょ」

やはり鋭い、ニヤニヤしながらこっちを見るな。


92: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:41:15.74 ID:YerrbZjh0

奉太郎「少し、な」

奉太郎「ダメならダメで、いいんだが」

供恵「いいわよ、貸したげる」

意外にも姉貴は快く貸してくれた。

供恵「変わりに洗い物やっておいてね」

指差す先には大量の食器。

前言撤回、快くは間違いだ。

正しくは、エサにかかった獲物をなめまわすような視線を向けながら。 としておこう。

奉太郎「……分かったよ」

奉太郎「ありがとうな、姉貴」

供恵「あんたにしては随分と素直ね、どこか出かけるの?」

奉太郎「俺はいつも素直だ。 少しな、すぐに戻ると思う」

供恵「ふうん、気をつけて行ってきなさいよ」

姉貴が珍しく真面目な顔をしていた、あいつはどうにも勘が良すぎる。


93: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:41:56.85 ID:YerrbZjh0

服を着替え、外に出る。

少し前まで寒かったが、今は夜も涼しいくらいになってきた。

自転車に跨り、千反田の家に向かう。

以前はそこまで長くない距離だと思ったが、今は自然と長く感じた。

やがて見えてくる、大きな家。

門の前に自転車を止めると、携帯を取り出した。

千反田の家の番号を押し、コールボタンを押す。

近くにでも居たのだろうか、1回目のコールで繋がった。

える「は、はい! 千反田です」

奉太郎「千反田か、遅くにすまない」

える「え、えっと、折木さんですか……?」

奉太郎「ああ、今千反田の家の前にいるんだが……少し話せるか?」

える「……はい、分かりました」

千反田は、いつもより少しだけ暗かった気がする。

だがその中にも少しだけ嬉しそうな感情、そんな感じの声に聞こえた。

5分ほど待ち、千反田が出てきた。


94: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:43:17.29 ID:YerrbZjh0

える「こんばんは、折木さん」

奉太郎「夜遅くに悪いな、どこか話せる場所に」

そこまで言った所で、千反田が俺の声に被せてくる。

える「あの公園に、行きましょうか」

奉太郎「……そうだな」

公園に向かう途中は、お互いに無言だった。

千反田の様子は、やはり暗く、ショックが大きいのが見て取れる。

そんな千反田を見ていると、また怒りが湧いてきそうで、俺は敢えて千反田の方を見ずに、歩いた。

やがて、公園が見えてくる。

自販機に向かい、コーヒーと紅茶を買った。

千反田に紅茶を渡し、ベンチに腰掛ける。

それを見て千反田は俺の横に座った。

奉太郎(さて、何から話そうか)


95: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:44:15.59 ID:YerrbZjh0

しかし、考えをまとめる前に、千反田が口を開いた。

える「折木さん、すいませんでした」

える「私があんなことを言ったせいで、古典部に影響を与えてしまって……」

える「折木さんが怒るのも……仕方がない事です」

える「私が馬鹿でした、許してもらえるとは思っていません」

える「でもやっぱり、また皆さんで仲良くしたいんです」

える「……すいません、折木さんに相談する話では、ないですよね」

千反田は泣きそうな声で最後の言葉を告げると、俯いてしまった。

俺は、一瞬何を言っているのか分からなかった。

何故、千反田が謝る?

俺が千反田に怒っている?

また仲良くしたい?

許してもらえない?

それらを並べると、俺は理解した。


96: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:45:01.36 ID:YerrbZjh0

こいつは、千反田えるは、真っ直ぐな奴なんだ。

今回の事も、人のせいにしないで、全て自分で背負っているんだ。

怒りが湧いてくると思ったが、俺の心に湧いたのは、落ち着いた物だった。

奉太郎「千反田」

奉太郎「お前は、そういう奴なんだよな。 やっぱり」

奉太郎「俺はお前には怒っていない」

奉太郎「千反田を騙した奴に、俺は怒っているんだ」

奉太郎「伊原も、ああいう性格だが捻くれた奴ではない」

奉太郎「少し話せば、すぐに終わる」

奉太郎「皆は許してくれない? それはちょっと不服だな」

奉太郎「少なくとも俺は、お前の味方だぞ」

奉太郎「第一に、俺は省エネ主義者だ」

奉太郎「それがわざわざ千反田の家に来ているんだ」

奉太郎「それだけで、俺がお前の味方ってのは、分かるだろ」

奉太郎(なんか、俺らしくないな)

奉太郎(まあ、いいか)


97: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:46:13.09 ID:YerrbZjh0

そこまで言うと、千反田は小さく声を漏らした。

える「……折木さん、私」

える「ずっと、ずっと、どうしようかと思っていました」

える「……でも、でもですね」

千反田は今にも泣きそうに、続けた。

える「折木さんが……いえにきたとき……わたし、うれしかったんです……っ」

否、千反田は泣いていた。

える「ずっと……ずっと相談じようどおもっでいて……っ…」

涙を拭い、千反田は自分の胸に手を置いた。

小さく「すいません」と言い、一呼吸置き、再び話し始める。

える「でも、折木さんの、今の言葉を聞いて、私、安心できました」

次に出てきた言葉は、いつもの千反田らしく、しっかりとした物だった。


98: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:47:07.14 ID:YerrbZjh0

奉太郎「……そうか、ならよかったんだが」

える「……少しだけ、すいません」

そう言うと、千反田は俺の肩に頭を預けてきた。

奉太郎(暖かいな)

俺はこの時、強く確信した。

奉太郎(なんだ、随分と悩まされていたが)

今まで何回か、友人が言っていた言葉。

奉太郎(分かってみれば、大した事はなかったか)

千反田が来て変わったと、里志は言った。

俺はずっと、そんなことは無いと、思っていた。

だが今、確信した。

千反田の頼みを断れないのも。

千反田が関係することだと省エネできないのも。

千反田に振り回され、満更ではなかったのも。

千反田が泣いたとき、俺は酷く怒ったのも。

全ての疑問に、答えを見つけた。


99: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:48:16.56 ID:YerrbZjh0

奉太郎(俺は、千反田の事が好きなのか)

言おうとした、好きだと。

だが……だが。

どうにもうまく言葉にできない。

前にも、似たような経験はあった。

前の時も、言おうとしたが、少しめんどうくさいというのがあったと思う。

だが、今回ばかりは。

いくら言おうとしても、できなかった。

そのまま、5分ほどが立った。

奉太郎「寝る時間、過ぎてるな」

時刻は23時近く、千反田が寝る時間は過ぎている。

える「そうですね」

える「でも今日は、ちょっと夜更かししたい気分です」

奉太郎「そうか」

奉太郎「夜景が、綺麗だな」

そう言うと、千反田は

える「……はい、折木さんと一緒に見れて、良かったです」

俺は……笑っていた、と思う。


第四話
おわり


101: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:50:13.27 ID:YerrbZjh0

私は、少し体が熱くなるのを感じながら、家に帰りました。

折木さんと一緒に夜景を見ていた時間は、とても短く感じました。

気持ちも、軽くなっています。

やはり、折木さんに相談したのは間違いではありませんでした。

……これは、甘えではないですよね。

明日は、しっかりと摩耶花さんとお話をするつもりです。

私が言った、許してくれないと言う言葉。

それは反対の意味にすると、私は古典部の皆さんを信じていないという事になります。

そんなのでは、ダメです。

私は皆さんを信じています。

摩耶花さんもきっと、分かってくれる筈です。

もし、万が一にでも、想像したくはないですが。

福部さんも、摩耶花さんも許してくれなかったら……


102: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:51:14.31 ID:YerrbZjh0

多分、私はもう学校に通えないと思います。

そうしたら、味方だと言ってくれた折木さんと、どこか遠くへ行きましょう。

折木さんならきっと、私の思いもよらない場所へ連れて行ってくれる……そんな気がします。

そんな事を考えながら、折木さんが以前くれたぬいぐるみを抱きしめます。

でも、まずは摩耶花さんと話さなければ。

える(明日、明日です)

える(うまく、話せるでしょうか……)

後ろ向きになってはダメです。

ちゃんと、伝えましょう。

折木さんがわざわざ家まで来てくれたんです。

折木さんを裏切らない為にも、また皆で仲良くする為にも。

……また、一緒にあの公園で夜景を見る為にも。


103: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:51:52.97 ID:YerrbZjh0

なんだか、折木さんの事ばかり考えてしまいます。

何故でしょうか?

私にはまだ、分かりません。

折木さんに聞けば答えてくれるでしょうか?

しかし、何故か聞いてはいけない気がします。

これは、自分で答えを出さないといけない問題……

える(折木さんが家に来てくれて、本当に良かったです)

える(もし来なかったら……考えたくもありません)

える(……今夜は、いい夢が見れそうですね)


104: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:53:06.60 ID:YerrbZjh0

~折木家~

奉太郎(はあ)

何度、溜息をついただろうか。

どうにも気持ちが落ち着かない。

千反田は別れる時には、いつも通りの顔だったと思う。

しかし、俺はどうだっただろう。

なんとも言えない気分である。

奉太郎(今まで避けてきたが……)

奉太郎(確かに、これはエネルギー消費が激しそうだ)

まあ、いい。

問題は明日だ。

準備は問題無いはず、後は俺次第。

千反田には、話せる内容ではない……か。

落ち着け、落ち着け。


105: ◆Oe72InN3/k 2012/09/07(金) 20:53:41.40 ID:YerrbZjh0

これが終わったら、千反田とゆっくり話でもしようか。

とりあえずは、目の前のを片付けなければいけない。

奉太郎(今日は、もう寝るか)

自室へ向かった俺に、後ろから声が掛かる。

供恵「ちょっと、携帯返してよね」

ああ、すっかり忘れていた。

奉太郎「ありがとな」

再び、自室へ向かう。

しかし再度声が掛かる。

供恵「ちょっと、アンタ寝ぼけてるの?」

奉太郎「……なにが?」

姉貴はニヤリと嫌な笑顔を浮かべる。

供恵「あれ、約束でしょ」

指差す先には食器の山。

奉太郎(どうやら)

奉太郎(もっと先に片付けなければいけない問題があったな)

数えるのも嫌になる程の溜息をもう一つつき、俺は食器の山へと向かうのであった。

4.5話
おわり





続き⇒奉太郎「古典部の日常」 2(10時頃に更新)


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