スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

照「……ごめん、菫。 付き合うことはできない」

引用元: http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1349713379/
1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:22:59.55 ID:eyRvoYtu0

A

 私と照は、”気兼ねなく話せる友人”だ。
 お互いに、あまり感情任せな性格はしていないから、こういった友人は一人いるだけで助かるもの。

  菫「照、大丈夫か?」

  照「大丈夫……少しは、落ち着いた」

 とはいえ、悲しむことも、落ち込むことも、怒ることもある。
 そんな時には、私は照に、照は私に相談して、お互いに隠れて宥めている。
 この関係が変わったのは、いつ頃だったろうか――。

 二年生のインターハイが終了し、私たちは晴れて二連覇を成し遂げることに成功した。
 あらゆるメディアから引っ張りダコだった状態も落ち着き始めた、秋の中頃の話だ。

  菫「今は部活中だ。 そういう話は後にしろ」

   「あ、先輩すみません」

   「それじゃ、あっち行って打とうか」

 卓につくこともなく恋話をしていた、一年生の二人に注意をする。
 白糸台が二連覇を達成したことにより発生した結果は、決して良い物ばかりではない。
 一軍の座に座ろうと精進する生徒こそ多かったものの、諦めてしまう生徒もまた多かった。


4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:25:00.41 ID:eyRvoYtu0

 帰り道、いつもの軽い小話のつもりで、先の一年生がしていた話題を照に投げかけてみた。

  菫「お前、誰かと付き合ったことあるのか?」

  照「ない」

  菫「だろうな」

  照「もし付き合うことがあれば、真っ先に菫に報告する」

 少し、胸の温度が変化した。
 すぐに原因を探るものの、どうもよくわからない。

  照「それに私は、誰かに恋するつもりもない」

  菫「……そうか」

 再び、温度が変化した。
 上がったり下がったり、妙な気分。
 二回目のそれは温度の変化に加えて、少量の痛みまで伴うようになっていた。


6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:26:14.18 ID:eyRvoYtu0

 自宅に戻っても、通学路の出来事が頭から離れなかった。
 照はどうも、人との間に壁を作りやすい節がある。
 一番近くにいるであろう私ですら、時折壁を作られているのではないかと感じてしまうほどに。

 照が恋人を作ったことをないという話も、恋をするつもりがないという話も、実に照らしい回答だと思う。
 それなのに、なぜ、私は妙な気分になってしまったのだろうか。

  菫「……ああ」

 閃いた時、思わず声が漏れてしまった。
 一回目の変化は、照に恋人がおらず、安堵したところから来ているのだろう。
 二回目の変化は、照に恋する気がなく、落胆したところから来ているのだろう。
 それらを繋げると、設問の答えは簡単に浮かび上がってしまった。

  菫「……私は、照が好きなのかもしれないな」

 その日は、うまく眠れなかった。


8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:27:24.01 ID:eyRvoYtu0

 一度自覚してしまえば、後は早い。

  菫「…………」

  照「どうしたの? ずっとこっち見て」

  菫「あ、いや……」

  照「最近、ぼーっとしていることが多い」

  菫「ん、ああ、すまない」

 私の照に対する恋心は、加速度的に成長していった。
 照の挙動が一々気になってしまうし、そっぽを向いていればいい機会だと思うのだろう、無意識の内に眺めてしまうことがある。
 赤面しやすくなり、指摘された通り、上の空になってしまうことも多くなっていた。

  照「どうかしたの?」

  菫「……別に、なんでもないさ」

 記憶にある限りでは、その日初めて、照に隠し事をした。


10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:29:29.88 ID:eyRvoYtu0

 私達は時折、どちらかの家に宿泊することがある。
 人に言いにくいことは、大体この時に全て処理してしまうのだ。

 とはいえ、私も照もあまり喋る性分ではないから、話はいつもそこそこに終了する。

  照「おやすみ」

  菫「ああ、おやすみ」

 それからしばらくは、とても眠れる状態になかった。
 時計を確認すると、会話を切り上げてから一時間も経過している。
 すぐ隣には、心を寄せている照がいる。
 その事実を確認する度に、私の心臓は段々と活発になっていた。

 少しだけ、休息している照の手に触れてみた。
 触れてみて、緊張と罪悪感で、咄嗟に離してしまった。
 離してしまったけれど、やはり照には触れていたい。

 再び手に触れて、今度は握ってみると、顔が簡単に沸騰して、秋だというのに真夏のように熱くなってしまった。
 ――私はこの時、多少なりとも発情してしまったのだと思う。

  菫「……ぁ……んっ」

 私は、照の隣で自慰をしてしまった。
 かつてない勢いで絶頂したのと同時、同じ程度の後悔が押し寄せてきたのは言うまでもない。


11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:30:33.01 ID:eyRvoYtu0

 その後悔を糧にして、私はしばらく大人しくすることにした。
 が、それも虚しい。

  照「……菫、聞いてる?」

  菫「え、ああ……」

  照「先生が呼んでる」

  菫「そっか、悪い」

  照「また、ぼーっとしてる」

  菫「…………」

 結局その抑圧は、三日と持たずに終了してしまったのだ。
 麻雀にも精が出ないし、最近は家の中ですらぼーっとしてしまうことがあった。
 これを断ち切る方法など、実際のところはとっくに気が付いている。

 照とは今のように、このまま大人になり環境が変わっても話し続けられる仲でありたいと思う。
 照とは今と違い、恋人になりもっと進んだ仲になりたいと思う。
 どちらかを選択すれば、その逆を切り落とさなければならない。

 私はこの答えを決められないまま、腹をくくった"つもり"で、照に告白しようと決心した。


12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:32:09.28 ID:eyRvoYtu0

 放課後の教室。
 誰もいなくなったことを確認して、照をここに呼び寄せた。
 照が来るまでに済ませた心の準備は、足音が聞こえただけで軽く吹き飛んでしまっていた。

  照「話って、どうしたの」

  菫「…………」

  照「菫?」

 好きです、と、ただ一言の言葉が出てこない。
 毎日毎日、心の中は復唱した言葉。
 今だって、復唱している。
 けれどいくら口を開けたって、出てくるのは熱い息ばかり。

  照「大丈夫?」

 照の方からは、私が病人にでも見えたらしい。
 私は、照に手を握られた。
 それがただの気遣いであることは、重々承知している。


13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:33:18.41 ID:eyRvoYtu0

 承知しているのに、抑え切れない。

  照「菫……っ!」

  菫「…………」

  照「……ねえ、ちょっと」

 ――気が付けば、照を抱擁していた。
 あの時と同じく、照の手に触れたことで、私の中の枷が弾け飛んでしまったのだろう。

 抱きしめる力が強すぎると、なんとなくわかっている。
 照がやや混乱していることも、なんとなくわかっている。
 それらに対して、照は何一つ言及しない。
 私も、照に対する気遣いなど全くもって忘れてしまっていた。

  菫「……照、好きです」

  照「え……」

  菫「私と、付き合ってくれ……」

 私はただ、勢いに任せて自分の恋心を照にぶつけたのみだ。


16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:36:43.94 ID:eyRvoYtu0

 帰ってきた答えは、当然のものだった。

  照「……ごめん、菫。 付き合うことはできない」

 元々、たったの1%しかない、あるいはそれよりもっと低い希望にかけて告白したのだから。
 これは当然のもの、こんなことはわかっていた、はずなのに。

 なのになぜこうも、胸の奥がぽっかりと空いたような気分になるの?
 泣き声だけは、なんとか堪えられている。
 その代わり、恋心だけは堪えきれずに、その辺りに散らばってしまっていた。

 それから照は、私に追い打ちをかけてきた。
 実際追い打ちではなく、黙っている私を見兼ねてのことだと思う。
 しかし私には、照が言う”付き合えない理由”というのが、全く追い打ちにしか感じられなかった。

  照「菫のことはいい友達だと思っているし、一番仲もいい」

  菫「……ああ」

  照「それでも、恋愛感情は持っていない、持てない。 ごめん」

 胸のほうに、得体のしれない気味の悪さが押し寄せてくる。
 私はきっと、激情でひどい顔をしているはずだ。
 その表情を隠蔽するように、耳をくっつけて、照の理由全てを聞いていた。
 照が今どんな顔をしているのかは、よくわからない。


18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:38:42.25 ID:eyRvoYtu0

 私は照を離して、顔を合わせないようにそっぽを向いた。
 抱きついた時と同じく、この時もまた、照は一言も喋らない。

 私達の仲は、これで終わってしまうのだろうか。
 もしかしたら関係を切られるかもしれないと、片隅では理解した上で告白している。
 それについて、腹はくくっている――つもりだった。

  照「……帰ろっか」

 その言葉が、あろうことか別れの言葉に聞こえてしまう。
 こうして帰宅して、一度照と別れれば、それ以降一緒に歩くこともなくなるのだろうか。
 頭に過るその考えは、照に対する恋心と同じく、どうしても振り払えないものだった。
 どうにかして、繋ぎ止めないといけない――そんな焦燥から出た言葉は、最悪のものだった。

  菫「なんでもいいんだ! ……身体だけの関係でも」

  照「…………」

  菫「照、私を見捨てないでくれ!」

 振り向いた時に見えた照の顔には、僅かな哀れみが色濃く反映されていた。


20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:39:48.66 ID:eyRvoYtu0

 結局照は、私の提案を承諾した。
 可哀想だと思われていることは、わかっている。
 でも、後に引くことなどできない。
 それに、もし引くことができたとしても、私はきっと引かないことを選択すると思う。

  照「それで、どうすればいいの」

  菫「いつも一人でするようなのと変わらないさ……ただそれが、二人に増えただけ」

  照「私、ほとんどしないけど」

  菫「それならそれで、構わない」

 それからは、照の制服を上から脱がしていった。
 ブレザーを剥がして、ネクタイをほどいて、ボタンを上から順に弾いていく。
 私がする行為を、照はただただ静観していた。

 これからする行為がわからないわけじゃないだろうに、全く緊張している様子が見られない。
 照にとっては自慰の延長線上であり、同時に私を慰めるための儀式でしかないのだろう。
 私も私で、半分程度は線が切れてしまっているから、取り乱したり、必要以上に赤面することはなかった。

 切れたのが緊張の線ではなく、恋心の線であったのなら、どんなに良かったことか。


23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:41:05.12 ID:eyRvoYtu0

 照の服を全て取り払った後に、今度は自らの服を脱がしていく。
 そうして、私たちは何もなくなった。
 双方ともに、脱がし終えた服を畳むことなど忘れてしまっていた。

  菫「照、触るぞ」

  照「待って」

  菫「何?」

  照「こういうの、最初はキスするものじゃないの?」

 しよう、ではなく、するもの、か。
 やっぱり照にとっては、こんなことはとことん儀式らしい。
 先の言葉は、それを私に知らしめるかのよう。
 そして同時に、哀れんでいる様が見て取れる言葉でもある。

 それらのことを知りつつも、この行為を中断する気など、私は持ち合わせていなかった。

  菫「照、目を閉じてくれ」

  照「……んっ」

 照の頭に手を添えて、私たちは静かに唇を重ねる。
 初めてのキスは、よくわからない味、ヘドロのような感触がした。


25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:43:25.63 ID:eyRvoYtu0

B

 私達は、それから幾重にも身体を重ねていった。
 正確な回数は、もう覚えていないし、取り立てて数えることもしていない。
 いくら歪な関係になろうとも、本質である照との友人関係は未だ変わらず。
 ――いいや、実際には、少しは変わってしまったかもしれない。
 少なくとも私は、あれ以降ガラス張りの壁のようなものがあるのではないかと、不安で仕方がなくなっている。

 二年の春も終わり、私達は三年生へと進級した。
 一軍である私たちは、そのまま成り行きで指揮を取るような立ち位置につくこととなった。

 インターハイを二連覇に導いたのは、一軍の地力もあることだろうが、私は偏に照の功績だと思っている。
 それはなにも、私だけの思考ではないらしい。
 新入生が皆、口を揃えて宮永照、宮永照と言っているのがその証拠だった。
 公平のために口に出さないものの、教師陣も皆同じような考えに至っているはずだ。

  菫「目ぼしい生徒はいたか?」

  照「正直、全然。 菫は、いた?」

  菫「私も同じ意見だ」

 けれど皆、憧ればかりが先行していて、実力がそれに追いついていなかった。
 いくら入部者が殺到しても、力なきものは一軍には入れない。

  菫「今年は、不作だな」

 そう思った、直後の出来事だった。


29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:46:14.67 ID:eyRvoYtu0

 ふと、部室の扉が開く。
 普段ならば気にすることではないのだが、入室者の一声によって、部室内の全員が彼女に注目することとなった。

  淡「ごめんなさーい、遅れちゃったよ」

 金髪のその少女は、全く悪びれる様子も見せずに、挑発と勘違いしてしまうようないい加減な謝罪をした。

 白糸台は、照が二連覇へ導いたことも影響して、その実力重視は完璧なものとなっている。
 そのため一軍に上がった者達はともかく、それよりも下に位置する者は、皆多少なりとも神経質になる。
 あるいは先のように、やる気をなくしてしまうかのどちらかである。
 この金髪の少女は新入生と見えるが、入学早々やる気がないのだろうか。
 フランクなのは結構だが、時と場合を考えてもらいたい。

  菫「遅れちゃった、じゃないだろう。 一時間は経過しているが」

  淡「だから、ごめんなさいって」

  菫「……お前、名前は」

  淡「大星淡、一年生!」

  菫「入部希望か?」

  淡「うーん、私は……宮永照を、倒しに来ました!」

 大星の発言により、部内の雰囲気は注目から清寂へと変化した。


30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:48:44.41 ID:eyRvoYtu0

 結論から言うと、大星の実力は魔物のそれだった。
 照相手にも、全く引けをとらない。
 あるいは、半荘の途中に限って、一時的に優位になることすらあった。
 照を相手にそれほどの闘牌ができたのは、他に誰がいただろうか。
 照の苦境を見るのは、何時ぶりだろうか。

  照「ツモ、12900オール」

  淡「うわ、噂通りだねー」

 最後の半荘は、照の親番、東二局九本場の二巡目で終了する。

 この五回の半荘、結局、照が一度もトップを逃すことはなかった。
 それでも、私には大星が照に劣るようにはとても思えなかった。
 確かに負けは負けだが、彼女もまた常に二位をキープし、照と棒一本分程度の点差しかなかった半荘だって、二回もあったのだから。

  淡「こんな面白い人と打てるなら、ここに入部する!」

 それからは、一ヶ月も待たずに大星は白糸台の一軍に参加することとなる。
 もしかしたら、照は最初の対局時に、大星を一軍にすることを決めていたのかもしれない。
 ただ、皆のことを考えて、すぐに迎え入れなかっただけで。


32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:52:39.18 ID:eyRvoYtu0

 大星が加わってからの事。
 麻雀部での照は、彼女といることが多くなっていった。
 最も照の方からそうしているわけもなく、専ら淡が照へちょっかいをかける形だ。
 照も全面的に受け入れるわけではないが、かといって拒絶もしていない。
 それを見ると、ひどく胸焼けがする。

 時が経ち、早くもインターハイの時期が迫ってきた。
 この一年は、白糸台の三連覇がかかった重要な年。
 必然、実力主義に更に磨きがかかる。
 そうなると他の三年生を押しのけて、大星もメンバーに入ってくることだろう。

   「先鋒、宮永照」

  照「はい」

   「次鋒、弘世菫」

  菫「はい」

 入ることはわかっていたけれど、いざ発表されると、照と同じチームでいられることに安堵してしまった。
 全く、情けない。

   「中堅、渋谷尭深」

  尭深「! はい……」

 彼女もまた、同じく安堵の体だった。
 そういえば、渋谷は今年が初めてだったか。


34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:55:40.13 ID:eyRvoYtu0

 横に並ぶ渋谷の顔を見た後に、再び点呼する監督の方へ向き直した。

   「副将、亦野誠子」

  誠子「はい」

   「大将……大星淡」

  淡「はいはーい」

 大星が、大将。
 照が先鋒として選ばれた時点で、薄々は理解していたことだ。
 彼女の実力なら、その大将の座もしっかりと務まることだろう。
 照が座ったことのあるその席を大星に任せることには、誰も異論はない様子だった。
 それもそうだ、彼女が照に引けをとらない実力を持っていることは、否定しようもない事実なのだから。

 帰りの道で、私は照に対して、大星について問いかける。
 大将の座に、自分が座らなくていいのかという旨の問いかけだ。

  菫「いいのか? お前じゃなくて、大星を対象に置いて」

 私はてっきり、照が大星を褒めるだけの返答を寄越すと思っていたのに。

  照「私が、大星に大将を譲った。 あそこはあの子にこそ相応しいから」

 照の返答は、予想も濃度の高いものだった。

  照「他の誰にもできないと思う」

 ――また、胸焼けがした。


35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:56:55.05 ID:eyRvoYtu0

 大星が入学してから、私は少しずつ破綻していった。
 その原因がただの醜い嫉妬であることは、既に気が付いている。
 気が付いていても、どうしようもできない。

  菫「んっ、照っ……」

  照「う、あ、あっ……」

  菫「ん、んうっ!」

 どうしようもできないから、乱れた。
 私達の行為は、大星が入学してきてから明らかに変化している。
 端的に言えば、激しくなっていった。

 今日もまた、同じ場所を重ねて、快楽を共有するばかり。
 他には、何も考えてない。
 こうしている内は、考えなくていい。

  菫「照……んむっ」

  照「ん、ぅ……」

 一通り終えた後は、汗だくになりながら、体液の塗りたくられた身体を重ねあって身体を休める。
 と言っても、私はその際にも照の口へ自分の舌を繋げるのだから、実際は名前ばかりの休憩だ。
 それが終われば、再び先のような行動を機械的に繰り返して、脳に快楽を命令するのみ。
 これでもう、今日は三度目だ。


36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:58:19.53 ID:eyRvoYtu0

 四度目をしようと試みた頃、照は突然咳き込んでしまった。

  照「菫、苦しいっ……」

  菫「す、すまない」

 その言葉で、頭が一気に冷却されてゆく。
 照の腰から自分の腰を下ろしてすぐ、照は自分の身体を起こして、胸に手を当てて深呼吸を始めた。
 それほどまでとは、私は一体、どれほど錯乱していたんだろうか。

  照「今日、なんか、強引……」

  菫「……悪かった」

  照「今日はもう、休憩したい」

  菫「……そうだな」

  照「ねえ、菫、何かあったの?」

 そんなこと、一々聞かないでくれ。
 照、お前はどうして、そうやって私の心を分解しようとするんだ。

  菫「……お前は、大星のことをどうしたいんだ、どう思っているんだ」

 自分でも、見苦しい返答をしたと思う。


38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 01:59:13.37 ID:eyRvoYtu0

 客観的に見て、大星には照と同程度の実力がある。
 大星が照とよく対決するのも当然のことだ。
 照が大星を一軍へ引き入れたことも、大将の座を譲ったことも、納得できないわけがない。
 その上で、大星に嫉妬の念を抱いているわけだ。

 むしろ、それだけならまだ可愛いものだろう。
 私はあろうことか、照の彼女面をしているのかもしれない。
 自分が憎らしい――そう考えれば、全ての感情に説明がつくのだから。

  照「どう、って……。 実量があるから、一軍に推薦したし、大将の座も譲った」

  菫「確かに、実力はあるが……」

  照「菫だから言うけど、私が抜けた後、白糸台を支えるのは尭深でも誠子でもなく、淡だと思ってる」

 "菫だから"なんて本来なら嬉しいはずの言葉は、この時ばかりはむしろ嫌悪してしまった。


41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:01:51.46 ID:eyRvoYtu0

 それから、照は更に言葉を続ける。

  照「念のため言っておくと、私は……淡のことは、後輩としか思っていない」

 そういった照の赤い視線は、真っ直ぐに私の目を突き刺してきた。
 思わず、目を逸らしてしまった。
 その言葉の役割は、本来なら、私を宥めるものであるはずなのに。
 淡がどう思っているかはともかく、照はただの後輩としか思っていない、それだけの意味しかないはずなのに。

 どうしてだろうか。
 ”菫のことも、彼女ではなく友人としか思っていない”――そんな風に、聞こえてしまうのは。

  照「私は、菫が一番の友人だと思ってるから」

 現在考えていた思考を読み取られたかの如く、照は顔を変えずにそんな言葉を投げかけてくるのだった。
 胸焼けこそしなかったけれど、今度は吐き気がこみ上げてくる。

 照は最初から、私とは恋人ではないと、言葉にして伝えてきているじゃないか。


43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:06:27.47 ID:eyRvoYtu0

 照がどうして、身体だけの関係を承諾してくれたのかは知らない。
 そんなことはどうでもいい、私たちはただ、身体だけ重ねていればそれでいいはずである。
 勝手に期待しているのは、私だけ。

 先の発言だって、そんな風に聞こえるもへったくれもない。
 照は一貫して、最初からそんな風に言ってきているじゃないか。

 ――それでも私は、照が好きだ。
 大星が一方的に照に擦り寄るように、私もまた、照に一方的な恋慕の情を抱いている。

  菫「お前はどう思っているか知らないけどなぁ!」

 照は私も大星も等しく否定するだろう、そんなことはわかっている。
 わかりきっているのに、何度も否定されているのに、求めてしまう。

  菫「私は、お前のことが好きなんだよ……! なんでわかってくれないんだ……」

 そんな自分に、嘔吐感を覚えてしまったわけだ。
 腹中に渦巻く気持ち悪さは、全て言葉にして吐き出すことで、なんとか誤魔化すこととした。

  照「……それでも、私は」

 照はただ、淡々と告げる、そこには何の感情もない。
 強いて言えば、友人である私に対する哀れみが含まれているばかり。
 その口から出てくる言葉は、もう、わかっている。

  照「菫に恋愛感情は抱けない、抱くこともない」

 だろうな。


45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:08:15.68 ID:eyRvoYtu0

 それからは、もう気力もなくなってしまったので、行為は中断することとした。
 照も、異存はない。
 大体、求めているのは照のほうではなく、私だけなのだから。
 
  菫「……すまない、今日はもう帰る」

  照「シャワー浴びて行かないの?」

  菫「いい」

 いつもなら、シャワーを浴びてから二、三の会話をして帰るのだが、今日はもう早く帰りたい一心だ。
 体液を落とすためにここに居続けるよりも、湿った格好でもいいから、とにかくこの場から離れたい。
 本当、自分勝手だと思う。

 家に帰ってからは、靴を脱ぐのを待たずして、玄関で泣き崩れてしまった。
 服も髪も、汗でとっくに汚されているから、涙が出てくることは特に気にならない。

 先刻の嘔吐感が再発して、咄嗟に手のひらを口に当てるも、何か出てくることはなかった。
 服を汚さずに助かった、などとは思えなかったし、また何か出てきてしまっても、同じように何も思わなかったろう。


48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:11:02.55 ID:eyRvoYtu0

 私達の関係は、見るからに崩れている。

  菫「……照」

 無意識に、恋愛対象の名前を呟いてしまった。
 私はどうやら、まだ照のことが好きらしい。
 恋は病と言うが、全くその通りだと思う。
 できることなら、薬で治してしまいたい。

 こんな関係になってから、嫌悪感を抱かなかったことが無い、といえばそれは嘘になる。
 けれど、それは照に対してではなく、むしろ不可能な恋をしてしまった自分に対して、だ。
 偽りの罵倒を頭の中にいる照にいくら投げかけても、どうしても嫌いになることができない。

 身体を重ねる行為だって、やめたくない。
 これが唯一、崩れた私達を繋ぎ止める糸に見えて仕方がないのだから。
 繋げるというよりも、縛っているといったほうが適当だろう。
 どちらにせよ、照との関係がなくなるよりは、ずっとマシだ。

 シャワーを浴びて、体液を全て削り落とした後は、夕食も食べずに眠ってしまった。


49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:13:27.95 ID:eyRvoYtu0

C

 あれから三日が過ぎる。
 大星は、相変わらず照に懐いていた。
 私と照も、表面上こそ変わりない。
 亦野はしっかりしているし、渋谷も気を使いながら落ち着いている。
 麻雀部の風景は、全く変わっていない。

 この三日間、私達は身体を重ねていなかった。
 無論、行為をやめることはできる限りしたくない。
 かといって、積極的に身体を重ねることも、またしたくはなくなっていた。
 あの吐き気が襲ってくるかもしれない――そう考えるだけで、身体が縮こまってしまう。
 照はただ、私が求めれば素直にそれに従うのみ、照のほうから私を求めてくることなど一度もない。
 そんな理由が重なったのが、身体の関係が疎遠になった理由である。

 それに。

  菫「調子は、大丈夫か?」

  照「大丈夫。 準決勝と、決勝だけ問題にしていればいい」

  菫「お前が負けるということはないだろうが……油断はするなよ」

  照「わかっている」

 もう、三日後にはインターハイがある。


51: そんな理由が → そんな事情が 2012/10/09(火) 02:15:32.29 ID:eyRvoYtu0

 こうなると最早、私一人だけの話ではなくなってくる。
 照の雀力に関しては、私なんかが文句を言えるものでもない。
 しかし、身体の問題は別だ。
 いくら強くとも、雀卓につけなければ意味がない。
 破綻した今の状態では、照の身体を崩してしまいかねない行為に及ぶ可能性が十分にある。
 照との関係が壊れるよりも、照自身が壊れることのほうが、私には耐えられない。

  菫「照」

  照「なに?」

  菫「……しばらく、私達の関係は終わりにしよう」

  照「…………」

 だから私は、自分の感情を押し殺して、照との関係を断つことにした。


52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:18:02.39 ID:eyRvoYtu0

 あんまりに遅すぎる行動だと、自分を嘲笑したくなる。

  照「……どうして?」

  菫「もう、インターハイだ。 万が一身体を壊してしまったら、私は責任を負いきれない」

  照「最近してなかった理由も、そういうこと?」

  菫「……ああ」

 本当は、違う。
 照の彼女になれない現実、それを見つめたくなかったから。
 これで私は、照に二度目の嘘をついたことになる。

  照「わかった」

  菫「…………」

 照が理由を聞いてきて、正直、内心では期待していた。
 もしかしたら、照のほうからこの関係を繋ぎ止めてくれるのではないか、と。

 しかし、そう都合良くいくはずもなく。
 照の淡白な返事からは、そんな影は全く見られなかった。
 それもそうだ、元々私が勝手に求めて、私が勝手に断ち切ろうとしているだけなのだから。

 どんな行動を取ろうとも、照の彼女ではいられない。
 そういった現実を自覚するのには、もう十分すぎる期間が経過している


55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:21:41.17 ID:eyRvoYtu0

 インターハイの日になるのは、想像していた以上に早い出来事だった。

  照「ツモ、2000.4000」

  淡「おー」

 白糸台は、何の問題もなく勝ち進んでいる。
 そのためだろうか、他の学校は知らないが、少なくとも白糸台の控え室は重苦しい空気にはなっていない。
 それ故に、大星はいつものように照にべたついていた。

  淡「おかえりテルー、やっぱりすごいね!」

  照「今回は相手が弱かっただけ」

  淡「ま、それもそうだけどね。 決勝にさっさと行っちゃえば、少しは楽しめそうだけどなー」

 また、胸焼けがする――だが、意外にもそれもすぐになくなった。
 私の心中に、触った端から肉が腐り落ちてしまいそうな、どす黒い感情が宿ったためだ。

 大星は、照のことを友人以上、先輩以上だと思っているのだろう。
 大星ほどの実力であれば、自分より強い人間を見たら敬愛してしまう気持ちもわからないじゃない。
 私も照のことを友人以上だと思っているし、願わくばそれをしっかりとした形にしたいと思っている。
 しかし照は、両者共に、明確な言葉にして否定した。
 その事実は、私だけが知っているもの。
 照に対しては、大星はそんな事情を知らずに突っ込み、私は知っていても尚突っ込んでいる。

 ああ、なんだ。
 大星も、結局、私と同類じゃないか。


57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:23:29.48 ID:eyRvoYtu0

 それからは、またしばらくの時間が経つ。
 その頃になって、私の元に一つの転機が訪れる。
 廊下を歩いている時に、どこかの記者に質問を求められたのが発端だ。

   「ちょっと、いいですか」

  菫「はい、なんでしょう」

   「宮永照選手について、聞かせてもらいたいんです」

  菫「本人に、直接伺ったほうがいいと思いますが」

   「そう言わずに……ほら、これ見てください」

  菫「……?」

 その記事には、清澄高校・宮永咲のことが記述されていた。
 宮永咲――照の妹。
 照の家庭はどうも複雑らしいが、私は未だにその全貌を教えてもらったことはない。
 しかし長いこと一緒にいる身だ、妹がいることなど、とっくに知っているさ。


58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:25:46.77 ID:eyRvoYtu0

 今でこそ崩れかけてしまったが、私は照の友人であることに誇りを持っている。
 無闇矢鱈に、こんな人間にお喋りするつもりもない。

   「あなた、宮永照選手のご友人ですよね? 妹さんについて、何か知りませんか?」

  菫「いいえ、全く」

   「そうですか……残念」

 なんの嫌悪感も抱くことなく、記者に嘘をついた。
 照が私を拒絶する際も、きっとこんな風に、何も思っていないのだろうか。

 そう思うと同時、先程大星の方を向いていた黒い感情は、今度は照の方を向いてしまった。
 気が付いた頃には、もう遅い。
 いくら修正しようと思っても、命令を受け入れてくれない。
 修正しようと思いつつ、心の底のほうでは照を独占したいと思っているためだろうか。

  菫「この記事……」

   「はい?」

  菫「私も、照のことについて知らないことは多くあります。 ですから、この記事をお借りしたいのですが」

   「あ、ああ、はい! 構いませんよ、いくらもっていっても」

  菫「ありがとうございます」

 私は、照に振り向いてもらいたい一心で、こんなことをする。
 こんなものは、言い訳にしかならないか。


61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:27:16.26 ID:eyRvoYtu0

 私が控え室に戻ったのは、大将戦が終了する直前だった。

  照「おかえり、ずいぶんと長かったけど……何持ってるの?」

  菫「ああ、これか」

 そう言った切り。
 大星が帰ってきたために、この会話は中断される。

 大星と照が二、三の会話をぽつぽつとした後。
 私は手元の記事を、先ほどのお望み通り、照の側へと投げつけてやった。

  菫「……お前、妹がいたんじゃないのか?」

 照は何も喋らず、ただその記事を読み取るのみだった。

 照の家庭が複雑であることは、私だけが知っている事実。
 同じ秘密を共有できる唯一の相手として、私を頼って欲しい。
 照の方から、私を求めて欲しい。

 真っ黒な感情に突き動かされてとったこの行動は、すぐに後悔することになる。

  照「……私に、妹はいない」

 照の身体に走る、確かなショックを見つけてしまったから。


63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:29:50.48 ID:eyRvoYtu0

 その日の麻雀は終了した。
 新聞を投げた一件以降、照とは会話をしていない。

 夕食や風呂など諸々の事柄を済ませて、各自ホテルの自室へと戻る。
 大星なんかは、もしかしたら照にちょっかいを出しているかもな。
 どうせ実らないのだから、好きにすればいい。
 私も、実らないと知りつつ好きにしているのだから。

 そう思った直後、ドアに軽い音が二つ鳴り響き、用心することもなく鍵を開けた。

  菫「照か」

  照「明日の対戦校の牌譜を、一通り見せて欲しい」

  菫「……わかった」

 用事があるのは、私ではなくて、牌譜ってわけだ。

 牌譜の入った端末を持って、照に渡す。
 受け取った照はそのままベットへと座って、膝の上に端末を乗せて牌譜を眺めはじめたのだ。
 てっきり、さっさと帰ると思っていたのに。

  菫「自分の部屋で見なくていいのか?」

  照「さすがにこれを持ち出すのは申し訳ない。 全部覚えて帰る」

 違う、帰ってくれ。
 困るのはお前じゃなくて、私なんだよ。


64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:32:10.01 ID:eyRvoYtu0

 照は言葉通り、全ての牌譜を眺めた後に端末を返却してきた。
 それからも、照は居座っている。

  菫「帰らなくていいのか?」

  照「帰って欲しいの?」

  菫「そういうわけじゃないが……」

  照「もう少し、居たい気分」

 私はお前と違って、淡白な性格はしていない。
 私がいつからお前に抱かれてないと思っているのか、覚えているのか?
 そんなこと、お前は興味がないのか?

  照「飲み物、もらっていい?」

  菫「ああ……その冷蔵庫に入ってる」

 腰の低い冷蔵庫に合わせて、照はやや屈んでその中身を覗いていた。
 こちらから見える横顔と腰を見ると、とても我慢できそうにはなかった。

 いつもいつも、行動ばかりが先行する。
 そんなだから、私たちはこんな醜い関係になってしまったのかもしれない。

  照「……あっ!」

 私は、とことんバカだ。
 腰を起こした照の両腕を掴み、そのまま床に押し倒してしまったのだから。


70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:35:55.19 ID:eyRvoYtu0

 辺りには、照が手にしたコーラの瓶が転がる。
 暴発してしまったら大変だけれど、今の私はそれに構っている余裕はない。

  菫「照」

  照「んっ……」

 それから、強引に照の唇を奪った。
 照は全く抵抗しない。
 それどころか、いつもより少しばかり火照っているようにも見える。
 こんな表情、燃料としては十分すぎる。

 それからは四回ほど、互いの舌と舌を、唾液と唾液を混ぜ合った。
 どちらの口にどちらの唾液が入っているのか、もう、わからない。

 私たちはそのまま服を脱ぎ終えて、あろうことか床の上で行為に及んでしまう。
 照はいつもよりも数倍乱れて、喘ぎ声は下手したら騒ぎ声にも錯覚してしまうほど。
 今まで照が、なんで私とこんなことをしているのかわからなかったのだが、その時、ふと気が付いてしまった。

 照はきっと、家族関係に関するストレスを解消するために、私を抱き続けていてのだろう、と。
 お互いに、決して埋められることのない傷を埋めたいがために、こんな行為に及び続けているわけだ。
 私は照を利用しているし、照も私を利用している。
 照と同じ堕ち方をしているのは、なんだか嬉しく思えてしまう。

 払いきれない冷たさと、湿っぽい熱さ。
 その二つを同時に、互いに感じながら、私たちは同じ頃に果ててしまった。
 
 ――結局この年、白糸台は三連覇を逃してしまった。


71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:37:37.81 ID:eyRvoYtu0

 因果関係は、よくわからない。
 けれど、元々は白糸台を勝ちへと導くために始めた禁欲だ。
 それを解除した途端の敗退。
 これで責任を感じるなという方が、無理な話だ。

  菫「照、ごめん、ごめん……!」

  照「菫のせいじゃない、誰のせいでもない。 ただ、相手が強かっただけ」

  菫「でも!」

  照「三連覇を逃したのは、私だけじゃなくて菫も同じ。 一方的な責任を感じないで」

 私には自分の"無理"を押し付けてくる癖して、私の"無理"は無視しようとする。
 お前は、どうしてそうなんだ。

 こんなの、私を責め立てればそれで終わる話じゃないか。
 私のことを一発や二発でも叩いて、菫が襲ったせいと一つ言うだけで、全てが丸く収まる。
 もう関係は終わりなんて言えば、ちょうどいい機会だ、綺麗サッパリ関係を断てることなのに。
 そう言われてしまえば、私が次に返せる言葉はない。
 そんなこと、お前ほどの人間が、理解できないわけがないだろ。

 どうしてお前は、中途半端に私に優しくするんだよ。


76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:41:04.02 ID:eyRvoYtu0

D

 インターハイ中の一件があってからは、どちらが言い出すまでもなく、自然と行為は再開していった。
 そのペースは、意外にも安定している。
 私も照も、あれから極端に乱れることはなくなっていた。
 ただただ、作業的に快楽に包まれているだけだ。

 この頃はもう、どうして身体を重ねているのか、なんだかよくわからなくなってしまっていた。
 私にわかっていることは、私が照を好きでいることと、その恋は永遠に成熟しないこと。
 そして、関係を断ち切りたくないこと――この三点のみ。
 だから私は、今日も照に身を委ねる、照もまた同じだ。

 ある日の帰り道で、照とこんな会話をした。

  照「菫は、卒業したらどうするの?」

  菫「進学しようと思う」

  照「プロ行きの推薦は?」

  菫「一旦、保留だろうな」

 最高学年ともなると、当然のように進路の話を進めなくてはならない。
 照にはもちろん、幸い私にもプロ行きの話は転がってきたのだが、私はこれを蹴って、大学へ進学することとした。
 大学に行って、何かしたいわけではないし、将来的にはプロになるつもりでもある。
 ただ、今はその地位は欲しくない。
 今そんな地位を入手して、一体何になると言うんだ。


78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:45:01.54 ID:eyRvoYtu0

 私が大学へ行くことを選択した理由は、高校での濃密過ぎる時間を薄めたいという、消極的な考えがあったためだ。
 少なくとも、照に関しても、麻雀に関しても、気持ちの整理が全くついていないことは事実であった。

  照「なら、私と同じ」

 どうやら、照も進学を決めたらしい。
 普段ならば喜ぶ、以前ならば喜んでいたのかもしれないことなのに、全く喜べずにいたのが不思議だった。

 最終的に私たちは、別々の大学へ進学することを決定した。
 その方が、後腐れなく済むだろう。

 進路を固めた後は、少しばかりペースの落ちていた例の行為を、再び元のリズムに戻した。
 もう、照に溺れる必要もないのに、未だにこんなことを続けてしまっている。
 自分の選択、照の心中、自分の非力さ、現状。
 全てが、よくわからなくなる、満足とも不満足ともつかない。
 そんな不安定な状態だからこそ、強引に精神を安定させるために、互いの身体を貪りあっているのかもしれない。
 願わくば照の方にも、多少なりとも似たような感情が宿っていてほしいものだ。

 未だに照のことは好きだ、だけど、付き合う希望はもう抱いていない。
 実のところどうかはわからないものの、そう決心したのは事実である。
 だからクリスマスは、照と会わないことにした。
 もし会ってしまえば、再び処理し切れない希望を抱いてしまうかもしれないから。

 余談だが、大星は私の予想通りの感情を抱いており、卒業式の今日の日に告白をしたらしい。
 結果は言うまでもないだろう。
 同類だと思うものの、私のように泥沼に陥らなかっただけ、彼女はまだましだ。
 それだけは、素直に羨ましかった。


79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:46:50.53 ID:eyRvoYtu0

 卒業式の間、照は涙を流すことも、目頭を熱くさせることもなかった。
 こいつは、最後まで一貫していた。
 対して私は、最後までブレ続けていた。

  照「お疲れ」

  菫「ああ、背中が痛くて仕方ない」

  照「……なんだか、こうなると少し寂しくなる」

  菫「全く動じなかった癖にか?」

  照「それとこれとは別、菫だって動じてなかったでしょ」

  菫「まあ、な」

 照の言うとおり、私は泣いてはいなかった。
 でも――何が"動じてなかったでしょ”だ。

  菫「……すまない、先に出ててくれ」

  照「わかった」

 こんなちぐはぐな感情を抱えたままの卒業式で、感傷に浸らないわけがないだろう。
 気持ちはもうとっくに整理した、はずなのに。


82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:49:16.88 ID:eyRvoYtu0

 私はトイレに駆け込んで、一目散に個室の扉を開けて、その中で声を殺しながら泣きだしてしまった。

  菫「照……照……」

 もう、照と付き合うことは考えないようにしよう。
 プロ行きも、一旦はやめにしよう。
 私はまだ、大人ではないから。

 そんな諸々のことは、先程までは確固たる思考として、確かに私の中に存在していたものだ。
 でも、照に話しかけられただけで、"寂しくなる"と一つ言われただけで、それらは簡単に崩れ去ってしまった。
 どうやら自分に言い聞かせて、無理矢理、自己暗示的に納得していただけらしい。

 本当はもっと、照と一緒にいたい。
 本当はもっと、照と麻雀を打ちたい。
 全て、叶わない。
 もう、遅い、遅すぎる。
 それどころか、叶うタイミングすら、最初から存在していなかったのだろう。
 照と出会ったことそのものが、間違いだったのかもしれない。

 私の初めては両方とも、快楽ごと照に預けてしまったのだ。
 そのことを理解すると、また、少しばかり吐き気がこみ上げてきた。


85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:51:11.99 ID:eyRvoYtu0

 涙の貼り付いた顔を洗って、トイレから出る。
 照は玄関のすぐ側にいた。

  菫「すまない、待たせた」

  照「……泣いてきたの?」

 なんで、一発で見抜くんだよ。
 しっかりと、鏡で跡を直してきたはずなのに。
 なんでこいつは、私のことを知り尽くしているんだ。
 なんで私は、こいつのことを知り尽くしているんだ。

 ああ、なるほど。
 こうして互いを理解し合えるほど深い関係だったなら、せめてもの救いと言える。
 結果がどうあれ、私たちはただ、身体を重ねるだけの関係ではなかったのだ。
 
  照「っと……大丈夫?」

 奇しくも、最初の頃と全く同じ状況だった。
 照に寄っかかるように強く抱きついて、耳をくっつけて、お互いの顔を隠している。

 私が泣いていることは、照は察しているだろう。
 だからこそこうして抱きついていることも、照は知っているはずだ。
 内面が筒抜けだろうと、それで構わない。
 もう最期になるのだから、せめて外面くらいは、破綻していない弘世菫として過ごさせてほしい。


86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:53:22.50 ID:eyRvoYtu0

 卒業式の後は、正真正銘、最後の行為に及んだ。
 口に出して決めたことではない。
 けれど私も、照も、これが最後になるであろうことは察している。

  照「っ、あっ、うぁっ……」

  菫「はあっ、あっ……んぅっ!」

 私は、照よりもやや遅く絶頂を迎えた。
 いつもは、照の名前を呼びながらすることなのに――なあ。
 喉の方まで出かけた想い人の名前は、口に出さず身体の中へ押し返すことにした。

 くたびれた私たちは、お互いに胸を重ねて、倒れたまま休憩する。
 最後の最後は、ひどく疲れてしまった。
 耳には、照の激しい呼吸音が侵食してきている。
 恐らく照の方にも、私のそれが侵食しているはずだ。

 しばらく荒い呼吸をした後、私たちは一言も喋ることなくキスをした。
 舌を重ねない、軽いキス。
 行為の最初と最後には、毎回キスをするのだから、これが正真正銘最後の触れ合いだ。
 この触れ合いで、私達の関係は全て解除される。

 最後のキスは最初と違って、不思議と甘い味がした。


89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:56:20.92 ID:eyRvoYtu0

 その後も、私達は沈黙しているのみだった。
 お互いに、最後はどうやってケリをつけるべきか手探りしている状態だ。

 照はどうだかわからないが、私にはただ一つだけ、やり残したことがある。
 それだけは、どうしても実行しておく必要があった。
 もし照にやり残したことがあったら申し訳ないけど、その枠はどうしても私に譲って欲しい。

  菫「照、私は今から告白する。 こっびとく振ってくれ」

  照「……わかった」

 トイレで泣いた通り、私には確かに未練が残っていた。
 それを本当の意味で断ち切らねば、お互いに先へは進めない。

 告白の言葉は、最初と違って簡単に口から出ていってくれた。

  菫「照、好きだ。 付き合ってくれ」

  照「菫に恋愛感情を抱くことは"絶対に"ない」

  菫「……ふふ、ありがとう」

  照「…………」

 最後にしぶとく残っていた未練は、心の中心部を道連れにして切り落とされていった。
 ぽっかりと空いた穴を見つけた後――身体が、なんだかひどく軽くなった気がした。

 私は、ありがとうの言葉と一緒に、うまく笑えているだろうか。
 涙を流しつつも、最後に相応しい顔を作れているだろうか。
 なあ、照――。


91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 02:58:58.76 ID:eyRvoYtu0

E

 時が過ぎて、私と照は大学二年生になっていた。
 年齢も互いに二十歳になり、もう酒も飲める。
 自分で言うのもなんだが、高校生の頃と比べると、随分と大人になったと思う。
 少なくとも、二十という年齢に恥じない程度の精神力は身につけたつもりだ。

 照との最後の日を補足しよう。
 私は帰宅してから、照のアドレスを削除しようと考えたのだ。

 アドレスを削除しても、向こうからメールが来たら意味がないから、まずはアドレスを変えることとした。
 そうした後で、照へ別れの連絡を入れるために、メールの作成画面を開いた。

 "さようなら"

 ――この一文が打てたら、どんなに楽なものか。
 未練こそない、が、やはり照のことは好きなのだ。
 友人としても、それ以上のものとしても。
 私はただ、こいつと連絡を取り合える仲であれば、それで十分だ。

 最終的に、最初の”さ”すら打つことなく、打つことができず、この計画は断念してしまう。
 "さようなら"と打つべきはずだった入力欄には、"アドレスを変えた"とだけ入力して、送信ボタンを押した。


96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 03:03:24.66 ID:eyRvoYtu0

 入学したばかりの、一年生の頃。
 私は大学に不慣れなこともあって、勝手がわからずに講義を入れすぎてしまった。
 それに加えて、照への想いを埋葬するかの如く、麻雀へと没頭しいった。
 照も淡々とした性格だから、多少のやりとりこそするものの、向こうから遊ぼうなどといった連絡は寄越さない。

 そんな様々な要素が重なったせいか、一年の内はメールこそすれど、一度も照に合わずに終わってしまった。
 もしかしたら、それでちょうど良かったのかもしれない。
 今の私は照の横に並んで、照と競い合いながら麻雀をできる、なんて、それだけの自信と力を身につけることができたのだから。

 本当は、わざと講義をたくさん入れたことも、わざと麻雀漬けになっていたこともわかっている。
 こちらから会おうと申し出れば、照はきっと空いている日時を教えてくれただろう。
 私のほうから空いた日時を教えてやってもいいし、それを無視するほど照は冷めた性格ではない。
 調整なんて、いくらでも可能だ。

 つまるところ、私は再会するという選択から、敢えて目を逸らしていたらしい。
 年齢的に区切りがつき、大人になったと自覚できる二十になるまで。

  菫「久しぶりだな」

  照「変わらないね」

  菫「照もな」

 今日が、その再会の日である。


99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 03:06:48.31 ID:eyRvoYtu0

 お店に入って、早速ビールを二杯注文することにした。

 先刻は照に対して"変わらない"とは言ったものの、実際、照はそれなりに変わっていた。
 なんだか背も少しばかり伸びたように思えたし、見たところ雰囲気が大人びている。
 元々照は大人びていたのだが、大人びている高校生とはまた違った、本物の大人の雰囲気を身に着けていた。
 加えて、整った顔立ちも相まって、高校の時よりも更に美人に成長している。
 昔の私が見たのなら、顔を真っ赤にして動けなくなっていたろうな。

 無論、今ここにいる私も、頬がやや熱くなったのは自覚している。
 当時と違うのは、吹っ切れたような熱さを持ち合わせていないこと。
 それと、仮に持ち合わせていたとしても、それを実行する気がないということ。

   「お待たせしました」

  菫「ありがとう」

  照「じゃあ、乾杯」

  菫「乾杯」

 大人になっても、私達の関係は変わらない。
 それを今日この時になって、やっと自覚できた。

 口に入れたビールは、確かに美味しいけれども、ひどく苦い味をしていた。


102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 03:09:32.92 ID:eyRvoYtu0

 酔いもそこそこに回ってきたところで、思い出話になった。
 私も私で調子がよくなり、高校の頃を思い出して、照に一つの質問をする。
 あの時と、同じく。

  菫「お前、恋人とかできたのか?」

  照「全く、作るつもりもない」

 それにはもう、何も思わなくなっていた。
 ただただ、こんな美人がもったいないな、なんてと思うばかり。

  照「菫は?」

  菫「私だって、いないさ」

  照「もったいない」

  菫「そうはいっても、気がないんだから仕方ないだろ」

 そう、私はもう、恋人を作る気など持ち合わせていなかった。
 なぜなら、照――お前の存在があるからだよ。

 私の片思いは、弘世菫か、宮永照のどちらかが生き続ける限り続くものだろう。
 それは仕方ないさ、回避する手段も、成熟させる手段も、高校に置き忘れてしまったから。
 この恋を実らせることもなく、ただ照の友人でいること――それが現在、私が唯一願っていることだった。

 卒業式の日にできた、埋まる兆しのない心の空洞は、もうどうしようもないから目を背けることにした。


おわれ


107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 03:13:17.62 ID:NVZhGGfF0


死にたい


133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/10/09(火) 07:24:20.87 ID:wq67sPtC0

乙乙


この記事へのコメント

トラックバック

URL :

最新記事
スポンサードリンク
カテゴリ
月別アーカイブ
おすすめサイト様新着記事